AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science January 4, 2008, Vol.319


蟻と蝶(The Ant and the Butterfly)

化学的なコミュニケーションに関する複雑な関係が、種間の相互作用に関する生態学と進化の双方に影響する。デンマークにおいて、Alcon blue蝶の幼生はgenus Myrmicaと言う蟻に寄生し、蟻は優先的に自分たちの幼生を育てる以上に蝶の幼生を育てる。Nashたち(p.88)は、寄生幼虫の毒性進化のかなりの部分は、寄生幼虫が宿主の表面化学特性を真似していることで説明できるとした。宿主角質の化学的特性のパターンは、蝶の幼生と宿主の蟻(Myrmica rubra)の一方とが共進化的な武装を進めているという解釈に一致しているが、別の宿主の蟻(Myemica ruginodis)とは一致しない。(KU,nk)
A Mosaic of Chemical Coevolution in a Large Blue Butterfly
p. 88-90.

寒冷化の噴出(A Cooling Outburst)

完新世の期間、概ね安定していた北大西洋地域の気候は、8200年前頃の突然の強い寒冷化によって中断された。この出来事は、氷解した大量の淡水が北大西洋に注がれたことによる海洋逆転循環(ocean overturning circulation)が弱められことが原因であると、想定されていた。Kleivenたち(p. 60,12月6日オンライン出版)は、ローレンタイド(Laurentide)氷床から流れ出た淡水の洪水を適切に記録している、北西大西洋のある地点で採取した海洋堆積コアを調べた。その結果、北大西洋深層水(Lower North Atlantic DeepWater)の底層水の流速や化学的性質は、アガシー湖(Lake Agassiz)から突然大規模に淡水が噴出した時期とほぼ時を同じくして著しく変化したことを示している。(TO)
Reduced North Atlantic Deep Water Coeval with the Glacial Lake Agassiz Freshwater Outburst
p. 60-64.

高次元平面での動き(Motion in a Higher Plane)

ホスト-ゲスト材料において、ホストの骨格格子と捕捉されたゲストの格子は、1次元或いはそれ以上の次元で不整合構造に差異がある。このようなケースでは、全体の結晶構造は3次元以上の超空間格子を用いて説明する必要がある。Toudicたち(p.69; Coppensの展望記事参照)は、このような不整合系、すなわちナノデカンを封入した尿素格子を中性子回折法を用いて調べ、第4の次元、即ち超空間次元上での再構成を含む相転移が起きていることを発見した。(NK,KU)
Hidden Degrees of Freedom in Aperiodic Materials
p. 69-71.

超大陸とプレート沈み込み(Supercontinents and Subduction)

海洋盆の地図作成や地質学的再現は、数億年前に遡っての絶え間なく起こったプレート沈み込み(subduction)の明らかな証拠を提供する。また、古い山岳帯や弧火山(arcvolcanoes)は、プレート沈み込みの現象が20〜30億年前に起こっていたことを示している。プレート沈み込みはその頃から必然的に絶え間なく続いていたのだろうか?SilverとBehn(p. 85)は、地球の歴史上で何回か起きた超大陸(supercontinent)集成の期間にはプレート沈み込みが停止していたかもしれず、それが地球冷却の原因となったのではないかと論じている。(TO,hE,nk)
Intermittent Plate Tectonics?
p. 85-88.

コケ類の変化の軌跡(How Mosses Made Their Move)

コケ類は、進化の上での水生の藻類と乾燥した陸上の被子植物の間の中間体である。Rensingたち(p. 64; 12月13日のオンライン出版)は、コケの一種Physcomitrella patensのドラフトゲノム配列に関して報告しており、これは水生環境から陸生環境への植物の進化、即ち幾つかのホルモンのシグナル伝達経路やライフサイクルにおける変化といった進化上の洞察を与えるものである。(KU)
The Physcomitrella Genome Reveals Evolutionary Insights into the Conquest of Land by Plants
p. 64-69.

探索と捕獲(Search and Capture)

細胞質分裂という二つの娘細胞への分裂に関するその物理的プロセスを理解することは困難な事柄である。というのは、分子レベルでの複雑さだけではなく、整然とした構造中に数千個のタンパク質分子の力学的な集合体が関与しているためである。Vavylonisたち(p.97 ; 12月13日のオンライン出版)は高分解能での生細胞の観察と数値シミュレーションからの結果を結び付けて、収縮環が確率的な、しかしながらかなり確かなる探索と捕獲のメカニズムによって組み立てられていることを示唆している。結節(node)と呼ばれる構造体中のミオシンモーターが、他の節からランダムに成長しているアクチンフィラメントを捕獲する。アクチンモーターは捕獲した結節を解放前に数秒間の間身につける。これらのランダムな動きにより、細胞の赤道面周囲の連続した収縮環中に結節が濃縮される。(KU)
Assembly Mechanism of the Contractile Ring for Cytokinesis by Fission Yeast
p. 97-100.
   

過去の生物の形状(The Shapes of Things Past)

生物の多様性を化石によって研究する上で特に有用な尺度の1つは、形態空間、すなわち生物の出現可能な形や形態をグラフで表した空間、が実際にどの程度まで充填されているかである。この尺度によって従来の分類学的分析を補うことができる。Shen たち(p. 81) は、地球最初の複雑な生物を代表している初期Ediacaranの動物相が、Ediacaran全期間を通じての形態空間全てをすでに満たしており、先カンブリア紀後期には形態の種類が減少することを見つけた。このパターンは後期カンブリア紀の種の爆発と似ている。(Ej,hE,nk)
The Avalon Explosion: Evolution of Ediacara Morphospace
p. 81-84.

小さい脳と大きな決断(Small Brains, Big Decisions)

霊長類の優れた認知能力は、膨大な数と密度の神経細胞と過剰なシナプス結合を含む高度の特化した脳領域と関連している。Schlegel と Schuster (p. 104)は、ある魚で、高度に洗練され可塑的決断を可能にする緻密なネットワークの驚くべき実例を示した。テッポウウオ(archerfish)の決断は、巨大な4次元空間中の感覚の立体配置の一点を正確に指定し、2次元の運動空間に写像するだけではない。2つの標的の内、どちらを選べばより報酬が多いかを判断し、応答結果が成功しそうにないときには止めることも含まれている。(Ej,hE)
Small Circuits for Large Tasks: High-Speed Decision-Making in Archerfish
p. 104-106.

小さな励起(A Little Excitement)

大抵の場合、化学反応は電子励起の保存された状態で進行する。しかしながら、最近の研究では、励起状態の反応物が基底状態の生成物を直接形成するという一連の単純な系の研究が増えている。Garandたち(p. 72; Bowmanによる展望記事参照)は光電子分光法を特に高分解能化して、Cl + H2反応におけるこの非断熱的な振舞いの程度を調べている。彼らの研究は、ClH2陰イオンとClD2陰イオンからの穏やかな電子脱離による反応軌道のキーポイント発見に近づいている。洗練された理論的シミュレーションとの比較によって、全体的な反応系の中で小さいが、しかしながら有意な非断熱成分が関与していることを明らかにしている。(hk,KU)
Nonadiabatic Interactions in the Cl + H2 Reaction Probed by ClH2- and ClD2- Photoelectron Imaging
p. 72-75.

宇宙塵のなかの希ガス(Stardust Noble Gases)

氷の彗星に閉じ込められ、保存されている物質は、太陽系のもっとも初期の時代からのものであり、それゆえ、太陽系星雲以前の成分と進化についてある束縛を与えるものである。スターダスト探査機は、実験室での研究のために、彗星 Wild 2 からの試料を地球に持って戻ってきた。Marty たち (p.75) は、その Stardust の試料のヘリウムとネオンの成分を測定し、それらの存在量は、イオン照射と矛盾がないほどの多さであることを見出した。Stardust の鉱物学的なデータとともに、これらの結果は、Wild 2 の気体が若い太陽近くにある、活発な星雲環境において取り込まれたものであることを示唆している。(Wt,tk)
Helium and Neon Abundances and Compositions in Cometary Matter
p. 75-78.

土星の極に見える6角形(Saturn's Polar Hexagons)

他の巨大惑星と同様に、土星には活発に動く大気がある。2005年にそこで発見された特異な現象は、土星の南極には大気層をほぼ完全に貫く温暖な渦が存在することである。Fletcher たち(p. 79) は、そこの温度分布を知るのに役立つCassiniによる極の赤外画像を発表したが、驚いたことに、北極上空はしばらくの間低温で暗かったのに、今回は類似の暖かい渦が見つかった。両者の構造とも活動的な沈降流によって維持されており、これによって珍しい6角形状パターンが形成されているように見える。このデータから、このパターンは土星の循環に伴う永続的な特徴を持っていることから、他の巨大惑星にも見られることが期待される。(Ej,hE,nk)
Temperature and Composition of Saturn's Polar Hot Spots and Hexagon
p. 79-81.

Yのせい(Why Oh Y)

Y染色体は、オスにのみ見出されるものであって、非常に少ない遺伝子をさらに少ない多形性の状態で内部に宿らせている。逆説的なことに、ショウジョウバエにおける多形性にはいくつかの重要な表現型効果がある。Lemosたちは、Y染色体だけが異なるショウジョウバエの複数の系統における遺伝子発現のゲノム全体における変動に着目して調べた(p. 91; またRiceとFribergによる展望記事参照のこと)。X染色体に結び付いたり、常染色体性であったりする多数の遺伝子(とくにオスにより高く発現する遺伝子)は、系統によって違ったように発現したが、これはY染色体に結び付いた多形性の調節性変動があることを示すものである。この調節性変動は、Y染色体の反復配列における多形性による可能性があり、これが遺伝子発現に対して後成的効果をもつものだったかもしれない。(KF)
Polymorphic Y Chromosomes Harbor Cryptic Variation with Manifold Functional Consequences
p. 91-93.

レディにあるセントロメア(Centromeres at the Ready)

真核生物の染色体上のレディ・セントロメア(Ready Centromeres)にあるセントロメアは、染色質の特殊化した領域から形成され、ヒストンH3変異体セントロメアプロテインA(CENP-A)を含むものである。セントロメアは細胞分裂の際にゲノムの正確な分割において死活に関わる役割を果たしていて、有糸分裂の際に複製された染色体を物理的に分離する紡錘体微小管が付着する部位として作用している。Folcoたちは、セントロメアに染色質を含む特殊化したCENP-Aの形成には、RNA干渉によって駆動される、隣接する異質染色質の形成が必要であることを示している(p. 94)。この隣接する異質染色質は、隣接するセントロメアを維持するためではなく作り上げるために必要となるのである。(KF)
Heterochromatin and RNAi Are Required to Establish CENP-A Chromatin at Centromeres
p. 94-97.

シナプスのメタ可塑性(Synaptic Metaplasticity)

N-メチル-D-アスパラギン酸(NMDA)受容体に依存したシナプスの強化は、中枢神経系においてもっとも当たり前で、しかもよく理解されている可塑性の形態である。しかし、NMDA受容体が、生体内でのシナプス強化の開始後に可塑性にいかに影響を与えているかは、あまりよく研究されてこなかった。Clemたちは、マウスのバレル皮質にある4-2/3層シナプスのシナプス強化に対する累積的な感覚体験の効果を検討した(p. 101; またBrechtとSchmitzによる展望記事参照のこと)。NMDA受容体は、単一のヒゲを刺激しただけによる体験の後のシナプス増強に対立し、NMDA受容体遮断が、代謝型グルタミン酸受容体に依存する機構を介して、それと対になって可塑性を回復したのである。(KF)
Ongoing in Vivo Experience Triggers Synaptic Metaplasticity in the Neocortex
p. 101-104.

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