AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science October 3, 2003, Vol.302


Mott遷移のクリティカルな局面(Critical Aspects of the Mott)

金属から絶縁体へのMott転移(MIT: metal insulator transition)に関連する臨界現 象は銅塩の高温超伝導性と亜マンガン酸塩の巨大磁気抵抗性を説明する。V2O3 で観測されるMITはMott転移の典型的な例であるが、多数の研究にも関わらず、詳細 で高純度での実験は困難だった。Limeletteたちは(p. 89、Kotliarの展望記事も参 照)、クロームをドープしたV2O3の電導性を、MITの臨界終点をよこぎるパラ メータ領域において、温度と圧力の関数として計測し、その結果を報告している。 その結果は、様々な相関電子物性に対してMITを普遍的に説明する方法を提供するだ ろう。(Na,KU)
PHYSICS:
Driving the Electron Over the Edge

   Gabriel Kotliar
p. 67-69.
Universality and Critical Behavior at the Mott Transition
   P. Limelette, A. Georges, D. Jérome, P. Wzietek, P. Metcalf, and J. M. Honig
p. 89-92.

運動量空間中の磁気単極子(Magnetic Monopoles in Momentum Space)

電荷が正負それぞれ単独で存在することに対し、物理的に自然な対称性を与えるた めに、磁気的にN極またはS極のみ単独に持つモノポール(単極子)という粒子が これまで長い間提案されてきてた。しかし、それらの想定質量が非常に重い質量 (>1016 GeV)ため、 現実空間において磁気単極子(磁気モノポール) が存在する証拠を捉える高エネルギー現象を観察することは出来なかった。一方、 低エネルギーの固体系は、磁気単極子の振る舞いに対してある洞察を与える可能性 がある。Fang たち(p.92) は、強磁性体金属である ストロンチウムルテネイトの磁 気特性および輸送特性について、実験的研究と第一原理計算を与えている。著者た ちは、この材料が示すこれまでにない振る舞いを、結晶の運動量空間中の磁気単極 子を持ち出すことにより、説明している。(Wt,Nk)
The Anomalous Hall Effect and Magnetic Monopoles in Momentum Space
   Zhong Fang, Naoto Nagaosa, Kei S. Takahashi, Atsushi Asamitsu, Roland Mathieu, Takeshi Ogasawara, Hiroyuki Yamada, Masashi Kawasaki, Yoshinori Tokura, and Kiyoyuki Terakura
p. 92-95.

金属−分子接合を造る (Building a Metal-Molecule Junction)

金属と分子の界面は、分子エレクトロニクスの分野で重要な問題の一つとなってい る。Nazin たちは(p. 77 Kummelによる展望記事参照)、金原子鎖−銅フタロシア ニン(CuPc)−金原子鎖からなる接合体を造り、2本の原子鎖の長さを1〜6原子の間 で変化させた時のに生じる電子状態の変化を調べた。彼等は走査型トンネル顕微鏡 (STM)の探針を用いて、ニッケル−アルミニウムの(110)面に吸着したCuPcと金 原子を操作し上記接合体を作り上げ、さらにその電子スペクトルを得た。その結 果、接合した金原子鎖が長くなるにつれて接合体(extended molecules)の分子軌 道エネルギーは分裂・シフトすることが明らかとなった。(NK)
CHEMISTRY:
How to Assemble a Molecular Junction

   Andrew C. Kummel
p. 69-70.
Visualization and Spectroscopy of a Metal-Molecule-Metal Bridge
   G. V. Nazin, X. H. Qiu, and W. Ho
p. 77-81.

水の窓における軟X線(Soft X-rays in the Water Window)

水は透過するが炭素には吸収される領域である水の窓(Water Window;波長4nm近 傍)におけるコヒーレントな軟X線の発生は、生物学の可視化への応用面で卓上用の コンパクトなコヒーレントX線源を開発する上での望まれていた目標である。このよ うな高強度の赤外線パルスによる気体のイオン化現象を得るためには、高調波の発 生による制御困難な軟X線の放射に頼らざるを得ない。Gibsonたち(p. 95)は、こ の制御上での困難さが、ネオンガスで満たされた空間変調導波ファイバーを用いる ことにより回避できることを示している。特に、彼らは4.4nm付近の強い軟X線の発 生を実証しており、それにより空間周期的導波菅により高調波で発生したX線の疑位 相整合が可能となる。(KU)
Coherent Soft X-ray Generation in the Water Window with Quasi-Phase Matching
   Emily A. Gibson, Ariel Paul, Nick Wagner, Ra'anan Tobey, David Gaudiosi, Sterling Backus, Ivan P. Christov, Andy Aquila, Eric M. Gullikson, David T. Attwood, Margaret M. Murnane, and Henry C. Kapteyn
p. 95-98.

大きな伸び一つは小さな伸び二つより良く効く(One Big Stretch Is Better)

水素をつくる水蒸気改質といった反応において、金属触媒によるメタン転換は工業 面での関心がかなり高い。しかしながら、このような反応に関する我々の基本的理 解において、メタン反応の活性化における結合振動の役割を含めて未だ幾つかの ギャップがある。動力学的理論の幾つかは、同じようなエネルギーを持つ異なる振 動励起状態が異なる反応をすることを示唆する一方、統計理論ではこのような影響 はわずかであることを示唆している。Beckたち(p. 98;Luntzによる展望記事参照) は、伸縮振動第二励起状態にある炭素-水素結合を一つもつメタンの分子ビーム、お よび第一励起状態にある炭素ー水素結合を2個持つメタン(総エネルギーでは前者 と等しい)の分子ビームをつくった。前者は研究された最も低い運動エネルギーに おいて、ニッケル(100)表面上でほぼ5倍以上の反応性があることが判明し た。(KU,Nk)
CHEMISTRY:
Toward Vibrational Mode Control in Catalysis

   A. C. Luntz
p. 70-71.
Vibrational Mode-Specific Reaction of Methane on a Nickel Surface
   Rainer D. Beck, Plinio Maroni, Dimitrios C. Papageorgopoulos, Tung T. Dang, Mathieu P. Schmid, and Thomas R. Rizzo
p. 98-100.

防御的な内因性カンナビノイド(Protective Endocannabinoids)

神経細胞は細胞自体の過剰活性による神経毒性作用を避けるため、これに対する 防御が必要である。防御メカニズムは多分存在しており、ニューロンのパルス発 生活動が異常に高い場合、これに対する即時防御を提供するものと思われる。 Marsicanoたち(p. 84; Mechoulam と Lichtmanによる展望記事参照)は垂体細胞中 にカンナビノイド受容体1型 (CB1)を欠くが、前脳の介在ニューロン中にはこ れを欠いてない条件付マウス変異体を作った。興奮毒カイニン酸誘発性発作に対 する防御はGABA作動性ニューロン中ではなく、グルタミン酸作動性ニューロン中 のCB1受容体によって発揮される。発作によって野生型マウスの内在性カンナビ ノイドであるアナンダミドの産生が増加するが、変異マウスでは見られなかっ た。したがって、内在性カンナビノイド系の活性化は興奮毒に対する生理学的防 御をつかさどる初期の即応的で不可欠なステップであると言える。(Ej,hE)
NEUROSCIENCE:
Stout Guards of the Central Nervous System

   R. Mechoulam and A. H. Lichtman
p. 65-67.
CB1 Cannabinoid Receptors and On-Demand Defense Against Excitotoxicity
   Giovanni Marsicano, Sharon Goodenough, Krisztina Monory, Heike Hermann, Matthias Eder, Astrid Cannich, Shahnaz C. Azad, Maria Grazia Cascio, Silvia Ortega Gutiérrez, Mario van der Stelt, Maria Luz López-Rodríguez, Emilio Casanova, Günther Schütz, Walter Zieglgänsberger, Vincenzo Di Marzo, Christian Behl, and Beat Lutz
p. 84-88.

四角な自己集合(Square Self-Assembly)

タンパク質ネットワークを遺伝子操作(engineer)で設計することが出来れば、酵素 や膜組織チャンネルのような機能性タンパク質を決められた場所に置くことが可能 になるであろう。この目標に向けて、Ringler と Schulz(p.106)は、正方形格 子(regular quadratic lattice)の中に集めたタンパク質の基礎単位(building blocks)を遺伝子操作により作製してきた。立方体を押しつぶしたような形のC4- 対称四量体アルドラーゼは、4面の各面においてビオチンので導体化(derivatized) される。このステップは、硬いストレプトアビジンロッド(streptavidin rods)と結 合しうる強固な4方向の結びつきを生成する。切り替え可能な立体配置(switchable conformations)を持つスペーサ(Spacers)を用いて、メッシュのサイズが可変な格子 を生成することができる。(TO)
Self-Assembly of Proteins into Designed Networks
   Philippe Ringler and Georg E. Schulz
p. 106-109.

インテグリン活性化への最終段階(The Last Step Toward Integrin Activation)

細胞外マトリックス成分に対するインテグリン親和性は、インテグリン活性化を制 御する。次いで、インテグリン活性化は、多数の細胞接着と細胞遊走のイベントに 関与する。インテグリンと細胞外マトリックスの相互作用を制御する細胞内情報伝 達経路が多く同定されたのに、インテグリンの活性化モードを引き起こす立体配置 的変化を結果とする最終段階は不明であった。Tadokoroたち(p 103)は、いくつかの 異なっているインテグリンのクラスと情報伝達経路では、タリンという細胞骨格の タンパク質の会合がインテグリン活性化の共通の最終段階であることを示してい る。(An)
Talin Binding to Integrin ß Tails: A Final Common Step in Integrin Activation
   Seiji Tadokoro, Sanford J. Shattil, Koji Eto, Vera Tai, Robert C. Liddington, José M. de Pereda, Mark H. Ginsberg, and David A. Calderwood
p. 103-106.

けた、ビーム、ボルト(Girders, Beams, and Bolts)

細胞を連続的シートとして連結するのは、2種の細胞間結合、接着斑とアドヘレンス ジャンクション(adherens junction)である。この2つの構造コアはタンパク質のカ ドヘリンファミリのメンバーである。接着斑は皮膚と心臓において、丈夫であるが 柔軟な支持体を提供するが、Heたち(p 109)は、電子断層撮影法を用い、マウス皮膚 における接着斑のカドヘリン分子の組織化を研究した。細胞間ブリッジの約30オン グストロームの解像度の地図を得てから、以前に得たカドヘリン結晶構造を全体の 構造外被に埋め込んだ。異なる細胞からのカドヘリンの間の分子界面は、配向的に 非常に柔軟であったが、接触の主要な部位は5領域カドヘリンの遠位のひとつかふた つの領域に制限されていた。(An)
Untangling Desmosomal Knots with Electron Tomography
   Wanzhong He, Pamela Cowin, and David L. Stokes
p. 109-113.

ALSにおけるニューロン間の混成情報(Mixed Messages Between Neurons in ALS)

筋萎縮性側索硬化症(ALS)は、ミドルエイジに始まり、そして運動ニューロンの急 速な細胞死を特徴とする、致死性の神経変性性疾患である。稀に見られるヒト疾患 の家族性の形態は、広範囲にわたって発現しているCu-Znスーパーオキシドジスム ターゼ(SOD1)遺伝子における変異と連鎖していた。Clementたち(p. 113)は、正 常SOD1または変異SOD1のいずれかを有する細胞の混合物を脳に含有するキメラマウ スを作出した。これらのマウスにおける変異運動ニューロンは、それらの近傍にあ る正常な非ニューロン細胞からの援助を受けて、生存期間を延長することができ た。逆もまた真なりであった:SOD1変異を有する隣接する非ニューロン細胞は、キ メラ動物における正常運動ニューロンの細胞死を促進した。このように、複数の細 胞型が相互作用して、ALSの病態に寄与することができるか、もしくはALSの病態か ら防御することができる。(NF)
Wild-Type Nonneuronal Cells Extend Survival of SOD1 Mutant Motor Neurons in ALS Mice
   A. M. Clement, M. D. Nguyen, E. A. Roberts, M. L. Garcia, S. Boillée, M. Rule, A. P. McMahon, W. Doucette, D. Siwek, R. J. Ferrante, R. H. Brown Jr., J.-P. Julien, L. S. B. Goldstein, and D. W. Cleveland
p. 113-117.

矮性トウモロコシ(Dwarfing Maize)

コメやコムギの矮性型は、部分的には、植物の生長のうちのより多くの部分を茎・ 柄ではなく穀粒に振り向けることにより、そしてまた風や雨による損傷を生き延び る植物の能力を向上させることにより、農業生産高を押し上げ、緑の革命を成功に 導いた。トウモロコシにおいて、brachytic2遺伝子(br2)の変異により、結果とし て矮性化が生じるが、この場合、茎・柄のより低い部分の節間が短くなり、一方で 植物の他の部分は何ら影響を受けない。Multaniたち(p. 81;Salaminiによる展望 記事を参照)は、br2植物において、細胞サイズの減少には、それに伴って細胞数が 2〜3倍に増加し、植物の茎・柄の物理学的な強度が増強されることが示された。br2 遺伝子は、オーキシン極性輸送に関与するタンパク質をコードする。トウモロコシ br2のサトウモロコシ・オルソログである、dwarf3遺伝子、は、矮性型変異を産生す るが、これもまた作物栽培学的にかなり興味深いものである。(NF)
PLANT BIOLOGY:
Enhanced: Hormones and the Green Revolution

   Francesco Salamini
p. 71-72.
Loss of an MDR Transporter in Compact Stalks of Maize br2 and Sorghum dw3 Mutants
   Dilbag S. Multani, Steven P. Briggs, Mark A. Chamberlin, Joshua J. Blakeslee, Angus S. Murphy, and Gurmukh S. Johal
p. 81-84.

内在性の疼痛の制御(Intrinsic Pain Control)

T-型Ca2+チャネルは、疼痛を増強する経路において、末梢性疼痛受容 体のレベルと脊髄後角ニューロンのレベルの双方で、役割を果たしている。しか し、このチャネルの、疼痛信号の脊髄上位におけるプロセシングでの機能と、そ れに関わるチャネルの特異的サブタイプについては、研究されてこなかった。Kim たちは、薬理学実験とT-型Ca2+チャネル-除去された変異体マウスを 組み合わせて、視床のT-型Ca2+チャネルが中心性の内臓痛への応答を 弱め、その結果として視床における鎮痛性の役割を果たしていることを示してい る(p. 117)。(KF)
Thalamic Control of Visceral Nociception Mediated by T-Type Ca2+ Channels
   Daesoo Kim, Donghyun Park, Soonwook Choi, Sukchan Lee, Minjeong Sun, Chanki Kim, and Hee-Sup Shin
p. 117-119.

植物における一酸化窒素の作り方(How Plants Make NO)

一酸化窒素(NO)は病原体の防御だけでなく植物の成長と発達をも制御しているが、 植物はこの情報伝達分子を、酵素学的な機構と触媒によらない機構の双方によって 産生しているらしい。Guoたちは、成長とホルモンへの応答にとって必要な、NO合成 酵素(NOS)活性をもつ植物酵素を同定した(p. 100)。そのタンパク質配列は動物にお けるNOS相同体とは類似していないが、その酵素は動物のそれと同じ基質に働きか け、多くの同じ補助因子を必要とする。つまり、植物は、さまざまな生理学的結果 を達成するために複数の特異的なNO-産生戦略を利用している可能性がある。(KF)
Identification of a Plant Nitric Oxide Synthase Gene Involved in Hormonal Signaling
   Fang-Qing Guo, Mamoru Okamoto, and Nigel M. Crawford
p. 100-103.

結果のモニタリング(Monitoring Consequences)

前側帯状皮質(ACC: anterior cingulate cortex)は、応答の矛盾やエラー、強化の モニタリングにおいて中心的な役割を果たしている。ACCにおいてどれほど正確にモ ニターが行われているかについては、いくつかの仮説が提示されてきている。Itoた ちは、サルを使って、反対の命令を次々に出して反応を見る断続性運動(視線の向き を切り換える運動)パラダイムにおいて、1個のユニットについて記録することで、 そうした仮説を相互に対立させて直接的に検証した(p. 120)。ニューロン応答はエ ラーと強化に相関していたが、運動性応答の矛盾そのものには相関していなかっ た。これらの結果は、ACCが活動の結果をモニターしているという仮説に合致するも のである。(KF)
Performance Monitoring by the Anterior Cingulate Cortex During Saccade Countermanding
   Shigehiko Ito, Veit Stuphorn, Joshua W. Brown, and Jeffrey D. Schall
p. 120-122.

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