AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science January 7, 2004, Vol.307


ゆっくりとガラスを通り抜けて(Through a Glass Slowly)

ドナーサイトからアクセプターサイトへと動く電子は、たんぱく質中のペプチド鎖のような介在する媒質によって作られたポテンシャル障壁をトンネリング(tunneling)していかねばならない。これらの過程に関する多くのモデル研究は、ドナーサイトとアクセプターサイトが共有結合的なブリッジによって結ばれている系に焦点を当ててきた。Wenger たち (p.99) は、トルエンと2-methyltetrahydrofuran のランダムに配列した凍結ガラス状態中のドナーとアクセプターに対する電子移動速度を調べることによって、トンネリングに対する非結合的な接触の効果を調査した。その移動速度は、同 様な距離にある共有結合しているアルカンのブリッジに対するものよりはるかに遅い。(Wt)
Electron Tunneling Through Organic Molecules in Frozen Glasses
p. 99-102.

高速光スイッチ(Fast Light Switch)

ある種の有機酸塩は部分的に電子で満たされ、超伝導性や強誘電性のような電磁気特性を持つような一次元(1D)、あるいは二次元(2Dの電子バンドを形成する。Cholletたち(p. 86)は有機酸塩(EDO-TTF)PFについて調べ た。ここで、EDO-TTFはエチレンジオキシテトラチァフルバレン(ethylenedioxytetrathiafulvalene)のことである。この化合物は4分の1がホール(正孔)キャリアで満たされている準-1D バンドを形成している。この材料は電荷を整列させる構造変化によって引き起こされる室温近傍での“金属 から絶縁体への転位(金属絶縁体転位:M-I転位)”現象を示す。著者たちは、室温近傍において結晶内のごく僅かな分子(500分の1程度)を光励起すると、数ピコ秒という短時間にM-I転位が起こることを見出した。この相転位は電子と格子間の相互作用によるコヒーレント(干渉性)なフォノン発生過程に起因している。このような特性は超高速分子スイッチとして有用であろう.(hk)
Gigantic Photoresponse in 1/4-Filled-Band Organic Salt (EDO-TTF)2PF6
p. 86-89.

五角形の柱を作る人(Pentagonal Columnist)

三角形や四角形といった形状は平面状に規則的に配置したり、タイル張りすることが出来る。一方、正五角形は球状にしかタイル張りすることが出来ない。Chenたち(p. 96)は、三つの不整合のセグメントを持つ分子を合成した。この分子は液晶性の柱状の相を形成する。この柱状形は同一の五角形の柱状か、或いは四角形と三角形の柱状の組み合わさった構造のいずれかを形成する。このようなパッキングは液晶物質の液体状態における規則性と移動性に起因している。(KU)
Liquid Crystalline Networks Composed of Pentagonal, Square, and Triangular Cylinders
p. 96-99.

神殿の時期を調べる(Tracing Temple Timing)

ハワイ島のいくつかの島には神殿の遺跡がある。これは支配者により建立され、支配の中心物として機能していた。神殿と関連する木や木炭に基づいた放射性炭素の年代推定により、これらの神殿がハワイの社会が発展し栄えた250年間の間に造られたものであることが知られている。この神殿の特別な部屋には献納物としてサンゴが奉納されている。KirchとSharp(p.102;Stokstadによるニュース記事参照)は、マウイとモロカイの神殿に保存されていたサンゴを230Th法を用いて年代推定を行い、この時代のより正確な年代を与えている。サンゴの枝状部分の年代はマウイにおいては(西暦1600年直後の)30年ぐらいの期間であり、モロカイではわずかに古い。神殿は総て、今まで信じられていたよりももっと急速に、多分一世代以内で建造され、そして支配も固まったようである。(KU)
Coral 230Th Dating of the Imposition of a Ritual Control Hierarchy in Precontact Hawaii
p. 102-104.

探して、強くして、その後に破壊する(Seek, Fortify, Then Destroy)

臨床試験において、腫瘍に栄養を供給する血管を破壊する「抗血管新生」薬は、単独での薬剤として投与されたときには効果が薄い。しかしながら、組み合わせの治療法として投与すると、「抗血管新生」薬により腫瘍性の脈管構造が破壊されて腫瘍への薬剤輸送が妨げられるはずなのに、腫瘍細胞を標的とする 通常の細胞障害性の薬剤の効果を高める。Jan(p. 58)は、「抗血管新生」薬が初期には腫瘍性の脈管構造の破壊ではなく、むしろ組織を強めるほうに働き、それ故に腫瘍への細胞障害性の薬剤の輸送を向上させるという、直感に反する現象を支持する証拠をレビューしている。更なる実証が進めば、この仮説は組み合わせのがん治療に関する最適の投与量と与え方に対する重要な示唆を含んでいる。(KU,hE)
Normalization of Tumor Vasculature: An Emerging Concept in Antiangiogenic Therapy
p. 58-62.

マラリアの遺伝子的な戦略を解析する(Dissecting Malaria's Genetic Strategies)

マラリアを引き起こす病原体、マラリヤ病原虫寄生体(Plasmodium parasites)は大変興味深いが、媒介動物である蚊の内部や哺乳類の宿主内部において複雑なライフサイクルを持つため分子的な解析が困難である。Hallたち(p.82)による比較ゲノム解析により、染色体の保存された中心領域とは別に、ライフサイクルやステージ特有のプレッシャーに反応して急速に進化する遺伝子が存在することと示した。例えば、いくつかの種の寄生虫に対する転写プロファイリングやプロテオミクス解析は、こうした寄生虫の今まで殆ど理解されていない性周期の相(aspects) に関する悩みを開放してくれる。(TO, hE)
A Comprehensive Survey of the Plasmodium Life Cycle by Genomic, Transcriptomic, and Proteomic Analyses
p. 82-86.

塩の生き残り(Salt Survivors)

地中海の海床の下にある巨大な塩鉱床は、約600万年前にそこが蒸発して乾燥していた名残である。Van der Wielenたち(p.121)は、深海の塩分濃度の高い無 酸素の名残(remnants)に対して微生物学的な研究を行ってきた。そこは生物地球化学的な死の底とはまったく異なる、巨大な微生物群集(microbial communities)という姿が現れた。 むしろ、これらは地球規模でのサイクルに寄与しており、今日最も塩分に富むと知られている環境の幾つかで繁栄している。(TO)
The Enigma of Prokaryotic Life in Deep Hypersaline Anoxic Basins
p. 121-123.

生物的汚染除去菌の遺伝子が判明(Bioremediation Bug Genome Revealed)

Dehalococcoides ethenogenes は、現在のところ地下水の汚染物質であるテトラクロロエチレン(tetrachloroethene (PCE))とトリクロロエチレン(trichloroethene (TCE)をエチレンへと還元的に脱塩素処理する、たった1つの細菌である。Seshadri たち(p. 105) は、このD. ethenogenesのゲノム解析結果を提示している。複数のデハロゲナーゼ(dehalogenase)とリダクターゼ(reductase)が同定され、この微生物がハロゲン化有機化合物とH2を利用できるように、高度に進化していることが判明した。デハロゲナーゼの還元機能を獲得するに至った多様化は、最近の遺伝子交換と遺伝子増殖によってなされたと思われる。この生物の複雑な栄養要求性を考察すると、先祖は窒素固定の自家栄養生物であった可能性が伺える。この生物の培養の困難さを考慮すると、今回得られたゲノム配列情報は、この生物の生理と、生物による汚染除去の可能性を理解するうえで大きな寄与をすることになる。(Ej, hE)
Genome Sequence of the PCE-Dechlorinating Bacterium Dehalococcoides ethenogenes
p. 105-108.

好き嫌い(Picky Eaters)

食物獲得理論においては、捕食者は、栄養性組成物にしたがって被食者を選択するのではなく、被食者を捕獲する頻度を最適化すると広く考えられている。Mayntzたち(p. 111)は、全く異なる採食生物学的位置付けを有する3種の無脊椎動物(オサムシ、ドクグモ、および網を張るクモ)を用いて、この理論が必ずしも当てはまらないことを示した。捕食者の餌がタンパク質の欠乏か、または脂質欠乏のいずれかの状態に操作されている場合、動物は具体的な欠乏を改善するように採食を調節した。この代償的栄養選択性は、様々な栄養性組成物の中から食物を選択するのか、被食者が捕食者の欠乏している栄養素に富む場合には1種類の被食者の消費を調節するのか、または個々の被食者の品目の中から栄養を選択的に抽出するかのいずれかにより生じた。(NF)
Nutrient-Specific Foraging in Invertebrate Predators
p. 111-113.

リンパ球のカルシウムチャンネル(Calcium Channels in T Lymphocytes)

カルシウムは、ニューロンや免疫系のリンパ球などの反応性の細胞を含む多数の生物学的システムにおける重要なシグナル伝達媒介分子である。しかしながら、リンパ球におけるカルシウム流入を媒介するチャンネルの実体は明らかになっていなかった。Badouたち(p. 177;WinslowとCrabtreeによる展望記事を参照)は、T細胞が、正常なT細胞機能のために重要な活性化シグナルの媒介に必要な2種類の電圧-依存的カルシウムチャンネル(Cav)を発現していることを見いだした。Cav活性はT細胞受容体の刺激により直接的に増加した。(NF)
IMMUNOLOGY:
Decoding Calcium Signaling

p. 56-57.

紡錘体あれこれ(A Spindle Here, a Spindle There)

細胞分裂が起こっている間、複製された染色体は細胞の反対側に分離するためにぶら下がっている紡錘体上に整列する。有糸分裂が起こっている間に発生する誤りを防止するために、紡錘体チェックポイントは、染色体が紡錘体微小管に対して適切に結合しているのか、そしておそらくは染色体と紡錘体のあいだに存在する張力をモニターしている。Indjeianたち(p. 130)はここで、微小管-結合ドメインも有し、動原体(紡錘体に結合する染色体の中央部領域)上に見いだされるタンパク質であるSgo1を記載している。Sgo1を欠損する変異酵母において、染色体はもはや紡錘体上に正確には整列せず、細胞周期の進行が阻害される。Sgo1は染色体-紡錘体相互作用における誤りが生じた場合、細胞の張力感知装置の一部に相当するようである。多数の腫瘍細胞ではゲノムの不安定性が増大し、染色体分離の欠陥により特徴づけられる。これらの特徴はしばしば、余分な微小管により組織化される中心体の過剰な増幅と多極性紡錘体の形成とに関連している可能性がある。Quintyneたち(p. 127)はここで、細胞質のダイニンにより媒介される中心体のクラスター化が、追加的な中心体を含有する細胞において、多極性紡錘体の形成の防止を促進する可能性があることを見いだした。著書らは、形質転換の際の紡錘体の多極性の発生が、中心体が増幅された後中心体が分離する、という2種の工程を必要とする可能性があることを示唆した。(NF)
The Centromeric Protein Sgo1 Is Required to Sense Lack of Tension on Mitotic Chromosomes
p. 130-133.
Spindle Multipolarity Is Prevented by Centrosomal Clustering
p. 127-129.

電子はどのように吸収され、遊泳するか?(How Electrons Sink or Swim)

水和電子は放射線化学や生物学的電子伝達に重要であるが、バルクの水の代替として気相水のクラスターを利用した研究がされてきた。50個前後の水分子のクラスターは、本当にバルク水の水和空洞(solvating cavity)の代替と見なせるのだろうか、それとも過剰の電子がクラスター表面に拘束されているのだろうか? Verletたち(p. 93, および2004.12.10のオンライン出版参照)は光電子画像を利用して、2種の異なる水クラスターのタイプである、電子の表面拘束型クラスター構造と、内部拘束型クラスター構造の証拠を集めた。クラスターを従 来法で作ると内部水和空洞となりやすく、以前の研究のバルク水構造を支持する。しかし、表面拘束電子構造では、電子結合エネルギーは遥かに小さく、振動的にはより低温な中性クラスターへの電子付着に由来する。 (Ej,hE)
Observation of Large Water-Cluster Anions with Surface-Bound Excess Electrons
p. 93-96.

壮大な抵抗(Massive Resistance)

単層カーボンナノチューブ(SWNT)の伝導率は、化学吸着させる元素によって変えることができるため、用途開発が期待される。Romeroたち(p. 89)は、不活性気体やメタンや窒素のような弱吸着原子の気相原子であっても、これをSWNTに衝突させることによって、金属的SWNTの導電性や起電力が変わることを見つけた。この効果は衝突させる分子の質量の1/3乗に比例する。著者たちは、衝突する原子によるSWNT側壁の凹みが伝導電子を散乱させるのであろうとのモデルを提案している。(Ej,hE)
Atom Collision-Induced Resistivity of Carbon Nanotubes
p. 89-93.

非変性Y染色体(The Nondegenerate Y)

ショウジョウバエD. pseudoobscuraとキイロショウジョウバエD. melanogasterとの比較ゲノム学によって、Y染色体の非常に動的な進化が明確になった。CarvalhoとClark (p. 108, 2004年11月4日号オンラインサインスにも出版された)は、D. pseudoobscuraのY染色体における15個の遺伝子と偽遺伝子の中、いずれもD. melanogasterの遺伝子と一致していないことを報告している。 D. melanogasterのY染色体における単一コピー遺伝子のすべては、D. pseudoobscuraとその近傍種における常染色体上に位置している。このY染 色体の代謝回転は、多分2〜13百万年前に起こった。Y染色体の遺伝子は、常染色体に移動した後に主要な再編成があって、それによって異質染色質のメガ べース(Mbase)スパン間に広がった巨大な遺伝子から正常なサイズと正常な間隔の真性染色質-様の遺伝子に変化した。(An, hE)
Y Chromosome of D. pseudoobscura Is Not Homologous to the Ancestral Drosophila Y
p. 108-110.
GENOMICS:
Recycling the Y Chromosome

p. 50-51.

ファージなので、開放してくれ(I'm a Phage, Let Me Out of Here)

P1というエンテロバクテリオファージは、リゾチームというタンパク質分解酵素を分泌しているが、そのタンパク質分解酵素は溶解性の子孫ファージの遊離前に、宿主の細胞壁を分解する。P1リゾチームが大腸菌の周辺質に分泌した後には、不活性な型としてアミノ末端のシグナル-静止-遊離(SAR)領域を通って細菌の膜に結合する。膜の開放時に、P1リゾチームが活性化される。 Xuたち(p. 113)は、SAR領域におけるシステインを必要とする分子内チオールジスルフィド異性化によって活性化されることを示している。ジスルフィドの転移は、P1リゾチームの全体的な酸化状態には何等の変化も起こらないが、触媒作用の残基を含むアミノ末端の領域の劇的立体配置変化を起こす。(An)
Disulfide Isomerization After Membrane Release of Its SAR Domain Activates P1 Lysozyme
p. 113-117.

シナプス小胞の再利用(Synaptic Vesicle Recycling)

シナプス終末にある神経伝達物質小胞のエキソサイトーシスとエンドサイトー シスの機能を支えるメカニズムについては、未だに充分解明されているとは言えない。多くのエンドサイトーシスの経路について記載されてはいるが、エンドサイトーシスの分子的影響についての直接的証拠はほとんど無い。Yamashita たち(p.124) は、脳幹の聴覚中継巨大シナプスcalyx of Heldにおける終末間の分子負荷と組合わせて電気容量を測定し、エンドサイトーシスとシナプス小胞の再利用は、ダイナミン-1 (dynamin-1)によるグアノシン 三リン酸の加水分解に大きく依存していることを示した。この研究によって、エキソ-エンドサイトーシスを表現していると考えられている"kiss-and-run"型のエキソサイトーシスを示す急激な電気容量の変化は、伝達物質放出とは無関係であることが示唆される。(Ej,hE)
Vesicle Endocytosis Requires Dynamin-Dependent GTP Hydrolysis at a Fast CNS Synapse
p. 124-127.

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