AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science August 24, 2001, Vol.293


バンコマイシンの効力を回復する(Restoring Vancomycin Efficacy)

バクテリアが抗生物質であるバンコマイシンに対する耐性を獲得することで感染症、特 に院内感染における脅威が高まる。バンコマイシンはペブチドグリカン構造体の末端の D-Ala-D-Alaに結合し、グラム陽性菌の細胞壁集合を妨げることで効果を発揮する。バ ンコマイシンに対する耐性を持つバクテリアでは、ペプチドグリカン前駆体の末端が D-Ala-D-Lacに変化している。ChiosisとBonecaは(p. 1484)、大きなコンビナトリーラ イブラリーからD-Ala-D-Lac結合を加水分解する小分子をスクリーニングし、求核攻撃 によりこの結合を切断する可能性があることを発見した。著者達はこの効果の高い小分 子(N-アシル化プロリノール誘導体)を作りバンコマイシンと組み合わせてバンコマイシ ン耐性の腸球菌で感染したマウスに投与した。抗生物質に対する効果が一桁高く回復し たことで、薬物療法学への有望な応用が期待される。(Na)

散逸する非可干渉性(Dissipating Decoherence)

超伝導システムの巨視的な量子干渉効果を利用することは、キュビット(qubit)を開発す る一つの有望な手順と考えられている。このキュビットとは、量子コンピュータの元とな る論理デバイスである。この枠組みの中で、ジョセフソン接合は、いっそうの研究が求め られている鍵となる構成要素の一つである。特に、接合の非可干渉性のダイナミクスの研 究が望まれている。Han たち (p.1457) は、系の基底状態と第一励起状態からの時間依存 性減衰過程を明らかにするための、2レベルの量子系の非可干渉性ダイナミクスの時分解 測定を与えている。また、彼らは、中間的な温度における顕著な2つの項からなる指数級 数減衰(e-γt+ e-γ't)を観測した。測定された非可干渉時間 (>11μsec)は、デバイス応用へ十分な展望があることを示している。(Wt)

高密度の金紅石(Dense Rutile)

金紅石(ルチル、チタン酸化物)は、よく装身具に用いられる鉱石であり、地球産の岩石 や隕石に一般的に含まれる副成分鉱物である。チタニウム陽イオンは4つの酸素 陰イオンと配位しているが、圧力と温度が上昇するとより多くの酸素陰イオンが配位する ことが期待される。最近、El Goresyたち(p.1467)は、ドイツのRies隕石衝突ク レータに産する衝撃を受けた片麻岩(gneisses)の中に,極めて高密度の相をもつルチルを 見つけた。この相はバデリアイトZrO2と同じ構造をもち、密度は4.72 g/cm3とル チルより11%も高い。チタニウム陽イオンは、7つの酸素陰イオンと配位しており、これま でに自然の試料からは見つかったたことが無い。そしてそれは岩石や隕石が形成 された環境を決定するために有効な材料を提供してくれる。(TO,Tk)

地下の活動(Underground Activity)

海水のストロンチウム(Sr)同位体の組成比は、地質学的過去の大陸の風化作用の変化の 度合いを知る重要な指標であり、この風化作用は地殻変動の隆起や岩石の浸食、そして 氷河作用の変動を推論するために用いられてきた。海洋のSrはもっぱら川から供給され ており、地下水は重要な供給源とは見なされてこなかった。Basuたち(p.1470)は、地下 水のSr流量と同位体率を計測し、地下水は川と同じレベルの87Sr/

深部の地震(Deep Earthquakes)

断層面が100キロメートルより深いところで破壊されるメカニズムについてはほとんど 分かってない。Wiens と Snider (p. 1463)は、フィジー近辺のトンガ沈み込み帯に沿 った3つの深部地震クラスターを解析し、小さな破壊イベントの場所や時間を共有して いることを見つけた。すなわち同一断層が繰り返し破壊されているものがあるし、1組 の地震の例では同一破壊複雑度を示したことから、同時性が示唆される。このような空 間的時間的分布からは熱的剪断性不安定がこのような破壊を生じさせ、それに引き続く イベントは、この初期剪断による熱が散逸する間もなく熱エネルギーによって引き起こ されることが予想される。(Ej)

偏光用光検出器(Polarized Photodetectors)

量子閉じ込め効果により、楕円型の量子ドットから偏光した光放射を行うことができる 。しかし、また、古典的効果によっても、リン化インジウム(InP)からなる比較的広が ったナノワイヤ(直径 20nm) から、強く偏光した光ルミネセンスを生ずることができる 。Wang たち (p.1455) は、平行方向と垂直方向に偏光した放射が一桁ほど異なってい ることを示しており、そして、この相違を誘電性の差異で説明している。彼らは、この 効果を利用して偏光方向に依存する光検出器を作る可能性を探求している。(Wt)

アフリカにおける二種類の象(Two Elephant Species in One)

アフリカ象は主要な2種類の植生タイプ--草原/ブッシュタイプと森林タイプ--に住んで いる。森林象は草原/ブッシュ象と大きさや形態といった種々の観点で異なっている 。しかしながら、--幾つかの異なる見解もあるが--分類学者の多くは単一種のアフリカ 象、Loxodonta africanaの仲間として把えていた。Rocaたち(p.1473:Vogelによるニュ ース記事参照)は、両者から抽出した4つの核遺伝子中のDNA配列を比較して、二種の間 で広範囲に渡っての遺伝子的不一致と、双方の交配が殆んどないことを見い出した。分 子データでは、少なくとも250万年前に別々の進化をしたこと、そして森林象と草食象 が異なる二種として分類されるべきであり、アフリカ象保存計画において、その各々を 配慮する必要があることを示唆している。(KU)

植物受精を追う(Following Plant Fertilization)

開花植物において、受精は花粉管により促進される。花粉管は伸びて花粉粒子がその目 的物である雌性配偶体に付着し、自らは動けない雄性配偶子を送り届ける 。Higashiyamaたち(p.1480:表紙、及びCheungとWuによる展望参照)は、レーザによる細 胞除去法を用いて、成長する花粉管をその目的地に導く信号の源を調べた。卵細胞に隣 接している一対の助細胞のみを除去すると、花粉管は目的地を誤ってしまった。受精前 には魅力的シグナルを送信する助細胞が、受精後には魅力的な信号送信を止めて過剰受 精を避けるための防壁ラインの一つとなる。(KU)

 一歩先んじた結果(Starting With a Leg Up)

キイロショウジョウバエの腹側についている付属器(外肢)には、触角や肢、生殖器な どがあるが、これらは互いに構造的に非常に異なっている。セレクター遺伝子というも のが、こうした付属器がどのようなものになるか指定していることは知られている。さ まざまなセレクター遺伝子の発現のしかたを変えることは、ある付属器を別のものに 「変換」することになる。CasaresとMannは、セレクター遺伝子の活動がない状態であ れば、「基底状態」での付属器がどのようなものか、検出できるはずだと仮説を立てた (p. 1477)。彼らは、セレクター遺伝子機能が消去されると、たった2つの部分、すなわ ち近位セグメントおよび遠位足根だけを有する単純な肢状の付属器になることを示すに いたっている。この知見は、節足動物の祖先はずっと単純な未分節の肢をもっていた可 能性を示唆するものである。(KF)

斑ともつれの関係(Connecting Plaques and Tangles)

アルツハイマー病を特徴付ける2つの病理、すなわちアミロイド斑(amyloid plaques)と タウのもつれ(tau tangles;タウの過剰リン酸化)のうち、どちらが脳における神経変 性の一次原因かについての論議はいまだに盛んである。Lewisたち(p. 1487)とGotzたち (p. 1491)による2つの報告は、これら2つの病理は関連がないのではない、ということ を示している(Leeによる展望記事参照のこと)。遺伝子組換えマウスを用いて、2つのグ ループは独立に、脳のβ-アミロイド・タウの蓄積が、アルツハイマー病で影響を受け ることが知られている脳の領域におけるτもつれの形成に影響を与えている、というこ とを実証したのである。(KF)

感覚性ロドプシンの構造(Sensory Rhodopsin Structure)

レチナール(ビタミンAアルデヒド)は、タンパク質のロドプシン・ファミリの発色団 である。Haloarchaeaはこのファミリのメンバーを4つ含んでいて、そのうちの2つ、ハ ロロドプシンとバクテリオロドプシンは、太陽エネルギー(緑-オレンジ光)を変換し て、それぞれ塩素イオンと水素イオンの膜貫通勾配とする。Lueckeたちは、感覚性ロド プシン2として知られる3番目のメンバーの結晶構造を記述している(p. 1499)。感覚性 ロドプシン2は、エネルギーがより高く有害な可能性のある青色光の回避と、それ以外 の栄養分やエネルギーの利用が可能な環境下においてバクテリオロドプシンとハロロド プシンの協調的抑圧を仲介するものである。このたび明らかになったポイントには3つ ある。(1)レチナール発色団がより短波長の光を吸光するよう最適に調整される際の局 所的環境はどのようなものであるか、(2)このファミリのメンバーはなぜイオンを輸送 しないか、(3)このセンサーが下流の情報伝達要素とどのようにコミュニケートするか 、である。(KF)

ヨーイ、複製(Priming Speeds Replication)

ヒト免疫不全ウィルス(HIV)は、効率的な複製のための細胞活性に依存しており、そ のためほとんどのT細胞の休眠状態は、ウィルスの増殖のためには理想的なものとはい えない。WuおよびMarsh(p. 1503)は、HIV複製サイクルの初期に産生される2種類の HIVタンパク質が、T細胞を細胞活性化の方向に感作する能力を有することを、見いだし た。特に、2種類のタンパク質、NefおよびTatは、宿主のゲノムに組み込まれる前に 、プロウィルスのDNAの選択的転写により産生される。初期細胞活性化のこの特徴的な 様式は、T細胞宿主がHIV複製のために刺激される重要な手段であるかもしれない 。(NF)

カーブと対比して形状を見る(Seeing Shapes Versus Curves)

オブジェクトが視覚においてどのように表現されているかということは視覚の中心的問 題であったが、視覚情報の処理経路のどこでこれが起きるのかを正確に同定することは 驚くほど困難であった。Kourtzi と Kanwisher (p. 1506)は、外側後頭複合体に存在す るらしい証拠を見つけた。ある一定のオブジェクトを、他の形状によって部分的に隠蔽 し、オブジェクトの部分的形状を変化させる実験と、輪郭形状を同じにしてあるが立体 的知覚は異なる、という2つの知覚実験から、彼らは、脳の知覚領域では、オブジェク トの構成要素である局部的な輪郭カーブを見ているのではなく、オブジェクト全体を見 ているのであるとの結論を得た。(Ej,hE)

濡れたオリビン(Wet Olivine)

地球の上部マントル中の地震波異方性の原因は、マントル流によって形成されたオリビ ン粒子の整列によるものとされてきた。Jung と Karato (p. 1460)は、実験によって多 結晶オリビン中での音速の異方性への水の影響を調べた。水が豊富なオリビンの集合体 では、流れが起こした方向に対して、異方性が変化する。しかもこの変化は、いくつか の沈み込み帯で観測された異方性と一致する。従って、異方性は水の豊富なオリビン粒 子とマントル流による整列によるものであり、この観測から水の量も推定できるであろ うと推測している。(Ej)

生得的免疫と適応免疫(Innate and Adaptive Immunity)

免疫系に特異的なシグナル伝達分子の解析により、免疫系の進化に対して、新たな光が 投じられた。IkBキナーゼ(IKK)複合体は、炎症において中心的な働きをしている。そ の触媒サブユニットの一つ、IKKb、は、阻害的IkBタンパク質のリン酸化およびそれに 引き続いて起こる核因子kB(NF-kB)転写因子の活性化に必須である。別のサブユニッ ト、IKKaの生理学的役割は、それほど明らかになってはいない。Senftlebenたち(p. 1495)は、IKKaを欠損する幹細胞またはそのタンパク質に変異を有する幹細胞から骨髄 を再構築した放射線照射マウスを研究した。彼らは、IKKaが、B細胞の成熟、二次的リ ンパ器官の形成、およびNF-kB2 (p100とも呼ばれる)のその成熟型であるp52への正常 なプロセッシングに必要なものであることを示す。IKKaは、NF-kB2を直接的にリン酸化 し、そしてその結果、そのプロセッシングを刺激するようである。IKKaについてのこの 役割は、ショウジョウバエにおいて発現される単一のIKKの役割と同様である。しかし 、ショウジョウバエのタンパク質は、細菌感染に対する生得的免疫反応において機能し 、その一方でほ乳動物においては、IKKの2つに分かれた型が、適応免疫における特徴的 な反応を媒介している。(NF)

アロステリック活性化の動力学的起源(On the Dynamic Origins of Allosteric Activation)

Volkmanたち(2001年3月23日付けの報告、p. 2429)は、核磁気共鳴測定法を用いて 、シグナル伝達タンパク質であるNtrCのリン酸化駆動性の活性化と、ミリ秒スケールの 骨格の動力学との間には、強い相関関係があることを見いだした。多くの生物学的プロ セスが、ミリ秒〜マイクロ秒の時間スケールで発生するため、これらの結果は、機能的 に重要なタンパク質運動がミリ秒〜マイクロ秒の時間様式中のもののようであることを 意味すると、彼らは示唆する。Wandは、Volkmanたちの研究では“実在する結果”を報 告しているが、この研究は不適切にも“ナノ秒以下の運動に対するアロステリックな役 割について度外視し”、そして“タンパク質におけるアロステリックな自由エネルギ ー伝達に寄与するものとしての迅速な側鎖運動の潜在的役割を十分には承認していない ”と、コメントしている。Kernは、Wandにより提唱された概念は“我々が同意できない タンパク質生化学の基本原理”であり、“我々の結果も我々の結論も、Wandにより議論 されている問題点とは合致しない”と、応答している。これらのコメントの全文は、
www.sciencemag.org/cgi/content/full/293/5534/1395a において見ることができる。(NF)
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