AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science March 5, 2004, Vol.303


初期人類のいくつもの層から一つを選ぶ(Taking a Bite Out of Early Hominid Genera)

ヒトとチンパンジーの最後の共通祖先が、約600万年前に存在していたと考えられ る。幾つかの最近の化石資料(今は3つの属に分けられる)により、分かれた直後の人 類の初期の進化を解明する口火が切られている。Haile-Selassieたち(p.1503;Begun による展望記事参照)は、エチオピアの堆積物から発見された、520万年〜580万年前 と見られる、犬歯(犬歯の特徴から、化石が類人猿か初期人類であるかを判断す る)を含む6つの新たな初期原人の歯について報告する。その歯は、類人猿やその祖 先の歯に比べると、磨耗の仕方が明らかに違う。少数の別の初期人類の化石との比 較により、現在見つかっている初期人類化石資料では、属の数が3つよりも少ない可 能性を示唆している。(TO,An,bb)
ANTHROPOLOGY:
The Earliest Hominins--Is Less More?

   David R. Begun
p. 1478-1480.
Late Miocene Teeth from Middle Awash, Ethiopia, and Early Hominid Dental Evolution
   Yohannes Haile-Selassie, Gen Suwa, and Tim D. White
p. 1503-1505.

内部からの量子的臨界点(Quantum Criticality from Within)

古典的相転移の伝統的な描像は、量子的相転移を示す系で実験的に観測された微妙 なものの幾つかを記述するには不十分である可能性がある。パルクの相における 「秩序パラメータ」を記述し、その後に量子的臨界点(quantum critical point QCP)を誘導する伝統的な方法と異なり、Senthil たち (p.1490;Laughlin による展 望記事を参照のこと) は、内部からその問題にアプローチした。彼らはQCP 自体の 理論的記述と、それがパラメータの変化につれてどのように進化するかを考察し た。非拘束的励起(deconfined excitations)と「分数」粒子("fractional" particles) に含まれる理論的手段を用いることにより、彼らは、正方格子反強磁性 体の相を記述している。(Wt)
PHYSICS:
The Cup of the Hand

   R. B. Laughlin
p. 1475-1477.
Deconfined Quantum Critical Points
   T. Senthil, Ashvin Vishwanath, Leon Balents, Subir Sachdev, and Matthew P. A. Fisher
p. 1490-1494.

ストレスと飲酒 (Stress and Drink)

副腎皮質刺激ホルモン放出因子(CRF)は、ストレスや視床下部下垂体副腎のストレ ス軸の変化に伴う行動変化と密接な関係がある。ストレスによるアルコール依存症 は遺伝的要素を有している。しかしながら、ストレスとCRFに起因するアルコール依 存のメカニズムについては未だ解明されていない。Nie等は(p. 1512)、CRF受容体 を除去されたネズミは、CRFとエタノールに起因する扁桃体でのγ−アミノブチル酸 が介在した(GABAergic)神経伝達が生じないことを見出した。また様々な種類の動 物において、CRF1抑制因子によりCRFとエタノールの効果が阻害されることが確認さ れた。この結果は、CRF受容体が関与したプロセスがアルコールを求める行為に直接 関与していることを示唆している。(NK)
Ethanol Augments GABAergic Transmission in the Central Amygdala via CRF1 Receptors
   Zhiguo Nie, Paul Schweitzer, Amanda J. Roberts, Samuel G. Madamba, Scott D. Moore, and George Robert Siggins
p. 1512-1514.

磁気的メタ物質(Magnetic Metamaterials)

自然界で見られる物質の磁気的な応答は、一般的に、電磁波スペクトルにおいてギ ガヘルツ帯の低周波数領域に限られる傾向がある。Yen たち (p.1494) は人工的物 質、すなわち、メタ物質を作成した。それらは、テラヘルツの高周波数領域におい て、調整可能な磁気的応答を有するスプリットリング共振器を配列したものから構 成されている。そのコンポーネント自体は永久磁気モーメントを有してはいない。 個々のコンポーネントの大きさを変化させることで、簡単に磁気的応答が調整でき るため、その効果を光学領域にまで拡張できる可能性を開くものである。(Wt)
Terahertz Magnetic Response from Artificial Materials
   T. J. Yen, W. J. Padilla, N. Fang, D. C. Vier, D. R. Smith, J. B. Pendry, D. N. Basov, and X. Zhang
p. 1494-1496.

発生におけるWnts(Wnts in Development)

胚形成において、細胞は新しい位置への移動と共に新しいアイデンティティをも同 時に得ることができる。多くの場合、形態形成の変化は細胞外リガンドとその受容 体によって誘発される。どのような情報伝達経路が、細胞接着や細胞遊走の動的変 化と遺伝子発現変化とを調節しているのだろうか?NelsonとNusse(p. 1483)は、Wnt と他の成長因子情報伝達とカドヘリン仲介細胞接着との間の起こりうる相互関係に 関する証拠をまとめた。(An)
Convergence of Wnt, ß-Catenin, and Cadherin Pathways
   W. James Nelson and Roel Nusse
p. 1483-1487.

好中球NETに引っかかった病原体(Pathogens Caught in Neutrophil NET)

好中球は免疫系の細胞であり、一連の細菌性病原体によって活性化されると線維性 マトリックスを作る。Brinkmannたち(p 1532; LeeとGrinsteinによる展望記事参照) は、このマトリックスがDNAから構成されるが、そのDNAは、エラスターゼ、カテプ シンG、ミエロペルオキシダーゼ、ラクトフェリン、ゼラチナーゼを含む酵素ネット ワークの骨格を提供する。この好中球の細胞外トラップ(NET)は病原体を捕まえ、病 原体の病原因子を無効にする生得的な免疫応答の一種と思われる。(An)
IMMUNOLOGY:
Enhanced: The Tangled Webs That Neutrophils Weave

   Warren L. Lee and Sergio Grinstein
p. 1477-1478.
Neutrophil Extracellular Traps Kill Bacteria
   Volker Brinkmann, Ulrike Reichard, Christian Goosmann, Beatrix Fauler, Yvonne Uhlemann, David S. Weiss, Yvette Weinrauch, and Arturo Zychlinsky
p. 1532-1535.

蚊の一刺しの遺伝学(The Genetics of Mosquito Biting)

世界の至る所に存在するアカイエカ種群(Culex pipiens species complex)のある種 の蚊は幾つかの感染に対する重要なベクターであり、現在でもWest Nile Virus の 伝染において最も注目されている。この種群は、異なる行動的特徴を示す困惑させ るほどの様々なタイプの蚊を構成しており、今まで遺伝学的に区別することが出来 なかった。Fonsecaたち(p. 1535;Couzinによるニュース解説記事を参照)は、蚊が好 んで刺す動物、それ故に動物からヒトへのウイルス伝染の危険性に関連してこれら の蚊の遺伝的特徴を調べた。調査された総ての新世界でのアカイエカの集団は人を 刺すCulex quinquefasciatusとの雑種である証拠を示しており、このことはWest Nile Virus伝染を引き起こすような一刺しの特徴を与えるものである。(KU)
GENETICS:
Hybrid Mosquitoes Suspected in West Nile Virus Spread

   Jennifer Couzin
p. 1451.
Emerging Vectors in the Culex pipiens Complex
   Dina M. Fonseca, Nusha Keyghobadi, Colin A. Malcolm, Ceylan Mehmet, Francis Schaffner, Motoyoshi Mogi, Robert C. Fleischer, and Richard C. Wilkerson
p. 1535-1538.

ヨーロッパの古気候の復元(Reconstruction European Climate)

過去1000年に及ぶ気候の復元は、気候変動を正確に描写するには地理的、及び季節 的な詳細さが不十分であった。Luterbacherたち(p. 1499)は、初期の機器類による データーシリーズとアイスコアや年輪などの代用(proxy)温度記録を含む multi-proxy 方法により、1500A.D.に遡ってのヨーロッパの陸地における高分解能 での温度パターンの復元を報告している。著者たちは月ごとの平均温度、季節ごと の平均温度、時間的変動、及びその傾向と極値に関する空間パターンを決定してい る。彼らは過去10年間(1994〜2003)の夏の気温は500年間の間のどれよりも最も暑 かったこと、更に1973年から2002年の間の冬と年間の平均温度に関するその30年間 の平均は500年間のどれよりも最も高かったと結論付けている。ヨーロッパの「小さ な氷期(Little Ice Age)」での冬と年間の温度は一般的には低下したが、夏の気温は 系統的な100年スケールでの冷却を体験していなかった。(KU,nk,og)
European Seasonal and Annual Temperature Variability, Trends, and Extremes Since 1500
   Jürg Luterbacher, Daniel Dietrich, Elena Xoplaki, Martin Grosjean, and Heinz Wanner
p. 1499-1503.

モーター微小管修飾物質?(A Motoring Microtubule Modulator?)

キネシンファミリーのタンパク質には、微小管に沿った物質移動を推進する分子 モーターや、微小管分解を促進するが微小管に沿って移動しない微小管制御因子が 含まれる。Bringmannたち(p. 1519)は、今回細胞分裂キネシンXklp1が、微小管動 態不安定性の強力な阻害剤として、そして異常な動的特性を伴った高速のキネシン として機能することを示した。(NF)   
A Kinesin-like Motor Inhibits Microtubule Dynamic Instability
   Henrik Bringmann, Georgios Skiniotis, Annina Spilker, Stefanie Kandels-Lewis, Isabelle Vernos, and Thomas Surrey
p. 1519-1522.

Toll-様受容体を介する病原体防御(Pathogen Protection via Toll-like Receptors)

哺乳動物のToll-様受容体タンパク質(TLR)は、バクテリア細胞壁およびウィルス 核酸の構成要素などの病原体により提示される、ある範囲の分子信号を検出する様 に進化してきた(O'Neillによる展望記事を参照)。Zhangたち(p.1522)は、哺乳 動物TLRファミリーの新規な構成分子、TLR11についての証拠を提示した。この分子 は、泌尿生殖路をバクテリア病原体から保護する役割を果たす。TLR7およびTLR8 は、特定の病原体由来リガンドであるかどうかは分かっていない。Dieboldたち(p. 1529)は、マウスにおけるTLR7による一本鎖インフルエンザウィルスRNA(ssRNA) の認識を調べ、そして樹状細胞のエンドソーム内部でのこの受容体経路を刺激する ことにより、抗ウィルス性サイトカイン発現が誘導されることを明らかにし た。Heilたち(p. 1526)も、またマウス樹状細胞中のTLR7により、グアノシ ン(G)-リッチなssRNA配列やウリジン(U)-リッチなssRNA配列の検出を調べた。 しかしながら、ヒト細胞においては、TLR7ではなくTLR8が1型ヒト免疫不全ウィルス のGU-リッチなssRNA配列を検出したが、これにより、種間のTLR-媒介性ウィルスRNA 検出における発散のレベルが強調される。(NF)
A Toll-like Receptor That Prevents Infection by Uropathogenic Bacteria
   Dekai Zhang, Guolong Zhang, Matthew S. Hayden, Matthew B. Greenblatt, Crystal Bussey, Richard A. Flavell, and Sankar Ghosh
p. 1522-1526.
IMMUNOLOGY:
After the Toll Rush

   Luke A. J. O'Neill
p. 1481-1482.

神経細胞死とプリオンタンパク質(Neuronal Death and Prion Proteins)

広範囲の神経細胞死を含めて、プリオン-関連病原性を引き起こす分子的現象につい てはほとんど知られていない。スクレイピー-関連プリオンタンパク質(PrP-Sc)は 神経毒性を誘導するが、この神経毒性は正常な細胞プリオンタンパク質(PrP-c)の 発現に完全に依存している。PrP-cに結合する抗体は培養神経細胞においてシグナル 伝達を引き起こすことができる。架橋PrP-cによるシグナル伝達が、in vivoで神経 細胞死を引き起こすことができるかどうかを調べるため、Solforosiたち(p. 1514)は、マウス海馬中に様々なPrP-c-特異的モノクローナル抗体を定位的に注射 した。ある無傷なPrP-c-特異的モノクローナル抗体は、アポトーシスを介した広範 囲に及ぶ神経細胞死を引き起こした。PrP-c-特異的抗体のFabフラグメントを注射し た場合、または抗体PrP-cを発現しないノックアウトマウスの脳に抗体を送り込んだ 場合には損傷は検出されなかった。抗-PrP抗体をプリオン疾患の治療において使用 するかどうかについて考慮する際に、これらの知見は重要であろう。(NF)
Cross-Linking Cellular Prion Protein Triggers Neuronal Apoptosis in Vivo
   Laura Solforosi, Jose R. Criado, Dorian B. McGavern, Sebastian Wirz, Manuel Sánchez-Alavez, Shuei Sugama, Lorraine A. DeGiorgio, Bruce T. Volpe, Erika Wiseman, Gil Abalos, Eliezer Masliah, Donald Gilden, Michael B. Oldstone, Bruno Conti, and R. Anthony Williamson
p. 1514-1516.

増殖するために前に出る(Going Forth to Multiply)

植物において交差受精を確実に実行させるための自家不和合性は、他の真核生物の 自己・非自己の認識系と多くの点で類似している。アブラナ属におけるこの自家不 和合性応答に寄与している分子成分が、花粉と受容性紅斑の表面において同定され た。Muraseたち(p. 1516; Goring と Walkerによる展望記事も参照)は、この経路で のもう1つの鍵となる成分を同定した。これは膜に固定したキナーゼのMLPKであり花 粉が紅斑表皮細胞に出会った後、応答の早い段階で機能する。(Ej,hE)
PLANT SCIENCES:
Self-Rejection--a New Kinase Connection

   Daphne R. Goring and John C. Walker
p. 1474-1475.
A Membrane-Anchored Protein Kinase Involved in Brassica Self-Incompatibility Signaling
   Kohji Murase, Hiroshi Shiba, Megumi Iwano, Fang-Sik Che, Masao Watanabe, Akira Isogai, and Seiji Takayama
p. 1516-1519.

隕石中に見つかった珪酸塩星くず(Meteoritic Stardust)

天文学者たちはケイ酸塩粒子の存在を示す特徴的スペクトルを多くの星の環境で見 つけている。しかし、地球化学者たちにとって、他の星由来のケイ酸塩粒子を隕石 中に見出すことは困難であった。Nguyen と Zinner (p. 1496)は、炭素質コンドラ イトのAcfer 094中に太陽系以前のケイ酸塩(presolar silicate)粒子を見つけた。 これらの粒子中のMgとOの存在量は、この粒子を誕生させた星のタイプやそのプロセ スに関する情報を提供している。特に、1つの粒子中に見つかった異常な同位体量 比から推測できることは、低質量で、熱的パルスを伴った漸近巨星枝星(asymptotic giantbranch star)が、炭素星に変遷する前の外層基底部での低温度核変成期間中 に、恒星大気外層の深い攪拌が生じたことを物語る。(Ej,nk,tk)
Discovery of Ancient Silicate Stardust in a Meteorite
   Ann N. Nguyen and Ernst Zinner
p. 1496-1499.

時は飛ぶように過ぎるのか、否か(When Time Flies...or Not)

ヒトの時間の知覚は、それが過ぎさることに能動的に留意しているときに変化する ものである。時間の経過に注意を払っているとき、時間経過に関する推定が明示的 に変調されてしまうことに関わっているのは、脳のどの領域なのだろうか? イベ ントに関する機能的磁気共鳴映像法の研究で、Coullたちは、時間に関わる領域の上 で色の処理に、注意的指示によって偏向をかけた(p. 1506)。このアプローチはタイ ミングの検証についての、運動の準備などの過程の混じらない、より純粋なパラダ イムを提供するものである。前補充的(presupplementary)運動野を含む皮質-線状体 系ループが、選択的に活性化されていたのである。(KF)
Functional Anatomy of the Attentional Modulation of Time Estimation
   Jennifer T. Coull, Franck Vidal, Bruno Nazarian, and Francoise Macar
p. 1506-1508.

結合と解離(Bind and Release)

膜貫通AMPA受容体調節性タンパク質(TARP)は、AMPA受容体の膜挿入と適切なシナプ スの標的化を制御する。Tomitaたちは、AMPA受容体のTARPタンパク質との相互作用 と解離の機構を調べた(p. 1508)。グルタミン酸あるいはAMPAによる刺激は、AMPA受 容体とTARPとの会合を減少させ、ニューロン表面でのTARPを妨害することなくAMPA 受容体のエンドサイトーシスを引き起こした。つまり、イオンチャネルの活性化す らなしに作用薬によって引き起こされたAMPA受容体高次構造のアロステリックな変 化が、AMPA受容体のTARPからの解離を誘発させるのにじゅうぶんである可能性があ る。(KF)
Dynamic Interaction of Stargazin-like TARPs with Cycling AMPA Receptors at Synapses
   Susumu Tomita, Masaki Fukata, Roger A. Nicoll, and David S. Bredt
p. 1508-1511.

ネットワークを理解する(Understanding Networks)

相互作用する要素からなるネットワークは非常に多様な系で見い出される。それら のネットワークは規模や構造、秩序の点でかなり異なっているので、それら同士の 比較は簡単な仕事ではない。Miloたちは、従来のさまざまな主題の研究成果の上 に、生物学的、社会的、さらには科学技術的なネットワークを比較するのに使える 統計学的有意性プロファイルを導き、ネットワークについてのいくつかのスーパー ファミリを作り上げた(p. 1538)。一例として、電力グリッドとタンパク質の二次構 造ネットワークは、同じスーパーファミリに属すものである。(KF)
Superfamilies of Evolved and Designed Networks
   Ron Milo, Shalev Itzkovitz, Nadav Kashtan, Reuven Levitt, Shai Shen-Orr, Inbal Ayzenshtat, Michal Sheffer, and Uri Alon
p. 1538-1542.

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