AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science July 7, 2000, Vol.289


ポテンシャルを測量する(Mapping Out Potential)

2次元電子ガス中の量子ホール状態は、電子の平均自由工程を電子の波長のオーダーにま で減少させる程の欠陥密度変化に対しても頑強である。これらの欠陥(イオン化した不純 物)により誘導されたディスオーダー電位は、量子ホール効果において決定的な役割を演 ずると考えれている。Finkelstein たち (p.90) は、走査型プローブを用いて電子の小さ なバブルを「引っ張り」あげた。彼らは、次に、試料を横切ってバブルを走査することに より、2次元面に広がる電位の測量を行った。そして、それが高および低電位の領域を通 過する時に、そのバブルから外へ、あるいそのバブルの中へ落ちていく電子の数に注目し た。この技術は、ナノメートル長のスケールで埋め込まれている広範な種類の電子構造を 研究し、理解する新たな能力を提供するものである。(Wt)

沈み込んだ海山(Subducted Seamount)

ユーラシアプレートの下のフィリピン海プレート中の活動的な沈み込み帯は日本の南西沿 岸沖の南海トラフを形成しており、100年から200年おきの大規模な地震の原因になってい る。これらの中でも1946年の南海道地震は、長期間の地形データから推測した破砕帯は大 規模であり、そして短期間の地震波データから推測した破砕帯が小規模である、という意 味で異常だった。Kodairaたちは(p. 104)、海底に備え付けた地震計を用い、南海トラフ の速度構造を可視化し、(厚さ13km、幅50kmの)大規模な海山が沈み込む証拠を発見した 。相対的にまだあまり壊されていない海山の存在により1946年地震の異常なデータを説明 出来そうだ。速度が速く、短い破壊は海山が沈み込み帯にかかっていないプレート境界に 沿って起こっている可能性がある。速度が遅く、長い期間の破壊は海山がプレートにかか っているところで起きている可能性があり、そこでは、破壊は海山構造の新しく、長い断 裂に沿って伝播している。(Na,Nk)

恒星内部での炭素と酸素の核合成反応(Stellar Carbon and Oxygen Production)

星間物質中の炭素と酸素は、赤色巨星の水素又はヘリウム燃焼期に恒星内部で形成された 元素が表面まで持ち上がり、外部に放出されたものであろう。炭素はトリプルアルファ反 応により形成され、酸素もα粒子反応の副産物として産まれる。Oberhummerたちは(p. 88)、核子と核子間の強い相互作用が0.5%以上変動したり、クーロン相互作用が4%以上変 動すると、(太陽の1.3から20倍の)質量の低い星のモデルでは水素とヘリウムの燃焼フェ ーズで炭素12と酸素16の生産が行われないことを発見した。つまり、核力の強さがある狭 い許容範囲の中に収まっている時にのみ、赤色巨星は星間物質中の炭素と酸素量に寄与で きるらしい。これらのかすかな力を理解することにより宇宙の豊富な炭素と酸素量を正確 に見積もることが出来るだろう。(Na,Nk)

カーボンナノチューブによる機械的メモリに向けて(Toward Mechanical Carbon Nanotube Memories)

分子単位のエレクトロニクスによって、高集積密度の潜在的可能性が生れてきたが、その ため、スイッチング・デバイスとして使われる可能性がある分子を確認するために多くの 努力が払われてきた。交差したナノチューブ対の上側のナノチューブを、下側のナノチュ ーブに非接触で保持するとき、この交差点は、不揮発性可逆メモリとして動作する可能性 があると、Rueckesたち(p. 94)は提案している。ナノチューブワイアの各々に、適当なバ イアス電圧を付与すると、上側のワイアは安定なキンク(よじれ)を生成するはずである 。すなわち、ナノチューブ間の距離、つまり、交差点抵抗は、機械的リレーと類似した方 法で変化させられるはずである。厚いナノチューブ・ロープによる予備的な結果はすでに 得られている。1平方センチメートルあたり1012ビットに近い集積密度が 、これらの交差メッシュを形成する多くのチューブを使うことによって達成できるであろ う。(hk)

正電荷を持つC60(Positive About C60)

フラーレンC60は容易にC606-までの陰イオン分子を 作るが、正の電荷を持つC60の化合物は、特に合成面での挑戦課題である 。Reedたち(p.101;DesMarteauによる展望参照)は、 超酸 H(CB11H6X6)、ここでXはCl或いはBr、を用いて HC60+の形成によるC60+の合成法を報告 している。他の超酸化合物と異なり、この共役塩基化合物は求核性に乏しく、そして C60を分解しない。トリアリルアミニウムラジカルカチオンに基づく強酸と HC60+の付随的な反応によってC60+がつ くられる。このような結果は酸性度、酸化還元電位そして求核性といった通常の相互関連 した性質がどのように分離され、そして分離されたステップでどのように利用されている かを示している。(KU)

遺伝子転移の核心(The Core of Transposition)

トランスポザーゼは、二本鎖DNAのセグメントをゲノム中のある位置から別の位置への移 動を触媒する:即ちそのセグメント両末端の二本鎖の切断、標的DNA部位への結合、そし てその後の部位中へのセグメント挿入という一連の事象からなる。Daviesたち(p. 77:表紙参照)はトランスポザーゼ‐DNA複合体の構造を解明したが、このことは酵素二量 体による最初の鎖切断と、その後に続く切除に導く方法と同様に、認識とDNA切断のメカ ニズムに関する洞察を与えるものである(WilliamsとBakerによる展望参照)。この反応と レトロウィルス組込みの類似性は、進化と現代病に関する基本的観点を理解するうえでの 重要なる進展を意味している。(KU)

より大きいトマトの青写真(Blueprints for Bigger Tomatoes)

トマト遺伝子の研究は、近代トマトの近縁である野生であった元のトマトを順化して栽培 トマトとし、大きくて赤い果物を産生する現在のトマトに変えていく過程を特徴づける進 化の変化の大部分を発生させた定量的形質座位(QTL)を同定した。典型的に定量的形質座 位は、全か無かの方法ではなく、段階的な方法で形態に影響する。今度Fraryたち(p 85;Doebleyによる展望記事参照)は、複数の読み枠を含むfw2.2というトマト果物サイズ QTLをクローン化し、分析した。驚いたことに、ORFXという遺伝子は、果物サイズの変化 を引き起こし、野生種の遺伝子を発現する培養系統が小さな果物サイズを示した。この遺 伝子は、花発生の初期に転写され、細胞分裂の制御によって果物サイズに影響するのかも しれない。(An)

腫瘍細胞増殖の上下動作(The Ups and Downs of Tumor Cell Growth)

上皮細胞は正常なときには上部と下部からなるが、悪性になる間に、この重要な構造的な 特色が失われる。モデルとしてショウジョウバエを用い、Bilderたち(p113;Peiferによる 展望記事参照)は、上皮細胞の極性と細胞増殖を制御するように、共通の経路で作用する 膜関連タンパク質の三つ組を同定している。著者は、ScribbleとDiscs-largeという2つの タンパク質は、細胞表面を構成化する膜貫通のタンパク質に結合するが、Lethal giant larvaeという3つ目のタンパク質は、この細胞表面構成を保存するタンパク質ターゲティ ングシステムで役割をはたすことを推測している。(An)

どんなに甘いことか(How Sweet It Is)

匂いを検出する鼻部の受容体は、Gタンパク質と相互作用する膜貫通受容体ファミリーの 一員でありそのファミリーは巨大である。Ishimotoたち(p. 116)は、ある種の食味受容体 もこのファミリーに属しているらしいという証拠を示している。ショウジョウバエにおい て、遺伝子のTre1は特異的にトレハロースの甘味感度を制御しているが、他の甘味に関し ては関与していない;Tre1を壊すとトレハロースの甘味感覚が低下するが、Tre1を過剰発 現させると、ショウジョウバエはトレハロースの甘味を取り戻す。Tre1遺伝子は食味細胞 中で発現されている。これらの証拠から、この遺伝子は味覚受容体の遺伝子を本当にコ ードしているのではないかと思われる。(Ej,hE)

高血圧と妊娠(High Blood Pressure and Pregnancy)

高血圧症は妊娠の一般的合併症である。この根本原因に関する重要な手がかりがGellerた ち(p. 119; Wickelgrenによるニュース解説も参照)によってもたらされた。彼らは、患者 について、原子レベルの細かなメカニズムによるもっともらしい分子的因果関係を見つけ た。彼らは、妊娠によって悪化する遺伝性早期発症型高血圧症家系を同定し、この原因と なっているミネラルコルチコイド受容体(MR)をコードしている遺伝子変異を見つけた。こ のMRは腎臓において塩分の再吸収を制御するタンパク質である。この変異によってホルモ ン結合領域のアミノ酸1つが変化し、その結果MRが構成的活性化を受ける。この異常な活 性は、妊娠中に高レベルに産生され、通常はMR拮抗物質として作用するホルモンのプロゲ ステロンによって更に促進される。正常状態では対応する天然のリガンドとの結合に必要 なMRであるが、遺伝性変異によってMR中の分子間相互作用が促進されるように見える 。(Ej,hE)

横の入口に行く(Going in the Side Door)

カリウムチャンネルは電位依存性があり、膜電位の脱分極に応答して開き 、K+に原型質膜を通過させる。次いで、このチャンネルはペプチドによって 不活性化されるが、これはイオン伝導通路にペプチドが物理的に挿入されるためであると 思われている。Gulbisたち(p. 123)は、内在性膜αサブユニットの細胞性領域と細胞質 βサブユニットの複合体の結晶構造を決定した。4回対称軸を持つβサブユニットはチャ ンネル細孔とアキシャルに並んでいるが、イオンは膜とαサブユニットの細胞質領域の間 のスペーサ領域を通って実際に入り込み、不活性化ペプチドもまた横方から侵入するよう に見える。(Ej,hE)

ミクロな彫刻(Microsculpting)

電気化学は薄膜形成のために広範囲に使用されているテクニックであり、そして或る種の 材料のエッチング速度を高めるために用いられている。Schusterたち(p.98)は、サブミク ロンの分解能をもつ三次元構造の構築が可能な電気化学反応を局所的に制御するテクニッ クを紹介している。ナノ秒長の連続した電圧パルスが、走査プローブ顕微鏡のチップに負 荷した。このチップがワーク片に局所的に膜形成したりエッチングするための道具部材と して用いられている(KU)

より込み入った菌類の時計(A More Intricate Clock in Fungi)

生物の基本的概日性リズムを制御している転写フィードバックループは、予想された以上 に込み入っていることが分かってきた。Leeたち(p. 107)は、パンカビ属の菌 Neurosporaは、概日性クロックの核において2つの連動して働くフィードバックループを 持つという点においてショウジョウバエやマウスと同じ仲間に属すると言うことを示した 。このクロック成分の周波数は、自分自身の転写に抑止効果を与えるという従来知られて いた働きをするだけでなく、もう1つ別のクロック成分であるwhitecollar-1とwhite collar-2のレベルに正(ポジティブ)の影響を与える。この2ループパターンが菌類へ拡 張可能なことによって、この仕組みが普遍性を持っていることを示唆している。(Ej,hE)

古生物学データベースの管理(Paleodatabase Management)

古生物学は、過去20年ほど、「順序的古生物学」とでも呼ぶべきものに注力してきた。こ れは、生命体の多様性のパターンを、時間に沿って記録していく試みである。しかし、そ うしたパターンを引き出すもとになっている化石由来の分類学的データベースの正確さに ついては、多くの議論がなされてきたのである。批判する立場の人は、データベース研究 者には分類学的な専門スキルが欠けているので、データの編集の際、データベースの有効 性を損じるような大きなエラーをしてしまうことになる、と主張してきた。Adrainと Westropは、オルドビス紀からシルル紀にかけての三葉虫の多様性について詳細に評価す ることで、分類学的データベースの手続きの正確さについて、精密なテストを行なった (p. 110)。彼らが発見したのは、既存のデータベースにおいて、エラーの水準は確かに高 いが、それらは実質的にランダムである、ということであった。時間に沿っての多様性の パターンは、正当であったと言えるらしい。(KF)

R/M/N細胞増殖巣形成と無傷のBRCA1の存在(R/M/N Focus Formation and the Presence of Intact BRCA1)

Zhongたちは、正常細胞がDNA損傷を受けた後にできるRad50/Mre11/NBS1 (R/M/N)タンパク 質複合体に関連する、照射によって引き起こされる免疫反応性のフォーカス形成が 、BRCA1遺伝子産物の欠損型を合成する腫瘍株化細胞HCC1937においては「劇的に縮小する 」ことを発見した(1999年7月30日号の報告 p. 747)。変異細胞を野生型のBRCA1によって 再構成すると、正常なフォーカス形成が復旧する。この結果は、BRCA1が、R/M/N複合体に よって媒介されるDNA損傷に対する細胞の反応にとって重要であることを示している、と Zhongたちは結論づけている。Wuたちは、こうした主張に対立するデータを示している 。NBS1タンパク質に特異的な2つの抗体(単クローン性のEE15と多クローン性のD29)を用い て、彼らは、野生型のBRCA1による再構成後にも、照射後のフォーカス形成に縮小が見ら れないこと、またフォーカス形成パターンに変化が見られないことを発見した。このデ ータは「BRCA1が照射によって引き起こされたR/M/N」フォーカスを組織するのに強く関わ っていると結論づけることを難しくしている、とWuたちは論じている。Zhongたちは 、EE15およびD29抗体を用いた自分たちによる実験では違う結果になった、と応じている 。EE15免疫反応性フォーカスは、無処 置の細胞と照射した細胞の双方で検出され、D29フォーカスはZhongたちが調べたどの株化 細胞にも見出されなかった。しかし、Zhongたちによれば、NBS1とMre11に感受性のある商 業的に入手可能な他の抗体を用いた実験では、もとの実験の結果が支持された。つまり 、R/M/N照射によって引き起こされたフォーカスは、BRCA1によって変異したHCC1937細胞 において縮小したのである。「明らかに、BRCA1はDNA損傷の修復において役割を果たして いるのである」と彼らは結論づけている。これらコメントの全文は、
www.sciencemag.org/cgi/content/full/289/5476/11a で読むことができる。(KF)
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