AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science June 2, 2006, Vol.312

→→→ 特集:小惑星イトカワの「はやぶさ」


一次元の強磁性か?(One-Dimensional Ferromagnetism?)

ワイアがより細くなるに従い、そのコンダクタンスは2e2/hの倍数で量子化される。ここででeは電子の電荷、hはプランク定数、そして項の最初の係数2は2つのスピンチャネルがあることに起因する。たとえば、磁場によって縮退が解かれるときだけ、コンダクタンスはe2/hの値を示すことが予測されている。しかしながら、Crookたち(p.1359)は、このシナリオが成立していない証拠を示している。彼らは、磁場のないところでe2/hのプラトー領域を発見し、一次元ガリウム砒素(GaAs)ワイアにおける自発的スピン分極、或いは強磁性の点から結果を説明している。(hk,Ej)
Conductance Quantization at a Half-Integer Plateau in a Symmetric GaAs Quantum Wire p. 1359-1362.

エアロゾルの寸法を見る(Sizing Up Aerosols)

どのようなエアロゾル粒子が雲の凝結核(Cloud Condensation Nuclei:CCN)として振舞うかを決定することは、エアロゾルと雲との相互作用やその結果としての気候への影響について理解するためにきわめて重要である。しかし、CCNの形成は多くの物理的、化学的な経路を含む複雑な一連のプロセスによって生じると考えられており、モデル化にあたってパラメータで表すことが常に困難であった。Dusek たち (p.1375; Rosenfeldによる展望記事参照)は、計測されたCCN濃度が多様なタイプのエアロゾルに関する主にサイズ分布の計測値とCCN活性化における化学的影響に関する粗いパラメータ化(crude parameterization)のみを使うことでうまく近似することができた。この結果がもし一般的であれば、雲と気候をモデリングする分野において、地域的あるいは世界的なモデルにおける雲の物理現象へのエアロゾル効果の扱いをかなり単純にするであろうし、そしてリモートセンシングデータからCCN総量が推定できるようになる。(TO,Ej)
Size Matters More Than Chemistry for Cloud-Nucleating Ability of Aerosol Particles p. 1375-1378.
ATMOSPHERE: Aerosols, Clouds, and Climate p. 1323-1324.

熱の鼓動(Beats of Heat)

太陽大気は、赤道近くでは約25日の周期で、また、極の近くでは35日の周期で回転している。その結果、磁力線のねじれが、同様の時間スケールでの太陽エネルギーのパルスを発生させる。太陽からの極端紫外線放射は、惑星の上層大気、すなわち、熱圏の加熱源である。Forbes たち (p.1366; Muller-Wodarg による展望記事を参照のこと) は、火星の熱圏における27日周期の揺らぎを見つけ、これを同時に行われた地球の測定結果と比較した。地球の上層大気の温度変化の脈動は火星の信号の2倍強い。その相違は、太陽からの距離とCO2 による冷却効果との組み合わせにより発生する。これらの共同観測は、惑星大気の基礎モデルにおける CO2 冷却率に制限を与えるものである。(Wt)
Solar Rotation Effects on the Thermospheres of Mars and Earth p. 1366-1368.
PLANETARY SCIENCE: Exploring Other Worlds to Learn More About Our Own p. 1319-1320.

STMチップからの燃えるような光電子(Firing Photoelectrons from STM Tips)

走査トンネル顕微鏡(STM)によって得られる高い空間分解能を用いる事で、STMチップから一個の分子へ光励起電子を移動させた。Wuたち(p.1362, 4月20日のオンライン出版)は、金属の上に成長させた酸化物薄膜にマグネシウムポルフィンを吸着させ、次にSTMチップ近傍で赤外光から緑色光の領域の入射光を照射した。分子は2段階の、フォトン-アシスト共鳴トンネル効果の経路を経由して電子を受け取った。この方法により、励起状態と荷電状態を位置とフォトンエネルギーの関数としてマップに詳細に描く事が出来る。(KU)
Atomic-Scale Coupling of Photons to Single-Molecule Junctions p. 1362-1365.

初期の分化に関する娘核種による確証(Daughter Confirmation of Early Differentiation)

短寿命の同位体142Ndは太陽系の歴史における最初の5千万年内で起こった事象の年代推定に用いられる。地球からのサンプルでは、明らかに初期の隕石のそれとは異なる20ppmほど高い142Nd/144Ndの比を示している。この事は地球のマントル内の初期のある事象、即ちより低い142Nd/144Ndの値を持つ相補的な貯蔵庫が後年の地質学的なプロセスから除外された事を暗示している。Rankenburgたち(p.1369)は、月からのサンプルでは同位体的に地球とではなく隕石に似ている事を示している。この結果は地球での初期の分化に関する説明を支持しており、月における広範囲の融解が、太陽系の形成後も2億2千万年ぐらい持続していた可能性を示唆している。(KU)
Neodymium Isotope Evidence for a Chondritic Composition of the Moon p. 1369-1372.

優れものを認識して育てる(Recognizing a Good Thing Growing)

イチジクの化石が、11,400年ほど前の近東のヨルダン渓谷(Jordan Valley)における幾つかの遺跡で出現している。Kislevたち(p.1372;Gibbonsによるニュース記事参照)はこの化石サンプルに関して記述しており、これらのイチジクが受粉せずに実を形成して熟すというイチジクの一変種であることを示している。この変異は幾つかのイチジクの木に由来しているが、しかしながらこの沢山の遺物の量を考えると、人がこの珍しい木を認識し、枝を分枝して普及させた事を暗示している。この種の活動の証拠は、最も初期の農業形態の一つを特徴付けるものであろう。(KU,Ej)
Early Domesticated Fig in the Jordan Valley p. 1372-1374.

腸内細菌の分布状態の把握(Getting to Grips with Gut Flora)

少なくとも10兆個の微生物が人の大腸に存在しており、これらの同居がないと、我々は大量の食べ物を処理する事が出来ず、かつ経口摂取される毒素による損傷を受けやすくなる。Gillたち(p.1355)は、ヒト腸内細菌の分布状態に関する詳細なメタゲノム解析を報告している。結腸の細菌と古細菌は腸壁を無傷にし、そして健康状態に保つだけに役立っているわけではない。これらの細菌は植物性の炭水化物を消化するために一連の配糖体加水分解酵素を供給したり、或いは線維質の短鎖脂肪酸への発酵のための生物の栄養連鎖、水素を除去するメタン生成、アミノ酸やビタミンを合成する手段、そして植物性のフェノール類からテトラクロロエチレンに至る生体異物の化学的変化への経路を供給している。(KU)
Metagenomic Analysis of the Human Distal Gut Microbiome p. 1355-1359.

高地マンガベイについての最新追加情報(More on the Highland Mangabey)

2005年、タンザニア南西部の高地マンガベイであるLophocebus kipunjiについての報告が発表された。その段階では、写真情報しか得られてなかった。しかし、最近になって検体が入手できたため、形態学的、かつ、分子的パラメータまでも評価が可能になった。Davenport たち(p. 1378, 2006年5月11日、オンライン出版)は、 このkipunjiはLophocebusよりもPapioに近いと言う証拠を示している。そのため、Rungwecebusと名づけた。これは過去83年間無かった新種の実存する霊長類の属の発見であり、この絶滅の危機にあるサルの生態学的研究結果を紹介している。(Ej,hE)
A New Genus of African Monkey, Rungwecebus: Morphology, Ecology, and Molecular Phylogenetics p. 1378-1381.

発生、ストレスおよび寿命(Development, Stress, and Life Span)

細胞周期チェックポイントタンパク質はゲノムの損傷に応答して細胞分裂を抑止し、発生には重要な働きをするが、非分裂細胞にとっては、これらタンパク質は、更に細胞を維持するための役割も演じるらしい。Olsen たち(p.1381)は、 成体の線虫では、有糸分裂後の体細胞中のチェックポイントタンパク質の機能の減少が、遺伝子の発現を増加させるトリガーとなり、それによって生物体がストレスに強くなることを示した。この適応応答によって生物の生存率を増加させ、最大25%も寿命を延ばす。このように、チェックポイントタンパク質は、生物体全体のストレス、生存、正常加齢に対する感受性を制御しているようだ。(Ej,hE)
Checkpoint Proteins Control Survival of the Postmitotic Cells in Caenorhabditis elegans p. 1381-1385.

昆虫の形成(The Making of an Insect)

昆虫では、成虫原基が幼虫から成虫への変態をコントロールしている。正常な脚および羽の全てを有する適当なサイズの成虫を形成するため、原基が発生・分化しなければならない。Trumanたち(p. 1385;LeopoldとLayalleによる展望記事を参照)はここで、スズメガ(Manduca)の幼虫において原基の発生・分化を調節するプロセスを解析した。原基における細胞増殖は、幼虫がいかに十分に餌を採っていたかに依存しており、一方で、成虫の構造への分化は、その存在により分化を抑制する幼若ホルモンにより調節される。(NF)
Juvenile Hormone Is Required to Couple Imaginal Disc Formation with Nutrition in Insects p. 1385-1388.
DEVELOPMENT BIOLOGY: Linking Nutrition and Tissue Growth p. 1317-1318.

膜を通過(Getting Across the Membrane)

細菌は、ビタミンB12や鉄などの必須栄養素を、これらの化合物を封鎖してペリプラズマ(膜間)部分に輸送する外膜タンパク質のファミリーを介して取得する。このファミリーの構成分子は、全てバレル様構造を採用し、そしてプラグとして機能する一つのドメインを有する。TonBと呼ばれるグラム陰性細菌の内膜タンパク質が関与していること、そしてTonBがトランスポーターをプラグから取り除くためのエネルギーを供給することが知られているが、どのようにして栄養素がバレル構造を介して移動するかは明らかにはなってない。Shultisたち(p. 1396)およびPawelekたち(p.1399)は、それぞれ、ビタミントランスポーターBtuBとTonBのC-末端ドメインとのあいだ、および鉄トランスポーターFhuAとTonBのC-末端ドメインとのあいだで、それぞれ形成される複合体の構造を3.3Åの解像度で決定した。両方の事例において、TonBはプラグの一部分を誘導して鎖状構造を形成し、それがシート状構造を形成する。(NF)
Outer Membrane Active Transport: Structure of the BtuB:TonB Complex p. 1396-1399.
Structure of TonB in Complex with FhuA, E. coli Outer Membrane Receptor p. 1399-1402.

イナゴの行進(March of the Locusts)

ワタリバッタ類(イナゴなど)の群れは地球上の地表の広い領域を侵し、この地球上に生きる10人に1人の生活に影響を与えているものとみられる。ワタリバッタ類の激増を効果的に管理するキーは、地上を動き始めた幼虫を早期に検出することである。というのも、飛行している群れを制御するのはコストがかかり、効果がないからである。Buhlたちは、ワタリバッタ類が集団行動を始めるための臨界密度がある、ということを明らかにしている(p. 1402; またGrunbaumによる展望記事参照のこと)。この行動の開始は、グループ内の各個体が無秩序な移動をしていたのが、突如、高度に整った集団性の行動に切り替わることによって特徴付けられる。そうした移り変わりの非直線性は、密度の小さな増加によって急激な変化が生じ、それが集団行動に帰結するということを意味している。この結果は、統計物理学における無秩序から秩序への相転移のモデルから得られる予測に合致するものである。こうしたモデルは、実験室実験から現場での巨大集団へとスケールを大きくすることを可能にし、そのことをワタリバッタ類の激増を制御するための計画に役立てることができる。(KF)
From Disorder to Order in Marching Locusts p. 1402-1406.
BEHAVIOR: Align in the Sand p. 1320-1322.

ALSにおけるSODの初期と後期の影響(Early and Late Effects of SOD in ALS)

筋萎縮性側索硬化症(ALS)は、主として上位および下位運動ニューロンに影響を与える進行性の神経変性疾患であり、一般にはCu-Zn-スーパーオキシドジスムターゼ(SOD1)の優性変異の結果生ずる毒性によって引き起こされる。SOD1変異体のニューロン性毒性は細胞非自律的(non-cell autonomous)なものであるようだが、どの細胞型が損傷を仲介するか、またそれが病気のどの相で生じるかは未だはっきりしていない。Boilleeたちは、運動性ニューロンと脊髄のミクログリア-免疫細胞という2つの細胞型において変異体SOD1を選択的に除去し、前者はタイミングと初期の病状悪化に影響しており、一方後者は発病後の病状悪化の進行を支配している、ということを示している(p. 1389)。(Kf,hE)
Onset and Progression in Inherited ALS Determined by Motor Neurons and Microglia p. 1389-1392.

イネの栽培化の一歩一歩(Rice Domestication, Step by Step)

イネは、今日のもっとも重要な作物の1つだが、またもっとも古くからある作物の1つでもある。イネの栽培化における主要な因子は、ヒトによる収穫を容易にする成熟後の穀粒の保持である。最近、ある単一塩基の変化によって穀粒の保持が制御されるという、推定上の転写制御因子が同定された。Konishiたちは、穀粒の保持を制御する2番目の遺伝子を同定したが、これもまた推定上の転写制御因子である(p. 1392、4月13日にオンライン出版; またDoebleyによる展望記事参照のこと)。この遺伝子は、花の発生遺伝子の制御に関与するシロイヌナズナで知られている転写制御因子の相同体である。コメ粒の脱離は、上流調節領域における単一塩基対変化の制御の下にある。こうした遺伝子の更なる研究によって、イネという重要な作物の栽培化のプロセスとタイミングがピンポイントで明らかにされる可能性がある。(KF)
An SNP Caused Loss of Seed Shattering During Rice Domestication p. 1392-1396.
PLANT SCIENCE: Unfallen Grains: How Ancient Farmers Turned Weeds into Crops p. 1318-1319.

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