AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science April 2, 2004, Vol.304


ファジーな顔認識(Fuzzy Face Recognition)

知覚するときには、オブジェクトを同定する場合、本来の内在的手掛かりだけでな く、状況的(コンテキスト)手掛かりも重要である。内在的オブジェクト知覚であ る神経の相互相関は広く研究されてきた。しかし、状況的影響力によるオブジェク トの知覚には、脳のどのようなメカニズムが関与しているであろうか? Coxたち(p 115)は、顔認識への状況の影響を研究した。紡錘状顔領域(FFA, fusiform face area)という顔認識に関与している脳領域に対して、崩れた顔画像を持つ人体と、無 修正の顔画像を持つ人体は同程度の影響を与えた。しかし、人体の無い崩れた顔画 像とか、人体との位置関係が不釣合いだとか、顔の無い人体の場合には、FFAが活性 化されなかった。(An)
Contextually Evoked Object-Specific Responses in Human Visual Cortex
   David Cox, Ethan Meyers, and Pawan Sinha
p. 115-117.

DNAダメージへの複合体の応答(Complex Response to DNA Damage)

細胞がDNAダメージの被害を回避するのは、ダメージしたDNAを含む細胞の増殖を防 ぐチェックポイント機構を活性化することによる。タンパク質リン酸化酵素ATMはこ の情報伝達機構の重要な成分であるが、その活性がどのように制御されるているか は不明であった。Nijmegen染色体不安定症候群というヒト障害において、変異した タンパク質Nbs1はDNA修復に関与する2つのタンパク質、Mre11とRad50とMRN複合体を 形成する。また、NbsはATMの基質でもある。しかし、LeeとPaull(p. 93)は、今回 Nbs1とATMの相互作用がより複雑であることを示唆している。MRN複合体はATMの酵素 活性を直接に活性化するが、恐らく基質に対するリン酸化酵素の親和性を変えるATM の構造変化を引き起こすことによる。(An)
Direct Activation of the ATM Protein Kinase by the Mre11/Rad50/Nbs1 Complex
   Ji-Hoon Lee and Tanya T. Paull
p. 93-96.

電子を捕らえるクラスター(Electron-Capturing Cluster)

1ダース以上の金属原子を持つ金属クラスターは、高い反応性を示すことが予期され る。しかし、たくさんのクラスターの価電子が不活性ガスの電子と似た閉殻を形成 するとき、例外が起きる。このようなクラスターを記述する「ジェリウム・モデ ル」において、40個の電子を持つAl陰イオンのような化合物は非常に安定であ る。Bergeronたち(p. 84)は、HIとアルミニウム・クラスターの反応により、その生 成物中にAl 13-I2-間で生じる。その生成 物においては金属クラスター陰イオンと中性の I 原子間でイオン結合がされる。電 子がI 原子の反対側に集中していることを計算は示している。HBrとHCIとの反応は 同様な生成物を形成しない。なぜならばBr-とCl-は、I -より高い電子親和力を持ちかつそれらの電子を保持することによって安定な クラスターの生成を妨げている。Al陰イオンはCN-のような擬似ハロゲ ンと超電子両方の特性をもっている。(hk)
Formation of Al13I-: Evidence for the Superhalogen Character of Al13
   Denis E. Bergeron, A. Welford Castleman, Jr., Tsuguo Morisato, and Shiv N. Khanna
p. 84-87.

別れがたし(Breaking Up Is Hard to Do)

細胞周期において、タンパク質cohesinsは細胞周期の後期に至るまで複製後の姉妹 染色分体の結合を維持している。有糸分裂の時期に、cohesinsは有糸分裂中の染色 体から解離していくが、最初は前期においてバルクなcohesinsが染色分体アームに 沿って除去され、その後、中期において動原体性のcohesinsが除去される。今 回、DynekとSmith(p.97;AzzalinとLingnerによる展望記事を参照)は、ヒト細胞 において、姉妹染色分体の分離と有糸分裂の進行には酵素tankyrase1も必要であ り、この酵素が姉妹染色分体のテロメアの解離を促進するような作用をしているこ とを示唆している。(KU)
CELL BIOLOGY:
Telomere Wedding Ends in Divorce

   Claus M. Azzalin and Joachim Lingner
p. 60-62.
Resolution of Sister Telomere Association Is Required for Progression Through Mitosis
   Jasmin N. Dynek and Susan Smith
p. 97-100.

太古の海は低酸素である (Low Oxygen in Old Oceans)

初期の地球の大気は還元性で、大気中に測定可能な酸素が現れてきたのは約23億年 前になってである。では深海において酸素が存在するようになったのはいつであろ うか?低濃度の酸素の指標である縞状鉄鉱(Banded iron formations)は、18億年前 まで生成されていたが、このことがその時点にO2が深海に現れたことを 意味するわけではない。10億年前まで、深海が無酸素あるいは強還 元(euxinic)O2が少なくH2Sが多い状態であり、そしてその 時からO2濃度が今日の値近くに達したことを示唆されていた。Arnoldた ち(p.87)は、酸化還元条件に敏感なモリブデンの同位体構成を計測することで、今 日そして太古の海成堆積物におけるその仮説を検証する。17億年前と14億年前のサ ンプルから得られた結果から、それぞれの時代には深海は主として強還元(euxinic) であることが判り、そのことは原生代の生態系と生物化学サイクルを理解するため に重要な発見である。(TO,nk)
Molybdenum Isotope Evidence for Widespread Anoxia in Mid-Proterozoic Oceans
   G. L. Arnold, A. D. Anbar, J. Barling, and T. W. Lyons
p. 87-90.

量子共鳴器(A Quantum Resonator)

ある物体の位置を決定しうる精度はHeisenberg の不確定性原理による限界があ る。LaHaye たち (p.74; Blencowe による展望記事を参照のこと) は、ナノメカニ カル共鳴器の位置を、単一電子トランジスターの電荷状態を用いて検出しうる超精 密変位検出器を開発した。変位は量子力学に基づいた限界に近い精度で定めること ができる。この検出器はプローブ顕微鏡や度量衡学への応用面で、実際に利用でき るものとなるであろう。(Wt)
PHYSICS:
Nanomechanical Quantum Limits

   Miles Blencowe
p. 56-57.
Approaching the Quantum Limit of a Nanomechanical Resonator
   M. D. LaHaye, O. Buu, B. Camarota, and K. C. Schwab
p. 74-77.

水膜の形成過程を追跡する (Following Water Films on the Fly)

Ruan 等は(p. 80)ピコ秒(1×10-12秒)の時間分解能をもつ電子線回 折法を用いて、塩素終端(親水性)シリコン基板表面における吸着水膜の形成およ び融解ダイナミクスを明らかにした。同手法では基板とは分離して水膜の結晶構造 を調べる事ができる。ゆっくりと成長させた場合、塩素原子と等間隔で且つ規則的 に配向した二分子膜を形成する。水膜が厚くなるにつれて、配向性がくずれて、立 方晶氷を形成する。パルスレーザー照射により急激に基板温度を上昇させた場合、 10〜20ピコ秒の間に配向性が消失することがO・・・O, OH・・・O間距離の解析 から明らかとなった。氷結晶が再構築されるまでには1ナノ秒(1×10-9 秒)以上を要するという。(NK,Ej)
Ultrafast Electron Crystallography of Interfacial Water
   Chong-Yu Ruan, Vladimir A. Lobastov, Franco Vigliotti, Songye Chen, and Ahmed H. Zewail
p. 80-84.

重みに価値あり(Worth the Weights)

非線形システムをモデル化する方法の一つは、「ブラック・ボックス」アプローチ を利用することである。そこでは、一連の共振子が、学習させられ、重み付けされ ることで、入力及び出力の状態を再現するのである。こうした際に利用される神経 回路網の一つのタイプは、入力刺激がなくても活性状態を維持でき、そのことに よって動的記憶を達成する反復性(recurrent)神経回路網(RNN)である。このアプ ローチは、収束がゆっくりしていることや標準以下の解の存在によってうまくいか ないこともしばしばある。JaegerとHaasはこのたび、学習中にネットワーク全体に わたるリンクが変化するのではなく、RNNと出力の間のリンクが変化する巨大なネッ トを使うと正確さが非常に増加するということを示している(p. 78)。彼らはこのア プローチを用いて、無線通信チャネルを等化(equalize)している。(KF)
Harnessing Nonlinearity: Predicting Chaotic Systems and Saving Energy in Wireless Communication
   Herbert Jaeger and Harald Haas
p. 78-80.

海をショットガン法で調べる(Shotgunning the Sea)

サルガッソ海には非常に多様な微生物が棲んでいる。Venterたちは、サルガッソ海 の試料中の微生物の多様性の見本を得るためにショットガン配列決定を試み、120万 以上もの新しい遺伝子を同定した(p. 66; またFalkowskiとde Vargasによる展望記 事参照のこと)。ゲノム全体の再構成が行われ、種の多様性と豊富さについての最初 の推定が生み出された。このデータ集合は、海洋生命の代謝の潜在力と海洋生態学 の解析にとって、前例のない規模で生の材料を提供するものになっている。(KF)   
GENOMICS AND EVOLUTION:
Shotgun Sequencing in the Sea: A Blast from the Past?

   Paul G. Falkowski and Colomban de Vargas
p. 58-60.
Environmental Genome Shotgun Sequencing of the Sargasso Sea
   J. Craig Venter, Karin Remington, John F. Heidelberg, Aaron L. Halpern, Doug Rusch, Jonathan A. Eisen, Dongying Wu, Ian Paulsen, Karen E. Nelson, William Nelson, Derrick E. Fouts, Samuel Levy, Anthony H. Knap, Michael W. Lomas, Ken Nealson, Owen White, Jeremy Peterson, Jeff Hoffman, Rachel Parsons, Holly Baden-Tillson, Cynthia Pfannkoch, Yu-Hui Rogers, and Hamilton O. Smith
p. 66-74.

ハンチントン舞踏病と相撲の関係(SUMO Wrestling in Huntington's Disease)

ハンチントン舞踏病(HD)は、ハンチンチン(huntingtin)と呼ばれるタンパク 質(Htt)の異常なポリグルタミンリピートを含有する異常型(Httex1p)が蓄積す ることにより特徴づけられる、不治の神経変性性疾患である。Steffanたち(p. 100)は、ハンチンチンがSUMO-1(低分子ユビキチン-様修飾分子)により修飾され る可能性があることを見いだした。SUMO化されたハンチンチンは、安定化されてお り、集合体を形成する可能性があまり高くなく、そして転写を抑制する能力が増加 されている。HDのショウジョウバエ(Drosophila)モデルでは、ハンチンチンの3カ 所のリジン残基をSUMO化すると神経変性を悪化させるが、一方で同じ3カ所のリジン 残基をユビキチン化すると神経変性が生じなくなる。(NF)
SUMO Modification of Huntingtin and Huntington's Disease Pathology
   Joan S. Steffan, Namita Agrawal, Judit Pallos, Erica Rockabrand, Lloyd C. Trotman, Natalia Slepko, Katalin Illes, Tamas Lukacsovich, Ya-Zhen Zhu, Elena Cattaneo, Pier Paolo Pandolfi, Leslie Michels Thompson, and J. Lawrence Marsh
p. 100-104.

進化の足取り(The Footsteps of Evolution)

脊椎動物の足は初期の魚類が陸へと移動したときに進化したと長い間考えられてき たが、最近の化石のいくつかからは、水生環境において最初に四足類が進化したこ とが示唆されている。Shubinたちはこのたび、この遷移に光を投げかけることにな る、3億7千万年前に今のペンシルバニアにいた初期の四足類の上腕骨について記述 している(p. 90; また表紙とClackによる展望記事参照のこと)。この化石の分析に よると、魚のヒレが進化して身体を支えることができるようになり、歩行を可能に した、ということが示されている。こうした知見はまた、川床に保存されていた謎 に満ちた初期の四足類の足跡化石を説明する助けとなる可能性がある。(KF)
PALEONTOLOGY:
Enhanced: From Fins to Fingers

   Jennifer A. Clack
p. 57-58.
The Early Evolution of the Tetrapod Humerus
   Neil H. Shubin, Edward B. Daeschler, and Michael I. Coates
p. 90-93.

ヒト免疫の再構成(Reconstituting Human Immunity)

実験動物モデルの体内で完全なヒト免疫システムを再構成できれば、in vivo での 環境下で、ヒト免疫応答を実験的に操作することができるようになるだろ う。Traggiaiたち(p. 104)は、CD34+ヒト臍帯血細胞を使用して、リンパ球サブ セットを欠損する新生児免疫-不全マウスを再構成した。マウス体内で少なくとも 6ヶ月間は持続する完全な免疫細胞発生により、成熟Tリンパ球や成熟Bリンパ球、な らびに樹状細胞が生成された。機能的な細胞の相互作用が、宿主の細胞と同様に再 構成された細胞間で明らかに生じており、これらの細胞は適切な免疫応答を行うこ とができた。これらのヒト化マウスにより、ヒト免疫系の発生や機能についての新 しい疑問に取り組むことができるだろう。(NF)
Development of a Human Adaptive Immune System in Cord Blood Cell-Transplanted Mice
   Elisabetta Traggiai, Laurie Chicha, Luca Mazzucchelli, Lucio Bronz, Jean-Claude Piffaretti, Antonio Lanzavecchia, and Markus G. Manz
p. 104-107.

体重調整のためのつなぎ直し(Wired for Weight Control)

レプチン(Leptin)は、脂肪由来のホルモンであり、体重を制御する際に中心的な 役割を果たす。2組の別個の研究グループから発表された驚くべき結果により、レプ チンが体重に対する作用を発揮する時期そして方法についての現在のモデルが、修 正を迫られるかもしれない(ElmquistとFlierによる展望記事を参照)。新生児の限 られた時期について、Bouretたち(p. 108)は、レプチンが、視床下部弓状 核(ARH)におけるニューロン投射経路の形成を方向付けることにより、神経栄養性 因子として機能することを示した。それ以降の時期においては、レプチンは、これ らの同一の経路を標的とし、ARHにおけるニューロペプチドYおよびプロオピオメラ ノコルチンニューロンの活性を修飾することにより、食物摂取とエネルギーバラン スを制御する。Pintoたち(p.110)は、レプチンを欠損する大人のマウスは、野生 型マウスとは、ARHにおける興奮性シナプスおよび抑制性シナプスの数において顕著 に相違することを見いだした。単一用量のレプチンを変異型マウス(ob/ob)に投与 することにより、シナプス結合のつなぎ直しが迅速に誘導され、その結果、シナプ ス結合は、野生型マウスにおいて見られるものと、より似たものになる。(NF)
Rapid Rewiring of Arcuate Nucleus Feeding Circuits by Leptin
   Shirly Pinto, Aaron G. Roseberry, Hongyan Liu, Sabrina Diano, Marya Shanabrough, Xiaoli Cai, Jeffrey M. Friedman, and Tamas L. Horvath
p. 110-115.
Trophic Action of Leptin on Hypothalamic Neurons That Regulate Feeding
   Sebastien G. Bouret, Shin J. Draper, and Richard B. Simerly
p. 108-110.
NEUROSCIENCE:
The Fat-Brain Axis Enters a New Dimension

   Joel K. Elmquist and Jeffrey S. Flier
p. 63-64.

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