AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science April 30, 2004, Vol.304


亜熱帯巻雲の種をまく(Seeding Subtropical Cirrus Clouds)

熱帯地方で発生する かなとこ巻雲(anvil cirrus clouds)は、層積雲にくらべて単 位面積あたりでは気候への影響は小さい。しかし、人工的汚染源により生み出され たエアロゾル核形成粒子と同様に、海表面温度変化もかなとこ巻雲の広がりと気候 への影響をもっと拡大している可能性がある。どのような要因がかなとこ巻雲の分 布と特性を制御しているのかをより明確に特徴付けるために、Fridlind たち (p.718) は、2002年7月の南フロリダにおける CRYSTAL-FACE 観測プロジェクトから のデータを分析した。かなとこ巻雲の結晶の多くは、これまで仮定されてきたよう な、地球表面と対流圏低層の間の境界層中の雲の底部に起源を有するエアロゾルで 形成されるのではなく、ずっと高い対流圏中層の高さにおいて流れに巻き込まれた エアロゾルにて形成される。遠く離れた汚染源が、局所的発生源よりもこれらの雲 の特性に、より多くの影響を有している可能性がある。(Wt,Ej,nk)
Evidence for the Predominance of Mid-Tropospheric Aerosols as Subtropical Anvil Cloud Nuclei
   Ann M. Fridlind, Andrew S. Ackerman, Eric J. Jensen, Andrew J. Heymsfield, Michael R. Poellot, David E. Stevens, Donghai Wang, Larry M. Miloshevich, Darrel Baumgardner, R. Paul Lawson, James C. Wilson, Richard C. Flagan, John H. Seinfeld, Haflidi H. Jonsson, Timothy M. VanReken, Varuntida Varutbangkul, and Tracey A. Rissman
p. 718-722.

銅塩のカメレオン(Cuprate Chameleon)

銅塩高温超伝導の転移温度より高い温度と低い温度での異なる光学特性により、超 伝導縮合物のキャリアの振る舞いを知るための情報を得ることができる。Borisた ち(p.708)は、その光学特性が先に報告されたような振る舞いをしていないことを示 す新たな一連のデータを提供している。これらのデータは、高温超伝導物質を記述 するために運動エネルギーの減少に関与するエキゾチックな電子対形成機構という ものを敢えて採用する必要がないこと示唆している。(hk)
In-Plane Spectral Weight Shift of Charge Carriers in YBa2Cu3O6.9
   A. V. Boris, N. N. Kovaleva, O. V. Dolgov, T. Holden, C. T. Lin, B. Keimer, and C. Bernhard
p. 708-710.

大昔の侵略者(An Ancient Invader)

人間にとって厄介な病原菌である偏性の細胞内クラミジア種は1メガ塩基ぐらいのゲ ノムを持っており、以前からより大きなゲノムを持った祖先から進化したものと推 定されている。クラミジア−関連共生体の配列により、これらの祖先が実際により 大きなゲノムを含んでいるという証拠を与えている。Hornたち( p. 728)による解析 から、クラミジアは数億年間、恐らく多細胞宿主を利用するようになる前、細胞内 にとどまっていたことを示唆している。それにもかかわらず、これらの古い共生体 が感染を行うために用いたメカニズムが、ヒト病原菌においても存続していた。特 に、タイプⅢの分泌系が7億年以上前に利用されていたらしい。(KU)
Illuminating the Evolutionary History of Chlamydiae
   Matthias Horn, Astrid Collingro, Stephan Schmitz-Esser, Cora L. Beier, Ulrike Purkhold, Berthold Fartmann, Petra Brandt, Gerald J. Nyakatura, Marcus Droege, Dmitrij Frishman, Thomas Rattei, Hans-Werner Mewes, and Michael Wagner
p. 728-730.

ブラックホールにふさわしい一つのサイズ(One Size Fits the Black Hole)

銀河系の中心には、いて座A(Sagittarius A-Star(Sgr A*))と呼ばれる超大質量のブ ラックホールが潜んでいる。その質量は重力効果と天体近傍からの輻射に基づいて 推定されている。Bowerたち(p. 704;Morrisによる展望記事を参照)は、事象の地平 線(event horizon) 近傍を超長基線干渉計観測で分解して、ブラックホールの大き さを決定した。この大きさをこれまでに求められていた質量に結び付けて得られる 天体の密度は、ブラックホールでしかあり得ないことを示唆している。更にこの観 測により、外側に吹出すプラズマに対してはジェットモデルが、また、内向きに落 ち込むプラズマに対しては低降着率モデルが適当であると分かった。(KU,nk)
ASTRONOMY:
Enhanced: Glimpsing Matter at the Brink

   Mark R. Morris
p. 689-692.
Detection of the Intrinsic Size of Sagittarius A* Through Closure Amplitude Imaging
   Geoffrey C. Bower, Heino Falcke, Robeson M. Herrnstein, Jun-Hui Zhao, W. M. Goss, and Donald C. Backer
p. 704-708.

熱い議論の遺跡(Sites Under Fire)

人間が生活に火を使用し始めたのがいつ頃であるかは良く分かってはいない。広く 分布する火床や焼けた骨の証拠からは、約30万年か、あるいは幾つかの場所では50 万年前に遡る火床らしきものとか、意図的な火の使用例が認められる。Goren-Inbar たち(p. 725; Balterによるニュース記事も参照)は、もしかして79万年前と推定さ れる人類と火の出会いの証拠がイスラエルのGesher Benot Ya'aqovから見つかっ たことを報告している。この遺跡には何層もの燃えた木やフリントの石器が認めら れる。研究された層の一つには焼けたフリントが高度に集積しており、意図的な火 の使用と矛盾しない。(Ej,nk)
ARCHAEOLOGY:
Earliest Signs of Human-Controlled Fire Uncovered in Israel

   Michael Balter
p. 663-665.
Evidence of Hominin Control of Fire at Gesher Benot Ya`aqov, Israel
   Naama Goren-Inbar, Nira Alperson, Mordechai E. Kislev, Orit Simchoni, Yoel Melamed, Adi Ben-Nun, and Ella Werker
p. 725-727.

ナノ結晶を中空にする(Hollowed-Out Nanocrystals)

ほぼ60年前、SmigelkasとKirkendallは、拡散制御型反応の界面において、原子の動 きは原子と原子の交換だけでなく、空隙の動きにも関与していることを示した。こ れに起因する原子の拡散率の差によって空隙が生成される。Yin たち(p.711; Buriakによる展望記事参照)はこの効果をナノスケールで研究し、コバルト酸化物で あるカルコゲニドの中空ナノ結晶を作ることに成功した。コバルトのナノ結晶が、 酸素、硫黄、あるいはセレンと反応するとき金属中に多数の空隙が形成されるが、 これが微小であるため中心へと拡散し、大きな単一空隙を形成する。コバルト殻に 内包された白金(Pt)の酸化によって多孔性のゆるく充填されたPtのためのCoOのケー シング(型枠;casing)が作られる。この"卵黄-殻"(yolk-shell)粒子は顕著な触媒 活性を示すことから、化学的変換(chemical conversion)中のPtによる2次反応を 抑えるのに有効と思われる。(Ej)
CHEMISTRY:
Chemistry with Nanoscale Perfection

   Jillian M. Buriak
p. 692-693.
Formation of Hollow Nanocrystals Through the Nanoscale Kirkendall Effect
   Yadong Yin, Robert M. Rioux, Can K. Erdonmez, Steven Hughes, Gabor A. Somorjai, and A. Paul Alivisatos
p. 711-714.

軸索を包み込む(Wrapping Up the Axon)

ミエリン(髄)鞘の厚さの制御は、それが神経伝導速度を制御していることから、神 経の機能にとってきわめて重要である。ミエリンの厚さは軸索のサイズに比例して いて、小さな軸索は小さいミエリンをもち、大きな径の軸索は厚いミエリン鞘を もっている。シュワン細胞がミエリン外被の正確な数を伝えるのだが、シュワン細 胞はいかにして包み込まれた軸索の径を「感知している」のだろう? Michailovた ちはこのたび、シュワン細胞が軸索成長因子Neuregulin-1に応答しているというこ と、またこの細胞表面シグナルを統合して軸索の径の生化学的測定を行なってい る、ということを示唆している(p. 700; また、表紙とffrench-Constantたちの展望 記事参照のこと)。Neuregulin-1情報伝達の範囲を変えるとミエリンの厚さは変化 し、またマウスのNeuregulin-1遺伝子量を減少させると、シュワン細胞が軸索要素 の真の径について間違うようになり、結果としてミエリン鞘形成が減少し、神経伝 導速度が遅くなったのである。(KF)
NEUROSCIENCE:
The Mysteries of Myelin Unwrapped

   Charles ffrench-Constant, Holly Colognato, and Robin J. M. Franklin
p. 688-689.
Axonal Neuregulin-1 Regulates Myelin Sheath Thickness
   Galin V. Michailov, Michael W. Sereda, Bastian G. Brinkmann, Tobias M. Fischer, Bernhard Haug, Carmen Birchmeier, Lorna Role, Cary Lai, Markus H. Schwab, and Klaus-Armin Nave
p. 700-703.

RNAヘリカーゼ活性を再考する(Rethinking RNA Helicase Activity)

DNAの二本鎖としての性質が明らかになったときに提起された疑問の1つは、鎖が複 製と転写の間にどのようにして分離されるか、ということであった。DNAヘリカーゼ (巻き戻し)活性を示すタンパク質の同定によってこの疑問には回答が与えられた が、この考え方は、RNA鎖が二重らせんを形成する傾向についても簡単に適用される ようになった。Fairmanたちは、しかし、RNAヘリカーゼ活性をもっていると考えら れてきたタンパク質のあるファミリーが、実は一本鎖RNAから結合パートナーを(お そらくは手順を踏んで)はずしていくものとして記述した方がよいということを示し ている(p. 730; またLinderによる展望記事参照のこと)。(KF)
MOLECULAR BIOLOGY:
The Life of RNA with Proteins

   Patrick Linder
p. 694-695.
Protein Displacement by DExH/D "RNA Helicases" Without Duplex Unwinding
   Margaret E. Fairman, Patricia A. Maroney, Wen Wang, Heath A. Bowers, Paul Gollnick, Timothy W. Nilsen, and Eckhard Jankowsky
p. 730-734.

すぐ隣で起きているペスト (Plague Only a Hop Away)

ペストは野生の穴居げっ歯動物に自然に生じ、中央アジアからアフリカ経由で合衆 国南部や南米にまでノミなどによって伝達されて、医学的脅威となっている。カザ フスタンにあるスナネズミ疫病(gerbil plague)の中心域は、病原体保有宿主が安定 したきっちり線引きされた穴居システムとコロニーに棲息しているために、長期に わたる公衆衛生上の監視対象になっている。Davisたちは、40年間のデータを解析 し、スナネズミの数がピークに達したおよそ2年後に疫病が再出現する、という明確 な周期的パターンを生む閾値現象を発見した(p. 736; またStoneによるニュース記 事参照のこと)。このカザフスタンのデータに基づいて打ちたてられたモデルから得 られる予測は、対費用効果の高い公衆衛生コントロール戦略の開発を促進するもの となるだろう。(KF,nk)   
EPIDEMIOLOGY:
Plague Annals Help Bring Microbe Lab in From the Cold

   Richard Stone
p. 673.
Predictive Thresholds for Plague in Kazakhstan
   Stephen Davis, Mike Begon, Luc De Bruyn, Vladimir S. Ageyev, Nikolay L. Klassovskiy, Sergey B. Pole, Hildegunn Viljugrein, Nils Chr. Stenseth, and Herwig Leirs
p. 736-738.

脳のマップの可塑性(Brain Map Plasticity)

皮質性回路網の経験-依存的発生の根底にある細胞メカニズムは何だろう か?Petersenたちは、ラットの発生レイヤー2/3バレル皮質(developinglayer 2/3barrel cortex)のシナプスの結合性を、あらかじめ定めたヒゲのサブセットを刈 り取って感覚性入力を奪ったあとで調査した(p. 739)。入力を奪われなかった皮質 における感覚性応答とコラム間シナプス結合は結合確率の増加によって強められ た。形態学的分析によると、入力を奪われなかったバレル・コラムに向かっての随 伴した軸索の軸の再配向が明らかになったが、樹状突起の向きの再配向は見られな かった。(KF)
Synaptic Changes in Layer 2/3 Underlying Map Plasticity of Developing Barrel Cortex
   Carl C. H. Petersen, Michael Brecht, Thomas T. G. Hahn, and Bert Sakmann
p. 739-742.

移動の時のコフィリン(Cofilin in Locomotion)

コフィリンはアクチンフィラメントに結合して、それを切断する細胞骨格タンパク 質である。しかし、Arp2/3複合体が遊走性細胞の先端部においてアクチン重合化を 制御する一方で、コフィリンは単に遊離のアクチンを生成するために必要とされる だけなのだろうか?Ghoshたち(p. 743)はここで、コフィリンが細胞運動性におい てより直接的な役割を果たしていることを示唆している。コフィリンはリン酸化に より制御されており、全体的な活性化により細胞運動の増加が生じる。その代わ り、化学的に操作され光感受性であるホスホコフィリン模倣体を、急性かつ局所的 に活性化することにより、細胞遊走の方向を設定する細胞表面の突出を誘導し た。(NF)
Cofilin Promotes Actin Polymerization and Defines the Direction of Cell Motility
   Mousumi Ghosh, Xiaoyan Song, Ghassan Mouneimne, Mazen Sidani, David S. Lawrence, and John S. Condeelis
p. 743-746.

情報伝達、HIV感染と闘う(Information Transmission Battles HIV Transmission)

他のアフリカ諸国とは異なり、ウガンダでは1990年代初頭以降、ヒト免疫不全ウィ ルス-1型(HIV)の発生率が急速に70%も減少した。この様な相違は主として、原因 となる性的接触が国民的規模で60%も減少した結果として生じているようである。 このようなウガンダでの成功事例は、有効性80%のワクチンと同等のものであ る。StoneburnerとLow-Beer(p. 714)は、HIVについての情報が伝達される様式の おかげで、ウガンダにおいては一般的な行動の変化が生じたことを示唆している。 個人的なネットワークを介した情報の流れに加えて、被害者どうしの面識が強くな ることにより、HIV感染の原因--およびHIV感染の結果についての警鐘--についての 知識が広く行き渡ったのである。(NF)
Population-Level HIV Declines and Behavioral Risk Avoidance in Uganda
   Rand L. Stoneburner and Daniel Low-Beer
p. 714-718.

未知の反応物質の起源(Missing Sinks)

イソプレンやその他のテルペン類は植物から発生される生物起源の揮発性有機化合 物(BVOC)である。これらの化合物は、ヒドロキシルラジカル(OH)のような空気中の オキシダントと反応する。Di Carloたち(p. 722)は、森林中におけるOHの反応性を 直接計測した。この反応性はOHの寿命に反比例するが、計測結果はすべての既知の 反応物とOHの反応の合計値よりははるかに大きかった。この計測値との差は、OHと 反応する未知の物質が存在することを示唆している。この差は温度上昇とともに拡 大するが、BVOCの発生率も温度上昇に伴って上昇することが知られている。このこ とから、未知の反応物質は生物起源ではないかと予想される。(Ej)
Missing OH Reactivity in a Forest: Evidence for Unknown Reactive Biogenic VOCs
   Piero Di Carlo, William H. Brune, Monica Martinez, Hartwig Harder, Robert Lesher, Xinrong Ren, Troy Thornberry, Mary Anne Carroll, Valerie Young, Paul B. Shepson, Daniel Riemer, Eric Apel, and Colleen Campbell
p. 722-725.

ウィルスのmiRNA(Viral miRNAs)

マイクロ-(mi)RNAは、小型の約22-ヌクレオチドである二本鎖RNA由来RNAであり、 標的RNAの切断およびおそらくは分解を引き起こすか、またはそれらの翻訳を抑制す るかによって遺伝子発現を制御することにより、RNAをサイレンシングする。miRNA は、(いくつかの真菌を除き)これまで解析された全ての植物および動物のゲノム において見いだされた。Pfefferたち(p. 734)はここで、ウィルス中にmiRNAが存 在することを示した。大型のDNAウィルスでありかつ最も一般的なヒトウィルスの一 つであるエプスタイン-バーウィルス(EBV)は、5種類のmiRNAをコードする。バイ オインフォマティクス解析(一つのケースでは以前の研究によりサポートされてい る)から、EBVのmiRNAが、ウィルス感染の過程を制御する能力を有するウィルス遺 伝子およびヒト遺伝子の両方を標的としていることが示唆された。(NF)
Identification of Virus-Encoded MicroRNAs
   Sébastien Pfeffer, Mihaela Zavolan, Friedrich A. Grässer, Minchen Chien, James J. Russo, Jingyue Ju, Bino John, Anton J. Enright, Debora Marks, Chris Sander, and Thomas Tuschl
p. 734-736.

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