AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science December 7, 2007, Vol.318


衛星の形状についての根拠が明らかになる(Satellites Take Shape)

土星の最小の月は半径が100キロメートル以下で、これはもっと大きな月が衝突して出来たものと思われていた。この衝突によってさらに小さな岩屑が形成されて微細になって、土星を取り巻くリングに充填されたと思われていた。Porco たち(p.1602)は、そうではなくて、この「空とぶ円盤型」の小さな月はリング構成物質が集積して出来たことを示した。カッシーニ宇宙船が撮影した写真をもとに月の形状と密度を計算した結果、局所重力のバランスから許される最大の大きさに育っていることが判った。またこれらの領域のリング構成物質が除去されてしまうと、それ以上得られなくなるため、月の大きさも制限される。Charnoz たち(p. 1622) によるモデル化によって、特徴ある細長く盛上がった形状のPan と Atlasという2つの月になったことを明らかにした。(Ej,hE,nk)
Saturn's Small Inner Satellites: Clues to Their Origins
p. 1602-1607.
The Equatorial Ridges of Pan and Atlas: Terminal Accretionary Ornaments?
p. 1622-1624.

光の量子コンピューティング(Optical Quantum Computing)

昨今、量子コンピュータの実現に向けて研究されている実験に関して、幾つかのアプローチがある。一つのアプローチは線形光学である。線形光学においては、量子情報のビット(キュービット)が単一光子の偏向状態で蓄積され、また論理ゲートはビームスプリッタとミラーおよび波長板のような簡単な要素から形成される。O'Brien (p. 1567)はこの分野における最近の進歩についてレビューし、そしてまだ手付かずのやるべき課題を指摘している。(hk)
Optical Quantum Computing
p. 1567-1570.

宇宙テクスチャーの証拠(Evidence of Cosmic Texture)

ビッグバンの後、さまざまな力や場が分離し始め、対称性が破れる一連の相転移を経て、膨張宇宙は進化していった。理論によると、これらの相転移は、まだら状の不均一な宇宙のあらゆるところへ光速で広がっていく。しかしながら、それらは不規則に進行したので、結晶で見られるものと類似の宇宙的な欠陥をその後に残した可能性がある。ただ、それらの何一つとして未だに天文学者によって見出されてはいない。Cruz たち (p.1612, 10月25日のオンライン出版;Brandenberger による展望記事を参照) は、テクスチャーとして知られている宇宙的な欠陥の残滓が、背景宇宙マイクロ波における異常な低温部の説明が可能な適切な特性を有していると提案している。この背景宇宙マイクロ波は、ビッグバン後数十万年において、光子と最初の原子が分離した時点の宇宙の凍結された地図である。この背景放射の低温部がテクスチャーであるのならば、それの存在は、対称性の破れに導く基本的なエネルギーの大きさに制限を与えるものである。(Wt)
【訳注】参考ホームページ:
http://www.einstein1905.info/whatsnew/2007/10/0710_texture.html
A Cosmic Microwave Background Feature Consistent with a Cosmic Texture
p. 1612-1614.

電子相関のモデリング(Modeling Electron Correlation)

強相関電子系の根本となる物理を理解することが、現代凝縮系物理の大きな挑戦となっている。しかし、あらゆる相互作用を考慮に入れることは複雑であり、故に完全な理解には至っていない。Shimたち(p.1615, 11月1日のオンライン出版;Fiskの展望記事参照)は、動的平均場理論(Dynamic Mean-Field Theory)と局所密度近似計算(Local DensityApproximation)を用いて、典型的な重フェルミオン化合物であるCelrln5の角度分解光電子スペクトルおよび光学スペクトルの理論的解釈を行った。彼等の計算結果によると、温度を下げるにつれて電子は局所高温状態から自由電子に比べて何倍もの重量を持つ非局在化準粒子流体へと変化する。(NK)
Modeling the Localized-to-Itinerant Electronic Transition in the Heavy Fermion System CeIrIn5
p. 1615-1617.

間違いなく切断する(Making the Right Cut)

制御された膜内でのタンパク質分解(RIP; regulated intramembrane proteolysis) は、重要なるシグナル伝達機構であり、細菌からヒトに至るまで保存されている。顕著なRIPの例の一つが、細胞のコレストロールレベルの制御におけるキーとなる事象である部位-2のタンパク質分解酵素(S2P; site-2 protease)による転写制御因子Sterol Regulatory Element Binding Proteinsの切断によるその活性化である。Fengたち(p.1608)は、古細菌のS2Pメタロプロテアーゼの膜貫通コアの結晶構造を報告しており、それはS2Pの作用機構に関する洞察を与えるものである。その構造は、膜中深く埋め込まれている触媒性の亜鉛イオン含む活性部位における切断のメカニズムを明らかに示している。結晶中に観測された二つの高次構造は、らせん体の開閉機構が基質の出入りを制御していることを示唆している。(KU)
Structure of a Site-2 Protease Family Intramembrane Metalloprotease
p. 1608-1612.

油をはじく表面(Oil-Repelling Surfaces)

水を驚異的にはじくような超撥水性の物質を作るために、いくつかのアプローチが用いられている。低い表面エネルギーを持つ物質と形状としての表面粗さを結びつけるやり方が一般的であり、その結果、水は大きな接触角を持って浮揚した液滴として表面上に保持される。このような考え方を利用して、超撥油性の材料を作ることは非常に難しく、それは有機物液体の表面張力が通常遥かに低いことに起因する。コンピュータ計算から、実際にこれら二つだけの設計指標で超撥油性の表面を作ることは不可能であることを示している。Tutejaたち(p.1618)は、第三の因子、即ち凹になった表面構造を考慮することで、オクタンやデカンを含めた広範囲の有機物質をはじくような表面が形成されることを示している。(KU,nk)
Designing Superoleophobic Surfaces
p. 1618-1622.
   

耐性を回避する(Avoiding Resistance)

最も一般的に使われている殺虫剤の一つが、Bt toxinsとして知られている細菌性のバチルス・チューリンゲンシス(Bacillus thuringiensis)によって産生される毒素である。Bt toxinsの有効性への最大の脅威は害虫による耐性の進化である。主要な害虫において、Bt toxins の結晶系の一つCry1Aへの耐性はカドヘリンタンパク質の変化と関連しており、このタンパク質は薬剤感受性の昆虫の中腸における主要な毒素受容体として作用している。Soberonたち(p.1640,11月15日のオンライン出版;MoarとAnilkumarによる展望記事参照)は、遺伝子操作したBt toxinsが昆虫の耐性を克服することを示している。更に、このような遺伝子操作によるタンパク質の有効性を研究する過程で、著者たちは、これらの毒素がどのようにして害虫を死に至らしめるかと言う証拠を提供している。(KU)
Engineering Modified Bt Toxins to Counter Insect Resistance
p. 1640-1642.

細菌の線毛の構造が解明された(Bacterial Pilus Structure Revealed)

細菌の線毛は細胞表面から伸びている接着性構造を有する重要な病原性因子でありワクチン開発の目標にもなりうる。グラム陰性菌からの線毛の構造的特徴は知られていたが、Now Kang たち(p. 1625; およびYeates and Clubbによる展望記事参照) は、グラム陽性 ヒト病原体である化膿性レンサ球菌からの主要なピリン サブユニットの構造を明らかにした。この結晶中のサブユニットは天然の線毛中の配列を暗示するような円柱状になっていた。また、構造を安定化させ、タンパク質分解酵素の抵抗に寄与すると思われる分子内イソペプチド結合も持っていた。グラム陽性菌には、グラム陰性菌のもつジスルフィド結合形成機構がないが、その代わり、分子内イソペプチド結合がタンパク質を安定化させている一般的メカニズムなのであろう。(Ej,hE)
Stabilizing Isopeptide Bonds Revealed in Gram-Positive Bacterial Pilus Structure
p. 1625-1628.

X染色体の不活性化を解明する(Dissecting X Inactivation)

哺乳類メスの2つのX染色体のうちの1つは、発生初期にランダムに不活化して、オスの1つの活性なX染色体と対を形成する。このプロセスはX不活化センター (Xic)を通じて制御されている。2つの Xicは、X不活化の当初においてtransで相互作用して、活性化/不活化の相方向を可能にしているのであろう。今のところ、Xicからのエレメントの1つのコピーだけではX不活化を再現させることはできないことから、さらにエレメントが必要であると思われる。Augui たち(p. 1632) は、Xicの約200キロベース上流のX対形成領域 (Xpr)が、X不活性化開始の前に、1つのコピーで、2つのXic間で一過性の相互作用を起こすことを見つけた。この対形成は細胞周期に依存しており、正規の場所以外でも起きるし、不活性X染色体を被覆する非翻訳RNAであるXistの発現も活性化させているようだ。(Ej,hE)
Sensing X Chromosome Pairs Before X Inactivation via a Novel X-Pairing Region of the Xic
p. 1632-1636.

DNA損傷に対処する(Dealing with DNA Damage)

すっかりきれいに保たれている鉄道の二本のレールと同じく、ゲノムDNAの二本の鎖のどちらかが壊れると、災害が生じることになる。そうした損傷があった際に起こりうる細胞の混乱を避けるために、複雑なDNA損傷応答が進化してきた。真核生物では、損傷箇所におけるヒストンH2AXのリン酸化とタンパク質のポリユビキチン化によって、DNA修復タンパク質が調達され、問題の箇所が細胞学的に見えるようになってくる。Kolasたちは、ユビキチンリガーゼRNF8が、酵母の二重鎖切断に際してのポリユビキチン化に関わっていることを示している(p. 1637,11月15日にオンライン出版)。RNF8は損傷箇所において、リン酸化されたMDC1との相互作用によって調達され、MDC1の下流で、少なくとも2つの別のクラスの修復箇所の形成を促進するよう作用している。RNF8はE2結合酵素UBC13に結合して、損傷箇所でのポリユビキチン化を駆動し、またG2/M細胞周期チェックポイントの制御も助けている。(KF)
Orchestration of the DNA-Damage Response by the RNF8 Ubiquitin Ligase
p. 1637-1640.

過ちから学べ(Learn from Your Mistakes)

人間の体験は、われわれ自身の行為がそれに続くポジティブなあるいはネガティブな結果に影響を与えているという学習に基づいている。報酬があると、文脈的な刺激と行為の間の結び付きが強化され、それによって、成功した行動が強化、維持される。一方、罰があった場合には、間違った行動を回避するようになる。通常、われわれはポジティブ、ネガティブ双方の強化から学習しているが、成功と失敗のどちらから相対的にどれだけ学習するかは、個人によって違っている。Kleinたちは、脳のドーパミンD2受容体密度に関するヒトの遺伝子多型について研究した(p.1642)。D2受容体密度が低いことは、失敗からの学習効率が低いことと関係していた。D2受容体密度がより低いヒトは、ネガティブな行為の結果をモニターする領域として知られる後側中央前頭皮質(the posterior medial frontal cortex)におけるフィードバック関連活性が減少することによって、失敗から学習する能力が減少するのである。(KF)
Genetically Determined Differences in Learning from Errors
p. 1642-1645.

脱ユビキチン化酵素の同定(Identification of a Deubiquitinating Enzyme)

ユビキチン鎖の共有結合によるタンパク質の修飾は、細胞における主要な制御機構として出現してきたものである。この反応に対して対立する酵素、脱ユビキチン化酵素( deubiquitinating enzymes)についてはあまりよく理解されていない。Kayagakiたちは低分子干渉RNA(siRNA)スクリーンを用いて、Toll様受容体3(TLR3)の活性化への応答におけるインターフェロンI(IFN-I)遺伝子の発現に影響を与える脱ユビキチン化酵素を探した(11月8日にオンライン発行されたp. 1628)。ちなみに、この応答は生得的な免疫系がウイルスRNAを検出し、感染から生物を守る中心的な応答である。彼らは脱ユビキチン化酵素DUBAを検出し、更に進めてこの酵素を枯渇させるとIFN-1の発現が増強され、このタンパク質の過剰発現によって応答が抑制されることを示している。他の実験によってユビキチンリガーゼTRAF3が同定された。これはDUBAの潜在的標的としてIFN-1の発現を引き起こすのに必要なものである。つまりDUBAはIFN-1の産生を制限しており、このIFN-1というものは、過剰な場合、自己免疫疾患に関わるものなのである。(KF)
DUBA: A Deubiquitinase That Regulates Type I Interferon Production
p. 1628-1632.

ドラッグ、精神病、統合失調症(Drugs, Psychosis, and Schizophrenia)

薬物乱用などのような繰り返しの麻酔用量で用いられた際の、解離麻酔薬フェンシクリジン(PCP)とケタミンの精神病誘発効果が、NMDA(N-methyl D-aspartate)-型グルタミン酸受容体における神経伝達の遮断によって生み出されるということは、はっきりわかっている。しかし、脳の回路網レベルでのそれらの作用の機構はほとんどわかっていない。Behrensたちは、マウスにケタミンの繰り返しの麻酔用量の投与により、神経細胞のスーパーオキシド産生が早くしかも強く生じる、ということを発見した(p. 1645)。このスーパーオキシドは炎症性の酵素複合体、NADPH(nicotinamide adenine dinucleotide phosphate)オキシダーゼ-2(Nox2)の誘導に特異的なものである。この神経細胞のスーパーオキシド産生が、次に、GABA作動性の介在ニューロンの特異的サブセット、パルブアルブミン-陽性(PV)fast-spiking介在ニューロンの表現型の損失をもたらすのである。脳-透過性のスーパーオキシドジスムターゼ模擬物をNox2阻害剤のapocyninと共に用いて、脳におけるスーパーオキシド効果を妨げると、ケタミンによって誘発されるパルブアルブミンおよびGAD67免疫反応性の損失が、はっきりと弱められた。(KF)
Ketamine-Induced Loss of Phenotype of Fast-Spiking Interneurons Is Mediated by NADPH-Oxidase
p. 1645-1647.

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