AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science January 26, 2007, Vol.315


太陽光と雲と硫化ジメチル(Sunlight, Clouds, and Dimethylsulfide)

硫化ジメチル(Dimethylsulfide)は海洋微生物により豊富に産出され、雲を作るエアロゾルの主要な前駆物質である。このようなわけで、海洋の一次生産性が、雲を含む有力なフィードバックループの一部である可能性が示唆されてきた。Vallina とSimo (p.506) は、海洋上の硫化ジメチルの濃度が海洋の上層混合層の受け取る太陽輻射の総量と強い相関があることを報告している。この関係により、硫化ジメチルの放出が原因となって増加した雲量が、海洋生態系の受け取る光の総量を減少させ、硫化ジメチルの放出が抑制されるという負のフィードバックを作り出す可能性がある。(Wt,so)
Strong Relationship Between DMS and the Solar Radiation Dose over the Global Surface Ocean
p. 506-508.

立ち止まる(Making a Stand)

ハイドロゲルといった多くの応答性の物質はポリマーから作られており、溶媒吸収量の変化により膨潤したり収縮したりする。これらの物質は速い応答性を示すが、この軟らかい物質に作用する応力と同じく形状変化の複雑性に限界がある。Sidorenkoたち(p.487)は、二つの構造体、即ちシリコンのナノ柱を高分子のハイドロゲル中に埋め込んだものと下の基板に付着させたもの、を作った。水蒸気に曝してこのハイドロゲルの容積を変化させると、ナノ柱は表面を離れて持ち上げられて立つた状態になる。この動作は秒のオーダーであるが速く、かつ可逆的である。このハイドロゲルは鋳型ともなり、シリコンナノ柱の動きにより特殊なパターンを生じる。(KU)
Reversible Switching of Hydrogel-Actuated Nanostructures into Complex Micropatterns
p. 487-490.

ゆっくりと低い響き(Slow Rumble)

日本は、阪神・淡路大震災の後に、南海沈み込み帯上に地震波観測ネットワークを設置した。その観測結果は、非火山性震動や長周期の火山性活動そしてスローな地震など豊富な現象を新たに明らかにしてきた。Itoたち(p. 503, 11月30日オンライン出版、Dragertによる展望記事参照) は、大きさはマグニチュード3〜3.5に相当し、かつ数十秒の長周期である超低周波現象を示す別タイプの地震波の反射(seismic reverberation)について明らかにした。その超低周波地震は、非火山性振動とゆっくりとした滑り現象を伴って拡がる。こうした3つの現象が同時に発生するという特長は、上方へ延びる巨大スラストの地震破壊ゾーン上のストレス(または応力)を、増加させると考えられているスローな地震の検知と解明に有益である。 (TO,so,nk,og)
Slow Earthquakes Coincident with Episodic Tremors and Slow Slip Events
p. 503-506.
GEOPHYSICS: Mediating Plate Convergence
p. 471-472.

水による加速(Aqueous Acceleration)

多くの大気中反応における水の役割は、分子レベルでは良く分かっていない。その理由は、衝突活性化といった非特異的な影響と触媒反応のごとき直接的な水の関与を区別するのが困難な事にある。Voehringer-Martinezたち(p.497;Smithによる展望記事参照)は正確な反応測定と量子化学計算を結び付けて、OHラジカルとアセトアルデヒドの気相反応における個々の水分子の役割を関係付けた。彼らの結果は、アセトアルデヒドへの水の複合体形成が結果としてOHラジカルによる攻撃の障壁を低下させている事を示唆している。温度上昇と共にこの複合体の不安定さが増すことにより、触媒効果の大きさに関する異常な負の温度依存性が説明される。(KU)
Water Catalysis of a Radical-Molecule Gas-Phase Reaction
p. 497-501.
CHEMISTRY: Single-Molecule Catalysis
p. 470-471.

グラフェン(graphene)を張ったドラムを叩く(Beating on a Graphene Drumskin)

共鳴器は、外部の力に応じて振動するが、共鳴器をどんどん薄く、軽く作っていくと一般的には高周波数で、高い感度で振動するようになる。Bunch たち(p. 490)は、グラファイトから作ったグラフェンの極薄シートを剥がしてトレンチの間に架け渡した。この極薄シートを光学的に、あるいは、電気的にメガヘルツオーダーで振動させ、最終的には1原子層の共鳴器を実現した。(Ej,hE)
Electromechanical Resonators from Graphene Sheets
p. 490-493.

逃亡の可能性は小さくなった(Fewer Escapist Tendencies)

火星の歴史の黎明期には今日に比べて、湿潤でもっと濃い大気があった。この大気は太陽風によって宇宙空間に押し流されたと思われる。Barabash たち(p. 501)によると、火星探索機Mars Expressによる測定では、今日の火星大気の損失度合いはきわめて低い。この損失率を35億年の過去に伸ばすと、二酸化炭素の損失量は0.2-4ミリバール、水分は数センチの深さに相当する。これが正しいなら二酸化炭素も水も地下に蓄えられているか、あるいは別のメカニズムで逃げた可能性を探る必要がある。(Ej,hE)
Martian Atmospheric Erosion Rates
p. 501-503.

細菌種の別名(A Species by Another Name?)

細菌の種の定義は非常に曖昧である。なぜなら、微生物の間でよく起こっている水平遺伝子交換によって、微生物の集団が混ぜ合わさるためである。Fraserたち(p.476)は変異と組換えの頻度の分布と影響に注目し、従来データのレビューとモデリングの組み合わせによって、細菌の種分化が起こり得る状況を明確にした。(An)
Recombination and the Nature of Bacterial Speciation
p. 476-480.

娘と母親の関係のように(Like Mother, Like Daughter)

胚性幹細胞(ES細胞)に由来する組織は、治療に有用であることが判明するかもしれないが、問題は治療を受ける人の表面抗原と異なる表面抗原を持っている幹細胞が拒絶反応を受ける可能性があることだ。表面抗原を合致させる胚性幹細胞を作るために、 Kim たち(p. 482,2006-12-14号オンライン出版参照)は、マウスの胚性幹細胞の単為発生誘導を分析した。彼らは、有糸分裂の2つの異なる相から得られた卵母細胞を利用して単為発生を誘発させたが、これには細胞中に母親からの2つのゲノムのコピーが存在する。これらの胚に由来する幹細胞は卵母細胞のドナーにきっちり合致するであろう。このような単為発生に由来する幹細胞は、父親由来のゲノムが入ってないので、全部と言わないまでも多くの組織を生成できるだろう。(Ej,hE,so)
Histocompatible Embryonic Stem Cells by Parthenogenesis
p. 482-486.

肺を苦しめる(Plaguing the Lungs)

伝染病は蚤によって伝染するだけではない、例えば超伝染性(hypervirulent)の肺ペストは咳によって人々に直接伝染する。Lathemたち(p.509)は、ペスト菌からの特異的な病原性因子であるプラスミノーゲン活性化因子が宿主の細胞中に注入され、細菌の増殖と大きな肺炎症を促進することを示している。この細菌のタンパク質分解酵素は宿主の不活性なプラスミノーゲンを活性なプラスミンに変え、それによってフィブリン血餅から捕捉された細菌を遊離する。このように、治療期間中にプラスミノーゲン活性化因子を抑制すれば、病状の悪化を遅らせ、抗生物質の効き目が効を奏するであろう。(KU,hE,so)
A Plasminogen-Activating Protease Specifically Controls the Development of Primary Pneumonic Plague
p. 509-513.

禁煙(Stop Smoking)

”島(とう:insula)”と呼ばれる脳の領域は、麻薬中毒の文献中ではほとんど注目されていない。今回、Naqvi ら (p. 531)は、 脳に損傷のある患者の大集団のレトロスペクティブ(事後的)な解剖学的分析結果を報告する。その解析は、”島”を損傷した一人の患者の観察がきっかけとなった。彼は急性神経障害から回復すると、再発することなく、困難を伴う事もなく、すぐに重度のニコチン依存症を断ち切った。島(insula)の損傷は、喫煙に関連した報酬や増強作用などを弱めるというより、むしろ、喫煙衝動自体を弱めるようである。”島”(insula)部分を含む脳損傷した喫煙者と、島部分を含まない脳損傷した喫煙者では、前者の方が早く・簡単に・確実に(再発なし)禁煙できたことから、”島”は、タバコ中毒に決定的で重要な意味をもつ神経基質であることが示唆される。(ei,hE)
Damage to the Insula Disrupts Addiction to Cigarette Smoking
p. 531-534.

三者間のパートナーシップ(Three-Way Partnership)

Marquezたち(p. 513)によって、草と菌とウィルスからなる三者間の内共生がイエローストン国立公園のホットスポットで発見された。ウィルスに感染した菌が宿主草の根に感染することによって、草と菌の双方に耐熱性が与えられる。更に、菌の中のウィルスがこの耐性機能を菌に与える。ウィルスのない菌は宿主草に耐熱性を与えられなかったが、菌が再びウィルスに感染すると、また耐熱性が与えられた。(An)
A Virus in a Fungus in a Plant: Three-Way Symbiosis Required for Thermal Tolerance
p. 513-515.

表なら私の勝ち(Heads, I Win)

人間は非合理的である、ということを支持する永続的知見の一つに、我々が、得られる利得に比較して損失に対して不釣合いなほど敏感であるということがある。五分五分の賭けが提供された場合、被験者がその賭けを受け容れるか拒絶するか同程度の意向を示すためには、潜在的利得が潜在的損失の2倍になっている必要があるのだ。Tomたちは、潜在的利得および潜在的損失の大きさに変数的に対応する脳領域の集合をマップ化し、それらの領域が損失に対してより敏感であることを示している(p. 515)。更に、神経の応答における被験者間の差異は、損失に対する彼らの行動性の嫌悪の差を反映するものである。(KF)
The Neural Basis of Loss Aversion in Decision-Making Under Risk
p. 515-518.

胚中心B細胞の内幕(Inside B Cell Central)

B細胞は、高親和性抗体のために体細胞変異を担うB細胞のクローンを選択する一連の成熟段階をそれ自身が経た後にはじめて、効果的な抗体産生工場となる。このプロセスは胚中心で行なわれるが、そこは、B細胞が入手可能な抗原を求めて活発に競うところとも考えられてきた場所である。生体内顕微鏡観察を用いて、Allenたちは、胚中心B細胞の振る舞いは、少ない抗原を求めてというより、むしろヘルパーT細胞の注意を惹くために競っているとした方がより矛盾が少ない、と観察している(p. 528; 12月21日オンライン出版)。この知見は、ワクチンによって強い免疫応答を刺激するにはどうするのが最善かを考える際に有用となるだろう。(KF)
Imaging of Germinal Center Selection Events During Affinity Maturation
p. 528-531.

還元反応が皮膜深く生じている(Reduction Runs Skin Deep)

高分子電解膜を用いた燃料電池において、白金電極での酸素還元反応の活性を改良する一つの方法は、Ptをルテニウムといった他の金属と合金を作ることである。合金化がどのように活性を改良しているかを研究している過程で、Stamenkovicたち(p.493,Serviceによるニュース記事と共に1月11日のオンライン出版)は、超高度の条件下でニッケルの合金、Pt3Niの単結晶の表面を作り、その後反応条件下の溶液中で合金を調べた。彼らは、白金に比べてこの合金の(111)面の密に充填した表面が酸素還元に関して10倍以上活性である事を見出した。このより高い活性は電子構造(d-バンドセンターのマイナス移動)の変化とPtの豊富な外側の層とNiの豊富な表面下の原子層をサンドイッチしている第3の層の形成に由来しているらしい。OHのような水素を作る化合物の形成がこの表面では抑制され、酸素が表面をより多く被覆することになる。(KU)
Improved Oxygen Reduction Activity on Pt3Ni(111) via Increased Surface Site Availability
p. 493-497.

ニッチの開拓(Exploiting Your Niche)

ショウジョウバエでは、雄性の生殖系列幹細胞は、1つの娘幹細胞と、非対称細胞分裂の後で生殖細胞分化する運命にあるもう1つの細胞を産生するよう紡錘体を仕向ける。遺伝子変異と超微細構造の研究を用いて、Yamashitaたちはこのたび、紡錘体の方向付けが確立される機構を同定した(p. 518; またSpradlingとZhengによる展望記事参照のこと)。母と娘の中心体は、違った向きに方向付けられるが、その際母の中心体はニッチ-幹細胞接合部のそばに微小管によってつなぎとめられ、一方娘中心体は細胞の他の側へと遊走する。こうした中心体のアイデンティティーの違いと遊走が、異なった発生上の運命をもつ娘細胞の産生における非対称細胞分裂の機構を用意してくれている可能性がある。(KF)
Asymmetric Inheritance of Mother Versus Daughter Centrosome in Stem Cell Division
p. 518-521.
DEVELOPMENTAL BIOLOGY: The Mother of All Stem Cells?
p. 469-470.

勾配を作る(Making the Gradient)

発生生物学におけるモルフォゲンの勾配の役割はよく確立されているが、そうした勾配の確立と維持に関わる機構については議論の余地がある。Kichevaたちは、モルフォゲン輸送の動力学とショウジョウバエの翅原基におけるモルフォゲン勾配の形成について、定量的な研究を提示している(p. 521)。2つのモルフォゲンの定常状態の勾配は、4つのキーとなる動力学的パラメータによって定義される単純な指数関数的減衰によって記述することができた。(KF)
Kinetics of Morphogen Gradient Formation
p. 521-525.

違いは同じではない(Not the Same Difference)

タンパク質中の20種の共通アミノ酸は、ゲノム中では4種のDNA塩基からなる三つ組コード(4の3乗通りで計64種類の異なったコドンを表現できる)によって表されるが、それらアミノ酸の多くは1通り以上のコドンによってコードされている。異なっているが同義であるコドンは、RNAの構造と安定性に影響していて、またタンパク質翻訳率にも影響する。細菌では、それらがタンパク質フォールディングにも影響することが知られている。それらは真核生物においても同様の効果をもたらすのだろうか? Kimchi-Sarfatyたちは、ヒト多剤耐性1(MDR1)遺伝子を調べ、比較的ありふれた一塩基多型、すなわちATCをATT(どちらもイソロイシンを示す)に変え、しかも別の2つの多型性と組み合わさったもの、がタンパク質の高次構造の変化の原因となり、また薬剤や阻害薬との相互作用の変化の基礎をなす、ということを示している(p. 525、Komarによる展望記事とともに12月21日のオンライン出版)。(KF)
A "Silent" Polymorphism in the MDR1 Gene Changes Substrate Specificity
p. 525-528.
GENETICS: SNPs, Silent But Not Invisible
p. 466-467.
Strong Relationship Between DMS and the Solar Radiation Dose over the Global Surface Ocean
p. 506-508.

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