AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science November 3, 2006, Vol.314


アルツハイマー病の発見から100年の歴史(Alzheimer's Disease After 100 Years)

1906年11月3日ドイツのチュービンゲンにおいて、アロイス・アルツハイマーは記憶障害、認知障害、行動障害を伴う神経変性疾患としてアルツハイマー病を最初に記述した(表紙も参照)。Goedert と Spillantini (p. 777)はこの病気の分子病理学で知られていることをまとめた。過去25年以上にわたって、脳内でのタンパク質の沈着が病気の原因であることがはっきりしてきた。分子生理学的にはこの病気は、アミロイドβ蛋白質に富んだ粘々したプラークとタウ蛋白質を含む繊維状のもつれが脳内に存在することで確認される。それらは通常は溶解性の物質である。Roberson と Mucke (p. 781)は、治療法について総括し、病気に苦しめられている患者の認知能力を延長し、生活の質(QOL「quality of life」)をできるだけ延ばすために脳内の病理過程を遅らせるあるいは予防する方策の見込みを述べている。(Ej,hE,nk,so,KU)
A Century of Alzheimer's Disease p. 777-781.
100 Years and Counting: Prospects for Defeating Alzheimer's Disease p. 781-784.

海の変化に対応する必要性(A Need for a Sea Change)

海洋における生物多様性の低下が人類に及ぼす重要性を評価することは困難であった。一連のメタ分析から、Wormたち(p.787; Stokstadによるニュース記事参照)は、局所的な、地域的なそして地球規模のスケールにおける海洋生物多様性の損失が、海洋生態系の機能と安定性、生態系が生み出す価値ある働きの流れ、そして人類に関係するリスクの増大に対してどのように影響するのかを測った。小規模な平方メートル単位の区画から海洋盆全体の規模の範囲で、生物多様性の変動と生態系サービスとの間には同様な関係が生じている。この発見は、小規模な試験でも、大規模な海洋変化の予測に使えることを示している。この分析は、現在の多様性損失の割合からすると、2050年までに水産業として有用な魚類や無脊椎動物の種は、もはや生存出来なくなっているだろうということを示している。しかし、この結果はまた、種の損失の傾向がいまだ逆転出来る可能性をも示している。(TO,Ej,nk)
Impacts of Biodiversity Loss on Ocean Ecosystem Services p. 787-790.

宇宙の衝撃波(Cosmic Shock Waves)

多数の銀河が群れ集まった銀河団は、その周りの物質が重力効果で落下してくることによって成長する。落下物質が銀河団の縁と衝突すると周辺衝撃波が発生すると考えられている。Bagchi たち(p. 791;Enslinによる展望記事参照)は多数の電波望遠鏡を並べたVLA電波干渉計を使って、このような衝撃波を出していると思われるリング状電波放出源を検出した。巨大な一対の電波放出アークがAbell 3376クラスターを包むように配置されており、その大きさと輝度は宇宙衝撃波のそれと整合している。この巨大な衝撃波は、その構造形成過程に伴ない、宇宙線や粒子の加速器としての作用もしていると思われる。(Ej,hE,nk)
Giant Ringlike Radio Structures Around Galaxy Cluster Abell 3376 p. 791-794.
ASTRONOMY: Radio Traces of Cosmic Shock Waves p. 772-773.

2つの行為の昇華(Sublimation in Two Acts)

分子が結晶化するかあるいアモルファスになるかの研究では、これまでコロイド粒子を分子と見なしての模擬実験が行なわれてきた。Savage たち(p. 795;およびFrenkelによる展望記事参照)は、逆の問題、すなわち表面結晶の昇華現象、の研究にコロイドを使用した。。温度を急に上げて結晶を不安定化させると大きな結晶からゆっくり昇華した。結晶が臨界サイズに達した後は、ガス化する前に結晶は急に準安定な液体になった。この急激な変化環境では、結晶は高密度のアモルファス層で囲まれている。この知見は昇華分子系の挙動とか、球状タンパク質のような他の系の遷移とも関連しているであろう。(Ej,hE,nk)
Imaging the Sublimation Dynamics of Colloidal Crystallites p. 795-798.
MATERIALS SCIENCE: Colloidal Encounters: A Matter of Attraction p. 768-769.

量子井戸が深くなる(Quantum Wells Run Deep)

半導体基板上に成長させた金属薄膜は、電子の閉じ込めによって作られる量子井戸状態を示す。Si(111)面に成長させた原子的に均一な銀薄膜からのSpeerたち(p.804,Walldenによる展望記事参照)による光電子放出の研究により、高レベルのn型ドーピングした基板に関して付加的な電子縞の特徴を示している。銀薄膜の格子のミスマッチや不整合成長にもかかわらず、回折波に似たこれらの特徴は、Si基板内に深く拡がり、かつSiのバンドエッジ近傍の伝播状態と干渉する銀薄膜からの電子状態に由来している。僅かにn-ドープした試料やp-ドープした試料では、バンドの屈曲があまりにも狭くてSiの電子状態と銀薄膜の電子状態の十分な重なりが出来なくなっている。(KU)
Coherent Electronic Fringe Structure in Incommensurate Silver-Silicon Quantum Wells p. 804-806.
PHYSICS: Beyond the Particle in the Box p. 769-770.

比重の重い燃料から水素へ(From Heavy Fuels to Hydrogen)

バイオマス(再生可能な、生物由来の有機性エネルギーや資源、ただし化石燃料は除く)を油および重液に変換することは可能であるが、多くの応用に対してはこれらの燃料を水素あるいは合成ガス(一酸化炭素と水素の混合物)にすることが望まれている。しかしながら、これらの液体の低い揮発度により、しばしば触媒と長い接触時間を持つことになり、その結果、燃料の中にはしばしば触媒を不活性にしてしまう炭素に変換されるものがある。Salgeたち(p. 801)は、もし大豆油やバイオディーゼルのような重燃料が、酸素の存在下で既に熱いロジウム-セリウム触媒へ微細な液滴として噴霧されるならば、その反応熱により付加的な加熱することなくその液滴を更に分解し、(一酸化炭素や二酸化炭素のような他の主な生成物とともに)十分に水素に変換することを見つけている。これらの反応は非常に速く(50msec以内の総接触時間)、20時間の動作後でも不活性化の現象は見られなかった。(hk)
Renewable Hydrogen from Nonvolatile Fuels by Reactive Flash Volatilization p. 801-804.

太陽系星雲のパッチワーク(A Patchwork Solar Nebula)

我々の太陽系と地球の分化におけるごく初期の過程を理解するため、長寿命のネオジウム(Nd)−サマリウム(Sm)の放射性崩壊の系を用いることできるかどうかは、初期の太陽系の同位体比を知ることが可能かどうかに依っている。しかしながら、いくつかの隕石で測定された Nd 同位体のレベル間には広範囲の変動が存在しており、地球のサンプルに匹敵するものである。二つの報告は、初期太陽系星雲がこの年代決定系やバリウム同位体の観点からでは、十分に混合されていないことを示している(Kerr による 10月6日付けニュース解説を参照のこと)。コンドライトと地球でのサンプル間に見られる Nd同位体の変動は、ある種の Nd 同位体が地球深くに隔離されているという示唆を与えている。Andreasen と Sharma (p.806) は、原始の炭素質コンドライト隕石における NdとSm同位体を測定し、隕石間の変動は実在のものであること、そして、隕石間の変動は、通常コンドライト、ユークライト(Vestaからのもの)や地球上の標準値に比べると、炭素質コンドライトがp過程(光分解)による核種の欠如を受けていることが主な原因であることを見出した。Ranen と Jacobsen (p.809) はコンドライト中のバリウム同位体を測定し、それらも、また、隕石のタイプ間における変動を示すことを見出した。それらについて、彼らは、原始太陽系星雲がは不均一であったことを意味するものとして説明している。コンドライト隕石は、他の隕石とは別の場所で形成され、地球に比べ超新星由来の物質を多く含んでいるのである。(Wt,nk)
Solar Nebula Heterogeneity in p-Process Samarium and Neodymium Isotopes p. 806-809.
Barium Isotopes in Chondritic Meteorites: Implications for Planetary Reservoir Models p. 809-812.

孔なのか、ふるいなのか、ゲルなのか?(Pores, Sieve, or Gel?)

核膜孔複合体はふるいのような挙動をしている--核とサイトゾルの間を低分子は自由に通過するが、30キロダルトンを越える巨大分子の通過を阻害する。いわゆるFG-richなヌクレオポリンの繰り返し(このものは本質的には折り畳まれていないタンパク質ドメインであり、このドメインは親水性のスペーサ領域で分離された疎水性のアミノ酸の短いクラスターを含んでいる)が、この障壁を形成していると考えられているが、しかしながらこの障壁の機能的な組織化は推測の域を出ていない。Freyたち(p. 815;Burkeによる展望記事とElbaumによる展望記事参照)は、これらのFG-richな繰り返しが拡がった高次構造中で生じており、非共有結合性(それ故に可逆性の)のハイドロゲルを形成していることを示している。疎水性の架橋結合により個々のポリペプチド鎖が連結し、核膜孔複合体の機能にとって決定的な三次元のふるい様の構造を作っている。(KU,so)
【訳注】FG-rich:Phe(F)とGly(G)を多く含む反復配列
FG-Rich Repeats of Nuclear Pore Proteins Form a Three-Dimensional Meshwork with Hydrogel-Like Properties p. 815-817.

神経突起の伸展と膜輸送(Neurite Extension and Membrane Trafficking)

ニューロンは、長さ1メートル以上にも至るほど神経突起を伸展させる。神経突起の形成には、細胞骨格の再構築と膜輸送の双方が必要である。ShiraneとNakayamaはこのたび、1つのタンパク質、protrudinを同定したが、これは神経成長因子によって引き金を引かれる神経突起の伸展にとって必須のものである(p.818)。protrudinは、細胞表面への膜輸送における分子スイッチとして機能するタンパク質Rabllに結合し、その活性を抑制する。(KF,so)
Protrudin Induces Neurite Formation by Directional Membrane Trafficking p. 818-821.

長寿命への冷たい生き方(A Cool Way to a Long Life)

食事におけるカロリー制限は、種々の生命体において寿命を延ばすことになるが、哺乳類においては、その結果生ずる身体深部の体温低下こそが、その1つの強力な理由として提案されている。Contiたちは、視床下部内のhypocretin-産生ニューロンにおいて、ミトコンドリアの脱共役タンパク質2を過剰発現するトランスジェニック・マウスを産み出したが、これは身体深部温度をおよそ0.5度低下させるものである(p. 825; またSaperによる展望記事参照のこと)。カロリー制限がない状態で、こうした"coolな"マウスの寿命の中央値は、野生型の同腹仔の寿命よりおよそ15%長かった。(KF)
  Transgenic Mice with a Reduced Core Body Temperature Have an Increased Life Span p. 825-828.  
BIOMEDICINE: Enhanced: Life, the Universe, and Body Temperature p. 773-774.

人生は公正ではない(Life Isn't Fair)

2人のプレイヤーによる最後通牒(ultimatum)ゲームにおいては、第1のプレイヤーによる、総金額を不均等に分けようという低い申し出(low offers)は不公平だと考えられてしまう。第2のプレイヤーは、そうした低い申し出を受け入れる(その場合には、第1のプレイヤーが半分以上のお金を持って立ち去ることになる)か、それを拒絶する(その場合には、双方のプレイヤーとも何も得られない)かを選択することができるが、それは利己的行動と義憤との競合を反映した結果である。背外側前頭前野(DLPFC)が、この意思決定プロセスにおいて役割を果たしていると考えられている。Knochたちは反復性経頭蓋刺激を用いて、DLPFC機能を妨害することで、これを直接的に検証した(p. 829、10月5日にオンライン出版)。DLPFC活性を抑制することで、競合的な動機付けは、利己的な行動、不公平な申し出の受諾の方向に傾いたのであった。(KF)
Diminishing Reciprocal Fairness by Disrupting the Right Prefrontal Cortex p. 829-832.

髄鞘を身に着ける(Donning the Myelin Sheath)

髄鞘は軸索を電気的に絶縁し、ニューロンのインパルスの伝導性をより効率的にしている。Chanたちは、シュワン細胞がいかにして軸索のミエリン形成を始めるかを検討している(p. 832)。ニューロンの培地において、細胞極性タンパク質であるPar-3は、Schwann細胞が軸索と会合する場所に局在化して、シュワン細胞とニューロンとの間の接合部に脳由来神経栄養因子(BDNF)受容体の補充を促進する。軸索とシュワン細胞間のBDNF-依存的シグナル伝達により、次にミエリン形成の開始を保証する。このPar-3極性から生じる局在化したシグナル伝達は、ミエリン形成が適切な場所で開始するのを保証する助けとなっているのかもしれない。(KF)
The Polarity Protein Par-3 Directly Interacts with p75NTR to Regulate Myelination p. 832-836.

膨潤するゲルのパターン(Swell Gel Patterns)

ベローゾフ・ジャボチンスキー振動反応系(Belousov-Zhabotinsky reaction system)では、化学的振動が関与しており、時間的、空間的な周期性の挙動を示す。この反応はひとつ、あるいはより多くの反応物濃度の局所的な変化によってもたらされる金属の酸化状態の周期的な変化によって特徴づけられる。もし、この反応がポリマーゲル中で生じる場合、局所的な濃度変化によりゲル膨潤の変化が引き起こされる。以前のモデルでは一次元系でこの種の影響を捉えており、ゲルの体積が収縮したり膨らんだりする。YaskinとBalazs(p.798)はこれを二次元系へと拡張し、同様にゲルの形状が変化する。パターンや形状の多様性はゲルの次元に依存している。(KU,so)
Pattern Formation and Shape Changes in Self-Oscillating Polymer Gels p. 798-801.

生物多様性の変化を予測する(Predicting Changes in Biodiversity)

環境変化による生物多様性の影響を予測するには、環境変化が種の相対的な拡がりと同様にある任意の場所をどのような種が占有するかに影響をもたらすかどうかの理解が必要である。Shipleyたち(p.812、10月5日のオンライン出版;McGillによる展望記事参照)は、このような疑問に答えるための定量的な方法を開発し、そして南フランスにおける農業放棄後の土地における42年間の系統推移のプロセスからのデータセットを用いて、この定量的方法の有効性を調べた。彼らの方法は、高いレベルでの正確さでもって集団の組成と相対的な存在量をうまく予測している。(KU)
From Plant Traits to Plant Communities: A Statistical Mechanistic Approach to Biodiversity p. 812-814.
ECOLOGY: A Renaissance in the Study of Abundance p. 770-772.

光化学系の問題点と解答(Questions and Answers in Photosystem )

水のO2への酸化反応は、光化学系(PS)におけるMn4Caのクラスターによって触媒される。最近発表されたPSの結晶構造は重要な洞察を与えるものであるが、Mn4Caの触媒中心の構造は不明である。Yanoたち(p.821)は偏極X線吸収広域微細構造(EXAFS)データを用いて、Mn4Caの構造モデルを示しており、更に偏極EXAFSとx-線回折データからの情報を結び付けて、PSのタンパク質環境内でこれらのモデルを当てはめた。最もよく当てはまるモデルは、x-線構造モデルで提唱された構造とは異なっている。(KU)
Where Water Is Oxidized to Dioxygen: Structure of the Photosynthetic Mn4Ca Cluster p. 821-825.

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