AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science September 2, 2005, Vol.309


哺乳類のゲノムとトランスクリプトームの精査(Mining the Mammalian Genome and Transcriptome)

哺乳類のゲノム配列とそのトランスクリプトームの解析により、複雑な情報集合体 が明らかにななり、これがゲノムの多様な配列要素に基づく大きな多様性が与えて いる。Hayashizakiたち(p. 1539)は幾つかに手法を組み合わせて(相補的 DNA(cDNA)の単離、cDNAの5’と3’末端の配列決定、及び二つのタグ付け(ditag) 配列決定)、オーバラップ転写体や転写開始部位と転写終点部位、及びスプライシ ング変異に関する情報と同時に、大量の新規なcDNAや非翻訳RNA、及びタンパク質を 明らかにした。第2報で、Hayashizakiたち(p. 1564)はセンス/アンチセンス(S/AS) 発現を調べ、S/ASの転写体の密度がゲノムを通して変化していることを見出した。 総ての転写ユニットの約72%は対の鎖の発現とオーバラップしている。S/ASの対が 一緒に制御されたり、或いは相反的な、不調和的に制御されている。(KU)
The Transcriptional Landscape of the Mammalian Genome
p. 1559-1563.
Antisense Transcription in the Mammalian Transcriptome
p. 1564-1566.

誤った理解 (Lapse in Understanding)

人工衛星データに基づいた対流圏における近年の温暖化に関するいくつかの再現結 果から、1979年(対流圏でデータ収集が始められた時)以降、表面温度計測から予期 される進度よりもかなり遅い進度で温暖化していることが示されてきた。表面温度 の傾向に照らしてこれらのデータや再現結果を再評価した3つの研究(2005年8月11 日オンライン出版)がある。MearsとWentz (p.1548)は、人工衛星データに適用され ていた日周補正(diurnal correction)のある誤差を明らかにし、そして物理的に一 致する逆符号(opposite sign)の誤差成分を見つけた。その誤差成分を衛星データに 導入することで、新たな対流圏の温暖化、モデル計算、及び表面温度計測に一致す るようになった。Sherwoodたち(p.1556)は、太陽熱が周囲温度を越えて器具へ関与 し、ラジオゾンデの装備の変化によって見かけの時系列的な傾向(spurious temporal trend)が、ラジオゾンデによって記録された対流圏温度プロファイルに入 り込んでいることを示した。このバイアスに対する補正により、特に表面温度と対 流圏の推定温度との間で不一致が最も顕著な熱帯地方において、ラジオゾンデの多 くのデータがモデルや表面温度記録と良く一致するようになった。Santerたち(p. 1551)は、19の異なるモデルを使い、熱帯の対流圏における表面の温度傾向の増大パ ターンを調べた。彼らは、対流圏が温暖化していなかったと以前に立証していたい くつかの再現結果は、我々が理解している大気の垂直方向の温度構造(気温の減 率)をコントロールする物理プロセスと一致しないことを示した。(TO, Ej)
The Effect of Diurnal Correction on Satellite-Derived Lower Tropospheric Temperature
p. 1548-1551.
Radiosonde Daytime Biases and Late-20th Century Warming
p. 1556-1559.
Amplification of Surface Temperature Trends and Variability in the Tropical Atmosphere
p. 1551-1556.

硬いけれども滑らかなダイアモンドライクの膜(Hard but Smooth)

高エネルギーの炭素原子を基板上で薄膜形成すると、ダイヤモンドライクの硬い コーティング膜を作ることが出来る。この膜 は応用としてハードディスクドライブ からヒップ継手(股義足のソケットと大腿部を連結し,人体の股関節機能を代償す る継手)に至る耐摩耗性の膜を提供できる。この膜を形成するには、厳しいエネル ギー条件が必要であるが、この膜は出来てしまえば大変滑らかである--粗さは1平 方マイクロメートルの平面に0.1ナノメートル以下である(これは、サッカー場にミ リメートル・スケールの突起物(バンプ)しかないのと同じである)。 Moselerた ち(p. 1545)は、炭素原子を埋め込むさいに粒子の流れが発生し、隣接する突起や窪 みを滑らかにすることを原子論モデリングと連続モデリングの組合せを使って明ら かにしている。(hk, Ej)
The Ultrasmoothness of Diamond-like Carbon Surfaces
p. 1545-1548.

微細なワイヤーを捩る(Twisting a Fine Wire)

Meyerたち(p.1539)はマクロな大きさの金属片に単層ナノチューブを結合させ て、捩れ振動子を作り、単一分子の周りを回転する光学顕微鏡によりその端部を可 視化した。透過型電子顕微鏡のもとに置くと、振動子は金属片の帯電により捩れを 起こす。熱効果による振動状況も識別できる。このような実験装置を用いることに より、回折実験でのカーボンナノチューブの捩れの方向をも決定することができ る。(KU)
Single-Molecule Torsional Pendulum
p. 1539-1541.

切断と接合(Cut and Couple)

近藤効果においては、非磁性金属中の磁性不純物のような局在化したスピンが伝導 電子と結合し、温度低下につれて抵抗率増加の原因となる。Zhao たち(p.1542; Crommie による展望記事を参照のこと) は、単独で吸着された磁性原子の磁気モー メントの影響がその化学的環境を変えることで変化することを示している。走査型 トンネル顕微鏡(scanning tunneling microscope STM) をプローブとして用いて、 コバルトフタロシアニン(CoPc) を金の(111)面に吸着させたとき、近藤効果は観察 されなかった。しかしながら、彼らがSTM チップを用いて、Pc リガンド から水素 を取り去ると、コバルトイオンの局所的磁気モーメントが金表面の電子と相互作用 して、高い近藤温度(〜200K) で近藤効果を発生させる。(Wt)
Controlling the Kondo Effect of an Adsorbed Magnetic Ion Through Its Chemical Bonding
p. 1542-1544.
PHYSICS:
Manipulating Magnetism in a Single Molecule

p. 1501-1502.

シロイヌナズナのsmall RNAアッセイ(Small RNA Assay of Arabidopsis)

小さな干渉性RNA(siRNA ;RNA干渉における中間体)の小さな非翻訳RNAとmicro RNA(miRNA)は、真核生物の細胞生物学で極めて重要な役割を果たしているが、その 性質上から検出が困難であった。Luたち(p. 1567)は、この種の200万以上のRNAを大 規模なパラレルシグナル配列決定法(massively parallel signal sequencing) に よって,シロイヌナズナのsmall RNAを完全に解析した。彼らは、特にトランスポソ ンや動原体性の領域、及び他の繰り返し体からの数多くのsiRNAを同定したが、オー バラップアンチセンス転写体と関連するものは数少ない。このことはアンチセンス 転写が、主として転写干渉により遺伝子発現を制御しているらしい。彼らは、又、 かなりの数の新しいmiRNAを同定したが、miRNAの変化(transitivity)に関する証拠 は見出していない。(KU)
Elucidation of the Small RNA Component of the Transcriptome
p. 1567-1569.

働く非翻訳RNA(Noncoding RNAs at Work)

小さな非翻訳RNA(ncRNA)の1種であるmicro RNA(miRNA)は長さが約21ヌクレチド であり、メッセンジャーRNA(mRNA)の切断あるいは翻訳抑制のいずれかの経路によ り遺伝子発現を制御していると信じられている。Pillai たち(p. 1573,published online 4 August 2005) は、ヒト細胞で、miRNA let-7 が分解メカニズムによって ではなく、キャップmRNAの翻訳開始を阻害することによって遺伝子発現を抑制する ことを示した。この抑制機構は細胞質プロセシング(P)体に局在しており、ここに mRNAが蓄えられ、あるいは分解される。真核生物ゲノムの大部分はncRNAに転写さ れ、そのうちのいくつかについては機能が知られている。しかし、ほとんど全ての ncRNAについては機能がわかっていない。Willingham たち(p. 1570)は、進化的保存 を探索し、細胞ベースのRNA干渉アッセイを用いることによってncRNAの機能を同定 する方法を開発し、おそらくは転写制御因子NFAT(制御されたT細胞の核因子)の細 胞局在化を調節することによってNFTAを抑制している、NFATの非翻訳リプレッ サー(NRON)の特徴を決めた。(Ej,hE)
Inhibition of Translational Initiation by Let-7 MicroRNA in Human Cells
p. 1573-1576.
A Strategy for Probing the Function of Noncoding RNAs Finds a Repressor of NFAT
p. 1570-1573.

編集酵素に囚われて(Trapped by an Editor)

RNA編集酵素の1つのファミリーである、RNAに作用するアデノシン・デアミナー ゼ(ADAR)は、適切なニューロン機能にとって重要であり、RNA干渉の制御に関わって いる。Macbethたちは、ヒトのADAR2の結晶構造を1.7オングストロームの分解能で決 定した(p. 1534)。驚いたことに、イノシトール六リン酸(IP)が、この酵素の核の折 りたたみの中に埋め込まれている。活性アッセイによって、hADAR2の活性および酵 母RNA編集酵素であるADAT1の活性のために、IPが必要であることが示された。(KF)
Inositol Hexakisphosphate Is Bound in the ADAR2 Core and Required for RNA Editing
p. 1534-1539.

小さな乗っ取り、大きな利得(Small Takeover, Big Gain)

ウイルスは複製するために多くの方法で宿主の機能を利用する。同定されている機 能には、いまや、RNA干渉において重要な役割を果たしている宿主にコードされた micro RNAを乗っ取るという、最近発見された遺伝子制御機構が含まれている。ヒト のC型肝炎ウイルス(HCV)を研究することで、Joplingたちは、ウイルスが複製する場 所である肝臓に大量に発現する宿主miRNAが、このウイルスのRNAの5'非翻訳領域と 相互作用していることを示している(p. 1577)。この相互作用はHCVのRNAの増加をも たらし、肝臓におけるウイルスの持続に貢献している。このmiRNAを不活性化するこ とは、世界中の1億7千万人に影響を与えていると推定されるHCVに対する有効な治療 的戦略となりうるかもしれない。(KF)
Modulation of Hepatitis C Virus RNA Abundance by a Liver-Specific MicroRNA
p. 1577-1581.

スプライシングにおける類似性(Similarities in Splicing)

グループI自己スプライシング・イントロンは、スプライスによる生成物から除去さ れることになる投げ縄(lariat)(ループ)状中間生成物を作り出さない点で、グルー プIIに属するそれらの従兄弟やメッセンジャーRNA(mRNA)スプライシング応答とは、 別のものだと考えられてきた。Nielsenたちは、粘菌Didymium iridis由来のグルー プI様リボザイム(GIRI)もまた投げ縄(lariat)構造を作ることを示してい る(p.1584)。このDiGIR1リボザイムは、RNA標的を切断して、microlariatを、ホー ミングエンドヌクレアーゼmRNAの5'末端に形成する。このlariatは、通常の重合酵 素IImRNAに見出されたキャップに対するのと似た様式で機能しているかもしれな い。このGIR1リボザイムの進化は、mRNAスプライシングの進化においてありうる1つ のステップと並行したものである可能性がある。グループIイントロン・スプライシ ングの生化学的研究は、その化学的ステップ双方に二価の金属イオンが必要である ことを明らかにし、またいくつかの金属リガンドが同定された。2つないし3つの金 属イオンが関与する機構が提案されてきた。StahleyとStrobelは、エキソン連結を 触媒する際に役割を果たすイントロン・スプライシング中間生成物の構造を決定し た(p. 1587)。その活性部位には、生化学的に同定された6つのリガンドすべてを配 位している2つのMg2+イオンが含まれている。つまり、RNAリン酸転位酵 素は2個の金属イオン機構を介して機能している。(訳注:ホーミングエンドヌクレ アーゼは、制限酵素と同様に、特異的なDNA配列を切断する酵素である。それ以外 に、配列に依存するのではなく立体構造を認識して切るような酵素があり、これら は細胞の中ではDNA 修復関連の酵素であろうと考えられている。)(KF,hE)
An mRNA Is Capped by a 2', 5' Lariat Catalyzed by a Group I-Like Ribozyme
p. 1584-1587.
Structural Evidence for a Two-Metal-Ion Mechanism of Group I Intron Splicing
p. 1587-1590.

リボソームRNA反復遺伝子、rDNAの制御(Regulating rDNA Repeats)

ゲノムの調査によって、高水準の非翻訳転写の存在が明らかにされ、現在はその分 子機構とその転写生成物の機能に多くの焦点が当てられている。KobayashiとGanley はこのたび、E-proと名付けられたリボソームRNA反復遺伝子DNA(rDNA)の遺伝子間領 域の双方向性転写の機能を解明した(p. 1581)。非翻訳転写はrDNA遺伝子間領域から コヒーシン(cohesion:DNA結合タンパク質複合体)を解離させ、不等組み換えが起こ り、rDNAコピー数の変化に帰結する。この研究は、転写がどのようにしてrDNA増幅 を制御しているかを説明している。(KF)
Recombination Regulation by Transcription-Induced Cohesin Dissociation in rDNA Repeats
p. 1581-1584.

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