AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science January 18, 2008, Vol.319


衝撃的に熱い(Shockingly Hot)

トラペジウムと呼ばれる4つの極めて明るい大質量の星は、主にオリオン星雲を照らしている。Guedel たち (p.309, 11月29日にオンライン出版; O'Delland Townsley による展望記事を参照のこと) は、オリオン星雲が100万ケルビンを超える非常に高温のガスで充満されているため、この星雲がX線領域で輝いていることを示している。この加熱は、トラペジウム中のひとつの明るい星からの強力な物質流出による衝撃波の結果と思われる。われわれの銀河の大多数の星は、オリオン星雲に類似の領域において発見されており、それゆえ、この現象は銀河面に渡って広く一般的なものであろう。(Wt)
Million-Degree Plasma Pervading the Extended Orion Nebula
p. 309-312.

Soayヒツジの進化(Evolution in Soay Sheep)

量的形質遺伝子座は典型的には体高とか体色のような相加的表現型形質と関連している。Soayヒツジでは、黒い毛は体の大きさと関連しており、この体の大きさは遺伝性で適応度と正の相関がある。毛の色を決定する座位と関連する領域をマッピングすることによって、Gratten たち(p. 318) は、自由生活しているヒツジの群の中の小さなゲノム領域中にいくつかの原因となる変異との関連を詳しく述べた。毛の色と体重との強い相関が見つかったが、これらの関係は体の大きさと寿命適応度とは対立的であった。この研究は、自然の個体集団中の進化において、負の遺伝的相関があることの実験的支持を与えている。(Ej,hE)
A Localized Negative Genetic Correlation Constrains Microevolution of Coat Color in Wild Sheep
p. 318-320.

脳発生時のまとめ役(Organizing Brain Development)

哺乳類の発生初期において、脳皮質は一層ずつ表裏逆に形成される。しかし、これが起きる前には神経上皮は幹細胞だけの単層膜である。Mangale たち(p. 304;およびGroveによる展望記事参照) は、マウスではこれらの最も初期段階において、遺伝子 Lhx2 が細胞の皮質アイデンティティを決定することを示している。 Lhx2 は、細胞が皮質性ヘムとなるかどうかを決定するが、この皮質性ヘムが海馬発生時のオーガナイザの役割を持っているらしい。(Ej,hE)
Lhx2 Selector Activity Specifies Cortical Identity and Suppresses Hippocampal Organizer Fate
p. 304-309.

無秩序を説明する(Describing Disorder)

アモルファス材料の構造を知るためには理論モデル、あるいは比較的大きなコロイド粒子に対しては顕微鏡観察が用いられてきた。走査型トンネル顕微鏡(STM)は原子レベルの空間分解能を持つが、金属基盤上の分子は、通常バルク的な島構造あるいは規則性を有する結晶化膜を形成する。Oteroたち(p.312、12月13日のオンライン出版参照)は、金表面に吸着したシトシン分子のSTM像を報告しているが、その画像ではシトシンは室温下で高い移動性を示している。150ケルビン以下に冷却すると、3つのサブユニット(ジグザグフィラメント、5員環および6員環)から成る特徴的な無秩序な水素結合ネットワークが形成されている。(NK)
Elementary Structural Motifs in a Random Network of Cytosine Adsorbed on a Gold(111) Surface
p. 312-315.

そう古くない水車の流れ(The Not-So-Old Mill Streams)

米国東部における多くの研究によって、天然の川の発達についての我々の理解が大きく進んできた。WalterとMerritts(p. 299,表紙; Montgomeryによる展望記事を参照)は、6万5千以上の水車があった19世紀には水車用のダムが普及していたこと、そしてこうした構築物が氾濫原や川の流れの本来の特性をすっかり変えてしまったことを示している。約20の川の流れの詳細な地図を作った結果、広範囲な森林伐採と共に、こうしたダムが多くの川の全域に渡って造られたことで、最大5メートルの堆積物を氾濫原に集積する原因となったことがわかった。川の流れは、広い湿地帯(wetland)に流れる多くの分岐した小さな水路(branching channels)から限定した数本の大きな蛇行水路(confined meandering channel)へと変化していた。(TO,KU)
Natural Streams and the Legacy of Water-Powered Mills
p. 299-304.

トウモロコシ中のビタミンA(Vitamin A in Corn)

ビタミンAの欠乏は、毎年数百万人の子供たちの目の病気をもたらすが、これは食事の調整と関連する課題である。Harjesたち(p.330)は、天然のトウモロコシの変異体が広範囲にわたるビタミンAの前駆体を作ることを示している。環化酵素遺伝子lcyEが様々な代謝経路へカロテノイド変異体を与える点で重要な作用をしている。複雑な遺伝子導入方法ではなく、選択的なトウモロコシの育種プログラムにより、より栄養素にとんだトウモロコシを作ることが出来る。(KU)
Natural Genetic Variation in Lycopene Epsilon Cyclase Tapped for Maize Biofortification
p. 330-333.
   

頭部、或いは尾部の再生(Heads or Tails)

管状の扁形動物、プラナリアは切断後に自分自身の身体のパーツの総てと完全なる臓器系を再生する。プラナリアは切片の再生において、前方に向いた切断面からは頭部が後方に向いた切断面からは尾部が生じるが、再生の極性と呼ばれる性質は不明である。Gurleyたち(p.323,12月6日のオンライン出版)とPeterson and Reddien(p.327,12月6日のオンライン出版)は、Wntシグナル伝達経路中の保存された因子が頭部と尾部を識別するのに用いられていることを見出した。βカテニンによるWntシグナル伝達の減少により、頭部の再生が、一方Wntシグナル伝達の活性化が尾部を誘発させている。(KU,hE)
β-Catenin Defines Head Versus Tail Identity During Planarian Regeneration and Homeostasis
p. 323-327.
Smed-βcatenin-1 Is Required for Anteroposterior Blastema Polarity in Planarian Regeneration
p. 327-330.

白血病の細胞学的起源(Cellular Origin of Leukemia)

前駆白血病細胞に関しては殆んど知られていないが、そこでは有害な変異が最初に起こりそして機能しているであろうが、この種の細胞は「臨床学的にサイレント」な状態である。Hongたち(p.336)は、片方のみが小児急性リンパ性白血病を有する一組の一卵性双生児を研究した。双生児はどちらも、白血病を引き起こす染色体転座を含んでいるが未だ悪性ではない細胞集団を保有していた。マウスにおける引き続いての実験により、これらの前駆白血病細胞は、白血病を増殖するような自己更新性の細胞を産生し続ける。(KU,hE)
Initiating and Cancer-Propagating Cells in TEL-AML1-Associated Childhood Leukemia
p. 336-339.

光学格子における超交換作用(Superexchange in an Optical Lattice)

超格子系の超交換相互作用は、隣り合う粒子間の効果的なスピン-スピン相互作用であり、仮想ホッピングプロセスによって介在され、そして量子磁性の説明に使われる大方の量子-統計学的スピンモデルの基礎である。凝縮物性系の殆んどは、相互作用の符号と振幅が固定されている。光学格子にトラップされた原子は、その相互作用の符号とサイズを変化する調整可能なパラメータ空間を提供する。Trotzkyたち(p. 295,12月20日のオンライン出版;Lewenstein とSanperaによる展望記事参照)は、光学格子の位置でトラップされた隣り合う低温原子の間で基礎となる超交換スピン相互作用の直接的な検知と制御について報告しており、超低温原子のもつ量子スピン系を調べるためのその可能性について説明している。(hk)
Time-Resolved Observation and Control of Superexchange Interactions with Ultracold Atoms in Optical Lattices
p. 295-299.

プレート沈み込みとマントル物質の移動(Subduction and Mantle Mineral Alignment)

プレート沈み込み帯(subduction zone)では、沈み込むプレートの上面と被さっている地殻の下面の間でマントル物質が楔状に挟まれている(マントルウェッジ: mantlewedge)。マントル内部の流れは、マントルウエッジの中の流れを生成し、それによりマントル鉱物を整列(alignment)させる。こうした整列は、地震波を一方向に対してより速く伝播させるはずだが、規則正しいパターンを見分けることが困難であった。Long とSilver(p.315)は、このようなデータを全世界的に調査し分析を行い、混乱の元は、海溝が(海側か陸側かの)どの向きに移動しているのか,ということに起因している。migrationとは,海溝が海側(陸側ではなく)へ,移動することに使います。この流れは、沈み込むスラブ下のマントル内とマントルウェッジ内との両方において、海溝移動(trench migration)の速度に対応する海溝に平行した流れを誘導する傾向がある。(TO,og)
The Subduction Zone Flow Field from Seismic Anisotropy: A Global View
p. 315-318.

生態系に基づく管理に向けて(Towards Ecosystem-Based Management)

海岸生態系の世界的な急速な減退によって、「生態系に基づく管理(ecosystem-based management, EBM)」の必要性が求められている。それは、減退しつつある海岸生態系の機能を、人間による開発への圧力から何とか折り合いをつけて守ろうとするものである。Barbierたちは、そうした戦略が、海岸の管理についての判断を評価する際の根底にあるキーとなる仮定が修正されない限り、失敗しそうだと論じている(p. 321; またValielaとFoxによる展望記事参照のこと)。経済的な値踏みにおいては、生態系の機能が、変化する生息地のサイズまたは領域の広さと線形関係にあると想定している。これでは、生息地を保存するか、人間による利用目的に転換するかという「一かゼロか」の選択につながることが多くなってしまう。タイのマングローブ林での事例研究では、マングローブの海岸保護価値の推定において非線形な波の減衰を取り込むことで、土地利用の最適な選択肢が、厳しい「一かゼロか」の選択ではなく、その代わりにEBMの目標に合致した開発と保存の統合にあることが示されたのである。(KF)
Coastal Ecosystem-Based Management with Nonlinear Ecological Functions and Values
p. 321-323.

腫瘍抑制因子の陰と陽(Tumor Suppressor Yin-Yang)

Wntシグナル伝達経路は、動物における発生において決定的な役割を果たすものである。しかし、この経路の不適切な活性化は、腫瘍形成の引き金を引くことになる。たとえば、Wntシグナル伝達の負の制御因子である大腸腺腫症(APC)腫瘍抑制因子を破壊すると、結腸直腸癌がもたらされることになる。APCは遺伝子発現を抑制することに機能していることがよく知られているが、Takacsたちはこのたび、APCのショウジョウバエ相同体がWntシグナル伝達の活性化において逆の役割をもっていることを報告している(p. 333)。APCの分離可能な領域は、Wntシグナルがないときには不適切なシグナル伝達を制限するが、Wnt刺激があるとシグナル伝達を促進するのである。(KF)
Dual Positive and Negative Regulation of Wingless Signaling by Adenomatous Polyposis Coli
p. 333-336.

ノイズと、生と死(Noise, Life, and Death)

生命の根底にある機構についての洞察を得ることを目的に、生命システムにおけるノイズについて理解しようという関心が高まりつつある。遺伝子発現は、単細胞タンパク質レベルにおける変動が転写や翻訳の率にどれほど依存しているかを測定する多くの実験によって、とりわけ調べられてきた。PedrazaとPaulssonは確率論的遺伝子発現の一般理論を提示しているが、それは、タンパク質の「誕生」から「死」までの間に影響を与える分子機構が、転写や翻訳の率に影響することなくノイズを制御できることを示すものである(p. 339)。そうした状況のせいで、標準的な単一分子測定はゆらぎに寄与する成分がなにかは同定できるが、どうやって寄与しているかは同定できない。ゆらぎの根底にある機構の解析には、誕生と死とを直接的に観察できる時系列が必要になるのである。(KF)
Effects of Molecular Memory and Bursting on Fluctuations in Gene Expression
p. 339-343.

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