AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science March 12, 2004, Vol.303


第二鉄水酸化物のファイバーを作る(Forming Ferrihydrite Fiber)

生物組織がどのようにして無機の構造体を作っているのかという洞察が、Chan (p. 1656;Fortinによる展望記事を参照) たちによって提供された。彼らは洪水鉱 床(flooded mine)からの細菌を研究して、信じられないほどの高アスペクト比をも つ赤金鉱(akaganeite:FeOOH)の擬-単結晶が、細菌から分泌した多糖体鋳型上に作ら れていることを見出した。結晶性の赤金鉱のファイバーは無定形のFeOOHの凝集と熟 成による第二鉄水酸化物(Ferrihydrite)の形成によるらしい。この第二鉄水酸化物 は赤金鉱の外側皮膜として沈殿している。このようなミネラル化したフィラメント は、実験室でも自然界で見出されたものと同じように多核の鉄溶液中に合成多糖体 を入れることによって作ることが出来る。(KU)
GEOCHEMISTRY:
Enhanced: What Biogenic Minerals Tell Us

   Danielle Fortin
p. 1618-1619.
Microbial Polysaccharides Template Assembly of Nanocrystal Fibers
   Clara S. Chan, Gelsomina De Stasio, Susan A. Welch, Marco Girasole, Bradley H. Frazer, Maria V. Nesterova, Sirine Fakra, and Jillian F. Banfield
p. 1656-1658.

ホール効果における新しいスピン(A New Spin on the Hall Effect)

強磁性体中に見られる異常ホール効果の基礎となる微視的なメカニズムは長く論争 を呼んでいた。Leeたち(p.1647)は、系統的に不純物が注入されている強磁性金属 化合物のホール効果についての計測結果を報告している。低温でのキャリア移動は 不純物拡散によって支配されるが、ホール電流は不純物含有量とは無関係であっ た。この結果は、強磁性体中でのdissipationless(拡散速度に無関係な)スピン電流 に対する証拠を与えるもので、最近の理論的研究成果を支持するものである。(hk)
Dissipationless Anomalous Hall Current in the Ferromagnetic Spinel CuCr2Se4-xBrx
   Wei-Li Lee, Satoshi Watauchi, V. L. Miller, R. J. Cava, and N. P. Ong
p. 1647-1649.

広がったマグネシウムのネットワーク(Stretched Magnesium Networks)

通常のケイ酸塩ガラスでは、そのネットワーク構造は酸素やマグネシウム(Mg)のよ うな二配位、および三配位の原子の含有により修飾された四配位の Si原子によって 構成されている。Siの含有量が低くなるにつれて、SiO4四面体、あるい は、Si2 O7 二量体は孤立し始め、ガラス構造が反転し始め る。それらは、典型的には非常に複雑な構造を有しているため、これらの反転した ガラスを研究することは挑戦しがいのあることである。Kohara たち(p.1649) は、 無容器溶融法を用いて、フォルステライト (Mg2 SiO2) ガ ラスのバルク粒子を作成した。ガラスを強制的に形成するようにすると、Mgは四配 位、五配位、六配位を取り、非常に広がった結合に関与するネットワーク構造を作 り出す。(Wt)
Glass Formation at the Limit of Insufficient Network Formers
   S. Kohara, K. Suzuya, K. Takeuchi, C.-K. Loong, M. Grimsditch, J. K. R. Weber, J. A. Tangeman, and T. S. Key
p. 1649-1652.

ゲノムへの侵入(Genome Invasion)

ほ乳類のゲノムには莫大な量のジャンクDNAや、或いは非翻訳のDNAが含まれてい る。このようなDNAの殆んどはゲノム内のレトロトランスポゾン蓄積の結果であ る。Kazazian(p. 1626)は、どのようにしてゲノム内にレトロトランスポゾンが蓄積 され、いかにこのようなプロセスが進化の過程で重要なことであったかをレビュー している。(KU)
(訳注)レトロトランスポゾン:RNA中間体を経て転移する移動性の遺伝要素
Mobile Elements: Drivers of Genome Evolution
   Haig H. Kazazian, Jr.
p. 1626-1632.

エラストマーによる有機トランジスタ(Elastomeric Organic Transistors)

有機エレクロニクス用に現在開発されている物質の電子的性質は、通常の製造プロ セス条件の影響を受けやすい。Sundarたち(p. 1644)は、処理途中の影響を受けやす い物質が処理環境にさらされないような新規な有機半導体の製作方法を示してい る。その結果物質内部の荷電キャリアー移動度が〜15cm2/V・sに達する 半導体を作ることができた。彼らが利用したのはトランジスターの端子をつなぐパ ターンをエラストマーのスタンプで刻印する方法である。そしてこれを有機結晶に ソフトコンタクトさせ、良好なトランジスター機能が確認された。(Ej)
Elastomeric Transistor Stamps: Reversible Probing of Charge Transport in Organic Crystals
   Vikram C. Sundar, Jana Zaumseil, Vitaly Podzorov, Etienne Menard, Robert L. Willett, Takao Someya, Michael E. Gershenson, and John A. Rogers
p. 1644-1646.

脳は同時に時を刻む(Brains Ticking in Synchrony)

ソフトウエアの発展の初期には、プリンタで紙に印刷されるものと見た目に同じ様 にパソコンのスクリーンに表示するプログラムのことをWYSIWIG(what you see iswhat you get)と呼んでいた。Hassonたち(p.1634; Pessoaによる展望記事参照) は、あなたが見ていることは他の人にも同じように見えるかどうかという疑問につ いて意見を述べており、かなりの程度で同じように見えると結論した。彼らは、あ る映画を見ているときに5つの主題における脳の活動を画像にした。全域覚醒同 期(arousal synchronous)の瞬間だけでなく、顔や物体に対して感受するような機能 的選択領域(functionallyselective areas)においても、見ているその場面が数多く の様々な刺激を含んでいるにもかかわらず、同時に活性化した。さらに、指先の動 きが特徴的な場面は、手の動きをエンコードする体性感覚領域の神経反応を引き起 こした。(TO)
NEUROSCIENCE:
Seeing the World in the Same Way

   Luiz Pessoa
p. 1617-1618.
Intersubject Synchronization of Cortical Activity During Natural Vision
   Uri Hasson, Yuval Nir, Ifat Levy, Galit Fuhrmann, and Rafael Malach
p. 1634-1640.

友をかくまう(Keeping Friends at Bay)

腸管内の共生バクテリアは、病原性バクテリアといくつかの分子的特徴で共通して いるが、通常は腸管内で炎症を引き起こさない。そればかりか、共生バクテリア は、食餌性炭水化物の消化を助け、他のバクテリアも含めたバクテリアのバランス を適切に保つことにより、病原性バクテリアの増殖を抑制する。Macphersonと Uhr(p. 1662;KraehenbuhlとCorbettによる展望記事を参照)は、共生バクテリア の系統は、腸管内B細胞を選択的に刺激して、免疫グロブリンA(IgA)抗体を産生す ることを示した。共生バクテリアは樹状細胞内に侵入し、生き延びて、粘膜リンパ システムの誘導部位に運ばれる。共生バクテリアが粘膜侵入することをこの様にし てIgA-媒介性で阻害することが、腸管内で望ましくない炎症性反応が 生じないよう にするために役立っている可能性がある。(NF)
IMMUNOLOGY:
Keeping the Gut Microflora at Bay

   Jean-Pierre Kraehenbuhl and Max Corbett
p. 1624-1625.
Induction of Protective IgA by Intestinal Dendritic Cells Carrying Commensal Bacteria
   Andrew J. Macpherson and Therese Uhr
p. 1662-1665.

視覚野のリモデリング(Remodeling the Visual Cortex)

視覚的入力の翻訳を担う哺乳動物脳の皮質の一部は、生後も継続的に改良が行われ る。実際、視覚的経験により発生が修正を受ける可能性がある期間、異常な可塑性 の臨界期が存在する。2つの研究では、GABA作動性シグナル伝達を中断する働きを有 するベンゾジアゼピンを使用して、関与するメカニズムを詳細に分析した(Ferster による展望記事を参照)。HenschとStryker(p. 1687)は、適切に平衡化された視 覚を経験する脳に典型的な新皮質のカラムの物理的構造が、ベンゾジアゼピン処理 に応じて、変化することを示した。Fagioliniたち(p. 1681)は、αサブユニット の"ノックイン"変異をマウスで作製してGABA A型受容体をベンゾジアゼピンに対し て反応しないようにし、ベンゾジアゼピンが、α1サブユニットを含有するGABA受容 体サブセットに対する作用を介して、臨界期のタイミングに影響を与える可能性が あることを示した。したがって、GABA作動性シグナル伝達は、カラム 状構造の形成 と臨界期のタイミングとの両方に寄与する。(NF)
Specific GABAA Circuits for Visual Cortical Plasticity
   Michela Fagiolini, Jean-Marc Fritschy, Karin Löw, Hanns Möhler, Uwe Rudolph, and Takao K. Hensch
p. 1681-1683.
Columnar Architecture Sculpted by GABA Circuits in Developing Cat Visual Cortex
   Takao K. Hensch and Michael P. Stryker
p. 1678-1681.
NEUROSCIENCE:
Blocking Plasticity in the Visual Cortex

   David Ferster
p. 1619-1621.

冬コムギのナゼ(The Whys of Winter Wheat)

冬コムギは秋に種まきされて、ある期間冬の寒さにさらされた後、すなわち春化処 理の後、春になって急速に生長を開始する。春コムギの場合、開花を促進するため に寒さにさらすことは必要とされない。Yanたち(p.1640;Marxによるニュース記事 を参照)は、コムギから春化処理を調節する役割を担う遺伝子をクローニングし た。予想されたタンパク質、VRN2は他の穀類においてホモログを有し、zincフィン ガー-含有性転写因子の特徴を有している。VRN2は温帯性穀類の開花を抑制するため に中心的な役割を果たしており、春化処理によりVRN2を抑制することが生殖相を開 始するために重要である。(NF)   
PLANT BIOLOGY:
Remembrance of Winter Past

   Jean Marx
p. 1607.
The Wheat VRN2 Gene Is a Flowering Repressor Down-Regulated by Vernalization
   Liuling Yan, Artem Loukoianov, Ann Blechl, Gabriela Tranquilli, Wusirika Ramakrishna, Phillip SanMiguel, Jeffrey L. Bennetzen, Viviana Echenique, and Jorge Dubcovsky
p. 1640-1644.

小腸上皮細胞の物語(A Tale from the Crypts)

トランスジェニック・マウスの研究において、Haramisたち(p 1684)は間充織におけ る骨形成因子(BMP)-4の発現が、小腸上皮細胞の絨毛軸を維持する際の特殊な役割を 持つこのようなクロストークの重大な要因として同定した。BMP情報伝達が抑制され ると、多数の異常な小腸上皮細胞が正常な軸と直角に形成した。この小腸の異常 は、若年性ポリープ症という癌素因障害で見出された異常と類似するので、癌発生 において間充織と上皮の連絡の重要な役割を強調するものである。(An)
De Novo Crypt Formation and Juvenile Polyposis on BMP Inhibition in Mouse Intestine
   Anna-Pavlina G. Haramis, Harry Begthel, Maaike van den Born, Johan van Es, Suzanne Jonkheer, G. Johan A. Offerhaus, and Hans Clevers
p. 1684-1686.

デザイナー幹細胞(Designer Stem Cells)

幹細胞の治療的な応用には、幹細胞の分化を指示する方法と移植した細胞の免疫拒 絶反応を回避する方法を必要とする。治療をうける患者からの細胞を体細胞核の移 植技術で利用することにより、拒絶反応の可能性が減少するであろう。Hwangたち(p 1669;表紙記事とVogelによる2月13日の記事を参照)は、一人の患者からの除核卵母 細胞に同じ人の成人体細胞の核の挿入によって生成したヒトの胚盤胞から、多能性 の幹細胞株が生成したことを報告している。幹細胞株の単為生殖による生成の可能 性は完全には否定できないが、実験によれば、幹細胞株が体細胞の核導入の胚から 由来されたことを示唆する。(An)
Evidence of a Pluripotent Human Embryonic Stem Cell Line Derived from a Cloned Blastocyst
   Woo Suk Hwang, Young June Ryu, Jong Hyuk Park, Eul Soon Park, Eu Gene Lee, Ja Min Koo, Hyun Yong Jeon, Byeong Chun Lee, Sung Keun Kang, Sun Jong Kim, Curie Ahn, Jung Hye Hwang, Ky Young Park, Jose B. Cibelli, and Shin Yong Moon
p. 1669-1674.

タンパク質折りたたみの軌跡を明らかにする(Revealing Protein Folding Trajectories)

タンパク質折りたたみの機構を理解することは、生物学における主要なチャレンジ の一つである。FernandezとLiは、力-クランプ(force-clamp)原子力(atomic force) 顕微鏡を用いて、単一ポリ-ユビキチン鎖の折りたたみの完全な軌跡を追跡し た(p.1674)。強い力でポリタンパク質を広げた後で延伸力は消滅させられ、タンパ ク質折りたたみがモニターされた。ユビキチン折りたたみは、きちんと決まった離 散した段階間の移行からなるのではなく、一連の連続的段階を経て生じてい た。(KF)
Force-Clamp Spectroscopy Monitors the Folding Trajectory of a Single Protein
   Julio M. Fernandez and Hongbin Li
p. 1674-1678.

アルミナが秩序に至る(Alumina Comes to Order)

金属表面に成長した酸化アルミニウムの膜は、電子トンネル障壁から、典型的な触 媒としての金属粒子の支持体にいたるまで、さまざまな用途がある。、熱的バリ ア、あるいは耐腐食性バリアとしても作用しうる。高度に結晶化したアルミナ層 は、しばしばニッケル−アルミニウム合金の (110)表面を酸化することにより成長 するが、Stierle たち (p.1652) は表面X線回折研究により、この表面層の構造決 定を提示している。歪んだ六方晶系酸素イオン層はアルミニウムカチオンに対し四 面体、および八面体の等分布したサイト上へのホストとして働く。このような表面 層の下の特性は走査型プローブ法で決定することは困難である。(Wt)
X-ray Diffraction Study of the Ultrathin Al2O3 Layer on NiAl(110)
   A. Stierle, F. Renner, R. Streitel, H. Dosch, W. Drube, and B. C. Cowie
p. 1652-1656.

大きな小粒子(Big Little Particles)

化学的分析は大気中の有機的エアロゾルに含まれている要素のごく僅かな部分しか 同定してこなかった。重合プロセスによって、質量の測定に基づいて存在している ことが知られている有機的エアロゾルの量と、種ごとの基準で説明できるそれより ずっと少ない質量との間の矛盾を説明できる可能性がある。Kalbererたちは、重合 反応による生成物がそうしたエアロゾルの組成を支配していることの化学的証拠を 提示している(p. 1659)。反応チャンバーにおいて芳香族化合物の光酸化を誘導する ことで、彼らは有機的エアロゾルの質量の大部分が1000ダルトンにも及ぶ分子量の 高分子から構成されていることを示している。これらの高分子を同定することに よって、光学的な効果や雲の凝結核としての可能性など、エアロゾルのその他の特 性の理解に影響が出てくることになる。(KF)
Identification of Polymers as Major Components of Atmospheric Organic Aerosols
   M. Kalberer, D. Paulsen, M. Sax, M. Steinbacher, J. Dommen, A. S. H. Prevot, R. Fisseha, E. Weingartner, V. Frankevich, R. Zenobi, and U. Baltensperger
p. 1659-1662.

SARSの進化(Evolution of SARS)

中国南部における重症急性呼吸性症候群(SARS)コロナウイルスの大発生の進化の追 跡によって、いくつかの興味深いパターンが明らかになってきている。いくつかの 独立した感染源が、その地域の最近確立された外来性動物市場から出現した。複数 の患者から分離されたウイルスの包括的な分子解析を用いて、中国SARS分子的疫学 コンソーシアム(The Chinese SARS Molecular Epidemiology Consortium)は、流行 の初期相が特異的なホットスポットにおける急激な変異によって特徴づけられるこ とを発見した(p. 1666)。そうした変異性のホットスポットが宿主への細胞接着に必 要なウイルス・スパイク・タンパク質におけるアミノ酸の変化を引き起こしたので ある。香港における「スーパー・スプレッダー事件」はウイルス進化における中間 相、つまりアミノ酸置換の比率が小さくなった時期に特徴的なものであった。最後 に、流行の最終層は強い純化選択によって特徴づけられる。SARS流行の遺伝的動力 学についてのこの洞察は、優先的な制御戦略や薬物療法やワクチンの開発にとって 意味あるものである。(KF)
Molecular Evolution of the SARS Coronavirus During the Course of the SARS Epidemic in China
    The Chinese SARS Molecular Epidemiology Consortium
p. 1666-1669.

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