AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science December 15, 2000, Vol.290


パリティのやぶれと奇妙な磁化(Parity Violation and Strange Magnetism)

陽子の磁気特性は磁気共鳴影像法などで幅広く活用されているが、陽子が、その内部構造 により磁気モーメントを生成する基礎的な物理原理については十分理解されていない 。Hastyたちは(p. 2117、Rosnerによる展望記事も参照)、核内のストレンジクォークの相 互作用を調べるために、特定の偏向特性を持つ電子・陽子間で生じる優先的散乱を用いた 。彼らの研究の結果、ストレンジクォークと反クォーク間の相互作用による陽子の磁化に 対する寄与率を全体の-0.1±5.1%まで絞り込んだ。著者たちは、陽子のanapoleモーメン トとして知られている、パリティが破綻する電磁効果、の存在に対する証拠も示している 。(Na)

密にパッキングされた磁性ナノワイヤ(Densely Packed Magnetic Nanowires)

金属のナノワイヤを作成する一つの方法は、ナノメートルオーダーの多孔質の鋳型の中で 、それらを電気化学的に成長させるものである。いくつかのタイプの鋳型を作ることはで きるが、稠密で規則的にも配置された狭い小孔を有する鋳型を作成することは、多くの場 合困難である。Thurn-Albrecht たち (p.2126; Service による解説記事を参照のこと) は、ポリスチレン(PS)の母型のなかにポリ(メチル メタクリル酸塩)(PMMA)の、μmオーダ ーの厚さのブロック共重合体のフィルムを電界によって整列させた。すなわち、紫外光露 光によりPMMA を取り除いて、PS を交差結合させた。その後、彼らは、密にパッキングさ れた、高アスペクト比の銅あるいはコバルトのナノワイヤ(1cm2あたり〜2 × 1011 のワイヤ)を成長させることができた。強磁性コバルトワイヤの保持力 は、同じ厚さの連続的なコバルトフィルムと比べて強化されていることが観察された 。(Wt)

Indyに依存するライフスタイル(Indy-Dependent Life-Style)

加齢と寿命の関係には遺伝的要素が関与している、と広く受け入れられているが、基礎生 物学的には十分には理解されていない。寿命に影響する特定の遺伝子を同定するため多く の研究者達は酵母、虫やハエなどのモデル生物を用いてきた。Roginaたちは(p. 2137、Pennisiのニュース解説も参照)、たった一つの遺伝子の発現を変えただけで繁殖力 や生体機能に悪影響を与えず、ショウジョウバエの寿命がおよそ2倍になることを発見し た。このIndy(I’m not dead yetの略)と呼ばれる遺伝子は、哺乳類のジカルボン酸ナト リウム共役輸送体(原形質膜を越えてクレブス回路中間体を輸送する膜貫通タンパク質)と 相同性の配列をもつタンパク質をコードしている。著者達は、このショウジョウバエの配 列相同性と遺伝子の発現パターンに基づき、Indyが代謝生成物の吸収と利用を変えること で(恐らくはカロリー制限と同様の代謝状態を作り上げているのかも知れない)寿命に影響 を与える、と仮定している。(Na)

リフトオフの準備のできたナノワイヤ(Nanowires Ready for Lift-Off)

ナノデバイス製造に必要な柔軟なワイヤによる接合技術は、手の届くところにあるらしい 。Zach たち (p.2120; 表紙を参照のこと) は、グラファイト上のステップ(グラファイ ト層による階段状の段差部分)に直径が 15nm から 1μm の範囲にあり、長さは 0.5mm のモリブデンワイヤを作成した。彼らは、酸化モリブデン(MoOx)として電析を行っている 時間を調節することによって、ワイヤの直径を制御することができた。また、その酸化モ リブデンは後に、水素により金属モリブデンに還元された。この成長したモリブデンを有 するグラファイトの上からポリスチレンを流し込み、このポリスチレンを剥がし取ると 、ポリスチレンに埋め込まれた形でモリブデンのナノワイヤが取り出せる。このモリブデ ンに電極を付け、その電気的性質を測定した。こうして測定した電気伝導度は金属と同じ であり---そして、バルク金属のように曲げることができる。この方法は、ニッケルのよ うな他の非貴金属に適用することができる。(Wt)

伸びた後更に良くなる(Better After a Stretch)

自己組織化した単分子層に対する利用可能なものの一つは、コーテング材としての濡れ性 への適応である。しかしながら、幾つかの材料、例えば弾性シリコーンの場合は充分な付 着点をつくってシリコーンのその表面特性を変える程大きなパッキング密度を得ることが 困難であった。GenzerとEfimenko(p.2130)は最初シリコーンを伸ばし、それから紫外 線露光とオゾンを用いて表面に付加的な水酸基をつくることにより、著者たちは大きな表 面密度をもつセミフッ素化炭化水素鎖をつくりあげることが出来た。そのように処理され たシリコーンは大きな疎水性を示し、そして一週間水の中に浸積した後でも表面の再構築 がなかった。(KU)

曲げたり押したり(Twisting and Pushing)

細菌の鞭毛は、その先端に挿入されたサブユニットから構成されている。鞭毛成長の基礎 機構は、鞭毛に沿った中空のチャネルを通ってサブユニットが先端に運ばれていくのであ るが、先端における構築がどのように制御されるのが明かではなかった。Yonekuraたち(p 2148; Macnabによる展望記事参照)は、電子顕微鏡写真のイメージ再構築を用い、この過 程を評価した。この結果は、驚くべきな情報をもたらした。すなわち、鞭毛の先端におけ るキャップ構造は、鞭毛との接触点を少なくともひとつ維持しながら、新しいサブユニッ トを次々に挿入できるように回転することであった。(An,Kj)

シロイヌナズナのゲノムからの勉強(Lessons from Arabidopsis Genomics)

小さな植物シロイヌナズナのゲノムの分析は、新たな発見を呼んでいる。植物とその進化 に関する発見だけではなく、多様な生物界を越える関係にも及ぶ(Somervilleによるポリ シ・フォーラムおよびPennisiとMlotによる記事の参照)。概日周期中、特定の遺伝子の転 写が規則的なパターンで変化する。Harmerたち(p 2110)は、オリゴヌクレオチドのマイク ロアレイを用い、8000のシロイヌナズナ遺伝子を分析し、その6%が一日周期の発現変化を 現した。代謝経路の全体がその成分の概日リズムとの協調を示した。ゲノムの比較調査に おいて、Riechmann たち(p 2105)は、転写制御因子の主要なファミリを分析した。シロイ ヌナズナと線虫とショウジョウバエと酵母からの全ゲノム配列の比較によって、特定の転 写制御因子ファミリは複数の生物界に共通であるが、他のファミリはひとつの生物界だけ に属するようである。全ての生物界に現れている因子において、DNA結合領域が高い類似 度を示すが、この因子は、多岐にわたる機能も示す。Visionたち(p 2114)によるシロイヌ ナズナゲノムの包括的な分析によれば、この小さな植物は、現在の比較的安定している時 期に入る前に、複数の大規模なゲノム複製の時期があったことを示している。染色体の融 合と反転と転位も、現在のシロイヌナズナのゲノムの形成に影響を及ぼしてきた 。(An,Kj)

バクテリアの細胞周期(Bacterial Cell Cycles)

細胞の生活周期の間に発現される遺伝子の配列は、複雑な遺伝子回路として描き出すこと ができる。Laubたち(p. 2144)は、その生存過程中に分化するバクテリアである Caulobacter crescentusの細胞周期中に発現されるその回路の一部について、包括的な概 観を提供する。ほぼ3000個の遺伝子のうち、ゲノムの19%にあたる553個が細胞周期制御 分子であることが示される。特定の細胞機能に関与する遺伝子に対する一時的な調節およ び複合体の一部である複数のタンパク質についての同等の制御も観察された。CtRAは、過 剰発現変異体または機能欠損変異体を使用する実験において、細胞周期の中心的制御分子 であることが示された。ヒスチジンキナーゼおよび2つのRNAポリメラーゼシグマ因子を 、初期S期の可能性のある制御分子として同定した。(NF,An)

脳を構築するMHC(Brain-Building MHCs)

神経系と免疫系は、何らかの方法で同様の問題を解決している:これらは両方とも、外界 からの莫大なインプットの配列を識別しそして応答しなければならず、そして両方とも非 常に複雑である。Huhたち(p. 2155;Helmuthによるニュース記事を参照)は、抗原に対 して応答するために免疫系が使用するクラスI主要組織適合性複合体(MHC)分子もまた 、脳の正確な組立てのために必要であることを示す。細胞表面クラスI MHC分子を遺伝的 に欠損させたマウスにおいては、網膜と中枢神経系におけるその標的との神経結合が異常 である。細胞学習の一形態であるN-メチル-D-アスパラギン酸受容体依存性の長期増強 (LTP)は亢進し、別の形態である長期抑制(LTD)は存在しない。その多様性と特異性に より、クラスI MHC分子は、神経結合の確立における役割についての魅力的な候補となっ ている。(NF,An)

だんだん暖かくなる(Getting Warmer)

全世界的な地表付近の年間平均気温は、20世紀中に2つの大きなステップにより上昇した 。それは、およそ1910年から1940年の間にあった第1ステップと、約1975年から現在にか けての第2ステップである。この全体的な上昇の原因を理解することは困難であった。な ぜなら、化石燃料の燃焼による人為的な促進という点では、これら2つのステップの中間 の期間でも確実に伸びてきたからであり、また、それは今世紀後半では促進させる重要な 要因であるが、前半においてはそうではないからである。Scottたち(p.2133;Zwiersと Weaverによる展望記事参照)は、最新の気象モデルHadCM3を使い、この増加の理由を調べ てきた。最近140年に対する4つのシミュレーションを寄せ集めると、自然な気象の変動と 人類が引き起こす気象の変化との組み合わせにより、実際に観測された温度の上昇をうま く説明できること、そして数10年規模の全世界的な変動の殆どは、地球気象系の内部的な 変動によるものではなく地球外部からの要因に規制されたものであることを示している 。(TO,Og,Nk)

樹状突起細胞の起源(Dendritic Cell Origins)

胞障害性T細胞において通常見られる細胞表面分子であるCD8α、の発現は、解剖学的かつ 機能的に異なった樹状突起細胞(DC:dendritic cells)のサブセットを識別するためにこれ まで長く用いられてきた。DCの各クラスが別々の前駆細胞の系統から派生したのかどうか について、長い期間多くの論争が向けられてきた。CD8α‐DCは骨髄前駆細胞から派生し 、より少量のCD8α+DCはリンパ球を起源とするという提案がなされてきた。この結果、こ れらの細胞の生理学的な違いは、発生における2つの経路が原因とされてきた。クローン 原性が共通な骨髄前駆細胞の転移を用いて、Traverたち(p.2152)は、CD8α+とCD8α-は両 方とも共通の骨髄前駆細胞から発生したことを示した。DCの各タイプの異なる生態は、系 統発生における差異とは別の要因に依存するに違いない。(TO)

遺伝子組換え植物の利害得失(The Pros and Cons of Transgenic Plants)

農業や食料収穫における遺伝子組換え植物の利用は、重要なる今日的な、かつ激しい社会 的な論争の的である。レビュされた文献において、WolfenbargerとPhifer(p.2088)は 複雑に組み合わさった賛否両論を整理し、そして遺伝的に変更された植物使用に付随した リスクに関して何が知られており、何が知られていないのかを思慮深い体系を与えている .(KU)

有機エレクトロニクスにインクジェット印刷法の利用(Inkjet Printing of Organic Electronics)

インクジェット・印刷法は低コストな有機発光ダイオード(LED)とディスプレイの製作 に使われていたが、より複雑な薄膜トランジスタ(TFT)への適用は、その印刷解像度限 界(約50μm)によって阻まれていた。ポリマーTFTにおける十分な駆動電流とスイッチン グ時間を保持し、適正なターン・オン電圧を得るために、10μm以下のチャネル長が必要 とされる。 Sirringhausたち(p. 2123)は、予めパターンが形成された基板を用い、その 上でポリイミドの疎水性を利用して、極めて重要な特長を形成したことを紹介している 。彼らは、5μmチャネル長と動作電圧10Vにおいて105以上のオン・オフ比を 持つTFTが製作できることを実証している。(hk)

もうみなしごじゃない?(An Orphan No More?)

核内受容体は、リガンドによって活性化される転写因子として機能するタンパク質スーパ ーファミリーである。これらのタンパク質の中にはいわゆる”オーファン受容体”が含ま れており、これはレチノイン酸X受容体(RXR)のように、内因性の活性化リガンドが未 同定のものをいう。Mata de Urquizaたち(p.2140)は、哺乳類の脳に多く存在する高度 不飽和脂肪酸のドコサヘキサエン酸(DHA)がRXRの活性化因子らしいことを示している 。DHAの欠乏と、空間学習能力の欠乏との間に関連のあることが以前にげっ歯類で示され ていた。今回の新しいデータは、DHAの効果がRXR情報伝達経路を介して仲介されている可 能性のあることを示している。(hE,Kj)

CX3CR1の遺伝多型性とHIV疾患の危険性(Genetic Polymorphism in CX3CR1 and Risk of HIV Disease)

3つのHIV感染群からのフランス白人患者の研究で、Faureたち(3月24日の報告 、p.2274)は、ケモカイン受容体CX3CR1(これはヒト免疫不全症ウイルス(HIV)の補助 受容体でもあるのだが)の特定の一塩基多型(SNP)についてホモ接合である患者は、そ の他のハプロタイプをもつ患者よりも早くAIDSが進行することを見いだした。Faureたち の研究の指導的著者を含むグループは、コメントの中で、3つの北アメリカの群で引き続 き行った研究ではこのような関連を確認できなかったと報告している。彼らは、この結果 の食い違いについてはいくつかの説明ができるとしており、それには、どちらの研究でも 、疑われる対立遺伝子についてのホモ接合の患者数が比較的少なかったこと、フランスの 群と北アメリカの群との間にある、よく知られている構成因子の相違(性別、HIVリスク のカテゴリー、患者の追跡調査の中央値間距離などの性質)が含まれている。”そうであ ったとしても”、2つの研究の結果を”合わせて、HIVの病原にCX3CR1がはっきりと一貫し た役割を果たしているとはいえない”とコメントの著者は結論づけている。このコメント の全文は
www.sciencemag.org/cgi/content/full/290/5499/2031a にある。(hE)
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