AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science August 26, 2005, Vol.309


生態系の社会構造がやっと解ってきた(Ecological Community Structure Emerges)

生態系の社会構造と機能を理解するための努力は、種別の数量と種別の利用可能資 源の曲線に関する主張のぶつかり合いで、進展しなかった。両者の違いを検出する ためのモデルへ合致させるには、データ数の不足と労力不足の2つの要因がから み、議論は混乱していた。Connolly たち(p.1363)は、情報理論のモデル選択法を熱 帯珊瑚と岩礁魚類の大きなデータ集合に応用し,上記の2つの問題点を克服した。即 ち,資源利用分布と資源数量分布の両方とも対数-正規分布で表現できた。この分布 形状は、資源利用と資源数量分布とで、顕著に異なる大きさを示した。珊瑚と魚類 とでは大きく異なる散布と個体数分布を示すにもかかわらず、数量の対数正規分布 の大きさは見かけ上良く似ていた。相対的豊富パターンが出現する大きなスケール から見ると、珊瑚礁の保護戦略だけでは不十分で、国境を越えた海洋保護海域の統 合とネットワークの必要性が示唆される。(Ej,hE)
Community Structure of Corals and Reef Fishes at Multiple Scales
p. 1363-1365.

フェノールのエコー(Echoes of Phenol)

多重パルス核磁気共鳴法(NMR)は、長い間ミリ秒程度の時間スケールにおける溶液中 の化学平衡の研究に用いられてきた。NMRの利点は、速度を得るために用いられてい る誘導核スピンの動きが反応系の基本的な化学特性を乱さない点にある。Zhengた ち(p.1338,2005年8月4日のオンライン出版;Dlottによる展望記事参照)は、振動エ コー相関分光法と名づけられた多重NMRの赤外レーザパルスでの類似法により、この 種の研究に対して6乗オーダー以上の時間分解能が向上できることを示している。 彼らは、溶液中で交換反応を行う分子集合体を調べるために、核スピンピではなく 分子振動に基づいてフェノール-ベンゼン複合体の会合と解離をピコ秒の時間スケー ルで定量化した。(KU)
Ultrafast Dynamics of Solute-Solvent Complexation Observed at Thermal Equilibrium in Real Time
p. 1338-1343.
CHEMISTRY:
Ultrafast Chemical Exchange Seen with 2D Vibrational Echoes

p. 1333-1334.

僅かだけ速く回転する(Turning Slightly Faster)

過去10年間のいくつかの研究から、地球の内核は、他の部分に比べ速く回転してい ることが示唆されていたが、他の研究では、この解釈に疑問を呈していた。この スーパー回転を確認することは、地球角運動量や、液体外核中の磁場を理解する上 で重要である。Zhang たち(p. 1357;Kerrによるニュース記事参照)は、18回の二重 地震、つまり、数年から35年までの間隔を持った同一震源地震、を解析した。内核 を通過する地震波の系統的解析から,内核は実際1年間に約0.3度から0.5度”だけ速く 回転していることが分かった。(Ej,hE,nk)
Inner Core Differential Motion Confirmed by Earthquake Waveform Doublets
p. 1357-1360.

一重項-三重項状態の混合(Singlet-Triplet States in the Mix)

隣接する量子ドット間のスピン結合は量子論理ゲートの基礎をなす。しかしなが ら、最近の研究によると、GaAs 上に成長させた量子ドットは、基板の核スピンによ る大きなそしてランダムなバックグラウンドの場の影響を受けることが示されてい る。その場により、スピンはそのメモリーを失い、スピン一重項とスピン三重項状 態間の混合が生ずることとなる。Koppens たち (p.1346)は、場の影響の及ぶ範囲に 関する包括的な研究を与えており、そして、ドット間の結合強度を調整したり、或 いはバックグラウンドの核スピンを分極させることにより、この干渉性消失をどの 程度まで緩和できるかを示している。(Wt)
Control and Detection of Singlet-Triplet Mixing in a Random Nuclear Field
p. 1346-1350.

超伝導によって再突入(Superconductivity Makes a Reentrance)

強磁性と超伝導はある種の金属では共存するが、その理由は良く分かってな い。Levyたち(p. 1343; Mackenzie and Grigeraによる展望記事参照)の報告によれ ば、超伝導強磁性のURhGeは、磁場を強くすると超伝導が壊れるが、更に強い磁場 で、2度目の超伝導相に入る。磁性トルクと輸送量測定から、超伝導性は磁化の回転 によって仲介されているらしい。(Ej,hE)
Magnetic Field-Induced Superconductivity in the Ferromagnet URhGe
p. 1343-1346.
PHYSICS:
Enhanced: A Quantum Critical Route to Field-Induced Superconductivity

p. 1330-1331.

触媒との遭遇(Close Encounters on the Catalytic Kind)

酵素ニトロゲナーゼは、大気中N2のアンモニア(NH3)へ の還元を触媒するが、そのためには、(3個のプロトンに加えて)6個の電子の供給 が必要である。電子はFe-タンパク質の鉄-硫黄クラスター上に運ばれ、アデノシン3 リン酸(ATP)の加水分解に依存する反応でMoFe-タンパク質へと移行する(この場 所でN2還元が生じる)。Tezcanたち(p. 1377)は、3種の異なるヌクレ オチド状態:(i)ヌクレオチドが結合していない状態、(ii)アデノシン2リン酸 が結合している状態、そして(iii)ATP類似体が結合している状態、における、Fe- タンパク質およびMoFe-タンパク質の複合体の3種類の結晶構造を明かにした。総合 すると、これらのデータから、電子輸送は、Fe-タンパク質が3種類のヌクレオチド 状態を通してゆっくりと動くにつれて、非常に促進されており、ATP状態が、鉄-硫 黄クラスターとMoFe-タンパク質のレシピエントPクラスターとの十分な接近を可能 にする唯一のものであることが示された。(NF)
Nitrogenase Complexes: Multiple Docking Sites for a Nucleotide Switch Protein
p. 1377-1380.

海洋における捕食動物の多様性(Predator Diversity in the Oceans)

海の大型捕食動物の多様性は、水温や海洋の生産性と関係して変動する。Wormた ち(p.1365;2005年7月28日オンライン出版、表紙参照)は、漁業記録からの膨大な データセットを使い、大型捕食動物の種(マグロやカジキマグロなど)の多様性が全 世界の海洋に渡ってどのように変動するかを決定した。全体には、過去50年間で多 様性は減少し続けていた。詳細な分析から、多様性のピークが中緯度で起きている ことが明らかとなった。水温と溶解酸素は、多様性のピークと関係している主たる 環境要因であった。動物性プランクトンの量はこうした”ホットスポット”地域にお いて最も高く、そのことは海洋食物連鎖上どの生物種でも多様性のピークは類似し ていることを示唆している。(TO, nk)
Global Patterns of Predator Diversity in the Open Oceans
p. 1365-1369.

胚なしで幹細胞研究(Stem Cell Research sans Embryos?)

ヒト胚を使用することは、ヒト胚性幹(hES)細胞研究についてのかなりの社会的な 議論を巻き起こした。Cowanたち(p. 1369)は、究極的にはヒト胚および卵母細胞 に対する必要性をなくすことができる、hES細胞を誘導する代替的方法について記載 する。培養中で実験的に誘導されたヒト成人体細胞とhES細胞との融合により、転写 的に胚の状態に戻るように"再プログラム化"されたハイブリッド細胞が生成され る。将来的な実験で、この再プログラム化状態が多能性ES細胞核を取り除いた後に も維持されることが示されるならば(現在は、これが非常に困難な技術的なハード ルであるが)、理論的には、ハイブリッド細胞を、遺伝的に注文に合わせて改変し たhES細胞株を生成するために使用することができる。(NF)
Nuclear Reprogramming of Somatic Cells After Fusion with Human Embryonic Stem Cells
p. 1369-1373.

林冠からの結果報告(Results from the Canopy)

樹上の大気CO2レベルが上昇することによる影響を理解するために、最 近数多くのFACE (free-air CO2 Enrichment)実験が、専ら生育の若い植 林地において行われてきた。Koernerたち(Pennisiによるニュース記事参照)は、高 さ30メートルの樹木の林冠にCO2を送るシステムを用いて、自然に近い 温帯林(nearnatural temperate forest)の成熟した樹木の反応を評価した。4年後、 樹木の異なった種は高CO2に対して異なる反応を示したが、1つの共通 な反応は持続的な成長促進が欠如していたことであった。このよう に、CO2レベルが高いとき、炭素は速い速度でその系を通過しているよ うである。1つの共通な反応は成長促進は継続しては続かないことであった。この ように、 CO2レベルが高いとき、その系の中を通過する炭素の速度は、 通常よりも高いようである。(TO,Ej)
Carbon Flux and Growth in Mature Deciduous Forest Trees Exposed to Elevated CO2
p. 1360-1362.
FOREST RESEARCH:
Sky-High Experiments

p. 1314-1315.

免疫応答における制御(Regulated Regulation in Immune Responses)

調節性T細胞(Treg)の活性は、異常な免疫応答および自己免疫を調節する役割を 果たしているが、しかしこれらの細胞は、例えば癌免疫療法などにおける特定の治 療操作方法に対する、潜在的な障壁となる可能性がある。Pengたち(p. 1380)は、 ヒトTreg調節の一部が、固有のシグナル伝達ペプチドにより直接的に媒介されてい る証拠を示した。ヒトTreg細胞のクローンおよび単離された天然に存在するTreg細 胞は、Toll-様受容体(TLR)8を発現していた。この受容体を活性化するリガンド は、培養中でこれらの細胞の抑制活性ならびにマウス腫瘍モデル中での抑制活性を 逆転させた。TLRシグナルを介したTreg活性に対する調節は、癌免疫療法で.の不必 要な免疫抑制を阻害するための新たな道筋を開く可能性がある。(NF)
Toll-Like Receptor 8-Mediated Reversal of CD4+ Regulatory T Cell Function
p. 1380-1384.

マラリアの侵入の秘密(Secrets of Malaria Invasion)

脳性マラリアの原因となる寄生虫である熱帯熱マラリア原虫(Plasmodium falciparum)は、ヒト赤血球への侵入のために用いる宿主受容体を切り替えることが できる。この性質は10年以上前から知られてきたが、その根底にある機構は不明確 であった。マイクロアレーと遺伝子ノックアウトを用いて、Stubbsたちは、切り替 えに役割を果たしているものとしてPfRh4遺伝子を同定した(p. 1384)。この機構 は、寄生虫集団にとって、宿主の免疫応答と赤血球の多形性を回避するために重要 であり、ワクチンの設計に際しても重要な意味をもつものである。(KF)
Molecular Mechanism for Switching of P. falciparum Invasion Pathways into Human Erythrocytes
p. 1384-1387.

何もなければ、何百万もの微生物種が(Millions of Microbe Species, If Left Alone)

生命体を同定し数を数えることによって多様性を計算するという伝統的な方法は、 微生物に対してはうまくいかない。われわれは微生物がどれだけの種類あるかを知 らないし、何桁あるのかについてすら近い値を知らないのである。Gansたちは、DNA 再会合動力学に関する歴史的データに基づいた方法を用いた(p. 1387; またCurtis とSloanによる展望記事参照のこと)。その結果は驚くべきものだった。この方法 は、本来的な環境ではおよそ100万の種がいると示唆するのであり、そのほとんどは 極めて稀なものである。この数値は、最初の推定に比べて2桁の増加を表している。 この研究はまた、多様性に対する汚染の劇的な影響にも光を当てるものでもある。 有毒な金属が存在すると、もともとの多様性の99%の損失がもたらされるような、根 こそぎの絶滅が生じるのである。(KF)
Computational Improvements Reveal Great Bacterial Diversity and High Metal Toxicity in Soil
p. 1387-1390.
MICROBIOLOGY:
Exploring Microbial Diversity--A Vast Below

p. 1331-1333.

吸着部位の研究(Site Survey)

開孔のある金属−有機物の骨格(metal-organic framework:MOF)化合物の一つの 利用法は気体の貯蔵である。ある種のMOFはかなり大きな孔サイズを持っており、骨 格内に分子が結合できるような幾つかの異なる結合部位を持っている。Rowsellた ち(p.1350)は、フェニレン基が結合した Zn4O(CO2)6ユニットからなる特殊な単結晶MOF 化合物のX線回折データを調べた。この化合物は30ケルビンでArやN2を 孔内部に吸着する。彼らは、孔の直径が12〜15オングストロームの範囲の骨格に関 してArやN2のような結合力の弱い気体に対して5個の一次的な吸着部位 と3個の二次的な結合部位を同定した。(KU)
Gas Adsorption Sites in a Large-Pore Metal-Organic Framework
p. 1350-1354.

勾配から紡錘へ(From Gradient to Spindle)

紡錘体形成における形態形成勾配の生理学的役割は何であろうか? Caudronたち は、実験とモデル化によって、染色体が拡張されたRanGTP-importin-beta相互作用 勾配を生み出し、さまざまな距離における核局在化の信号を含むタンパク質の遊離 に影響していることを確認した(p. 1373; またClarkeによる展望記事参照のこと)。 これは活動の濃度勾配形成に帰結し、微小管の核形成と安定化に関する空間的制御 を説明するものである。こうした勾配が、紡錘組立てのための適切な空間的協調に とって必要なのである。(KF)
Spatial Coordination of Spindle Assembly by Chromosome-Mediated Signaling Gradients
p. 1373-1376.
CELL BIOLOGY:
A Gradient Signal Orchestrates the Mitotic Spindle

p. 1334-1335.

概日性時計にはSUMOの取り組みが重要(SUMO Wrestles Circadian Clock Components)

哺乳類の概日性時計の核となる要素は転写因子であり、その発現は複雑な調節回路 網に組み込まれたフィードバック・ループによって制御されている。Cardoneたち は、概日性時計の必須要素であるBMAL1の翻訳後修飾が、この時計機構の制御にもう 1段階の複雑さを加えていることを報告している(p. 1390、2005年8月18日にオンラ イン出版)。BMAL1は、マウスの肝臓においてSUMOによって共有結合的に修飾され、 その減衰速度を増加させる。BMAL1のSUMO化(SUMOylation)は、その概日性活性化に 並行するタイミングで、1日周期に従う。この修飾はまた、BMAL1のヘテロ二量体化 パートナーであるCLOCKによっても引き起こされる。変異体である非SUMO化のBMAL1 が発現すると、リズム性の遺伝子発現が変化し、概日性時計の振動性機能にとって はSUMOによる修飾が重要であることが示唆される。(KF)
Circadian Clock Control by SUMOylation of BMAL1
p. 1390-1394.

鋭く、そして滑らかな変化(A Sharp and Slippery Turn)

同一表面での異なる方向に沿っての摩擦力の変化に関する一つの説明として、滑り 表面間の整合性が密な絡み合いと高い摩擦力をもたらし、一方不整合性が低い摩擦 力に導くというものである。Parkたち(p.1354)は、Al-Ni-Coの準結晶の2回対称面に おける摩擦力を比較した。この表面はある一つの方向では周期的であり、その直行 方向では非周期的である。彼らは粘着力の影響を除くために、原子間力顕微鏡の チップをアルカンチオールで皮膜し、この皮膜により表面とは炭水化物鎖とのみ相 互作用する。非周期的方向での摩擦は周期的方向の摩擦より8倍低かった。彼らは、 電子-ホール対の形成か、或いは表面振動のいずれかの作用による散逸力がこの表面 おける非周期的方向での大きな差となっていると論じている。(KU)
High Frictional Anisotropy of Periodic and Aperiodic Directions on a Quasicrystal Surface
p. 1354-1356.

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