AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science September 24, 2004, Vol.305


転位の動力学(Dislocation Dynamics)

結晶内の原子転位は、強度や靭性といった多くのキーとなる材料特性を決定づける 原因となる。転位は透過型電子顕微鏡によって観測されるが、広い範囲にわたる長 距離で起きる転位動力学研究には適切でない。Schallたち(p. 1944)はレーザ回折と 共焦点顕微鏡を用いて、より大きなコロイド粒子膜内での転位の動きを観察した。 これらの系における欠陥の振舞いは、古典的モデルである原子結合結晶の振る舞い に似ており、そして欠陥と関係する重要なパラメータが確定された.(hk,Ej)
Visualization of Dislocation Dynamics in Colloidal Crystals
   Peter Schall, Itai Cohen, David A. Weitz, and Frans Spaepen
p. 1944-1948.

太陽風による火星の掃除(Solar Wind Scavenger of Mars)

Mars Express宇宙船に搭載されたAnalyzer of Space Plasma and Energetic Atoms(ASPERA-3)により、2004年1月から3月の間に火星の電離層と最上層の大気中 への太陽風の予想外に深い侵入が測定された。Lundinたち(p. 1933)は、火星電離層 の形状と成分が数分という短い時間間隔で不規則に変化し、更に電離層のピークの 熱圧力が必ずしも太陽風を食い止めるほど強くはないということを報告している。 太陽風放射は火星大気の最上層から水素イオンや酸素イオン、及びCO+ といったイオン化した分子化合物の離散を引き起こす。この測定は、火星の水や大 気が時間と共にどのように進展していったかを理解するうえで有益なものとなるで あろう。(KU)
Solar Wind-Induced Atmospheric Erosion at Mars: First Results from ASPERA-3 on Mars Express
   R. Lundin, S. Barabash, H. Andersson, M. Holmström, A. Grigoriev, M. Yamauchi, J.-A. Sauvaud, A. Fedorov, E. Budnik, J.-J. Thocaven, D. Winningham, R. Frahm, J. Scherrer, J. Sharber, K. Asamura, H. Hayakawa, A. Coates, D. R. Linder, C. Curtis, K. C. Hsieh, B. R. Sandel, M. Grande, M. Carter, D. H. Reading, H. Koskinen, E. Kallio, P. Riihela, W. Schmidt, T. Säles, J. Kozyra, N. Krupp, J. Woch, J. Luhmann, S. McKenna-Lawler, R. Cerulli-Irelli, S. Orsini, M. Maggi, A. Mura, A. Milillo, E. Roelof, D. Williams, S. Livi, P. Brandt, P. Wurz, and P. Bochsler
p. 1933-1936.

超流動固体(A Superfluid Solid)

理論的研究によると、適正な条件下では、固体は超流動物質のように振舞い、散逸 なく流動することが可能である。この必要条件は、固体が同じ量子状態に凝縮して いなくてはならない---気相や液相において示されたボース-アインシュタイン凝縮 物体の固体版---ということである。Kim と Chan (p.1941, 2004年9月2日のオンラ イン発行版; Leggett による展望記事を参照のこと) は、固体ヘリウムはこのよう な状態にさせることができるという実験的な証拠を与えている。固体Heの温度を 250mKelvin まで低下させた時の回転状態について調べた結果、固体Heは、それを 閉じ込めている環境から分離されて、超流動様運動を起こすことが示されている。 この結果は、物質の全三状態がボース-アインシュタイン凝縮をすることを示してい る。(Wt)
Observation of Superflow in Solid Helium
   E. Kim and M. H. W. Chan
p. 1941-1944.
PHYSICS:
Superfluidity in a Crystal?

   Tony Leggett
p. 1921-1922.

剣か、鋤の刃か(Swords or Plowshares)

原生動物(protozoan)以外のすべての多細胞動物において、生殖細胞と性腺体細胞 は、しばしば別々に形成されるが、この2種類の細胞は細胞遊走により同時にやって こなければならない。細胞外リン脂質は生殖細胞の遊走に関与していた。リン脂質 ホスホハイドロレースであるWunenおよびWunen2はショウジョウバエ(Drosophila) の胚の細胞体中で発現し、生殖細胞の遊走を抑制する。Renaultたち(p. 1963、2004年8月26日にオンライン上で公開)はここで、Wunen2が生殖細胞中で補足 的な役割をも果たしていることを示している:すなわち、Wunen2は生殖細胞の細胞 死を防止し、適切な遊走を可能にする。体細胞と生殖細胞は同一の脂質基質の獲得 のために競合するため、細胞体において脂質の加水分解と脂質の取り込みが生じる ことにより、忌避的な作用がもたらされるが、生殖細胞における細胞の生存と遊走 が媒介される。(NF)
Soma-Germ Line Competition for Lipid Phosphate Uptake Regulates Germ Cell Migration and Survival
   A. D. Renault, Y. J. Sigal, A. J. Morris, and R. Lehmann
p. 1963-1966.

硫化物がもたらす分離(Sulfide-Driven Segregation)

原始マントルには微量の白金族元素を含んでおり、これらの元素の現在の分布はマ ントルの進化を推定する上での有益なデータを提供する。RuやOs、及びIrはケイ酸 塩溶融物に乏しくなった残さのマントル中に保持される傾向があるが、一方Pdや Re、及びPtはケイ酸塩溶融体の集まった地殻に濃集している。Bockrathたち(p. 1951)は、硫化物の相がこの偏析を促していることを見出した。RuやOs、及びIrの濃 集している結晶性のモノ硫化物はマントル中に留まり、PdやRe、及びPtの濃集した 硫化物溶融物はケイ酸塩溶融体と共に地殻に流入した。(KU,tk)
Fractionation of the Platinum-Group Elements During Mantle Melting
   Conny Bockrath, Chris Ballhaus, and Astrid Holzheid
p. 1951-1953.

真ん中の流れを変える力(Changing Forces in Midstream)

南極西部の氷床が完全に融解すると、海面が6m上昇するほどの氷を含んでいるが、 その氷床が急激に崩壊する危険性が研究により示唆されている。過去の気候変化と これがどのように対応しているかを知ることは、この氷床の挙動を予測する上で有 益である。Siegertたち(p. 1948;Kerrによるニュース記事参照)は、今日の氷の流 動形態では説明できない氷床内における折りたたまれた内部層を発見した。彼らは この折りたたまれた層の軸が古い流動ラインを記録しており、氷床が以前の流れの 形態から現在の流れへと変化したときに現れたものであり、更に数千年前のIce Stream Dの南の支流の活動が流れの方向の変化を説明するものであると主張してい る。(KU)
Ice Flow Direction Change in Interior West Antarctica
   Martin J. Siegert, Brian Welch, David Morse, Andreas Vieli, Donald D. Blankenship, Ian Joughin, Edward C. King, Gwendolyn J.-M. C. Leysinger Vieli, Antony J. Payne, and Robert Jacobel
p. 1948-1951.
CLIMATE CHANGE:
A Bit of Icy Antarctica Is Sliding Toward the Sea

   Richard A. Kerr
p. 1897.

カタストロフィー的な生態系の変化を予測する(Predicting Catastrophic Ecological Change)

環境変化に応じて徐々に変化する生態系もあれば、時には不可逆的な劇的変化を遂 げる生態系もある。カタストロフィー的な変化をする生態系では、カタストロ フィーの定義そのものが非線形であることから、一般的には大きな変化を生じる前 兆が観察されない。Rietkerk たち(p. 1926) は、このような生態系の研究をレ ビューし、カタストロフィー的な生態系の変化の一部には、資源集積度のメカニズ ムによる自己組織化の結果、空間的パッチ状パターンが生じることを利用して、予 測可能なものもあると示唆している。(Ej,hE)
Self-Organized Patchiness and Catastrophic Shifts in Ecosystems
   Max Rietkerk, Stefan C. Dekker, Peter C. de Ruiter, and Johan van de Koppel
p. 1926-1929.

太陽追跡行動を和らげる(Mitigating Sun-Seeking Behavior)

新芽が芽吹いたその瞬間から、太陽はエネルギー源にも毒にもなる。クロロフィル の前駆体は、すぐに機能性のクロロフィルに変換される様な状態にあるが、その前 駆体は光に曝露されると、良い作用以上に悪い作用をする可能性がある。Huqた ち(p. 1937)はここで、光感知性フィトクロームと相互作用し、そしてクロロフィ ル生合成を制御する転写因子、PIF1を同定した。PIF1は、クロロフィル合成と光の 感知のバランスをうまく調節し、その結果、発芽した新芽は、そのような調節が行 われなければ焼け死んでしまうところを、光合成的独立栄養生物となるのであ る。(NF)
PHYTOCHROME-INTERACTING FACTOR 1 Is a Critical bHLH Regulator of Chlorophyll Biosynthesis
   Enamul Huq, Bassem Al-Sady, Matthew Hudson, Chanhong Kim, Klaus Apel, and Peter H. Quail
p. 1937-1941.

開発途上国でのヒト免疫不全ウイルス(HIV)予防を促進する(Advancing HIV Prevention in Developing Countries)

開発途上国で非常に大きな必要性が存在するエイズ(AIDS)に関しては、サービス プロバイダーに情報を送るという試みが特に重要である。Kellyたち(p. 1953) は、HIVに対する予防的介入を行っている開発途上国や資源の乏しい78カ国における 非政府組織(NGO)のAIDSサービスプロバイダーを教育するために、新型の長距離通 信とWeb関連技術の有用性を評価をするため、無作為的な試行を行った。NGOは、対 照の場合と比べてほぼ2倍の頻度で、新しいプログラムを開発したり、または介入の 情報を採用し、そしてまた、その国の多数のその他のプロバイダーに彼らが持つ新 しい知識を流していた。(NF)
Distance Communication Transfer of HIV Prevention Interventions to Service Providers
   Jeffrey A. Kelly, Anton M. Somlai, Eric G. Benotsch, Timothy L. McAuliffe, Yuri A. Amirkhanian, Kevin D. Brown, L. Yvonne Stevenson, M. Isa Fernandez, Cheryl Sitzler, Cheryl Gore-Felton, Steven D. Pinkerton, Lance S. Weinhardt, and Karen M. Opgenorth
p. 1953-1955.

スポーツフィッシングによる脅威(Sport Fishing Threat)

スポーツフィッシングは、魚の種に対してはほとんど何の脅威も与えないと何十年 間も思われてきた。しかし、アメリカのいくつかの漁場における厳密な調査による と、必ずしも脅威が無いわけではない。Colemanたち(p. 1958, published online 26 August 2004; および、表紙と Grimmによる8月27日のニュース記事参照)は、あ る種の絶滅危惧種にとっては、レクレーションでのフィッシングが商業漁業以上に 脅威を与えていると言う。従って、商業漁業の規制を補完する、スポーツフィッシ ングに対する新たな規制が必要であろう。(Ej,hE)
The Impact of United States Recreational Fisheries on Marine Fish Populations
   Felicia C. Coleman, Will F. Figueira, Jeffrey S. Ueland, and Larry B. Crowder
p. 1958-1960.

種の豊富さはアマゾンを下る(Species Richness Down the Amazon)

本流に注ぐ支流の生態学的な影響について、関心が高まりつつある。Fernandesた ち(p. 1960; およびGascon and Smithによる展望記事参照)は 、アマゾン川に注ぐ 主要13箇所の支流域(ある注目支流と、その支流がアマゾン本流に注ぐ河口の1つ 上流の支流、および、1つ下流の支流)について、河口近くの深水トロールを行い 試料を収集した。その結果、電気魚の種類は、下流域の方が上流域に比べ豊富であ り、支流域の動物群と下流の動物群の一致度合いは、アマゾンの上流と下流の動物 群の一致度合いよりも良かった。これは、支流と本流の動物群の単純な混合モデル で予想された一致度合いより大きかった。(Ej,hE)
Amazonian Ecology: Tributaries Enhance the Diversity of Electric Fishes
   Cristina Cox Fernandes, Jeffrey Podos, and John G. Lundberg
p. 1960-1962.
ECOLOGY:
Where Rivers Meet

   Claude Gascon and Michael Leonard Smith
p. 1922-1923.

酸化窒素が植物に与える功罪(What Is NO Good for in Pla

一酸化窒素(NO)は、動物系においては重要なシグナル伝達分子であるが、植物にお ける、この分子の役割はほとんど分かってなかった。He たち(p. 1968) は、シロイ ヌナズナ(Arabidopsis thaliana)において、NOが開花を制御していることを報告し ている。外来性 NOに曝露させると開花が遅れ、nox1-- ホスホエノールピルビン 酸/リン酸輸送体と推定されている--と呼ばれている遺伝子の変異により、開花が遅 れNO産生が増加する。この変異体は、外来性信号であっても内因性信号であって も、これに応答して成長相から生殖相への相変化を制御する2つの異なる経路に関 する標的遺伝子の発現に変化を示した。このように、NOは、内的刺激であっても外 的刺激であっても、開花応答を統合したり微調整しているようだ。(Ej,hE)
Nitric Oxide Represses the Arabidopsis Floral Transition
   Yikun He, Ru-Hang Tang, Yi Hao, Robert D. Stevens, Charles W. Cook, Sun M. Ahn, Liufang Jing, Zhongguang Yang, Longen Chen, Fangqing Guo, Fabio Fiorani, Robert B. Jackson, Nigel M. Crawford, and Zhen-Ming Pei
p. 1968-1971.

膜の再利用こそ記憶の鍵?(Membrane Recycling--Memory's Key?)

記憶の神経生理学的相関語である長期増強(LTP)の間に、シナプス後膜におけるAMPA 受容体の物理的挿入によって、シナプス効力(synaptic efficacy)が増強され る。Parkたちは、循環している(リサイクル)エンドソームが、LTPに使われるAMPA受 容体の源になっていることを示している(p. 1972)。エンドソームのリサイクルによ る輸送により、興奮性シナプスにおいてAMPA受容体が保持され、沈黙しているシナ プスを「目覚めさせる」ために必要なのである。エンドソームのリサイクルによる 輸送を遮断すると、AMPA受容体はニューロンの樹状突起に囚われたままになって、 刺激に依存したAMPA受容体の挿入が妨害され、CA1海馬シナプスにおけるLTPは完全 に破壊される。さらに言えば、LTPの引き金となる刺激は、AMPA受容体のリサイクル および海馬ニューロンにおける一般的なエンドサイトーシスのリサイクルをも加速 するのである。(KF,Eh)
Recycling Endosomes Supply AMPA Receptors for LTP
   Mikyoung Park, Esther C. Penick, Jeffrey G. Edwards, Julie A. Kauer, and Michael D. Ehlers
p. 1972-1975.

日和見性を暴露する(Exposing the Opportu

レジオネラ(Legionella)pneumophilaは、淡水産アメーバのグラム陰性病原体であっ て、肺のマクロファージ内で自己複製することによってヒトの日和見感染を引き起 こすことがある。ChienたちはL.pneumophilaの完全なゲノム配列を報告している(p. 1966)。このゲノムは、今までのところL.pneumophilaおよび密接に関連している日 和見性病原体Coxiella burnettiiでしか見つかっていない遺伝子を明らかにしてい る。細胞内病原体で典型的な9つの遺伝子と、すでに確立された明らかに新規な病原 性因子である。(KF)
The Genomic Sequence of the Accidental Pathogen Legionella pneumophila
   Minchen Chien, Irina Morozova, Shundi Shi, Huitao Sheng, Jing Chen, Shawn M. Gomez, Gifty Asamani, Kendra Hill, John Nuara, Marc Feder, Justin Rineer, Joseph J. Greenberg, Valeria Steshenko, Samantha H. Park, Baohui Zhao, Elita Teplitskaya, John R. Edwards, Sergey Pampou, Anthi Georghiou, I.-Chun Chou, William Iannuccilli, Michael E. Ulz, Dae H. Kim, Alex Geringer-Sameth, Curtis Goldsberry, Pavel Morozov, Stuart G. Fischer, Gil Segal, Xiaoyan Qu, Andrey Rzhetsky, Peisen Zhang, Eftihia Cayanis, Pieter J. De Jong, Jingyue Ju, Sergey Kalachikov, Howard A. Shuman, and James J. Russo
p. 1966-1968.

島に棲むトリの絶滅を検証(Examining Insular Avian Extinctions)

海洋の島々にいる何百ものトリの種が、ヒトの到来以降、狩や生息地の破壊、競 合、さらには導入種による捕食などの局所性の原因によって絶滅してきた。トリの 種が絶滅に追い込まれる尤度の可変性は、たとえばもっとも近い大陸からの孤立の 程度のような、島それ自体の内因性特徴の違いに帰せられてきた。しかし、島々は 導入された肉食動物(捕食者)コミュニティーの多さにおいても異なっている。200を 超える海洋の島々から集められたデータを用いて、Blackburnたちは、より多くの捕 食者がいる島々に棲むトリの方が 絶滅しやすいこと、捕食者の影響は島固有のトリ の種においてより大きいこと、捕食者が導入されるごとに絶滅の確率がより大きく なること、を示している(p. 1955)。(KF)
Avian Extinction and Mammalian Introductions on Oceanic Islands
   Tim M. Blackburn, Phillip Cassey, Richard P. Duncan, Karl L. Evans, and Kevin J. Gaston
p. 1955-1958.

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