AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


[インデックス] [前の号] [次の号]

Science December 16, 2005, Vol.310


相関を比較する(Comparing Correlations)

量子力学は水素原子におけるプロトンへの電子を束縛する力の厳密解を与えている。しかしながら、もう一個余計のプロトンと電子を系に加えるだけで、電子相関に基づく運動から生ずる扱いの困難な複雑な挙動となる。Vanroose たち (p.1787) は、数値計算によりシュレーディンガー方程式の近似解の改良を行った。特に、核間距離の変化による影響に焦点を当て、単一フォトンによる水素分子の二重電離における二つの電子の軌道を解析した。その結果は、ヘリウム原子の二重電離における軌道とは明確に異なるものであった。これらの発見は、顕著な電子相関効果が原子の幾何学的構造(二つのプロトンを対称性を有して取り囲む一個の電子対)とは対照的に、分子の幾何学的構造(二つのプロトン間に共有された一個の電子対)に由来するものであることを示唆している。(Wt,nk)
Complete Photo-Induced Breakup of the H2 Molecule as a Probe of Molecular Electron Correlation p. 1787-1789.

バック転(後方宙返り)で始まる ?(Begin with a Backflip)

表面での分子拡散の開始は、主として並進運動であると考えられていた。Backusたち(p. 1790, UebaとWolfによる展望記事参照;11月10日オンライン出版)は異なった吸着部位を区別するために、一酸化炭素(CO)伸張振動変化を検知する超高速振動分光法によって、階段状プラチナ(Pt)表面でのCO分子の拡散を追跡した。レーザパルスによるCO分子の光励起により、CO分子の並進というよりは、むしろ回転運動と連動する超高速な動作(たったの500フェムト秒の時定数)が明らかになった。隣接する吸着部位へホップするためには、表面に屈んだCO分子の回転動作の励起が必要とされることを密度汎関数理論計算は示している。(hk,nk)
Real-Time Observation of Molecular Motion on a Surface p. 1790-1793.
CHEMISTRY: Enhanced: Lateral Hopping Requires Molecular Rocking p. 1774-1775.

爬虫類-恐竜-鳥類の謎(The Reptile-Dinosaur-Bird Conundrum)

骨化石による組織学的研究によれば、今日の鳥類や哺乳類のように、多くの恐竜は急速な成長期の後に、環境要因とは独立に、ほぼ一定の年齢で成獣の大きさに達していたことが推察される。対照的に、多くの爬虫類では温度や他の環境要因に応じて調整し、成獣になる年齢が異なっていた。ヨーロッパ中部から得られた多量の化石を調査し、Sander と Klein (p. 1800; Gramlingによる展望記事も参照)は、最も一般的である三畳紀の恐竜である大型のprosauropod Plateosaurus engelhardti は、後期の恐竜や鳥類や哺乳類に似た成長とは異なり、カメやヘビやワニのように環境の影響が見られることを報告している。(Ej,hE)
Developmental Plasticity in the Life History of a Prosauropod Dinosaur p. 1800-1802.

小さな反応装置(Small Reactors)

ポジトロン断層撮影(PET)は,不安定な同位体の分子プローブの放射線減衰を検知する事で、生体組織の医学的イメージングにおける局所解析に鋭敏である。この同位体の不安定性により、分子プローブ化合物の速くて、かつ効率的な合成が必要となる。Leeたち(p.1793)はこの種のプローブ化合物合成の速さとコストを最適化するために、1ペニー青銅貨ぐらいの大きさのコンピュータ制御のデバイスを作製した。マイクロメータースケールのバルブと流路により、高速の混合と溶媒交換、及び効率的な熱伝導が可能となり、現在最も広く使用されているPETプローブである18Fで同位体標識された2-デオキシ-2-フルオロD-グルコースの多段階合成で実証された。(KU)
Multistep Synthesis of a RadioSTRONGed Imaging Probe Using Integrated Microfluidics p. 1793-1796.

皮膚の色素沈着の遺伝学(The Genetics of Skin Pigmentation)

人間の皮膚の色を変化させる遺伝子についてはほとんど解っていない。この手がかりは、思いがけず、水族館の小さな魚から得られた。ゴールデンと呼ばれるゼブラフィッシュの変異体の系列を調べていて、この種の縞模様が、野生型と比べ色が褪せていることに気付いたLamasonたち(p.1782; Balterによるニュース記事、および、表紙も参照)は、変化した色素沈着はslc24A5遺伝子の変異によって生じたことを見つけた。この遺伝子は、陽イオン交換に関与していると思われるタンパク質をコードしている。この遺伝子は脊椎動物で高度に保存されており、ゴールデンゼブラフィッシュでヒト遺伝子を発現させると、野生型色素沈着を再生させた。ヨーロッパ人のslc24A5遺伝子は、東アジアやアフリカ人に比べて少し異なっている。この遺伝子のコード領域中の1つのアミノ酸を変化させる遺伝子多型が皮膚の色素沈着と相関していることから、どうもslc24A5が、皮膚の色に寄与しているらしい。(Ej,hE)
SLC24A5, a Putative Cation Exchanger, Affects Pigmentation in Zebrafish and Humans p. 1782-1786.

長い草の中に隠れる(Hiding in the Long Grass)

MacArthur と Wilson による島の生息種に関する生物地理理論以来、このトピックスに関する研究は主として、島の面積とか、陸からの距離とか、生息地の変遷などのパラメータと種の豊富さとの関係に関するものが多かったが、島における個々の種の個体数については、関心が高くなかった。Schoener たち(p. 1807; Thorpeによる展望記事参照)は、 バハマ諸島の小さな島において、Anolisトカゲと、導入したトカゲを捕食する動物を使った実験について報告した。捕食者のいないときは、トカゲの生存率と、鍵となる生息地の植生の高さとの高い相関(負の相関)が見られた。捕食動物が現れると、この相関はほとんど逆転し、高い植生の場所での生存率が最高となった。(E,hE)
Island Biogeography of Populations: An Introduced Species Transforms Survival Patterns p. 1807-1809.
ECOLOGY: Population Evolution and Island Biogeography p. 1778-1779.

電気シナプスの変化(Modification of Electrical Synapses)

脳は2種類の主要なシナプス、化学シナプスと電気シナプスを持っている。電気シナプスは哺乳類の神経系における介在ニューロン間の重要な信号伝達を行っている。電気シナプスは局所的な細胞集団の活性化の同期化において重要な役割を果たしており、というのはそのスピードと信頼性により、遠く離れたニューロン間の正確なる信号のタイミングを十分な時間スケールで維持し、信号がネットワーク全体に渡って拡がっていく。これらの潜在的な極めて重要な機能にもかかわらず、電気シナプスはステレオタイプの柔軟性に欠けるものとして一般に見なされてきた。LidismanとConnrs(p.1809)は、電気シナプスによる信号伝達が化学シナプスと全く似たような長期的な変化をしている事を見出した。この変調は代謝調節タイプのグルタミン酸受容体の活性化に依存しており、この活性が電気シナプスを構成しているコネクシン(connexins)を変調している細胞内シグナルカスケードを引き起こすのであろう。(KU)
Long-Term Modulation of Electrical Synapses in the Mammalian Thalamus p. 1809-1813.

大荒れのカタツムリ(Snails on the Rampage)

最近の5年間で、アメリカ合衆国東南部の塩分を含む湿地において、過去に無い大量の絶滅が発生していた。これは、海岸の保護と健全性のためにはきわめて憂慮すべき事柄である。Silliman たち(p. 1803)は、1200キロメートル以上にわたる海岸線を調査して、植物を食べるカタツムリ(1平方メートルに1500匹以上)が、12箇所の絶滅地点の内の11箇所で湿地の植物を刈り取って進んでいることを見つけた。湿地植物の絶滅は乾燥による疲弊で開始され、この絶滅領域の縁に沿ってカタツムリの前線が形成されさらに、残りの健全な地域にも広がっている。気候と栄養の両方の要素の相互作用によって、この生態学的にも経済的にも重要な系が更なる分解か、あるいは、崩壊すら起こすかも知れない。(Ej,nk)
Drought, Snails, and Large-Scale Die-Off of Southern U.S. Salt Marshes p. 1803-1806.

脳修復の抑制(Inhibiting Brain Repair)

哺乳類の中枢および末梢神経系にあるニューロンの軸索は、一般に非ニューロン性細胞によって産生されるミエリンの鞘に覆われている。末梢神経系における損傷に応答して、新しい軸索が、ランビエ絞輪(the Nodes of Ranvier)と呼ばれる無髄のギャップから出芽するが、しかしこの応答は中枢神経系(CNS)ではまれにしか生じない。Huangたちは前駆物質オリゴデンドログリア細胞型を同定したが、この物質の作用はCNSの結節を皮膜し、軸索の出芽を抑制するものである(p. 1813;11月17日オンライン出版)。この作用は、従来緻密なミエリンだけに限られていると考えられていたある糖タンパク質を発現するものである。この糖タンパク質を欠いたマウスは、異常な結節形成と結節性の軸索出芽を示した。この細胞抑制性の性質に打ち勝つことが損傷からの回復において重要である。(KF,hE)
Glial Membranes at the Node of Ranvier Prevent Neurite Outgrowth p. 1813-1817.

ゲノムのマイクロRNA管理(MicroRNA Management of the Genome)

マイクロRNA(MicroRNAs (miRNAs))は小さな、約22ヌクレオチドの非翻訳RNAであり、今まで研究されたほとんどの動植物にも見つかっており、相補的標的配列を有するメッセンジャーRNAの活動を抑制することで、一般的に遺伝子発現を制御する。これら標的、あるいは、「シード」はたった7-8ヌクレオチド長しかなく、そのため全てのものが等しく、ゲノム全体にランダム分布し、しかも、高頻度に生じる。Farh たち(p. 1817,および、オンライン出版、11月24日号)は、全てのものが等しいわけではないことを示した。制御されたシードを含むmRNAsの発現は適当なmiRNAsの存在と相関する。しかし、miRNA発現組織中には、非制御mRNAsが高いレベルで存在しているが、配列がマッチする相補的シードは不足している。このようにして、miRNAsは、多数のmRNAsの発現や進化、あるいは、その両方に影響を与えている。(Ej,hE)
The Widespread Impact of Mammalian MicroRNAs on mRNA Repression and Evolution p. 1817-1821.

必要なときにあらわれる能力(Just-in-Time Competency)

多くの細菌は、自然応答能(natural competence)として知られる能力で、外来性のDNAを取り込むことができる。コレラを引き起こす原因であるコレラ菌が、このような特性を持っていることは知られていないが、明きらかにコレラ毒素などの病原性の属性を何らかの方法で他のものから獲得している。コレラ菌は、他の細菌によって利用されている、たとえばIV型線毛のようなDNA取り込みに必要な機構を構築する遺伝子を持っている。Meibomたちはこのたび、(カニの外殻に見出され、細菌の自然宿主になっている)キチンが、線毛の産生と、機能的DNAの遊離および交換とをコレラ菌に起こしていることを示した(p. 1824; またBartlettとAzamによる展望記事参照のこと)。この能力は60年間にわたって研究されてきた病原体において気づかれないままであったわけで、このことは、能力をもたないとされるその他の細菌も適切な成長条件下では能力を示す可能性があることを示唆するものである。(KF)
Chitin Induces Natural Competence in Vibrio cholerae p. 1824-1827.
MICROBIOLOGY: Chitin, Cholera, and Competence p. 1775-1777.

ガラス状態を長さで調べる(Looking at Glasses at Length)

ガラス転移において、液体の粘性が急激に増加するが、このようなアモルファス系の規則性の程度(系の静的な相関距離)に関する静的なスナップショットでは全く差異が見られない。しかしながら、数値計算と間接的な実験証拠から、液体が冷却される際に粒子の相関した動きの領域がより大きくなり、全体的な流体の流れを妨げている事が示されており、即ち、物質の動力学的に不均一な長さスケールが増加しているらしい。Berthierたち(p.1797)は、一般的な動的相関距離の尺度である4点の時間-依存的感受性(susceptibility)、χ(t)に関する下界(lower bound)を誘導し、二つの実験系--過冷却グリセリンとコロイド状の硬球--とシミュレーションによるガラスの2元レナード・ジョーンズ混合体のデータ解析を行った。三つの系の全てで、それら特有の動的なχ(t)にピークが生じ、その高さはよりゆっくりした時間スケールに対しは増加しており、このことは、流体が冷却されると増加する動的な長さスケールの存在を示唆している。(KU)
Direct Experimental Evidence of a Growing Length Scale Accompanying the Glass Transition p. 1797-1800.

損傷を受けたDNAギャップの橋渡し(Bridging the Damaged DNA Gap)

主要な複製DNAポリメラーゼは、DNAを高い信頼性で認識するよう進化してきたが、この能力はまた、複製DNAポリメラーゼが損傷したDNAを処理できなくなり、損傷のあった場所でしばしば処理が停止してしまう。歪んだ,或いはおかしななテンプレートを扱うことのできる一連の「損傷-特異的」DNAポリメラーゼが、増殖する細胞核抗原(PCNA)のユビキチン化(ubiquitinylation)を介して、停止したポリメラーゼへ部分的に補充されるが、これがいかにして生じるかは謎のままであった。Bienkoたちはこのたび、Y-ファミリーの損傷-特異的な損傷乗り越え合成(TLS)ポリメラーゼが、従来検出されていなかった2つのユビキチン結合領域を含んでいることを示した(p. 1821)。複製ファクトリー中のPCNAと2つのTLSポリメラーゼの共存は、ユビキチン化PCNAと相互作用する能力やDNA修復の能力と同様、これらユビキチン結合領域に依存している。(KF, hE)
Ubiquitin-Binding Domains in Y-Family Polymerases Regulate Translesion Synthesis p. 1821-1824.

[インデックス] [前の号] [次の号]