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- 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約
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Science December 3, 1999, Vol.286
不連続なプルーム(Discontinuous Plumes)
ハワイやアイスランドなどいくつかの火山地帯はホットスポットプルームを 伴っている。しかし、そのホットスポットの深度、すなわちこれらのプルー ムを生成する熱源については議論の的だった。2つのレポートが、マントル 内の速度変動の画像を生成することの出来る地震波トモグラフィを用いプル ームの構造を解明する方法について示している。Goesたちは(p. 1928)、中 央ヨーロッパの下に位置する下部マントルの高熱物質が、上部マントルの小 規模プルームに分岐すると思われる上昇流を解明した。Ritsemaたちは (p. 1925)、アイスランドの下に位置する上部マントルの上昇流が下部マン トルへ達していないことを解明した。彼らは東アフリカの下に位置する下部 マントルの傾斜した上昇流が東アフリカリフト(大地溝帯)に関与している上 部マントルのプルーム類似構造と接続していない証拠を発見した。Ritterは 展望の中でこれらの不連続なプルームが上部マントルの構造と地殻の火山活 動とリフティングに関連している可能性について議論している。(Na)
薄氷の上でスケート(Skating on Thinning Ice)
海氷は気候の変化に敏感な指標である。もし全世界的に気候が温暖化すれば、 南極海の永久海氷の全体量は低下する。人工衛星の測定や海面の観測は、少 なくとも北半球の海氷が広がる面積は50年間減りつづけていることを示して いる。北極海の氷の変化について新たな観測と分析が、2つ報告された (Kerrによるニュース記事参照)。 Johannessenたち(P.1937)は、北極海の永久アイスパック (perennial ice pac)を測定し、多年性氷の面積の減少は海氷の面積の減少 の2倍以上であることを見つけた。この氷の範囲の変化は、ほぼ時期が一致 する氷の厚さの減少も伴っている。北極の熱と真水のバランスは、大きく変 化しつつあるようだ。Vinnikovたち(p.1934)は、海氷の広がる面積の減少 を調べてきた。彼等は、5つの別々のデータ集合と2つの独立した気候モデル を結合して、これらの海氷の縮小は、自然な気象変動が原因であるといえる かどうかを調べた。彼等のモデルの結果は、この変化が自然な気候変動で引 き起こされたというこの20年間での可能性は2%以下であることを示す。そ して、減少は次の世紀も続くであろうということを示唆している。彼等は、 北半球で観測された海氷の減少は、おそらく人為的に引き起こされた全世界 的な温暖化の結果であると結論した。(TO)
B細胞と粘膜の免疫(B Cells and Mucosal Immunity)
小腸の長さに沿って発生する免疫系はパイエル板という有機的なリンパ組織 からなっている。このようなパイエル板の内部には細菌をリンパ組織(細菌が 免疫応答を引き起こしたり、或いは感染の足掛かりを得たりする)に送り込む M細胞がある。Golovkinaたち(p. 1965)は、Bリンパ球の欠如したマウスに はM細胞が欠乏していること、そしてB細胞にさらすことによってM細胞が再 び回復することを報告している。B細胞のないマウスのマウス乳房腫瘍ウィ ルス感染への抵抗力は,B細胞の直接的な欠乏というよりむしろM細胞の欠乏 によることが見い出された。このように、B細胞は単に免疫応答に関与して いるだけでなく,粘膜免疫における器官形成にも関係している。(KU)
量子ドットの成長(Quantum Dots Grow Up)
表面上に自己集積作用のよって量子ドットすなわちナノメートルサイズの結 晶を作るひとつの方法は、機械的な歪(strain)に依る方法である。いくつか の単原子層の厚さの薄膜と下地の基板との間に十分な結晶学的な不整がある ときは、その不整の結果、再配置することによって歪を開放することができ る。この再配置が量子ドットを造る。ゲルマニウム-シリコンのドットに対 しては、小さな体積のピラミッドと大きな体積のドームが形成される。しか し、これら二つのサイズ分布の原因はこれまで不明であった。Ross たち (p.1931) は、低エネルギー電子顕微鏡による方法を用いて、実時間でその ドットの進化を観察した。ドットは四角形の底面のピラミッドとして始まる が、一連の準安定の遷移状態を通過して、多数のファセットを有するドーム 形状のドットに成熟する。(Wt)
インフルエンザの注射はもう打った?(Did You Get That Flu Shot?)
ある年のインフルエンザワクチンの値打ちは,どの系統のインフルエンザが実 際そのシーズンに優先的に流行するかをいかに正確に決められるかに関係し ている。Bushたち(p. 1921;Hillisによる展望も参照)は、近年のインフルエ ンザ系統の分子進化を解析し、そしてどの系統が次のインフルエンザシーズ ンに出現するかをより正確に予測する一つの方法をあみ出した。変化に対し てポジティブな選択をするコドンの同定を含んだ彼らのプロセスは、過去8 年間のインフルエンザの系統をうまく予測している。(KU)
何処に落ち着くかはクラス次第 (A Class Difference in Where You Dock)
適応免疫応答は、主要組織適合複合体 (MHC)分子と結合したペプチドがT細 胞と結合するときに刺激される。ペプチド-MHCクラスIリガンドと複合体を 形成しているT細胞受容体(TCR)の構造は今まで解析されてきた。Reinherz たち(p. 1913)は16-残基ペプチド抗原とマウスのMHCクラスII分子 (pMHC-II)の複合体と結合するTCRの構造を解明した。著者たちは、MHCク ラスI分子がTCRとドッキングする場合は、かなり斜めの角度でドッキング するのに比べ、TCRとpMHC-IIのドッキング角度はほぼ直角の角度でドッキ ングすることを提唱している。このドッキング角度の違いが、pMHC-Iと pMHC-IIが、それぞれCD8とCD4共受容体(co-receptor)と優先的にドッキ ングする理由であるとしている。展望記事においてWilsonは、pMHC-IIと pMHC-Iの構造の相違点を解析し、この研究の寄与の重要さを指摘しながら、 TCR-MHC認識を構造から知り尽くすためには、 TCR-pMHCの構造について もっと知る必要があると述べている。(Ej,hE)
グループとして動く(Going with the Group)
脳内の単一ニューロンからの信号を記録していると、自律的な動きが見られ る。これは、ランダムな単純な”雑音”なのか、あるいは、ある種の意味あ る信号を表しているか?Tsodyks たち(p. 1943)は、単一ニューロンの信号 記録を、これを取り囲む広い皮質領域の実時間光学像と結びつけ、細胞の発 火は皮質領域における全体的な動きのパターンに依存していることを見つけ た。神経細胞は、実際にはランダムに発火しているのではなく、むしろより 大きな領域の皮質部の動きに関与し、機能の構造に合致しているように思え る。(Hk)
骨惜しみしないのはStatinのおかげ(Boning Up on Statins)
世界中でおよそ1億人近くの人が、骨の損失によって弱体化していく病気で ある骨粗鬆症のリスクを負っているが、この数は人口の高齢化によって上昇 していくと見込まれている。Mundyたちは、血清コレステロールのレベルが 低い人たちに普通に処方される薬剤のグループであるstatinが、試験管内で、 またげっ歯類モデルにおいて、骨形成を刺激することを示している (p. 1946; また、Vogelによるニュース記事参照のこと)。この効果は、骨細 胞で産生される成長因子である骨形成タンパク質-2の発現の増加と結びつい ている。こうした結果は、用量と組織分布特性とを最適化することで、 statinが骨粗鬆症の予防と治療に有益な効果をもつ可能性があることを提起 している。(KF)
ものが多すぎなのに、効果が少なすぎる(Too Many Doing Too Little)
家族性血球貪食性リンパ組織球増殖症(FHL)は、遺伝的障害であり、免疫系 を調節不全にし、リンパ球とマクロファージと炎症性サイトカインの過剰を 導く。2つの遺伝的座位が同定され、この疾病と関連づけられた。Steppた ち(p 1957)は、10q21-22関連の患者において、標的細胞を殺すために、 細胞障害性リンパ球から遊離するタンパク質であるパーフォリンをコードす る遺伝子を欠損の遺伝子として同定した。この結果は、抗原提示細胞あるい はキラーT細胞自体の除去によって、免疫応答を遮断する機構として、パー フォリンの生物学的役割に関する洞察を与えるものである。(An)
B細胞の発生のブロッキング(Blocking Development of B Cells)
遺伝的免疫不全の原因のすべてが究明されたわけではない。末梢においてB 細胞が欠乏する場合というのは、B細胞の活性化と発生にBtkタンパク質キ ナーゼが決定的であるため、Btkタンパク質キナーゼの情報伝達経路が原因 だと考えられる。Minegishiたち(p 1954)は、正常なBtkをもっているのに B細胞が欠乏する患者について原因を究明した。この場合の原因となった変 異は、BLNKアダプタタンパク質であったが、このタンパク質は多様なキナ ーゼとリパーゼとアダプタに結合することによって、B細胞の抗原受容体か らの情報伝達と協調する。Pappuたち(p1949)は、BLNK欠乏のマウスを生 成し、このマウスは、B細胞の成熟と抗体産生を効果的に防ぐように、プロ B期からプレB期までの未成熟なB細胞の発生の遮断という同様な欠損をもっ ていることを報告している。(An)
ポックス侵入経路(Pox Entry Pathways)
ケモカイン受容体がウイルス性受容体として働く能力は、ヒト免疫不全症ウ イルス(HIV)の場合によく知られている。Lalaniたちはこのたび、ウサギの ポックス・ウイルスであるmyxomaという、これとはまったく異なった病原 性ウイルスに対する受容体を特定した(p. 1968)。彼らは、3T3細胞をCCR1 やCCR5、CXCR4などの多くあるケモカイン受容体の1つでトランスフェク ションすると、このウイルスに許容的となりうることを示している。感染は、 ケモカインあるいは特異的抗体を用いた処置により遮断することができた。 著者たちは、ポックス・ウイルスの存在がヒト集団におけるCCR5の対立遺 伝子からの選択を可能にし、これがHIVへの抵抗性をもたらすことにつなが るのではないか、と推測している。(KF)
完新世のCO
2
記録との矛盾 (Reconciling Holocene CO
2
Records)
Wagnerたちは(p. 1971の6月18日のレポート)、オランダの泥炭地で発見 された葉の化石の気孔を測定し退氷期と完新世初期を通しての大気中の CO
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レベルを推測している。彼らはCO
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レベル の変化が小規模な気候振動を伴うこと、又、完新世の初期には CO
2
レベルが高かった(300ppmv以上)、と結論づけた。2つ のコメントが、特に2つめの解釈について、批評している。Birksたちは、 別の葉の化石のデータや採掘アイスコアデータではCO
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レベ ルがおよそ260から280 ppmvで一貫していることから、Wagnerたちの 行った較正方法について質問している。Indermuhたちは、更に南極の Taylorドームで採掘アイスコアで測定された大気中のCO
2
レベルとの矛盾について議論している。Wagnerたちは、別の葉の化石の 気孔のデータは時間的な分解能が低く、緯度の違いによるバイアスがか かっている可能性があるとコメントし、又南極の採掘アイスコア記録とは 矛盾していることについては同意するとこたえている。これらのコメント の全文は
www.sciencemag.org/cgi/content/full/286/5446/1815a
で読むことが出来る。 (Na)
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