AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science April 11, 2008, Vol.320


銅酸化物超伝導体には糊はないのか?(No Glue for Cuprate Superconductors?)

その出現から20年以上たっても、高温超伝導体の銅酸化物中の電荷キャリアが、どのようにペアとなり、超伝導状態に凝縮するかは、今なお明確にはなっていない。あるシナリオに基づく議論では、通常の超伝導体と同様にボソンで結ばれた「糊」がそれらを一緒にさせる必要があるが、一方、他のシナリオでは、糊は不要であり、電子相関が対形成に必要なエネルギーを与える。Pasupathy たち(p.196) は、超伝導状態の遷移温度前後における走査型トンネル顕微鏡の分光データが温度により変化することを示した。彼らは、このデータが後者の「糊なし」の描像を支持する強い証拠であると信じている。(Wt,Ej,nk)
Electronic Origin of the Inhomogeneous Pairing Interaction in the High-Tc Superconductor Bi2Sr2CaCu2O8+
p. 196-201.

磁壁メモリー (Magnetic Domain-Wall Memory)

現在のメモリーは基本的に2つの技術に大別できる。高速だが高価なランダムアクセスメモリーと、安価だが遅いハードディスクである。そのほかにもいくつかのメモリー技術が開発されているが、基本的には2次元の1ビット1メモリーの技術である。近年、記録密度とスピードの向上が求められている。本誌概説で、Parkinたち (p.190) は、磁性細線上の磁壁(異なった磁化方向を持つ磁区の界面)の並び方で情報を保存する「レーストラックメモリー(racetrack memory)」の基本概念を説明している。細線上に多くの磁壁を描くことができまた、電流誘導磁壁動作により磁壁を細線に沿って動かすことができるので、単ビット多メモリーが実現可能となり、1桁以上のパフォーマンス向上が期待できる。Hayashiたち(p.209)によってレーストラックメモリーの基本原理の動作確認が行われ、ナノ秒の電流パルスにより外部印加磁場無しで、複数の磁壁が磁性ナノワイヤーに沿って前後に高速で繰り返し移動できることが実験的に示されている。(NK)
Magnetic Domain-Wall Racetrack Memory
p. 190-194.
Current-Controlled Magnetic Domain-Wall Nanowire Shift Register
p. 209-211.

貯水池の記録(Reservoir Logs)

氷河や氷床が融けだすことによる海面水位の上昇に関する注目が高まっているが、地球温暖化により海水温度が上昇し、海水体積が増えることで海面水位は上昇する。海洋が暖まることによる熱効果を計算し、観測される海面水位の上昇率から差し引くことで、その残りの上昇率が氷融解による上昇分と等しくなる。しかし、Chaoたち(p.212; 3月13日オンライン出版)は、前世紀中に蓄えられた貯水池の貯水量の変化履歴を再構築し、貯水池に蓄えられたために海面水位が実質的に押し下げられたことを示している。このことに相応して、氷融解した水量はこれまで仮定されていた以上に多かった。(TO)
Impact of Artificial Reservoir Water Impoundment on Global Sea Level
p. 212-214.

赤鉄鉱中の電流(Hematite Currents)

赤鉄鉱のように豊富に存在する鉱物の多くは半導体の性質を持っているが、これが自然状態での電気的特性について地球化学的な解析の対象になったことはほとんどなかった。Yanina and Rosso (p. 218,3月6日号オンライン出版、 および Egglestonによる展望記事参照) は、一連の慎重な実験の結果、赤鉄鉱の異なる結晶面を酸性水溶液に露出させたとき、これらのイオン吸着性能が異なるため電位勾配が結晶全体に誘発されることを示している。この電位によって鉱物全体を通して対電流が生じ、各結晶面にレドックス化学が生じる。特に、特定の結晶面に島(アイランド)が生じ、別の結晶面にはこれを補償するようなエッチングが生じる。著者たちは、この現象は広範に一般化可能と見ている。(Ej,hE,nk)
Linked Reactivity at Mineral-Water Interfaces Through Bulk Crystal Conduction
p. 218-222.
GEOCHEMISTRY: Toward New Uses for Hematite
p. 184-185.

細菌の種分化が解明された(Bacterial Speciation Uncovered)

個々の細菌の接合行動、生活史、生態について追跡することは不可能である。また一方で、天然のの細菌集団の生態系に関する知識は不十分である。動物からヒトに感染する感染症の2つの重要な病原体である カンピロバクター・ジェジュニ(Campylobacter jejuni)とカンピロバクター・コリ(Campylobacter coli)の大量の試料について遺伝子型を同定することによって、Sheppard たち(p.237) は、おそらくは強度の農地化の結果として、これら2つの種がひとつに融合していることを観察した。その結果、細菌の種分化のメカニズムを直接観察することが可能となった。(Ej,hE,nk)
Convergence of Campylobacter Species: Implications for Bacterial Evolution
p. 237-239.

全ての面で高速な受容体(Fast Receptors in Every Respect)

受容体の側方拡散はシナプスの内、外への受容体輸送における重要なプロセスとして特徴づけられていた。この役割の実証は、受容体の発生や代謝回転の間か、基底の伝達か、あるいはある形態の神経可塑性中の相対的に遅い(分のレンジ)事象に限られていた。受容体側方移動がまた、シナプス伝達の速い(数十ミリ秒レンジ)制御に関与していることを、Heineたち(p. 201; SilverとKanichayの展望参照)は現在報告している。シナプス抑制からの回復は、シナプス後部肥厚の内部、あるいはその近くでの側方移動により脱感作した受容体の機能性受容体への変換を含んでいる。(hk,KU)
Surface Mobility of Postsynaptic AMPARs Tunes Synaptic Transmission
p. 201-205.
NEUROSCIENCE: Refreshing Connections
p. 183-184.
   

放射線治療のシグナル経路の活性化(Radioprotection: Taking the Toll Road)

放射線治療はある種のガンには十分に確立した有効な治療法であるが、この治療法の問題は骨髄細胞や胃腸管中の細胞のような健康な細胞を殺すことがあることである。Burdelya たち(p. 226;および、Bhattacharjeeによるニュース記事参照)は、このような副作用を起こさない、あるいは、副作用を減少させる薬剤を開発した。この薬剤は( CBLB502と呼ばれるペプチドで) Toll様受容体5(TLR5)に結合して、核内因子κB シグナル伝達経路を活性化する。この経路はしばしば、ガン細胞が細胞死を回避するために活性化するところでもある。マウスとアカゲザルにおいて、全身を致死量の放射線に晒す直前にCBLB502で処置すると、健康な骨髄細胞や胃腸細胞の損傷が少なく、対照群に比較して有意に長時間生存した。腫瘍を持ったマウスにおいて、CBLB502は放射線治療の抗腫瘍活性を弱めることはなかった。(Ej,hE)
An Agonist of Toll-Like Receptor 5 Has Radioprotective Activity in Mouse and Primate Models
p. 226-230.
MEDICINE: Drug Bestows Radiation Resistance on Mice and Monkeys
p. 163.

変異を積み重ねる(Mounting Mutations)

侵入するウイルスからの細胞防衛に役立つ多数の細胞内因子のうちで、最も顕著なものの幾つかはシチジン脱アミノ酵素のAPOBECファミリーに属している。これらの酵素は、逆転写において作られる一本鎖のDNAを有害なC→U変異攻めにすることでHIVといったレトロウイルスに対抗する。Vartanianたち(p.230)は、APOBEC編集もまた、DNAウイルスであるヒトパピローマウイルス(HPV)に作用していることを示している。同じ変異が足底疣贅や前癌性の頚部組織検査からの細胞中や、プラスミドDNAが様々なAPOBECファミリーメンバーで同時形質移入された実験において見出されている。APOBEC酵素は核のDNAを変異させている可能性があり、このことはHPV-感染細胞で見られたように、APOBEC活性の上昇が癌発生と何らかの関係を持っているのではという問題を提起するものである。(KU)
Evidence for Editing of Human Papillomavirus DNA by APOBEC3 in Benign and Precancerous Lesions
p. 230-233.

軸索の飛跡を維持する(Keeping Axons on Track)

ハイウェーを進む車と同じく、神経細胞のシグナル伝達経路は起点と終点の間で交じり合ったり、分岐したりする。識別可能なレベルで持ってマウスの胎仔における発生中の運動神経と感覚神経を同定することで、Gallardaたち(p.233;Murai and Pasqualeによる展望記事参照)は、成長中の軸索がどのようにしてもつれを食い止めているかを可視化した。二種類の神経の軸索は平行に、しかし分離した束として生長していた。成長中の軸索上に存在するエフリンA受容体とリガンドによるシグナル伝達が同じ軸索を束に維持しているらしい。(KU)
Segregation of Axial Motor and Sensory Pathways via Heterotypic Trans-Axonal Signaling
p. 233-236.
NEUROSCIENCE: Axons Seek Neighborly Advice
p. 185-186.

筋アクチンの組み立てにおけるレオモディン(Leiomodin in Muscle Actin Assembly)

アクチンの細胞骨格に関するダイナミックな構築は多くの細胞機能において中心的な役割を果たしているが、細胞内でのアクチンの重合は自発的に起こってはいない。フィラメント核形成因子が高度に制御された、かつ局在化した形でこのプロセスに介在している。Chereauたち(p.239)は、筋細胞からのアクチン-フィラメント核因子--著者たちがレオモディン(leiomodin)と名付けた--について記述している。レオモディンは高効率に、かつ他の因子を必要とせずに筋細胞の筋節でアクチンフィラメントの核形成を行う。レオモディンの核形成の活性はトロポミオシンとの直接的な相互作用によって高められ、これが又、筋節の終端を示すアクチンフィラメントへの局在化を仲介している。このように、レオモディンは筋細胞においてトロポミオシンで修飾されたフィラメントの新規組み立てを特異的に核形成するよう制御されているらしい。(KU)
Leiomodin Is an Actin Filament Nucleator in Muscle Cells
p. 239-243.

ポリケチドの産生を促進する(Promoting Polyketide Production)

多くの有用な天然物はモジュラーポリケチド合成酵素(PSK)により細菌中で作られており、そこでは多領域タンパク質の個々の領域が「組み立てライン」プロセスで一度使用される。真核生物もポリケチドを作るが、よく理解されていない反復性のプロセスでPKS領域を再利用する。Crawfordたち(p.243;Weissmanによる展望記事参照)は、アフラトキシンの生合成に関与する真菌PKSの機能的な分析を記述しているが、これは個々の触媒領域に関する合成上の役割を明らかにするものである。その機構面での特徴は芳香族のポリケチドの触媒による生成において一般的なものであり、これらの生合成タンパク質に関する合理的な工業的生産への道を開くものである。(KU,hE)
Deconstruction of Iterative Multidomain Polyketide Synthase Function
p. 243-246.
BIOCHEMISTRY: Anatomy of a Fungal Polyketide Synthase
p. 186-187.

生きている色におけるシナプス伝達(Synaptic Transmission in Living Color)

微視的な事象をリアルタイムで実際に観測できれば、静的な方法では得られない豊かな洞察力が得られる。Westphalたち(p.246、2月21日のオンライン出版;Pinaud and dahanによる展望記事参照)は、蛍光マーカーを用いて小胞にラベルを付け、次いで回折限界以下の解像度でもってビデオ-速度の光学イメージを集めることで、生きているニューロン中のシナプス小胞の動画を報告している。予期されたように、小胞は一個のシナプスボタン内で短い距離を動くか、或いは複数のボタン内外へとより遠くの距離を旅するかのどちらかである。ナノスケールの動きを起こった時点で見ることが出来れば、シナプス伝達に関する更なる洞察が得られるであろう。(KU,Ej)
Video-Rate Far-Field Optical Nanoscopy Dissects Synaptic Vesicle Movement
p. 246-249.
BIOCHEMISTRY: Zooming Into Live Cells
p. 187-188.

偏った反射特性(Biased Reflectivity)

ほとんどの物質の光学特性は、電場に対して弱い応答しか示さない。しかし、グラフェン(グラファイトの単層膜)においては、電子状態が2次元的であることと、印加電場によってフェルミ準位をシフトさせる状態密度の性質との組み合わせの結果、光学特性の大きな変化が予想される。Wangたち(p. 206, 3月13日、オンライン発行)は、単純なゲート配置のグラフェン単層膜と二重膜に対して50ボルトまでの電圧をかけて、赤外反射率が各々で2%と6%変化することを観察した。この応用も興味深いが、この測定から単層のバンド分散が判明するはずであり、二重層ではvan Hove特異性の存在が明らかになった。(Ej,hE,KU,nk)
Gate-Variable Optical Transitions in Graphene
p. 206-209.

衝突隕石のオスミウムの記録(Impactors Recorded in Osmium)

大規模な衝突による地球上の痕跡は、浸食や大陸地殻の変形、海洋地殻の沈み込みによって覆い隠されてきた。いくつか巨大衝突は見つかっているが、発見し損なっている衝突が他にもあるはずである。隠された衝突を見つける方法の1つに、小惑星(隕石)中に多く存在するが地球の地殻中には稀にしか存在しない成分の記録を用いることである。そうした調査が、白亜紀・第三紀境界に見られるイリジウム異常の発見に結びついた。Paquayたち(p.214)は、オスミウム同位体記録は衝突に対する感度の良い記録物であること、そしてこの衝突物がコンドライト隕石組成の天体であると仮定すれば、衝突の規模も推定できることを示している。このアプローチがうまくいく理由は、海水のオスミウム濃度は低く充分に平均化されており、そして大規模な衝突により広範囲に蒸発し、明らかに異なった同位体組成を海洋や堆積物に加えるからである。この方法を用いて、著者たちは、白亜紀最期に衝突した隕石のサイズを4〜6キロメートル、始新世に衝突した隕石のサイズを3キロメートルと推定した。(TO,KU,tk,nk)
Determining Chondritic Impactor Size from the Marine Osmium Isotope Record
p. 214-218.

マダガガスカルにおける生物多様性の保持(Biodiversity Maintenance in Madagascar)

生物の多様性は地球上に均等に分布しているわけではなく、種の多様性の密度が高い「ホットスポット」が存在するが、これを保存することは困難な課題である。多くの保存計画は、空間メッシュが粗い専門家の意見に引きずられた情報に基づいて立案され、少数の種だけを対象にするものなので、生物種の多様性を十分に保つ計画にはなりそうにない。生物種の広がりと地理的な多様性が著しく、同一とみなせる空間の大きさも様々なマダガスカルにおいて保存の優先順位を解析するにあたり、Kremenたち(p.222, および表紙参照)は、多数の生物分類枠を用い高い空間分解能で解析する手法が、大多数の種の持続性を促進するのに適当な地域を定めるにはきわめて重要であることを示した。この解析はマダガスカルに直接関連するものであるが、ここでは政府が保護地域ネットワークを3倍にしつつあるが、これは他の重点地域にも転用が可能である。(Ej,hE,nk)
Aligning Conservation Priorities Across Taxa in Madagascar with High-Resolution Planning Tools
p. 222-226.

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