AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science February 18, 2000, Vol.287


ブラックホールの太陽(Black Hole Sun)

ブラックホールの周りには急速に渦巻き回転するガスと粒子による降着ディス クが形成される可能性がある。このディスクは、ブラックホールに飲み込まれ る前に物質の重力エネルギーが失われるにつれて強烈なx線を放出することが ある。Zhang たち(p. 1239)による銀河系内の2つの超光度天体, GRS 1915+105とGRO J1655-40,の低-、高-エネルギーx線のモデル化によれば、降着 ディスクの内部領域に三層の大気状構造がある。0.2-0.5keVの低温で光学的に 厚いディスクの上に、1.0-1.5keVで光学的深さが約10の暖かい層がある。時に は、この上に、100keV以上の更にずっと高温で光学的深さが1に近い薄いコロ ナがある。高-エネルギーx線放射は、ディスクの周りの非常に高温で薄いコロ ナに関係しており、また、低エネルギーx線は、より低温の中心ディスクを取 り囲む暖かいディスク層中の中心ディスクのフォトンのコンプトン散乱に関係 しているらしい。このモデルは太陽の大気の構造に似ており、類似の物理プロ セスで降着の安定性が説明できるかも知れない。(Ej,Nk)

鉄を獲得する(Getting Their Iron)

海洋微生物はその周囲の海水から、往々にして微量にしか存在しない鉄を摂取 するために複雑な機構を進化発展させてきた。陸生の微生物と同じく、海洋の 微生物もシデロホア(微生物由来の低分子量の鉄含有化合物)を分泌しており、 周囲の環境から鉄を集めて微生物細胞中への取り込みを容易にする。Martinez たち(p.1245)は、異なる属の海洋細菌から単離されたシデロホアの二つのファ ミリーが、Fe(III)の添加により自動的に小泡を形成することを示している。 このような鉄獲得の機構は海洋細菌特有の特色であろう。(KU)

地上そして空中にて(On the Ground and in the Air)

地上で観測される表面温度は温暖化を示しているにも関らず、人工衛星からの マイクロ波による低対流圏温度の計測は、1979年以来変化がないか、あるいは 多少冷却している傾向さえ示していた。研究論説や報告では、これらの異なっ た計測をどのように整合させるかを議論している(Parkerによる展望記事参照)。 Santerたち(p.1227)は、過去20年間における人工衛星計測による低対流圏の温 度と地上計測による表面温度との傾向にある差異のおよそ30%は、これらの手 法の異なる空間的適用範囲によって説明できると示した。これらのモデルの結 果は、自然な変動だけによって説明される以上の差異が残されていること、そ して最適なモデルシミュレーションは、人為的な要因と火山性噴出物の影響を 含んでいることを示している。Gaffenたち(p.1242)は、この期間に気象気球に よって熱帯地域の対流圏の垂直温度プロファイルを収集し、人工衛星計測と地 上での計測がどちらも明らかに正しいことを発見した。2つの時系列の間の差 異は、対流圏の垂直温度プロファイルにおける変動が原因である。(TO)

停止信号を認識する((Recognizing a Stop Sign)

膜中への組み込みや、或いは膜を通しての分泌を運命づけられているタンパク 質は、通常そのアミノ末端に疎水性と塩基性の側鎖を含む20個ぐらいの連続し たアミノ酸からなるシグナル配列を持っている。新生ペプチドがリボソームか ら出現するとき、シグナル配列はタンパク質とRNAの複合体であるシグナル識 別粒子と結合し、そしてタンパク質合成が瞬時に停止する。その集合体全体は、 その後膜へ運ばれ、そこで翻訳時の膜挿入と共にペプチド合成が継続される。 Bateyたち(p.1232;表紙、及びWalterたちによる展望参照)は、シグナル識別粒 子の中心部の1.8オングストロームの構造に関して記述し、RNAの副溝の中にドッ キングされた二つのRNAの輪と二つのタンパク質らせん体の間の密接な接触を 明らかにしている。(KU)

肝臓移植の命綱(Liver Transplant Lifelines?)

肝臓移植患者は、毎年適当なドナー臓器が慢性不足しているお陰で沢山死んで いる。2つの報告が肝疾患のげっ歯類モデルを利用して、将来ヒトの肝障害の 進行をうまく緩慢化させることが出来そうな手法について述べている(Hagmann によるニュースストーリも参照)。肝細胞の移植によって一時的に代謝が支え られるが、移植可能 な肝細胞の不足によってこの方法もスムーズには行かな い。Kobayashiたち(p. 1258)は、可逆的に不死化され、それ故生体内で大量に 増殖可能な肝細胞株を作った。引き続いて不死化遺伝子を除去することによっ て発癌性副作用の可 能性を極力抑えた。この細胞移植は、急性肝臓障害のラッ トの治療に効果的であった。これと独立して、Rudolphたち(p. 1253) は、肝 臓移植を待つ患者の寿命を延ば す別の治療戦略を提案している。異常に短い マウスのテロメア(染色体末端のDNA配列)は、肝臓が傷ついたときには特に 肝硬変になりやすい。これらのマウスにおける 肝硬変は、テロメアを作る酵 素であるテロメラーゼの必須成分をコードする遺伝子を導 入することによっ て、防ぐことができる。(Ej,hE)

ステロイド受容体のヒット・エンド・ラン(Steroid Receptors Hit and Run)

ホルモン存在下ではステロイド受容体は染色質の部位特異的応答エレメントに 結合して、補活性化物質や補抑制物質(コリプレッサー)を補給することによっ て、遺伝子発現を変調する。McNallyたち (p. 1262) は、緑色蛍光タンパク質 で標識した 糖質コルチコイド受容体が生細胞中の応答エレメントと相互作用 する様子を観察した。リガンドが連続して存在する条件下で、受容体は染色質 と核細胞質の区画の間を急速に交換した。この知見は、リガンドが存在する限 り受容体は染色質に結合したまま留まるという古典的観点とは合致しない。む しろ、この事実は、受容体が一時的相互作用によって二次因子を補給して、転 写を変調する安定な複合体を形成するという「ヒット・エンド・ラン」の考え 方を指示している。(Ej,hE)

思い出されるイメージ(Images Remembered)

見なれた画像と見たことがない画像とは、何によって区別されるのだろう。 Hensonたちは、この古くからある心理学上の疑問を、機能的脳イメージングを 用いて、個々の刺激提示によって引き起こされたニューロンの活性の量を測る ことによって検証した(p. 1269)。彼らが見出したのは、反復の頻度と親近性 との間の複雑な相互作用である。すなわち、ありうるオブジェクトを描いた見 なれていない絵を2度見ると、強化された神経応答が形成されるが、これは内 部記憶を形成するプロセスを反映するものである。絵がオブジェクトを表現し ていない場合やすでに記憶済みのオブジェクトを想起させる場合には、あたか も刺激の反復の際の徴候のように、神経応答は減衰するのである。(KF)

タンパク質結合のホットスポット(A Hot Spot for Protein Binding)

他のタンパク質との相互作用に特に適切である特徴をもつタンパク質領域があ るのであろうか。DeLanoたち(p 1279)は、免疫グロブリンGの定常断片(Fc)に 結合する無作為化されたライブラリからのペプチドを選択し、この問題を解決 しようとした。Fc分子のどこの部分にも相互作用するペプチドを単離できるは ずなのに、高親和性相互作用の選択によって、主にひとつだけのペプチドが得 られた。生物学的な前後関係において、非常に異なっている構造をもつ他の4 つのタンパク質にこのFc断片が結合する。しかし、このタンパク質の全ては、 選択で発見したペプチドと同様、Fc分子における同じ部位に結合する。この優 先的な結合部位の性質、すなわちその接触性や疎水性や極性相互作用部位の限 定数、がこのような相互作用領域に必須な性質を定義することに役立つ。この 性質をより詳細に理解すると、タンパク質機能の予想や相互作用リガンドの設 計に役たつであろう。(An)

ミトコンドリアの分裂(Mitochondria Make the Cut)

細胞の動力源でもあるミトコンドリアは、真核生物の細胞において複数のコピー として存在する。これは、自分のゲノムをもち、このゲノムは、効率的な機能 と細胞分裂における前世代から後世代への伝搬にも必須である。しかし、娘ミ トコンドリアを生成する分裂過程の実体がよく理解されていない。Beechたち (p 1276; Martinによる展望記事参照)は、ミトコンドリアを標的にする藻類の 核内遺伝子によってコードされたタンパク質を発見したが、このタンパク質は、 ミトコンドリア分裂に役割をはたすのかもしれない。このタンパク質は、細菌 分裂に関与する細菌タンパク質と関連するので、この結果は、ミトコンドリア の進化に間する理解を補充するものとなるであろう。(An)

2重の置き換え(Double Take)

一般に突然変異はDNA中一つのヌクレオチドが置き換えられることで起こると 考えられている。Averofたちは(p. 1283)、様々な組織で、偶然で起きると予 想されているより高い比率でヌクレオチドが2つ起きかえられが発生している ことを報告している。これらの2重の置き換えは、細胞の種類毎、又は部位毎 に異なる比率で起きているらしい。このことは、分子進化と系統発生的な再構 成モデルを示唆するとともにヒトの病気に関する変異のメカニズムを示唆して いる。(Na)

バランス作用(Balancing Act)

気候へ氷河が与える潜在的影響を評価するためには、極地での氷床動的作用を 理解することが必要である。「氷の流れのような速い流れの構造が、受動的な ソースとしてだけ振る舞う流域からの氷の流出状態を決めている」という極地 の氷床の伝統的な見方が、最近、南極の複数の場所を観測することで見直しを 迫られていた。Bamberら(p. 1248)は、南極氷床が覆っている陸地全体の部分 に対して”バランス速度”を計算した。氷床をバランス状態にしておくために どこの点においても深さ方向に平均化した速度(氷の流速を深さで割った値) つまり”バランス速度”が、氷床全体の地表部分における流れ図を構成するた めに使われる。これらの結果は、複雑なシステムとなっている氷の流れと支流 が、氷床の地表から内陸方向へ1000マイルまでは広がっていることを示し、そ して、そのことが南極の台地は均質なゆっくりした動きであるという従来の見 方に疑問を投げかけている。またこのような複雑な流れをまだ再現していない 数値モデルの限界を示している。(hk)

鉄共鳴で得られたコアの特性(Core Properties from an Iron Resonance)

地球の核は鉄、及び何からの鉄の合金が主要な物質である。実験的研究による と、高圧縮された六方晶形構造の、ε鉄が核の主相であることを示唆している。 しかし、核の高圧、高温下でのこの物質の特性は殆ど知られていない。 Lubbersたちは(p. 1250)、ε鉄のバルク特性を測定する有用な方法を開発し た。彼らは、鉄57の大きな共鳴吸収断面積を利用して、ダイアモンド・アンビ ル中で20-42ギガパスカルの圧力と室温下での多結晶ε鉄サンプルによるシン クロトロン放射の非弾性吸収を測定している。測定結果のスペクトルには、彼 らが鉄中のフォノン状態の密度を計算し、磁気的、電気的な格子効果の無い材 料のバルク振動特性を見積もるために用いたサイドバンドが含まれている。フォ ノン状態の密度が入手出来ることで、地震波の伝播速度を理解するのに重要な 平均的音速や、物質の比熱への格子の寄与など、他の数多くの有用な特性が計 算できるようになる。(Na,Tk,Nk)

パーキンソン病のマウス( A Parkinson's Mouse)

パーキンソン病は、ドーパミンを生成する黒質線状体経路でニューロンが欠損 することにより、筋肉硬直や震顫(せん)の独特な症状を引き起こす。α synucleinタンパク質中の突然変異は、パーキンソン病の継承した形式に関係 してきた。そして価値ある霊長類モデルは存在したが、マウスモデルは存在し なかった。Masliahたち(p.1265)は、最近マウス中の野生型ヒトα‐synuclein の過剰発現は、中脳の黒質や海馬状隆起、そして遺伝子組換え動物の大脳新皮 質においてα-synucleinを含んでいる細胞内封入(inclusions)の析出を引き起 こすと報告している。こうした細胞内封入は、基底核中のドーパミン作用性の ニューロンの欠損やパーキンソン病で典型な運動性障害と関係している。(TO)

視覚情報の疎なコーディング(Sparse Coding of Visual Information)

ニューロンは、神経伝達物質を標的ニューロンに対して遊離する膜の脱分極と いう、作用電位の限られた部分だけを利用してコミュニケートしている。こう した脱分極の頻度は変化するが、その強さは同じである。ニューロンの集団に なると、たとえば、一つおきのニューロンの発火は2つおきのニューロンの発 火とは別のことを意味するというような、さらに複雑なメッセージの集合を生 成できる。視覚系における絵のコード化は、高度に弁別性の高いニューロン (フェルメールの絵にだけ反応するようなもの)から、たとえば彫刻にではな く絵だったらどんなものにでも反応するような広い反応を示すニューロンにい たるまでの連続的なものによって行なわれていると考えられてきた。これらの 両極のどちらも不十分で、前者ではめったに役に立たない膨大なニューロンが 必要になるし、後者の場合、いつもたくさんのニューロンが反応していなけれ ばならなくなる。VinjeとGallantは、脳における視覚処理の最初の段階をつか さどるV1での記録について記述しているが、これによると、疎な、あるいは中 間的なコーディングが使われており、これが情報を保持しつつなおかつ効率を 改善する役に立っている、ということのようである(p. 1273)。(KF)

Peg3と矛盾仮説(Peg3 and the Conflict Hypothesis)

マウスの研究において、Liたちは、父性的に発現した刷り込み遺伝子Peg3が子 孫における胎性の成長と母性的行動(maternal behavior)を調整していること を発見した(4月9日号 p. 330の報告)。この観察結果は、Liたちの示唆すると ころでは、ゲノムの刷り込みについての親-矛盾仮説(parental-conflict hypothesis)と矛盾しないものである。Hurstたちは、母性的行動の結びつきが 矛盾モデル(conflictmodel)に適合しない可能性があるとコメントしている。 「父性的に発現したPeg3は現在の番の相手ではなく娘たちの行動に影響を与え る」とHurstたちは述べており、また、親のどちらかから娘に引き継がれた遺 伝子は、娘の子にも同じ確率で引き継がれる可能性がある、というのである。 Smitsたちは、別のコメントで、これに同意して、「混乱が生じたのは3世代を 議論に持ちこんだためで、元来、親矛盾の古典的理論は2世代のみをあつかう ものだ」と述べている。Liたちは、母性的行動に対するPeg3の影響は、確かに 簡単に矛盾仮説には適合しないが、刷り込まれた遺伝子の、子宮内での胎性の 成長への影響は明瞭にある、と応えている。行動に対する刷り込みの進化上の 意義を判断するには、さらなる追加実験が必要である、と彼らは結論付けてい る。これらコメントの全文は、
www.sciencemag.org/cgi/content/full/287/5456/1167aで 読むことができる。(KF)
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