AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science January 12, 2007, Vol.315


月における元素の分化(Lunar Differentiation)

地球の核には強度の親鉄元素(HSE)が濃縮しており、ケイ酸塩から成るマントルには枯渇している。月の内部についてはこれらのことはほとんど知られてない。Day たち(p. 217) は、月の玄武岩中におけるレニウム-オスミウム (Re-Os)の同位元素とHSEの含有量を示し、月のマントルは地球のケイ酸塩マントルと類似するコンドライトのHSE比を持つが、その絶対的含有量は1/20であることを明らかにした。巨大な天体の衝突とそれに引き続いた核の形成期間中のケイ酸塩と金属の間の平衡過程が、地球でも月でもHSEをケイ酸塩マントルから核へと引き抜いたに違いない。さらにその後も隕石物質が連続して集積し、これがにマントルに新たなHSEを供給したのである。しかし、この後期の集積現象は月では地球よりも早期に終了し、この早期の降着集積終了は外殻形成による月マントルの封鎖が44億年前またはそれ以前に起きたことに関連していると考えられる。 (Ej,tk,nk)
Highly Siderophile Element Constraints on Accretion and Differentiation of the Earth-Moon System p. 217-219.

超新星の形(Supernova Shapes)

タイプIa の超新星は、距離測定ための「標準光源」として広く用いられている。Wang たち (p.212, 11月30日にオンライン出版;Leonard による展望記事を参照のこと) は、17個のそのような超新星の偏光スペクトルを集め、これらの超新星爆発の幾何形状を研究した。爆発が強力になればなるほど、放出物はいっそう球状であった。また、外側の放出物の層は、内部の層に比べ、より非一様である。これらの発見は、超新星の燃焼の物理に拘束を与えるものであり、また、宇宙論的な測定に用いられているタイプIa の超新星の光度関係をより誤差巾の狭い関係へ高めるのである。(Wt,nk)
Spectropolarimetric Diagnostics of Thermonuclear Supernova Explosions p. 212-214.
ASTRONOMY: A Supernova Riddle p. 193-194.

ネマティック・フェルミ液体(A Nematic Fermi Liquid)

ストロンチウム・ルテネイト(ruthenate)に関する以前の研究は、相転移が磁場によって起こされる量子臨界点の存在を明らかにしていた。Borziたち(p. 214,11月にオンライン出版;Fradkinたちによる展望記事参照)は、外部磁界の磁場方向によって電流が流れ易くなる方向と流れにくくなる方向が観測され、この異方性が基本となる結晶構造の正方晶対称性を破壊していることを示している。著者らは、彼らの結果が最近予測された物質の量子相、即ちネマティック・フェルミ液体と一致すること、更に電子相関が支配的である他の量子系にて観測される他のこのような珍しい相を探索するテストベットであると主張している。(hk)
Formation of a Nematic Fluid at High Fields in Sr3Ru2O7 p. 214-217.
PHYSICS: Electron Nematic Phase in a Transition Metal Oxide p. 196-197.

金のコートによる安定性(Stability from a Gold Coat)

自動車用の燃料電池の主要問題として、加速とブレーキによる繰り返しによって、酸素を還元するカソードの白金が次第に溶解していくことである。Zhang たち(p. 220;Serviceのよるニュース記事も参照)は、カーボンに担持された白金粒子上に沈着させたナノメートルサイズの金のクラスターが、過塩素酸電解質中での電気化学的な繰り返しの実験において白金の溶解を効果的に阻止することを見つけた。驚いたことに、金単独では活性が低いにも関わらず、金が触媒反応の酸素分子O2の還元を有意に抑制することはない。X線吸収端近傍スペクトル解析によると、金の存在によって白金の酸化電位が上昇したのだろう。(Ej,hE)
Stabilization of Platinum Oxygen-Reduction Electrocatalysts Using Gold Clusters p. 220-222.
CHEMISTRY: Platinum in Fuel Cells Gets a Helping Hand p. 172.

出アフリカは何時だったか?(Out of Africa When?)

いくつかの証拠によると現代人はおよそ5万年前にアフリカを出て、約4万年前に中央ヨーロッパや西ヨーロッパに到達したと思われる。北ヨーロッパとアジアに住み着いた時期を明確にするのは困難であるが、理由は北ヨーロッパが氷で覆われていたこと、その東側は氷は無かったにしても凍土であった。(Goebelによる展望記事参照) Anikovich たち(p. 223)は、ロシアのドン川(モスクワの約400マイル南)に接する旧石器時代の考古学遺跡での放射性炭素とルミネッセンスによる年代測定から、この遺跡が45000年前であることを示した。この時代からの化石は多数がヨーロッパやアジア中に散乱しているにも関わらず、アフリカから得られたものがほとんど無いことで、比較が難しく、上記仮説を確かめるのは困難であった。Grineたち(p. 226)は1952年に南アフリカのHofmeyrで発見された36000年前の頭蓋骨に付着していた石英のルミネッセンス測定を行った。その結果、この頭蓋骨は現代ヨーロッパの頭蓋骨より原始的特徴を有しているが、サハラ以南のアフリカでの現代人類の出現と整合したいくつかの特徴を備えていた。(Ej,hE,nk)
ANTHROPOLOGY: The Missing Years for Modern Humans p. 194-196.
Early Upper Paleolithic in Eastern Europe and Implications for the Dispersal of Modern Humans p. 223-226.
Late Pleistocene Human Skull from Hofmeyr, South Africa, and Modern Human Origins p. 226-229.

二次的な干渉(Interference in the Secondary)

RNA干渉(RNAi)のエフェクター分子は小さな干渉性RNA(siRNA)である。 "一次的" siRNAsの初期集団は、長さが約22-ヌクレオチドの 5'一リン酸グループであり、ダイサーヌクレアーゼによって産生される。初期のトリガー集団の増幅と伝播によって多くの系におけるRNAi 応答が強化され、これにはRNA-依存性RNAポリメラーゼが関わっていると思われる(Baulcombeによる展望記事参照)。この二次的な応答の性質を調べるために、Pak and Fire (p.244,11月23日、オンライン出版)、およびSijen たち(p. 244,12月7日、オンライン出版)は、線形動物の線虫(Caenorhabditis elegans)で実験的に誘発されたRNAi反応の成り行きを解析し、さらに内在性の低分子RNAを調べた。彼らはメッセンジャーRNAターゲットにアンチセンスな二次的siRNAsの別の集団を見つけた。この集団は、5'末端にdi-またはtri-phosphateの部分を持っており、元の二本鎖DNAトリガーの上流と下流の双方に配置している。一次的siRNAsは RdRP(RNA-directed RNA polymerases) のプライマーとして働くようには見えないが、RdRPをガイドして標的のメッセンジャーに導き、さらにRNAiの応答を助長する二次的siRNAsの新規合成に至る。(Ej,hE)
MOLECULAR BIOLOGY: Amplified Silencing p. 199-200.
Distinct Populations of Primary and Secondary Effectors During RNAi in C. elegans p. 241-244.
Secondary siRNAs Result from Unprimed RNA Synthesis and Form a Distinct Class p. 244-247.

軽視されてきた性感染症病原体のゲノム配列(Genome of an Often Disregarded Pathogen)

トリコモナス原虫(Trichomonas vaginalis)はありふれたものであるが、往々にして看過されてきた性感染症病原体であり、男女の泌尿生殖管でコロニーを形成する。Carltonたち(p.207;表紙参照)はこの原虫のゲノムに関して報告しており、160メガベースという今まで知られている他のいかなる寄生虫のゲノムより格段に大きく、このことはミトコンドリアとペルオキシソームを欠いているが、その代わりにヒドロゲノソームと言う細胞小器官を持っているこの原虫に関する洞察を与えるものである。このゲノムの高度に反復性の特質はゲノムのサイズを、結果として細胞容積を大きくしており、この反復性がこの寄生虫に細菌や宿主上皮細胞の食作用に対する選択優位性を付与しているらしい。(KU)
Draft Genome Sequence of the Sexually Transmitted Pathogen Trichomonas vaginalis p. 207-212.

偏りのある遺伝(Biased Inheritance)

T細胞の二つの主要な系統、αβT細胞とγδT細胞はその機能面と作用する場所で大きく異なっているが、胸腺内では共通の前駆体を分かち合っている。一個の細胞の運命がどのようにして別れ別れに決定されるかは、正確には分かっていない。Melicharたち(p.230)は、胸腺におけるγδT細胞系統への選択が転写因子Sox13によって制御されており、この因子がγδT細胞の発生を助け、更にはその発生を促しており、一方ではαβT細胞系統への分化を妨げているという証拠を示している。著者たちは、Sox13がWNTタンパク質-仲介の中心的なT細胞発生のシグナル伝達経路の重要なエフェクターを抑制していると述べている。(KU)
ß T Lymphocyte Differentiation by the Transcription Factor SOX13 p. 230-233.

生息域の縮小における面積と孤立化の影響(Area Versus Isolation in Habitat Reduction)

世界的に市街地や農耕地が拡大することで、自然生息区画(habitat patches)の広範囲な面積縮小や孤立化が進展してきた。Ferrazたち(p.234)は、大規模な実験的視点からこの現象を調べるために、ブラジルアマゾン中央部の森林に生息する55種類の鳥の占有ダイナミクスに対する、生息区画(patch)の大きさや孤立性が与える影響を定量的に調べた。孤立化の影響はしばしば負の影響与えるが種によってかなり変わるのに、生息区画(patch)の大きさの縮小は、種の出現に対して常に強く負の影響があった。このように孤立化は重要であるが、孤立化に関わらず、面積の限定によるだけで多くの種が小さな区画に存在しなくなる。(TO)
A Large-Scale Deforestation Experiment: Effects of Patch Area and Isolation on Amazon Birds p. 238-241.

種々のユビキチン(One Ubiquitin, Two Ubiquitin, Three Ubiquitin, Four)

よく知られているように、タンパク質のユビキチン結合の役割は制御されたタンパク質の分解である。MukhopadhyayとRiezman(p.201)は、細胞内のシグナル伝達やエンドサイトーシス(飲食作用)、及びタンパク質ソーティングを含めた他の細胞経路におけるタンパク質ユビキチン結合の寄与に関してどのようなことが知られているのかをレビューしている。(KU)
Proteasome-Independent Functions of Ubiquitin in Endocytosis and Signaling p. 201-205.

チューブワームの代謝を再構築する(Reconstructing Tube Worm Metabolism)

深海の熱水噴出口に棲息するチューブワーム(Riftia pachyptila)は、細菌性の硫化物を酸化する内部共生体の宿主となっている。その微生物はこれまで培養されたことはなく、遠く離れたほとんど隔絶された環境に棲息し、深海の熱水噴出口における高い一次生産性の基礎を形作っている。Markertたちは、この共生生物の代謝についての再構築を進展させて、酸化ストレスや二つの炭素固定経路、更には硫化物の酸化経路に関わる機構まで明らかにしている(p. 247; またFisherとGirguisによる展望記事参照のこと)。特に、彼らは、異なった生理的なニッチにいる共生生物を比較するだけでなく、相対的なタンパク質の化学量論を推測することを可能にした。(KF,hE)
Physiological Proteomics of the Uncultured Endosymbiont of Riftia pachyptila p. 247-250.
MICROBIOLOGY: A Proteomic Snapshot of Life at a Vent p. 198-199.

繊細な相互作用を記述する(Describing Delicate Interactions)

生物学的ネットワーク、とりわけ一過性のネットワークに関する相互作用の親和性(affinities)を数量化することは難しい課題であった。MaerklとQuakeは、一過性かつ低親和性の相互作用の測定を可能にする高スループットの微小溶液(microfluidic)プラットフォームについて記述しており、更に4種の真核生物の転写制御因子のDNA結合エネルギー図を解析した(p. 233)。2つのケースで、転写制御因子がどの遺伝子に結合して制御しそうかを予想するのに、その結合の特異性が利用された。(KF)
A Systems Approach to Measuring the Binding Energy Landscapes of Transcription Factors p. 233-237.

ステルス遺伝子(Stealth Genes)

多くの細菌が遺伝子交換(gene swapping)にたずさわっているが、遺伝子の水平伝播を容易にし、制御しているその機構は不十分にしか理解されていない。Doyleたちは、水平方向に伝達されるプラスミドは、そのプラスミドが新しい細菌性宿主に入る際に、その生理に対する妨害が最小で済むよう助けてくれる遺伝子をもっていることを発見した(p. 251)。このステルス遺伝子産物は、グラム陰性の細菌性宿主によってコードされるH-NS DNA結合タンパク質に非常によく似ている。H-NSは普遍的リプレッサとして作用し、ゲノム全体にわたって転写をサイレンスする。このステルス遺伝子が無効なときには、宿主のトランスクリプトームに対して、細菌の適応度や病原性への影響も伴う広範な変化が存在するのである。他のプラスミド上や、水平方向に伝播されると考えられてきた病原性の島など、遺伝因子上に同様の遺伝子が出現していることは、ステルス戦略が広く利用されていることを指し示している。(KF,hE)
An H-NS-like Stealth Protein Aids Horizontal DNA Transmission in Bacteria p. 251-252.

フィコビリンを含むピコプランクトン(Phycobilin-Containing Picoplankton)

picobiliphytesと呼ばれる、プランクトン性の海の藻類の集合が、分子的な方法でNot たちによって発見された(p. 253)。著者たちは、冷たく穏やかな海岸の海洋生態系からこれらの生物体の小さな細胞を単離し、その藻類がフィコビリン(phycobilin)として知られる色素を含み、核形態(nucleomorph)をもつことを発見した。著者たちは、これらはおそらく内共生に関与する屈光性の生物体であると推測している。(KF)
Picobiliphytes: A Marine Picoplanktonic Algal Group with Unknown Affinities to Other Eukaryotes p. 253-255.

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