AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science June 30, 2000, Vol.288


火星の地下水(Martian Groundwater)

初期の火星表面には大量の水が存在していた、と考えられていた。Malinと Edgettによる、1画素あたり2から12mの解像度を持つマーズグローバルサーベ イヤーの火星軌道上のカメラで撮影した画像の分析によると(p. 2330、田中 による展望も参照)、最近まで地下水がしみ出し、いくつかの場所(その殆どは 南半球)では表面を流れていたことを暗示している。これらの場所は南極地区 の衝突クレータやいくつかの小さい渓谷の壁にそって集中している。その比較 的新しく出来た峡谷のような形状と、クレータや渓谷の南極の方向に面した壁 にそって存在していることから、それらの峡谷は小さな帯水層や貯水層から垂 直な崖へとしみでてそこから流れ出た水によって形成されたらしい。地表へ流 れ出た水の一部は最初凍結したであろうが、最終的には堆積物、氷や液体の混 ざった泥流として少しの距離を流れ、観測されるような峡谷やその他の地形を 形成した。(Na,Nk,Tk)

キラウエア火山のマグマ供給速度の予測(Magma Supply Rates at Kilauea)

ハワイのキラウエア火山の最初の噴火は1983年東側リフトゾーン沿いのプーオー(Pu’u O’o)で始まり、その非常に長期間にわたる噴火活動の直中にある。Cayolたちは(p. 2343)、1975年の(マグニチュード7.2の)カラパナ地震に関連する変形と地震活動をモデル 化し、この大規模な現象と長期間の噴火活動の間におけるマグマの供給速度の予測を行っ ている。彼らは、そのリフトゾーンの拡大は予想より大きく、その大地震後に見積もられ ていた従来の予測よりも高いマグマ供給を可能としていることを発見した。このように 、現在の噴火は、恐らく、その大地震後におけるマグマの貯蔵量の増大に直接因果関係が ありそうだ。(Na)

水の中のマイクロロボット(Underwater Microrobots)

マイクロロボットは、個々の部品がマイクロメートルサイズからなるミリメートル、ない しサブミリメートルサイズのデバイスである。このようなデバイスを作るのにマイクロマ シン技術でシリコンが用いられているが、シリコンの部品は耐水性がなく、このため多方 面での応用、特に生物学での活用が妨たげられている。Jagerたち(p.2335)は、マイクロ メートルサイズの物体をつまみ上げて移動させ、そして置くというようなマイクロロボッ ト腕をつくりあげた。このマイクロロボットはポリピロール-金の二層からなるマイクロ アクチュエータを個々独立に動作可能であり、そして水の中でも操作することが出来る 。このロボットは、例えば単一の細胞操作や特性解析に用いられるであろう。(KU)

量子ホール効果を示す有機物質(Organic Members of the Quantum Hall Family)

量子ホールと分数量子ホール効果は、磁場の存在する二次元平面内で、動きが制限された 電荷キャリアが関連する相互作用から起こる。この効果は、高品質無機半導体の中で、か つミリケルビンの温度範囲においてだけ、通常観測される。Schonたち(p. 2338)は、今回 、ペンタセンとテトラセン有機半導体でもこれらの効果を観察している。さらに、この効 果は、2ケルビンというかなりの高温でも観測することができた。(hk)

クエーサーのジェットとγ線(Quasar Jets and Gamma Rays)

近年、いくつかのX線連星(マイクロクエーサーとも呼ばれる)が、太陽近傍において発見 されている。Paredes たち (p.2340; Fender による展望を参照のこと)は、最近見いださ れたマイクロクエーサー LS 5039 の電波、X線、光学観測を組み合わせて、それの構造 や高エネルギー放出のメカニズムを決定した。彼らは、高エネルギーγ線実験望遠鏡 (EGRET) により発見された、γ線バーストに付随しているらしい二つの強い電波ジェット を見いだした。ジェットの構造、および、この系からの高エネルギー放出物は、ふつうの 恒星である LS 5039 の伴星は、おそらくはブラックホールか中性子星であることを示唆 している。この結果と近傍マイクロクエーサーの相次ぐ発見から考えて、ブラックホール や中性子星のようなコンパクト放射源は、以前に考えられていたよりも局所近傍領域によ り普遍的に存在する可能性がある。(Wt,Nk)

系統樹が間違っているか、否か(Up a Wrong Tree-Or Not?)

非常に大量のDNA配列情報が出現したことによって、進化系統樹の分析は、化石が存在 しなかったり使えないさまざまな生物についても、役に立つようになってきている。し かし、化石から推測される系統樹と配列情報から推測される系統樹との食い違いがしば しばあることから、どちらの体系にもいくつかの誤りがあると考えられる。アリマキの horned soldier階級の進化をテスト・ケースにして、Huelsenbeckたちは、このたび 、系統樹の不確定さを見積もった値と、進化の結果を適切に調整する機構を実際に示し たのである(p. 2349)。(KF)

珪藻の一生(Diatom's Life)

単細胞海洋植物プランクトンの大きな部分を占める珪藻類は海洋に於ける食物連鎖にとっ ても、地球の二酸化炭素循環にとっても極めて重要な要素である。しかし、どんな珪藻が 環境を検知するかとか、外部からの信号にどのように反応するか、一生を支配する要素は 何か、と言ったことすらほとんど分かってない。単細胞の情報伝達測定技術を利用して 、Falciatore たち(p. 2363)は、カルシウムに鋭敏な発光タンパク質のンエクオリン (photoprotein aequorin)を含むトランスジェニック珪藻を作り、カルシクムの恒常性の 変化が、環境からの多様な信号に応答する精巧な検知メカニズムとして使われているかど うかを調べた。その結果、植物プランクトンの成長の鍵となる栄養分と言われている鉄分 、流体の動き(剪断応力)や浸透圧も検知することが分かった。(Ej,hE)

受容体がリガンドを待ち伏せするとき(When Receptors Lie in Wait for Ligands)

全く未解決のまま取り残されている基本的な生物学上の問題としては、細胞表面にある受 容体へのリガンドの結合が原形質膜を通して信号伝達をもたらすそのメカニズムに関して である。魅力的な解釈の一つは、リガンドと受容体の結合により多量体複合体が形成され るというものである。三編のレポートは逆のアプローチも魅力的であるようなケースを記 述しており、即ち受容体が結合してリガンドを待ち伏せしている(Golsteinによる展望参 照)。Siegelたち(p. 2354)とChanたち(p. 2351)は、Fasと腫瘍壊死因子受容体がどのよ うに信号を送るかを調べた。彼らはこのような受容体の中に、リガンドの無い時受容体を 組み立てて複合体へと仲立ちするようなタンパク質相互作用領域を規定している。こうい った会合がリガンドの結合と、その後に続く信号伝達に必要であることが示されている 。その結果は、又、Fasの異常形が自己免疫性リンパ球増殖性症候群として知られている ヒトの病においてFas‐誘発の信号伝達をどのように支配的に妨げているかを説明してい る。それらのコグネイト受容体へ結合した時、インタフェロン(IFN)がウィルス感染に対 する細胞抵抗性を誘発する。Takaokaたち(p. 2357)はサイトカインIFN‐gにさらした時 、この応答を最大にするような或る種の細胞は機能的なIFN-γ受容体のみを発現するだけ でなく、同じ様に機能的なIFN-α/β受容体をも発現するはずであることを示している。細 胞がIFN-γで刺激される前であっても、IFN-γ受容体はIFN-α/β受容体と既に会合してい る。IFN-α/β受容体は転写活性因子を複合体にもたらすが、その複合体はIFN-γによる 刺激で活性化されるように用意されている。二つのIFN受容体のサブタイプ間のクロスト ークは、IFN-γへの細胞の抗ウィルス性応答の効率と強さを増すようである。(KU)

聞こうとしている(Ready to Listen)

聴覚が活動的になる前にも、成長中の哺乳類の内耳には、一過性のコリン作動神経支配が 起る。このシナプスの生理学的な有意性は、いままで示されていなかった。Glowatzkiと Fuchs(p. 2366)は、α9という新規なニューロンのニコチン性アセチルコリン受容体は 、新生児の蝸牛内耳有毛細胞において機能的に存在し、真のアセチルコリン受容体のよう に機能することを示している。その刺激は、高速のカルシウム依存性カリウムのチャネル の活性をもたらす。このように、アセチルコリンは、求心の活性を抑制し、未成熟な聴覚 経路にリズム性を与えるように作用する。(An)

まさしく初期に(Immediately Early)

ヒトのサイトメガロウイルス(HCMV)は、ヒトの重要な病原性ヘルペスウイルスである 。HCMVのゲノムがDNAだけからなると考えられたが、BresnahanとShenk(p. 2373;Roizmanによる展望記事を参照)は、HCMVが自分のウイルス粒子にRNA転写物を組み込 むことを発見した。新たに細胞が感染されると、転写をせずにウイルスがタンパク質を生 成でき、これによって初期の有害な細胞応答の誘発を回避できる。成熟タンパク質の代り にRNAを組み込むと、ウイルスタンパク質のシグナル配列を保持することによって、正確 な細胞区画にタンパク質を向かわせることができ、これによって、効率的なウイルス複製 を行うために細胞をプライミングするのかもしれない。(An)

完璧な宿主(A Perfect Host?)

マラリアを引き起こす原虫寄生虫(protozoan parasite)は、その生存期間の中でも重要な 期間、蚊を宿主にして過ごす。Schneider と Shahabuddinは、キイロショウジョウバエ (Drosophila)の中で寄生虫が育つことが出来る実験条件を特定することによって、本来の 寄生主でないものの免疫システムが、寄生者とどう戦うのかを調べた。このショウジョウ バエは、遺伝学的に十分定義がされているため、このモデルがマラリアの病原性に新たな 洞察を与えることで、その予防と処置に対する新しいアイデアを導くかもしれない。(TO)

体重減少へのFAS(T)経路(FAS(T) Route to Weight Loss)

肥満は深刻で費用のかかる公衆衛生の問題という認識が広がりつつある。このことから食 物摂取や体重を制御する生理学的メカニズムの理解に、力が注がれるようになってきた 。Loftusたちは、食欲のコントロールとタンパク質同化エネルギー代謝との間に予期しな い関係があることを解明してきた。マウスに合成化合物(C75)を処方することで、エネル ギー過剰の条件下で長鎖の脂肪酸を合成する酵素である、脂肪酸合成酵素(FAS:fatty acidsynthase)を抑制し、そして主に食物摂取の抑止によって急激な体重減少を引き起こ した。マウスはC75に対して十分な耐性をもっており、C75は視床下部におけるニューロペ プチドYの抑制によってレプチンに非依存な方法で作用するように思われた。(TO)

集集(台湾南投県)地震の断層構造(Fault Structure for the Chi-Chi Earthquake)

1999年9月20日の台湾南投県の集集地震によって、長さ約80kmに渡って地表が破砕され 、破砕の最北部での断面では9メートルの垂直変位が生じた。Kao とChen (p.2346)は主震 とその後の余震の震源パラメータを決定し、これらの結果と、入手可能な地震データやボ ーリングデータ、および車籠埔(Chelungpu)断層の地表における破砕と断層構造との関連 づけを行った。彼らは、車籠埔断層は東に20度から30度傾斜する再活性化衝上断層であり 、この断層によって台湾中央部が変形すると同時に造山運動を起こしており、車籠埔断層 西側の浅い傾斜のデコルマン以上のものと思われる。さらに、以前は気づかれていなかっ た、車籠埔断層に平行する深さが20〜40キロメートルのブラインドスラスト断層もまた変 形に寄与していると示唆している。(Ej,hE,Hn)

植物ステロイドの認識(Perceiving Plant Steroids)

シロイヌナズナやその他の植物のゲノム分析によって、ロイシンに富んだ反復を共有し 、また、受容体様のキナーゼである可能性を示す別の特徴を有する、ある種のタンパク質 のファミリが同定された。He たちはこのたび、そのファミリの1メンバである、従来ブラ シノステロイド情報伝達に関連していると思われていた、BRI1の解析結果を提示している (p. 2360)。彼らは、シロイヌナズナのタンパク質の細胞外領域と、耐病性を調節するコ メのある種の受容体のキナーゼ領域とから生成した融合タンパク質を用いたのである。彼 らはこのたび、リガンド、この場合はステロイド、の認識は、細胞表面におけるBRI1の細 胞外領域を介して生じることを示している。(KF)

発生中の免疫系における生存の促進(Promoting Survival in Developing Immune Systems)

免疫系が正しく発生するには、胸腺細胞の発達の複雑な制御と、ポジティブ選択ないしネ ガティブ選択による機能性T細胞の選択とが必要である。Sunたちは、マウスの免疫系の発 生における、レチノイン酸受容体関連オーファン受容体(RORg)の役割を検証した(p. 2369)。RORgを欠いたマウスについての彼らの研究から、RORgが、抗アポトーシス性タン パク質Bcl-xLの発現を促進することで、胸腺細胞の生存を促進していることが示された 。ノックアウト・マウスは、リンパ節とPeyerパッチを欠いていたが、これは明らかに 、こうした構造の正常な発達に必要なCD4+前駆体の発達に失敗するためである。著者たち は、RORg信号の制御がBcl-xLの発現を調整し、その結果、ペプチド-MHC複合体と生産的に 相互作用するのに失敗する胸腺細胞の「無視による死(death by neglect)」の制御を行な うことになる、という考え方を提唱している。(KF)

白亜紀後期の真の極揺動:そんなに速くはない(Late Cretaceous True Polar Wander: Not So Fast)

太平洋プレートの海山の異常モデル(seamount anomaly modeling SAM) から計算された 27の古磁極のパターンの解析から、Sager と Koppers (1月21日 研究記事 p.455) は 、およそ8400万年の前後200万年以前に、100万年あたり3〜10度のオーダー速い、真の磁 極の揺らぎ(true polar wander TPW)が存在したと推論した。Cottrell と Tarduno は 、その研究は、SAM の古磁極に内在する潜在的誤差を過小評価しており、観測されたデ ータを解釈するに当たり、重ね刷りされた磁化や局所的地質構造の複雑さのような「他の 代替案を適切に考慮していない可能性がある」と反対している。彼らは、また、イタリア の Umbrian Apennines における「よく研究され大いに注目されている同時代の海洋堆積 物の断片」には、提案されている移動が存在した証拠はないと、論じている。Sager と Koppers は、代替となる高品質のデータがまれな時、もし十分な注意が払われていれば 、SAM 極移動モデルは「有用である」と応えている。彼らは、地質構造的な複雑さは SAM 磁極位置にランダムな誤差を持ち込むであろうが、磁極のグループ化は説明されないと付 け加えている。そして、イタリアのデータに基づくテストは、データ傾向の分散と、TPW 回転磁極位置に大きな不確定性が存在するため「決定的なものではない」と結論している 。これらのコメントの全文は以下のサイトで見ることができる。
www.sciencemag.org/cgi/content/full/288/5475/2283a (Wt)
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