AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science January 14, 2000, Vol.287


冷却する深海(Chilling Down Deep) Condensates)

過去1億年の間、地球の気候は中生代後期、白亜紀の温室状態から、極地方に大規模 な永久氷床が形成された新生代後期の寒冷な気候へと変化した。氷が蓄積された年 代について理解するためには詳細な地球規模の温度記録が必要である。Learたちは (p.269、Dwyerの展望も参照)、第四紀の測定に用いられたテクニックである、マグ ネシウム-カルシウムによる古温度測定法を適用し、過去5000万年間の深海の温度記 録を測定し、現存する深海底の有孔虫の酸素同位元素の記録を氷床成長の観点で解 釈した。彼らは、氷床の成長は3400万年前に始まり、その後深海の温度は4回の主要 な段階を経て12℃冷却した。(Na,Og,Tk)

評価Aの米(Rice Gets an A)

ビタミンAの欠乏は多くの健康上の問題を悪化させ、ひどい例としては、世界のいく つかの地域において存在するように、失明のよくある原因となる。一般に入手可能 な必需食料品を摂る事でビタミンAを適切に供給できさえすれば、この問題をかなり 軽減することができる。Yeたちはこのたび、遺伝子組換え法を用いて、ビタミンAの 前駆体を合成する米を作り出した(p. 303; またGuerinotによる展望記事参照のこ と)。この黄色味がかった米粒は、食事を米に大きく依存している人たちに十分な量 のビタミンAを与えることができることが期待されている。(KF)

薄まって(Watered Down)

有害な金属の多くは、ハマグリやカキといった水底に棲む濾過摂食動物による摂取 によって食物連鎖の中に入る。沈殿物中の間隙水中における数多くの金属濃度は 、酸揮発性硫化物(acid volatile sulfides:AVS)として既知の化合物形で支配され ており、そして水底生物中の金属起源の殆どがこのような化合物の取り込みによる と考えられていた。沈殿物の金属汚染に関する規制を行う際には、このような化合 物の分析が用いられてきた。Leeたち(p.282)は、数種の水底動物による金属の取り 込みが、間隙水中のAVSの濃度ではなく、それよりも沈殿物中の金属濃度を一義的に 反映していることを示している。(KU)

信号が溢れる(Busier Signals?)

今日、全世界でおよそ4億台の携帯電話が使われており、その数は毎日25万台づつ増 加し、2005年には通常の電話の数を超えると予想されている。通常の電話では、話 者間は直接接続されており、干渉は問題とならない。携帯電話の場合、対照的に 、特に人口密集地域において、携帯電話の数が増加するにつれ干渉の問題も増加す ると考えられている。Moustakasたちは(p. 287)、情報理論と電磁波伝播理論のアイ ディアを組み合わせ、多重散乱は、実際には送信側と受信側間の情報転送量を減少 させるというより、実際にはかえって増加させる可能性を示している。(Na)

プルトニウムを酸化する(Oxidizing Plutonium)

大気中において、プルトニウムは酸化物を形成し、その反応性により環境に影響を 及ぼす。Haschkeたち(p.285;Madicによる展望参照)は、大気中における安定な二元 素系酸化物が長いこと信じられてきたPuO2ではなく、実際には水との反 応によって生じるPuO2+x(xは一般に<=0.27)であることを示している 。この結果は、環境安全性から反応器中での安定性にいたるまで、プルトニウム化 学のあらゆる面に深く関係する。(KU,Nk)

ガラスを通過する抜け道を作る(Making Cuts Through a Glass)

液体が冷却し、結晶ではなくガラス状態になるとき、これらの成分の緩和過程は非 指数関数的になる。理論的研究と間接的な実験的証拠によると、それらの粒子運動 は多様になることが示唆されている。ある粒子は、拡散過程から予想されるよりも はるかにゆっくりと動くし、また、他の非常に速い粒子は、一団となっていっしょ に動く。Kegel と van Blaaderen (p.290) は、このような「動力学的多様性」の直 接的な証拠を、共焦点顕微鏡によるコロイド粒子からなるガラスの研究により与え ている。彼らは、光学的な二次元的薄片中の粒子の運動を追跡し、粒子の移動はガ ウス分布に従わないことを示している。

水クラスターの冷却制御(Cold Control of Water Clusters)

より不安定な化学種を単離する方法の一つには、冷却下でその化学種をトラップす ることである。NautaとMiller(p.293)は、理論的には予言されていたが実験的には 確認されていない、6個の水分子からなる環状クラスターを単離するため、この方法 を積極的に採用した。彼らは水蒸気を使って液体ヘリウム小滴を送り込むことによ り、より高いエネルギーを持つ環状六量体を作った。赤外分光により、より小さな 環状化合物中に水分子が入り込むことによって、環状の異性体の形成が明らかにな った。液体ヘリウム小滴による極冷超流動環境により、環状六量体が急冷下で保持 され、そしてより密な、より安定な”ケージ”構造への再配置を妨げている。(KU)

進化の再実行(Rerunning Evolution)

進化に関するいくつかの中心的教義についての自然によるテストを、2つの報告が 、その主題としている(Pennisiによるニュース記事参照のこと)。種分化は多岐にわ たる自然選択の結果生じるに違いないとされているが、その直接的な現場での証拠 は現在まで欠けていた。Rundleたちは、カナダ西部の湖沼におけるイトヨ(背中に 3つのトゲをもつ淡水魚)の複製集団において、それぞれの湖における集団間の生殖 面での孤立は環境との相関を保ちつつ進化してきたということを示している(p. 306)。別の湖ではあるが同じ環境で、独立に進化してきた集団は、生殖面での孤立 は示さないが、同じ湖であっても異なった環境にあった集団同士は実質的な孤立を 示す、という のが彼らの結果である。1970年代に起きたヨーロッパから新世界へのショウジョウ バエ(Drosophila subobscura)の導入は、「進化における大実験」と呼ばれてきたが 、その理由は、それが大陸規模での進化の比率と予測性を研究する機会を与えてく れたからである。Hueyたちは、新世界に入り込んだハエが急速に羽のサイズをさま ざま進化させ、祖先であるヨーロッパの集団と同様な羽のサイズのばらつきに、は っきりと収束させたことを示している(p. 308)。両方の大陸において、羽のサイズ は、緯度が高いほど大きくなっている。(KF)

介在ニューロンの解剖学と活性(Interneuron Anatomy and Activity)

抑制性介在ニューロンの小さなグループは、新皮質内の多数の興奮性神経細胞に大 きな影響を及ぼす(Milesによる展望記事参照)。シナプスで結合したニューロンの三 重または場合によって四重の記録を用い、Guptaたち(p 273)は、皮質におけるシナ プス抑制の複雑さと多様性を解明した。軸索の形態学とシナプスの動力学と一般の 発射性質に基づいて、いくつかの別の細胞クラスおよび明確に定義されたシナプス 結合グループを発見した。錐体細胞との結合において、各定義した抑制細胞グル ープは、一時的な抑制あるいは促進についてのはっきりしたパターンのいずれかを 示す。しかし、同じ介在ニューロンが他の抑制細胞型に結合すると、別の一時的な 動きが出現するかもしれない。Martinaたち(p 295)は、驚くべきの介在ニューロン 活性化の速度と効力の基となる機構を分析した。はっきりと同定したソマトスタチ ンを含む海馬の介在ニューロンからの樹状細胞と体細胞の膜から同時に記録するこ とによって、この樹状突起において、電位作動型のナトリウムとカリウムのチャネ ルが高密度で存在することを示した。活動状態のコンダクタンスは、活動電位が 、軸索起始部だけではなく、シナプスの入力部近傍でも開始される可能性を示唆し ている。一旦開始されると、この活動電位は、高周波数信号列中にも、細胞樹状突 起と細胞体を急速に、かつ、高い信頼性を持って伝搬する。(An)

直接に結合(Binding Directly)

T22とT10という2つの関連している非古典的主要組織適合複合体(MHC)クラスI分子は 、ペプチドリガンドが何も存在しなくてもγδT細胞受容体(TCR)に結合する 。Wingrenたち(P 310)は、3.1オングストロームで、T22の構造を決定した。全体の 折りたたみは、MHCクラスI分子と同様であるが、ペプチド結合溝は、非常に切り詰 められており、これによって、γδTCRに直接に結合する可能性のあるT22の表面を 曝露する。この構造は、γδとαβTCRがそれぞれのMHCリガンドに結合する方法が 異なっていることを示し、免疫系におけるそのTCRの異なっている機能の基礎を提供 している。Crowleyたち(p 314)は、T22とT10との相互作用とγδT細胞との相互作用 の機能的な関連性について研究した。正常なマウスにおいてT22に結合するγδT細 胞集団を同定し、この集団がT22およびそれに非常に関連している分子であるT10に よって活性化されることを示すことによって、T22がマウスのγδT細胞の生理学的 リガンドであることの証拠を報告している。(An)

胚分割による霊長類クローン(Primate Clones Through Embryo Splitting)

ヒト以外の霊長類で遺伝子的に同一のクローンを作り出すことができれば医学的研 究に重大な効果をもたらすであろう。Chanたち(p.317)は、8細胞の状態にある胚を 2つの卵割球を含んだコンポーネントに分割した。そしてそれらを、試験管内で培養 した後、代理母に移した。107個のアカゲザル胚に対してこの方法を用い、「複数体 (multiples)」を得たが、これらの発育能力はさまざまであった。分割された胚の内 部細胞の塊は、対照のものに比べてアポトーシスが高い率で生じた。そして1つを 生児出生させることができた。

CD9と女性の受胎能力(CD9 and Female Fertility)

CD9は、他の膜たん白質と関係する内在性膜たん白質(integral membrane protein)である。Miyadoたち(p.321)とLe Naourたち(p.319)は、互いに独立して CD9ノックアウトマウスを調べた。相同的組換えによりCD9を除去したとき、マウス は正常に発育した。そしてCD9-/-のオスは、野生型マウスと交配すると、繁殖性が あった。他方、CD9-/-のメスは不妊であった。この不妊症は排卵あるいは卵成熟の 欠陥によるものではなく、精子と卵母細胞とが融合できないことが原因である。卵 母細胞-精子の融合におけるマウスCD9の役割は、ヒトの女性の不妊症と関係してい る可能性がある。(TO)

生涯保ち続ける記憶をさせること(Making Memories that Last a Lifetime)

長く持続する記憶は、通常、記憶するためにかなりの時間がかかっている。たとえ ば、大脳の外傷は、最近に記憶されたものを消し去るということが、昔から知られ ている。McGaugh (p. 248)は、この記憶を制御し影響を与えているプロセスをレビ ューしている。(hk)

深く埋められて(Buried Deep)

大陸の地殻は、地球の上部マントルから形成されたものである。それゆえ、地殻に 濃縮する元素は、マントルでは不足しているはずであり、その逆も成り立つ。この 質量バランスは、地球のマントルの初期組成に関する知識をも活用して、時間的な 地殻の進化やマントル中の一様化度合いを評価することに用いることができる。地 球のマントルはコンドライトの組成に類似な初期組成を有していたという仮定に対 して、この質量バランスは、多くの元素と元素比に対して成立しているように見え る。しかしながら、いくつかの元素、特に、ニオブ、チタン、タンタルは、地殻と マントルのすべての試料において不足しているように見える。Rudnick たち(p.278) は、ひとつの解として、海洋地殻の沈み込みの間に形成されたエクロジャイト(榴輝 岩)の微量な鉱物相であるルチル(金紅石)は、これらの見失われていた貯蔵所である 可能性があることを提案している。マントルの基底部に近い、ルチルを含有するエ クロジャイトがマントル基底部に溜っていると考えれば、質量バランスに対するひ とつの解となるであろう。(Wt,Og,Nk,Tk)

孔辺細胞の反応(Guard Cell Response)

アブシジン酸が植物に影響を与えるさまざまな生理学的プロセスのうち、孔辺細胞 の運動はとくに重要なものの1つである。気孔を開閉することで、孔辺細胞は、蒸散 による水の損失あるいは保持を調節している。Liたちはこのたび、孔辺細胞に特有 の、アブシジン酸情報伝達カスケードのある構成要素を特定した(p. 300)。そのタ ンパク質AAPK(アブシジン酸-活性化セリン-スレオニン・タンパク質キナーゼ)は 、その遺伝子がこのたびソラマメからクローン化されたものだが、アブシジン酸に 対しオート・リン酸化およびトランス・リン酸化を介して応答し、孔辺細胞のアブ シジン酸信号への応答にとって必要なものである。(KF)

SrcとJNKを結びつける (Linking Src and JNK)

ほ乳類の細胞培養株で分析されたことから、Src腫瘍タンパク質は JunNH2-末端キナーゼJNKを活性化していることが示唆される。しかし 、これを肯定する強力なin vivoのデータが欠如している。Tateno たち(p. 324) は 、ショウジョウバエの変異体を使い、この培養株における観察結果を支持している 。ショウジョウバエJNK相同のバスケット(Bsk)と半翅目因子(factor hemipterous)(Hep)を含む情報伝達経路が、2つの上皮性シートが胚の背側中央線で 融合するために必要である。良く知られたBsk/Hep経路の成分のように、c-Src相同 のDSrc42は、胚がうまく閉鎖するように細胞形態が変化するためには不可欠である 。このように、SrcとJNKの生理学的関連が確立された。(Ej,hE)

自己免疫性糖尿病のコントロール(Control of Autoimmune Diabetes)

膵臓のβ細胞の破壊が自己免疫性糖尿病に関与しているが、この破壊の特異的な原 因はよくわかっていない。Yoon たち(Reports, 14 May, p. 1183) はマウスを使っ た実験で、グルタミン酸脱炭酸酵素(GAD)発現のβ細胞による抑制が、自己免疫性糖 尿病の発生を防いでいるように見えることを示した。彼らの結論は、GADの変調は治 療に有用であろうと言うことであった。このこととは別に Atkinson たち、および 、Tianと Kaufman はこれに対し、実験に含まれる他の要因がマウスの糖尿病の抑圧 に関与していることはないか、と疑問を呈している。Yoon たちは、彼らの実験、解 析、制御について更に詳細データを示し、しかしまた、Atkinson たち、および 、Tianと Kaufmanのコメントにも同意して、「GADが糖尿病において相対的にどの程 度重要であるかについてもっと注意を払わねばならない」ことを認めている。この 全文は、以下を参照 。(Ej,hE)
www.sciencemag.org/cgi/content/full/287/5451/191a
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