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- 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約
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Science November 19, 1999, Vol.286
成層圏での波の破壊(Breaking Up)
大気の低層部には、山岳の地形の影響による重力による大気の波が 存在することが知られている。この波は成層圏にまで伝播するが、 この波が壊れることで生じる抗力によって様々な気象への影響が生 じる。海洋のように、我々の大気にも大規模な波が存在する。山脈 を超す空気の流れにより生じる対流圏内の大気の波については何年 間も研究がされてきたが、成層圏において類似の構造を観察するこ とはより困難だった。EckermannとPreusseは(p. 1534)、スペー スシャトルアトランティスからの赤外発光測定を用いてアンデス上 空15Kmから30Kmの高さの成層圏に存在する山岳波を確認した。 これらの波は30Kmの高さを超えた高度で壊れること推測された。 これらの結果は、気候予報と大気混合モデルの改善に用いられるだ ろう。(Na)
外殻の静止した前線(Stationary Fronts in the Outer Core)
核の対流は地球磁場の原因と見なされている。高速に回転している 半球の核を使った対流実験から類推すると、液体状態の地球外核の 対流は、熱的に不均質なマントルからの熱の影響を受けているらし い。Sumita と Olson (p. 1547)による実験によると、境界面での 不均一な加熱が核の東方向の流れを作り、これが十分大きくなると 明瞭な前線(front)を伴う大規模な渦巻きに発達する。この前線は、 暖かい領域と冷たい領域を分離し、さらに、外核とマントルの境界 から内核の境界に向けた細いジェット流を形成する。このような前 線が外核に存在することが、地球磁場の100年周期変動が、太平洋 静常帯(Pacific quiet zone)を形成していること、および、固体内 核の経度方向への不均質構造の説明になるのかも知れない。(Ej,hE)
CO
2
のゲルによる小さな気泡 (Small Foam Cell with CO
2
Gels)
低密度で、かつ小さなサイズの気泡を作るのは困難であった。Shiた ち(p.1540)は、液体のCO
2
に高い親和性を持つ一群の 界面活性剤を開発した。この活性剤は粘度を極端に増大し、そして数 重量パーセントの添加でもゲルを形成する。CO
2
をガス 抜きするとマイクロメートル以下の孔の低密度の気泡が形成された。 「発泡剤」としてCO
2
の利用は環境にあまり良くない化 合物に代わる物となるであろう 。(KU)
ピンポイントの特性(Pinpoint Performance)
量子井戸共鳴トンネルダイオードは、ある特定の電圧下で導電性が大 きく増加する。Chenたち(p.1550)は、電気活性分子のモノレィア− で分離された2つの金電極で作られた接合が低温で非常に大きな電流 ピークを持つことを示している。例えば1つのデバイスは60Kで電流 値のピークと谷の比は1000を超える。モノレィアー中において特性 を劣化させる欠陥やピンホールは分子を直径数十ナノメートルの領域 に閉じ桙゜ることにより最小限に押さえられた。(KU)
フィードバックによって追跡が可能 (Keeping Track Through Feedback)
中枢神経系の情報は末梢から新皮質へと流れていると見なされている が、皮質から視床への大規模なフィードバックも存在する。Murphyた ち(p. 1552)は、視覚系において、この皮質-視床の連携が特別の役割 を果たしている証拠を見つけた。彼らは背側外側膝状核で終結する、 皮質膝状核のフィードバック軸索が非常に密集したシナプス前終末 (bouton:腫)領域をマッピングした。この最大密度領域はほとんど常 に伸長しており、軸の伸長は親細胞の視覚的性向に依存しているようだ。 これらの結果は、視覚系が時空間において対象物を追跡する能力を改善 するためにこのようなフィードバックを利用するという空間時間的処理 モデルに整合する。(Ej,hE)
ウォーミングアップ(Warming Up)
5550万年前に起こった大規模で急速な温暖化は、暁(ぎょう)新世の最 後の温度極大であり、過去一億年の地質学的記録の中に含まれる最も劇 的なエピソードの1つである。1万年から2万年の間に、深海では6.6° Cの温度上昇があり、海洋は、軽い同位体の炭素が大量に溶け込み、海 底の有孔虫は大量死滅した。多くの研究者は、こうした出来事は海底の クラスレートから途方もないメタンが放出されたことが原因であると考 える。Katzたち(p.1531;Kerrによるニュース記事参照)は、亜熱帯の大 西洋北西部の堆積コアから、相補層位学的 (complementary stratigraphic)、同位体的そして有孔虫の大量の記 録を示した。それは、この出来事を詳細に記録しており、メタン仮説を 強力に支持する証拠を与える。こうしたは、暁(ぎょう)新世の末期近く に海底の多くの他の地点において確かに生じた出来事について、特有な 例を提示している。(TO)
干ばつを判読する(Deciphering a Drought)
1950年代の中頃から続いている、西部アフリカのサハル(Sahel)地域の 干ばつは、海面温度の変動、土地利用の変化、もしくはこの両方の効果 の組み合わせによって引き起こされているのかもしれない。Zengたち (p.1537)は、大気‐土地‐植生が相互作用するモデルを用いて、植生の 分布と大気による水とエネルギーの供給との動的な相互作用を調べた。 こうした結果、数十年の乾燥傾向は、海洋からの影響(oceanicforcing) が元になってはいるが、植生の相互作用は、10年単位の乾燥傾向の振幅 を拡大しているかもしれないことを示している。(TO)
水素分別作用における圧力効果 (Pressure Effects in Hydrogen Fractionation)
安定な同位体に基づく地球化学の基本的仮定の一つは、同位体分別作用 は圧力に依存しないことであった。しかし、最近、理論計算によると、 この仮定が地球マントルにおいて一般的に見出される圧力と温度の水素 に対しては成立しない可能性のあることを示唆している。Horita たち (p.1545) は、380°C、15 〜 800 MPa 間の、含水無機物であるブル ース石(水滑石) Mg(OH)
2
と純水との間の水素の同位体分 留を定量化する実験的結果を与えている。これらのデータは、水の存在 下で形成される高温高圧の地質物質の水素の同位体組成に関する一群の 疑問の解決に寄与する可能性がある。(Wt)
嚢胞性線維症における細菌の適応 (Bacterial Adaptation in Cystic Fibrosis)
嚢胞性線維症患者の主要な死因は、彼らが空気感染によって取得する緑 膿菌による大量の慢性感染によっている。Ernstたち(p. 1561)は、この 細菌が特異的構造のリポ多糖を合成することによって、患者の肺の特異 な環境に適応することを発見した。この脂質Aの修飾が炎症反応の増加と 抗菌性薬剤に対する抵抗性に関連している。(Ej,hE)
一息呼吸する毎に(Every Breath You Take)
呼吸リズムは脳幹の神経細胞で作られている。呼吸リズム生成とその周 期の調整を司る神経細胞とその機構を解明する努力の過程で、Grayたち (p. 1566)は、preBotzinger複合体と呼ばれる腹外側髄質中の領域の役 割を解析した。それによると、ニューロキニン-1陽性ニューロンが解剖 学的にpreBotzinger複合体を定義しており、オピオイド受容体を共発現 しているこれらニューロンの亜集団が呼吸数のリズム生成と調整をして いる。(Ej,hE)
修復の達人(Expert at Repairs)
高レベルの紫外線と電離放射線照射は、生物にとって致死的な広範囲にわ たるDNAのダメージと染色体の破損を起こし得る。Whiteたち(p 1571) は、最も照射耐性菌として知られているDeinococcus radioduransのゲ ノム配列を解明した。配列分析によると、多数の因子が照射耐性に関与す ることを示唆しているが、その因子は、多数のDNA修復遺伝子(その多く が重複している)と、二本鎖DNA破損の相同的組換えを可能にする倍数性 と、細胞から損傷したヌクレオチドを運び出すシステムの存在である。照 射に対する細菌の自然抵抗性は、照射や毒素に汚染された場所のバイオレ メディエーション(微生物による環境浄化)に有用になるかもしれない。 (An)
アデノウイルスの付着(Adenovirus Attachments)
アデノウイルスは、動物と人間に多様な疾病を起こすが、遺伝子治療のベ クターとしても利用されている。ウイルスのキャプシドに付着している線 維から伸展する球状領域によって、アデノウイルスは宿主細胞の受容体 (コクサッキーとアデノウイルスの受容体CAR)に結合する。2つの報告は、 受容体とウイルスとの相互作用に焦点をあてている。Bewleyたち (p 1579)は、アデノウイルス小頭部とCARの複合体を結晶化し、受容体 が小頭部の単量体間の界面、特にアデノウイルスにおいて高度に保存され ている領域、で相互作用することを判定した。受容体とウイルス小頭部の 間の形のミスマッチがあった領域も、高親和性の相互作用に関与した。受 容体結合領域の同定は、Roelvinkたち(p 1568)の変異分析でも確認され たが、著者は、アデノウイルスを新たな受容体へ向け直すこともできた。 (An)
対侵略連合(Allied Against Invasions)
外来性で侵略的な種の導入は生物多様性が減退する主だった原因の一つで あるが、どのような理由で、生態系が侵略の影響を受けやすくしているの だろうか。Stachowiczたちは(p. 1577)、この問題に対し、岩礁地帯の 潮間生態コミュニティにおける種の数を操作し、それに引き続き起こった 導入種による侵略について観察・研究した。種多様性の増加は侵略に対す る抵抗性を高めることがわかった。この結果は、種多様性の減少と侵略は 負のフィードバックサイクルによりお互いを強める可能性があり、それに より世界の絶滅の危機に瀕している生物相の死滅速度を速めているようだ。 (Na)
接触点を制御する(Controlling Points of Contact)
溶媒や温度のような環境条件の変化に応答して、膨潤したり収縮したりす る高分子ゲルは、疎水性効果のような非特異的相互作用により小さな分子 と結合することができる。Oya たち (p.1543) は、温度に応答して膨潤す る高分子ゲルは、多数の電荷をもつ小さな陰イオンを可逆的に吸収するこ とができることを示している。膨潤した状態では、結合親和力は高分子中 のカチオン単量体の濃度とともに線形に変化するのみであったが、収縮し た状態では、結合親和力は陰イオン上の電荷数に対応してべき乗則に従っ ていた。収縮状態における親和力は、その大きさは数オーダーにわたり変 化しうるが、たんぱく質の結合サイトを連想させる多点に接触した結合サ イトの集合体に起因するように見える。(Wt)
脳の機能画像形成法の基礎(The Basis of Brain Imaging)
脳のニューロン活性の分布を観察する手法として、脳機能画像化手法は最 近もてはやされてきたが、通常血流、または、ヘモグロビンの酸素負荷レ ベルのパラメータを表す計測信号と、根底にある神経細胞の消極(分極消 去)の詳細な空間的時間的関係について論議が続いており、この手法の適 用に幾分かげりが見られている。Vanzettaと Grinvald (p. 1555)は、こ の不確定性を解消するために、体外から入れた、血管酸素用のプローブを 用い、プローブのリン光測定による酸素濃度変化の迅速な検出を精力的に 行った。その結果、彼らは、初期の局所的血管性酸素消費の後に全体的な 血流の増加が続いて生じるという、画像による以前の発見を再確認し、こ のことから、初期の事象に神経を集中させることによって、ニューロン活 性の時間的空間的に最適な反映が得られるであろう。(Ej,hE)
疼痛をもとから断つ(Treating Pain at the Source)
慢性疼痛は、いまだによく分かっておらず、また最近の薬理学によるある いは外科的な介入によっても扱うのがきわめて難しいことで知られる重大 な症状である。Nicholsたちは、脊髄の後角中のサブスタンスP受容体を 発現するニューロンを選択的に破壊できると報告している(p. 1558)。多 くの炎症性及び神経障害性の疼痛モデルで、この処置を受けたラットは、 疼痛刺激に対する過感受性や、通常の痛みのない刺激に対する疼痛反応、 また傷が治った後にも残る疼痛反応を、はっきりと減少させた。この処置 は、痛覚過敏に抗する新しい原理を構成するもので、侵害受容器によって ひきおこされる慢性疼痛のある種の形態の予防と治療における大きな進歩 をもたらす可能性がある。(KF)
平滑筋の調子を維持する(Maintaining Smooth Muscle Tone)
血管を裏打ちしている筋肉などの平滑筋の収縮は、ミオシン軽鎖のリン酸 化によって調節されている。ミオシン軽鎖リン酸化酵素によるリン酸化 (とその結果による収縮の増加)は、ミオシン軽鎖脱リン酸化酵素(PP1M)が 触媒となって生じる脱リン酸(とその結果生じる弛緩)によって対抗される。 血圧を調節するある種の薬剤は、この調節システムを変調することで作用 している。血管拡張薬である一酸化窒素は、細胞内でのサイクリックグア ノシン一リン酸(cGMP)の産生の増加を引き起こし、それが次にcGMP依存 のタンパク質リン酸化酵素(cGKI*)を活性化する。Surksたちは、cGKI* が、PP1Mのミオシン結合サブユニット(MBS)との直接の相互作用を介し て、収縮性器官にある多酵素複合体の一部として局在化するという証拠を 提示している(p. 1583)。この会合は、cGMP依存のPP1M活性化とミオシ ン軽鎖の脱リン酸化とにとって必要とされる。このcGKI*酵素は、PP1M 及び、PP1Mとは逆の抑制性の作用を有する別のタンパク質リン酸化酵素 であるRho会合リン酸化酵素の、どちらの触媒性サブユニットも含んでい るMBSと結合する調節性要素からなるクラスタに新たに一つの要素を付け 加えるものである。(KF)
かくも込み入った原核生物の系統 (How Tangled Are Prokaryote Phylogenies?)
Doolittleは、広範な側方遺伝子転移(LGT:lateral gene transfer)によっ て課された、とくに細菌や古細菌における有意味な系統樹の構成に関する、 非常に難しいとおぼしい問題を吟味した(レビュー記事、6月25日号 p. 2124)。3つのコメントが、系統樹とLGTの広まりの全容の再構成のため のそれ以外のアプローチについて議論している。Huynenたちは、より高次 のアプローチ、具体的には総遺伝子含有量が有効であり、考慮されるべきだ と論じている。StillerとHallは、LGTは最近の系統樹が示唆しているほど 広まっていたのかどうかは不明である、と注意を呼びかけている。Guptaと Soltysは、古細菌と細菌の間の二者択一関係を推測する代わりに、LGTの推 定普及率を用いることができるという代案を提案している。Doolittleは、 これらに応えて、「LGTが重要である証拠は、ゲノム内の非同質性にあるの ではなく、今手に入るゲノムの集団の遺伝子内容が多様であるということで ある...新しい原核生物のゲノムはどれも、配列がわかっているそれともっと も近い親戚がもっていないのに他では見出される遺伝子を、何百とは言わな いまでも何十も含んでいるようだ...」と記している。これらコメントの全文は、
www.sciencemag.org/cgi/content/full/286/5444/1443a
で見ることができる。(KF)
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