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- 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約
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Science January 7, 2000, Vol.287
ボース−アインシュタイン凝縮物質中のソリトン(Solitons in Bose-Einstein Condensates)
ボース−アインシュタイン凝縮物質を構成する原子は、すべて同じ量子状態を占有 する。換言すれば、一つの波動関数で巨視的な原子全体を記述することができる 。Denschlag たち (p.97) は、ナトリウム原子からなる凝縮物質の量子波動関数を 、細工し、操作できることを実証している。彼らは、パターニングされたレーザ ービームを用いて、その凝縮物質のある領域に、特別の位相パターンを型押し、あ るいは、印刻している。光学ソリトンは非線型媒体を広がることなく伝播するが 、この光学ソリトンと類似して、彼らは、その印刻された改変領域は、残りの凝縮 物質の部分の中をその印刻された位相パターンを維持しながら伝播することができ ることを示している。(Wt)
眼と知覚をつなぐ(Connecting the Eye)
我々は、網膜から伸びる軸策が脳内の特定の視蓋を探索し、少なくとも部分的には 十分現実に近似した世界を見ており、結果的に視覚的世界を知覚世界へマッピング している。KoshibaやTakeuchiたちは(p. 134)、Tbx5遺伝子が、ニワトリの眼の中の 背側-腹側の極性を生じさせ、網膜軸策のターゲティング接続を決定することを示し ている。Tbx5はこのプロセスに関係があると、以前いわれていた他の遺伝子の制御 因子と考えられる。(Na)
ダイアモンド成長を視る(Watching Diamond Grow)
ダイアモンドを合成するには、ダイアモンドや非ダイアモンド基板上に化学的気相 分解法によって、比較的低温、低圧下でつくることが出来る。しかしながら、その 成長過程、特にヘテロエピタキシャル成長に関してその詳しい事はよく知られてい ない。Leeたち(P.104)は、高分解能電子顕微鏡を用いて、ダイアモンド微粒子と下 地のシリコン基板間の界面を画像化した。微粒子と基板間の理想的なエピタキシャ ル配向がシリコン基板上で段階的に観測された。ダイアモンドの核成長サイトの同 定により、ヘテロエピタキシャルダイアモンド薄膜を成長させる方法を考える上で 有用となるであろう。(KU,Tk)
軽い宇宙(A Light Universe)
宇宙の非相対論的粒子の密度(Wというパラメータで特徴付けられる)は、ハッブル 定数(宇宙の膨張速度)と銀河間の相対距離によって見積もることができる。不幸に して、これらのパラメータは十分に限定されておらず、また容易に決定することも できない。Juszkiewicz たち (p.109) は、一定の宇宙の体積あたりの質量分布に関 する仮定を必要としないで銀河間の相対速度を決定する方法を開発した。銀河間の 相対速度からWを導くことができる。そして、この方法をテストするため、Mark III探査により数千の銀河について集められたデータからWを評価した。彼らは 、Wはおよそ1/3であることを見出した。この値は、標準コールドマターモデル (Einstein-deSitter モデル)から求められる1という値と比較すると、かなり低い ものである。この方法は、他の観測を含めることにより、他の方法と独立して宇宙 の密度の精度をあげることに用いうる。そして、最終的にはWに依存する宇宙論的 パラメータをより確かなものにすることに用いうるであろう。(Wt)
超新星の残骸は、より大きく、よりゆっくりと成長(Growing Bigger and Slower)
超新星のSN1993Jは1993年、M81銀河の近くに発見されたが、これは恒星爆発 (stellarexplosion)の性質と、周囲の媒介物質との相互作用を研究するために、広 範に観察されてきた。Bartel たち(p. 112)は、爆発から遠ざかりつつある衝撃を受 けた物質のシェル(殻;shell)の拡張しつつある20枚の電波望遠鏡画像を得た。爆 発の約2ヶ月後、シェルは太陽系の半径の13倍の半径を持つ均一な"bull's-eye(ウ シの眼)"となったが、約5年後には、更に20倍の大きさの複雑なシェルとなって広 がった。2つのホットスポットが馬の蹄鉄が回転しているような形となり、これが 東から南へと移動している。さらに、拡張しているシェルは過去4年間、速度を減 速している。これらの観察結果から、超新星は等方性膨張から断熱膨張へと変化し ていることが伺える。(Ej,Nk)
若さの泉、衛星カロン(Charon, a Fountain of Youth)
小さな衛星シャロンは、その軌道が冥王星にあまりに近かったため、1978年になる まで発見されず、最近になってようやく、地球上からの観測によって、その表面の スペクトルを冥王星のものと分離できるようになった。BrownとCalvinは、Keck望遠 鏡を用いて赤外波長におけるシャロンのスペクトルを分離し、衛星表面上にある水 でできた結晶性の氷を同定し、またアンモニア氷がありうることを確認した(p.107; またYoungによる展望記事参照のこと)。これらのどちらの氷も冥王星では確認され ていないが、著者たちは、冥王星は大きいので、水を含む表面を覆い隠せるほどの 窒素を豊富に含む大気や霜を保持できるのではないか、と示唆している。水ででき た結晶性の氷の存在は、シャロンの表面が、日射によってアモルファス化されてい ない若い(新しい)ものであることを示唆するものである[註]。アンモニアの存 在は、氷の融解温度を低める働きがあり、それらが流動することを許すことになっ ている可能性がある。(KF,NK)
[註]:太陽に近い宇宙空間では、日射によって氷はアモルファス化するのが一般 的である。
Smadの解明に夢中(Smads About You)
Smadタンパク質は、トランスフォーミング成長因子-β(TGF-β)情報伝達経路におい てキーとなる役割を果たしているが、構造的な研究によって、Smadファミリの関連 するそれぞれのメンバが、いかにして異なった情報伝達上の効果を誘発しているか を明らかにすることができる。受容体によって調節されるSmad(R-Smads)は、それぞ れ特定の情報伝達経路に関与しており、特定のTGF-β受容体の活性化は、特定の R-Smadのリン酸化を仲介する。リン酸化されたR-Smadはコメディエータ Smad(co-Smads)とヘテロ二量体化し、その複合体が核内に移動して、そこで標的遺 伝子を活性化するのである。Smad2は、ヒトの腫瘍のサプレッサーとして働く R-Smadであるが、タンパク質SARA(Smad anchor for receptor activation:受容体 活性化のためのSmadアンカー)によって、そのTGF-β受容体に補充される。SARAは 、R-Smadのうち、Smad1や Smad5とは、それらがSmad2と配列が80%同一であるにもか かわらず、相互作用しない。Wuたちは、受容体の認識に関与するSmad2のMH2領域と 、SARAとSmad2が相互作用する特異性の分子的基盤を明らかにするSARAのSmad結合領 域の構造とを決定した(p. 92)。 R-Smadとco-Smadの構造を比較すると、R-Smadがいかにして受容体に認識されるかに ついての洞察が得られる。(KF)
触媒か基質か(Catalyst or Substrate?)
ヘム複合体は、鉄を含むタンパク質の中ではもっともありふれたものかもしれない が、カルボキシル基が架橋されたものは、鉄を貯えるためだけでなく、呼吸や生命 体の酸化においても重要な役割を果たしている。Hwangたちは、酵素中に見られるも のと分光学的に類似している、フェリチンの過酸化diferric中間体を研究した (p.122)。X線吸収とMoesbauer研究によって、フェリチンでは、過酸化diferric複合 体における鉄-鉄間の距離は、通常期待される3ないし4オングストロームに比べて異 常に短く、2.53オングストロームであることがわかった。この短い距離におかげで 、生命体の酸化よりも、過酸化水素の遊離やバイオミネラルの形成が促されること になっているにちがいない。(KF)
マラリアにおける性の比率(Sex Ratios in Malaria)
マラリア寄生虫においては、単一の単相体細胞からメス、オス双方のクローンが産 生できる。メスに対するオスの比率は、病気の理解と制御のために重要である。と いうのも、マラリアの伝染は、本質的に寄生虫同士の性的結合に依存しており、ま た致死的な感染においてはオスがより多く形成されているからである。Paulたちは 、それぞれの性の頻度は宿主の血液学的状態に影響を受けるということを発見した (p. 128)。赤血球新生を引き起こす処置を行なうと、雄性寄生虫が増えるようにな り、生殖の成功率は減少する。この知見は、抗マラリア剤であるクロロキンが赤血 球新生を抑制している点を鑑みるとき、マラリアのコントロールおよび治療におけ る新たな考察に新しい道を開くものである。(KF)
タンパク質を引き出す(Pulling Out Proteins)
ゲノム配列の解析によって、膨大な数の推定遺伝子(putative gene)の配列が得られ るが、その多くの機能は知られていない。Walhoutたち(p.116,Kimによる展望記事参 照)は、線虫(C.elegans)の産卵口の発生(vulval development)の期間に相互作用す るタンパク質を調べるため、最近大規模な酵母のツーハイブリッド法 (two-hybridanalysis)を用いることの実行可能性について報告している。彼らは 、産卵口の発生に決定的な29のタンパク質を「ワナ」として選び出し、そして C.elegansの遺伝子を全て走査した。彼らは、ワナ・タンパク質と相互作用する 992のタンパク質を見つけた。さらに、ワナ・タンパク質の1つであるLIN-37と腫瘍 抑制遺伝子の転写複合体であるLIN-35の線虫相同体との間の重要な相互作用の性質 を調べた。(TO)
DNA複製とニューロンの発達(DNA Replication and Neuronal Development)
トポイソメラーゼはDNA鎖に切れ目を入れて互いを通過させる働きをしており、これ はDNAが正常に複製するためには不可欠であるが、欠陥を有するトポイソメラーゼ II-β (IIβ)を持つ細胞はそれでも正常に増殖する。Yangたち(p. 131)はIIβに変 異を有するマウスは神経系に非常に特異な欠陥を有すること−−運動性ニューロン が発達し分化するが、正常な標的に到着するための軸索を伸ばすことには失敗する ことを明らかにした。これらの結果から、非分裂性細胞はDNA修復における欠陥に対 して特別な感受性を示すこと、あるいは、代わりに転写プログラムを保持するため に、IIβの特別な機能を持っていることを示唆している。運動性軸索び成長に欠陥 を有するIIβ変異マウスにおいて、呼吸機能障害を有する子供が産まれ、誕生後す ぐに死亡した。(Ej,hE)
タンパク質の機能を混合して照合する(Mix-and-Match Protein Function?)
電位依存型 H+チャネルは、体内の様々なタイプの細胞に見られるものである。しか し、これらのチャネルはこれまでクローニングの企てから回避されてきた。Banfiた ち(p.138)は、NADPの還元型を酸化する酵素(NADPHオキシダーゼ)と相同なタンパク 質をコードする遺伝子を同定したと報告している。タンパク質チャネルは、この遺 伝子から派生したメッセンジャーRNAの選択的スプライシングから生成されて、この ことは遺伝子産物は、推定酵素(putative enzyme)からイオンチャネルへ変換されて いることを示唆している。(TO)
食欲を減らす(Loss of Appetite)
レプチンは食物の摂取を抑制し新陳代謝を刺激することで体重の減少を促進する脂 肪細胞から生成されるホルモンである。視床下部はレプチンの神経解剖学的なタ ーゲットであり、レプチンの作用のいくつかの分子媒介物が同定されている。しか し、レプチンの食物摂取に対する効果の根底にある神経行動学的機構については明 確でなかった。ラットモデルによる頭蓋内自己刺激の実験を通してFultonたちは(p. 125)、レプチンが脳の報酬回路を変調し食物の食欲値を減退させ、エネルギー消費 を増大する別の未だ同定されていない行動値を増加することを示している。これら レプチンの相対する効果は、そのエネルギーバランスに対する役割の解明を助ける だろう。(Na)
平衡の回復(Recovering Equilibrium)
統計力学は、平衡(equilibrium)あるいは平衡近傍での系を 理解する上での強力 な方法である。平衡とかけ離れた状態を統計的に取り扱う理論の一つ、カオス的結 合格子モデルは平衡に似た特性を示すことをEgolf (p. 101)は示している。この系 におけるカオス的振る舞いを見るために使われる尺度は、巨視的特性が観察される ようになるために必要とされる平均化プロセスに使われている尺度よりは、かなり 小さい。このようにして、かなり粗い尺度で観察される散逸性カオス的系では、ギ ブス分布とエルゴード性、さらに詳細釣り合い(の原理)を回復することができる 。(hk)
Gタンパク質が成長を命令する(G protein Orders Growth)
ヘテロ三量体グアニンヌクレオチド-結合タンパク質(G タンパク質)は、細胞表面で Gタンパク質と共役する受容体を活性化させ、多様な生物的効果を調節する。Gタン パク質のサブユニットはエフェクターと相互作用し、このような応答性を獲得させ る。Gαサブユニットの1メンバーであるGα
o
は、活性型 (Gα
o
*
)に定常的に留まるように変異するときには 、NIH3T3細胞の形質転換を起こす。Ramたち(p. 142)は、Gα
o
のこの効 果を仲介するためのシグナル・トランスデューサ経路を調べた。彼らはStat3(信号 変換器と、転写3の活性化因子)がGα
o
*
を発現している細 胞中で活性化されていること、そして、Gα
o
*
の成長促進作 用に必要と思われることを見つけた。Statは、サイトカイン受容体(これはGタンパ ク質とは結合しない)に応答してチロシンのリン酸化が生じ、これによって活性化 される転写因子である。この場合、Gα
o
はチロシンキナーゼc-Srcを刺 激し、これが次にStat3を活性化させ、結果的に異常な細胞増殖に寄与している 。(Ej,hE)
非-分子性二酸化炭素(CO
2
)の固体(Non-Molecular Carbon Dioxide (CO
2
) Solids)
Iotaたち(Reports, 5 Mar.,p.1510)は、CO
2
の新しい石英類似の相を高 圧下で合成した事を報告した。このことは高圧下で非-分子性(高分子的な)の CO
2
相が出来た事を示唆している。Serraたち(Reports,30Apr.,p.788)は 、その後分子動力学的計算法を用いてこの結果を支持している。Dongたちは別の分 子動力学的計算法に基づいて、その高圧相は石英的ではなく石英の高温型クリスト バライト類似の相であり、かつ、この構造は実験データと、より良く一致する事を コメントしている。YooとCavazzoniたちはこれに応えて、エネルギー的な類似性に より、鱗珪石(tridymite)に類似の相を含めて別の構造の可能性もあり、そして考慮 すべきであるという事を示している。このようなコメントの全文は
www.sciencemag.org/cgi/content/full/287/5450/11a
を参照。(KU,Tk)
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