AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science October 27, 2000, Vol.290


量子力学が巨大になる(Quantum Mechanics Gets Bigger)

私たちが量子力学に抱く一般的な印象は、微視的スケールで現れるものであり、大きなス ケールの物体に対する量子力学的効果は非常に小さく、実質的には無視できるものである というものである。Van der Wal たち(p.773; Tesche の展望記事を参照のこと)は、印加 された磁場中に配置された、超伝導にあるループの二つの状態の量子的重ね合わせに関し て報告している。その重ね合わせは、磁場に対して反作用するようにリング中にもたらさ れた時計回りと反時計回りに流れる超伝導電流からなっている。このような大きなスケ ールでの量子的なシステムは、量子計算への潜在的な応用可能性を有している。(Wt)

超流動流体中を走るリング(Running Rings in Superfluids)

超流動流体中をある臨界速度以下で動く粒子は、動きを妨げられることはないが、臨界速 度以上では、渦や、通常の(粘性を有する)流体状態と超流動状態との重ね合わせが発生す る。Kivotides たち(p.777)は、渦の進化の力学に関するモデル解析結果を報告している 。これによると、その構造は初期に考えられていたよりは複雑な可能性がある。超流動の 渦輪が一つではなく二つの通常流体の渦輪に伴われているという、三重のリング構造が発 達する。この結合したリング構造は、コヒーレントでありまた散逸的である。(Wt)

量子ドットを通して見る(Seeing Through Quantum Dots)

量子ドットは、離散的エネルギーレベルと調節可能な占有状態を有しているため、伝導電 子環境の内部での個々の電子スピン間の相互作用を研究するのに理想的な系を提供するも のとして見なされてきている。そのような相互作用の一つである近藤効果は、量子ドット のコンダクタンスの増強として現れる。Yang たち(p.779)は、二重経路電子干渉計を用い て、その量子ドットを横断して電子の位相進化を測定した。そして、その位相は近藤効果 状態の敏感な指標となることを示している。位相測定が敏感なため、彼らは一重項状態の 結合エネルギーを決定することができた。(Wt)

エネルギー移動を調整する。(Tuning In to Energy Transfer)

分子間のエネルギー移動は多くの生物系や固体の系において重要なプロセスであり、そし て数多くの様々な経路を経て生じる。例えば、分子間間隔が光の波長に比べて比較的大き いとき、エネルギー移動はフォトンの放出と吸収によって起きる。しかしながら、小さな 間隔の場合にエネルギー移動は無放射と思われる。AndrewとBarnes(p.785)は、放出さ れるドナー分子のフォトンに有効なフォトニックモードの数を制限することにより、この ような無放射、或いはフェルスター(Foerster)エネルギー移動がどのようにして強められ るのかを示している。この結果はフォトンを有効に取り込む系や光学的ネットワークに対 する可能性を与えるものである。(KU)

GDNFによる救出(GDNF to the Rescue)

脳の黒質線条体経路においてドーパミン・ニューロンが徐々に失われていくことによって 、パーキンソン病(PD)に特徴的な運動性の異常が引き起こされる。グリア細胞系由来の成 長因子(GDNF)が培養系におけるドーパミン・ニューロンの成長を維持することは知られて いるが、PDの動物モデルにおいて、GDNFによってドーパミン神経細胞の損失を防ぐ試みは 、いままで成功していなかった。Kordowerたちは、2種類の霊長類、高齢のアカゲザルお よび選択的神経毒素MPTPを投与されたサル、のPDモデルにおいてGDNF遺伝子治療による期 待をもたせる結果を提示している(p. 767; また、Olsonによる展望記事参照のこと) 。GDNFタンパク質は、レンチウイルス・ベクター内に入れた遺伝子を黒質線条体経路の領 域へ直接注入によって与えてから8ヵ月になるまでその場所に発現していた。GDNFの産生 によって、ドーパミン・ニューロンの変性が防がれ、またある程度の再生も促された。こ れは、手を目標に届かせる試験による評価によって測定された運動性障害の寛解と相関し ていた。(KF)

ハリケーンの余波(Hurricane Aftermath)

ハリケーンの植生に与える長期的なデータは熱帯の多くの地域で蓄積され始めている 。Vandermeerたちは10年間にわたる研究で(p.788)、1988年のハリケーンJoanがニカラグ ア雨林の木の種多様性に与えた影響について評価した。彼らは、これらの地域には、近隣 のハリケーンの被害をうけなかった森林に比べより多くの種が見つかり、種多様性維持の ための"中程度擾乱仮説"と合致していることを発見した。擾乱の空間的スケールが大きい ため、先駆種の本数は新規補給不足による制限がかかり、その間に他の種が足場を獲得し 新しい林冠として成長可能となるのである。(Na,Nk)

過去のサケを追跡する(Tracking Salmon that Have Swum)

最近、サケは北西太平洋でその数が減少している。しかし、サケの数についての長期的な 記録がないこともあり、過剰な漁獲、生息地の劣化、気候の変化などの貢献度については 不確かである。Finneyたちは(p.795、Brownによるニュース解説も参照)、アラスカ南部の いくつかの湖の堆積物から得た窒素同位元素と珪藻の記録により、これら競合する影響に ついて分析できる記録を作成した。窒素同位元素の痕跡は、窒素のほとんどを海洋から摂 取する産卵するサケからの投入により独占されている。彼らが産卵後死ぬと、その窒素が 珪藻の成長の栄養となる。およそ300年前までさかのぼることの出来るこの記録は何十年 間に及ぶサケの数の変化を知ることが出来、気候サイクルと関連付けたり、更に19世紀の 過剰漁獲を反映したサケの劇的な減少と関連付けることが出来る。産卵するサケからの窒 素の供給が無ければ、生態系に直接影響を与え、サケの回復を妨げることだろう。(Na)

周期の分裂(Split Cycle)

籠の中のハムスターは一日に一回数時間、常に同じ時間に車輪の中を激しく動き廻る 。しかしながら,時々この活動の周期が分裂し、そして一日に二回、より短い間、12時 間毎に走りまわる。このような分裂した行動の原因が、de la Iglesiaたち(p.799)に より明瞭に可視化された。彼らは二つの対称的細胞グループ,視床下部の正中のいずれ かの側にある視交差上核にある生物時計を調べた。分裂した走行行動を示すハムスタ ーにおける時計遺伝子perのメッセンジャーRNAを染色してその周期を調べると、クロッ ク遺伝子の半分が2つ一対として、各々がお互い正確に12時間位相がずれている。個 々の半時計が一日の間の走行の一つの期間を制御しているらしい。(KU,Hn)

"AND"ゲートで情報伝達(Signaling Through an "AND" Gate)

細胞の形態と運動性の制御は、アクチン細胞骨格の重合に最終的に影響する複数信号の組 込みが必要である。WASPタンパク質(Wiskott-Aldrich症候群タンパク質から名付けたが 、その欠損によってヒトの血小板減少症や湿疹や免疫不全を引き起こす)は、小さなグア ノシントリホスファターゼCdc42とホスファチジルイノシトール4,5二リン酸(PIP2)と相互 作用するが、これらはいずれも、アクチン細胞骨格の変化を起こす情報伝達経路のメディ エータである。WASPは、アクチン関連タンパク質2/3(Arp2/3)複合体と相互作用するが 、Arp2/3は、アクチン核形成を刺激する。Prehodaたち(p 801;FawcettとPawsonによる展 望記事参照)は、WASPタンパク質がどのようにArp2/3とアクチン重合の活性を協調するた めに複数の入力を処理するかを研究した。その結果は、N-WASP(ニューロンのWASP)は 、"閉鎖"状態で存在し、その状態では、Arp2/3は結合しているが、不活性であり 、Cdc42とArp2/3の結合部位が隔絶されていることを示している。Cdc42かPIP2との結合は 、活性な高次構造を促進するようである。PIP2とCdc42による活性化は、非常に協同的で あるため、WASPは、"併発検出器"か"論理的ANDゲート"として機能し、それがCdc42と PIP2から信号を受け取ると、高度に活性化される。(An)

線虫が回るように(As the Worm Turns)

線虫Caenorhabditis elegansの完全なゲノム配列が入手できるため、Hillたち(p 809)は 、多細胞生物全体の発生の過程に於ける遺伝子発現を追跡できた。著者は、線虫の読み枠 の98%を含むミクロアレイを用いて、卵母細胞と発生の6つのステージと老化の線虫におい て、遺伝子発現の変化をモニターした。発生の過程において、遺伝子発現は、進化的に保 存された遺伝子から線虫特異的遺伝子に移行していくのが見られた。(An,Tn)

寝ている間に学習する(Learning While Sleeping)

鳥によるさえずりは学習されるものであるが、その過程はきわめて複雑である。どのよう にして鳥は首尾一貫したリズムパターンを発声し、自分の属する鳥の種類のさえずりと 、他の種類のさえずりを区別しているのだろうか?Daveたち(p.812)はゼブラフィンチが さえずっているいる間、および、眠っている間の脳の感覚-運動センター(robustus archistriatalis)のニューロンの活性をモニタリングすることに成功した。単ユニットの 脳の活動電位記録から、自分のさえずりの録音を聞いているとき(聴覚性応答)と、実際に さえずっているとき(前運動性活性)との間に顕著な類似性が見られた。時間的に遅延した 状態でこれらの信号が合致することから、これらの鳥は強化遅延報酬による学習のメカニ ズムを持っているようだ。実際、さえずっているときの感覚-運動センサー出力はそのま ま記憶されており、オフラインモードの(眠っている)とき、さえずりが完全音程になる ように、運動性出力と感覚性フィードバックが一致するように、リハーサルしているよう だ。(Ej,hE)

CTLA-4 の相互作用に形を与える(Giving Form to CTLA-4 Interactions)

T細胞が抗原に応答するときに、細胞表面受容体のCTLA-4によって送られるシグナルは 、確実に標識を踏み外さないようにするためには極めて重要である。この過程がどのよう にして行われるかは十分判っているわけではないが、少なくとも部分的には直接、抑制性 シグナルが関わっている。このシグナルの効率は、抗原提示細胞とT細胞の境界における 抑制性情報伝達複合体の組み立て具合に依存しているようだ。Ostrovたち(p. 816)は CTLA-4の結晶構造を解き、その過程でこの受容体の組織化がこの複合体の配置を促進させ ている様子を明らかにした。彼らの示したデータによると、CTLA-4は2量体を形成するが 、その形態は、天然のB7リガンド2つと同時に相互作用する他の免疫グロブリンスーパ ーファミリーのメンバーによって作られたものとは異なっている。この組織化によって CTLA-4が免疫応答を制御するのに熟達していくメカニズムが説明できる。(Ej,hE)

高圧容器に新たな参入(Joining the Anvil Chorus)

ダイヤモンドアンビルセルは高圧の物質合成の研究に定常的に利用されているが、これは ダイヤモンドの硬度だけが理由ではなく、高圧状態で多くの物性を分析・観測できるダイ ヤモンドの透明性も大きく寄与している。XuとMao (p. 783)は、加圧容器として人工鉱物 (六方晶系炭化珪素)のモアッサナイトアンビルセル(MAC)を開発した。モアッサナイト はダイヤモンドよりは硬度が低いが、それでもいくつかの潜在的な優位点がある。これら は大きく作れる(つまり、試料が大きくできる)、安価である(つまり、実験回数が増や せる)、また、ダイヤモンドのスペクトルのピーク範囲と重なるような試料については 、より明瞭な測定が可能になる(つまり、このような試料の観察が可能になる )。(Ej,hE)

低温輸送?(Low Temperature Transfer?)

約1ダースの火星起源の隕石が、今まで地球上で発見されている。そして、モデルによる と、大規模な衝突現象のときに、噴出物が1000℃以上の高温に熱せられたということが暗 示できる。Weissたち(p. 791)は、新式の超高解像度磁力計を用いて、火星隕石 ALH84001サンプル中の酸化鉄と硫化鉄の磁気特性を解析した。これらの結果から、この物 質を地球へ輸送する衝撃現象が発生する前の時期から現在に至るまで、ALH84001の内部は 40℃以上には熱せられなかったということを示している。このような訳で、火星への巨大 衝突で隕石が地球まで放出されたとするモデルでは、隕石ALH84001の中に存在が示唆され たある種の微生物が生き延びられるような低温状態で火星から地球まで輸送された可能性 を、考慮する必要があろう。(hk,Nk,Tk)

分割して分化せよ(Divide and Diversify)

二倍体の生物は細胞あたりそれぞれの染色体を二個ずつ持っており、そのため、配偶子 (生殖細胞)を形成する時には、(その生物は)(生殖)細胞あたり染色体が一個にな るように減らさなければならない。この染色体を減らす特別の細胞分裂は減数分裂と呼 ばれるが、染色体が各生殖細胞に分配されるに先立って、きわめて頻繁に相同染色体間 における組み換えが認められる。Bordeたちは、減数分裂の初期における染色体の複製 とその直後に生じる組換えとの間にリンクがあるのかどうか、という疑問を扱っている (p. 806)。酵母をモデル・システムとして用いて、彼らは、複製から組換えまでの時間 が、たとえ異なったタイミングで複製の開始が誘導されるよう染色体の違う部分を用い たとしても、常に一定(1時間半から2時間)であることを示した。つまり、複製は、ゲ ノムにおける変異の強力な源である姉妹染色体間での配列の交換にいたるプロセスを引 き起こすものなのである。(KF,Hn)

自己相同性と、種の分布におけるクラスター化(Self-Similarity and Clustering in Species Distributions)

Conditたちは、熱帯の森林を6ヵ所調査して、森の樹木の大部分の種においては、個体が ランダムに分布しているのではなく、空間的にまとまって存在していることを見出した (5月26日号の報告, p. 1414)。Ostlingたちは、コメントを寄せ、Conditたちによって記 述されたクラスター化は、「自己相同性空間分布を有する種において期待されるものと同 様である」と述べている。彼らはConditたちが用いた、主要なクラスター化の測定法であ る相対的な近隣密度について、自己相同性に関するパラメタを用いた表現式を導き 、Conditたちによって報告された種の分布と、自己相同性分布を有する散布図との間に密 接な関係があることを示す数量的な比較を提示している。Conditは、Ostlingたちによる コメントが「エレガントかつ興味深いものである」ことを理解し、観察されたパターンの 根底に自己相同性が潜んでいるということに同意しているが、自己相同性は種のレベルで はなく、コミュニティのレベルで成立している、と論じている。これらコメントの全文は、
http://www.sciencemag.org/cgi/content/full/290/5492/671a で読むことができる。(KF)
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