AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science August 13, 1999, Vol.285


個体数変化の周期を明確にする (Clarifying Population Cycles)

2つの報告が、有名な動物個体数周期の原因について述べている (Rantaたちによる展望記事も参照)。Turchinたち(p. 1068)は 理論と実験を見事に組み合わせ、定期的に大発生して合衆国南部 とメキシコの松の森林に大被害をもたらす南方松食い甲虫 (southern pine beetle: Dendroctonus frontalis)について、 これを補食する生物を想定した。30年にわたる甲虫発生の継続 的データから仮説式を立て、ルイジアナのタエダマツ (loblolly pine)林で排除カゴ(exclusion cage)を利用して5-年 間の反復実験でテストした。一方、カナダオオヤマネコ (Canada lynx)の個体数変化の記録は1880年代始めに遡る。 Stensethたち(p. 1071)は、新たな統計的手法を用いて、カナダ オオヤマネコの個体数の動力学に3つの構造的類別が見られるこ と、そして、この構造がカナダを東西に横切る地域気候区分けと 大まかに一致しているが、南北方向の生態学的区分けとは異なる ことを明らかにした。この結果は、北大西洋振動 (North Atlantic Oscillation)がこれらの地域的パターンに影響 を及ぼしていることを示唆している。(Ej,hE)

ループの中で(In the Loop)

量子コンピュータは、今までのコンピュータができないような超 並列で複雑な計算を実行できる可能性を持っている。現在のとこ ろ量子コンピュータを構成する素子--qubitと称している--の理 論的開発に勢力が注がれている。Mooijたち(p. 1036)は、いく つかのジョセフソンジャンクションを持つ超伝導ループを利用し た固体qubitの設計を紹介した。他の固体素子による実装案と違っ て、この方法は磁気の制御で作動するため外部ノイズに頑健であ るだけでなく、長時間のコヒーレンス性を保つ(コヒーレンス時 間は演算可能時間を決定する)。(Ej,hE)

ナノスケールの有機物の球とチューブ (Nanoscale Organic Spheres and Tubes)

分子同士が相互作用をすると大きな集塊物になることがあるが、 しかし、このような塊を制御するにはいくつかの合い競合する効 果をうまく調整する必要がある。両親媒性, 多面体形状のp-スル ホナトカリックス[4]アレーン(p-sulfonatocalix[4]arene)の組 立られたブロックは、以前、逆平行状に2層構築されたことがあ るが、今回はOrrたち((p. 1049; 表紙の写真も参照)によって平 行に整列構築された。また、ピリジン窒素酸化物とランタニドイ オンを添加することで、球状やらせん状チューブ構造も作ること ができた。添加するピリジン窒素酸化物の相対量によって、アセ ンブルされる表面曲率が変わり、球状になるか伸びたチューブに なるかが制御された。(Ej,hE)

鉄電池は進歩する(Iron Batteries Forge Ahead)

携帯用の電子機器やフラッシュ光の電源としてのアルカリ電池には,アノードに亜鉛, カソードに二酸化マンガン(MnO2)を用いている。そのエネルギー容 量はカソードで左右される。Lichtたち(p.1039;hellemansによるニュース解説参照) は、Fe(IV)からFe(VI)という珍しい鉄の酸化状態の組み合わせによってエネルギー容 量が50%増加する事を示している。この容量増加は二電子組み合わせの代わりに三電 子の組み合わせを利用している事による。カソードに用いられた鉄酸塩 (FeO42-)は既知の材料であり、不安定な材料とみな されている;著者たちは、鉄酸塩の分解を促進するニッケルやコバルトのような金属 不純物を除くと不安定さがなくなる事を示している。この電池は重要なる再充電特性 を持ち、そして"AAA"タイプの電池が作られた。(KU)

色々なあたため方(Different Ways of Taking the Heat)

遷移金属表面上で一酸化炭素(CO)をCO2にする接 触酸化のような単純な表面反応でも、分子を活性化する表面の 役割ははっきりしていない。平坦なルテニウムの金属表面上に COとOを共吸着させ、その後真空中で加熱すると、COは脱離し 反応は起こらない。にもかかわらず、Bonnたち(p.1042)は フェムト秒の赤外レーザーパルスを用いて表面を急激に加熱す ると、CO2が形成される事を見い出した。この最 終生成物の脱離は熱エネルギー(フォノン,表面の振動)によって もたらされるが、高温になった表面はまた、電子を発生させて フォノンによるCO脱離が起こる前に酸化反応を開始させる。 (KU,Nk)

深海深く静かに流れる海水(Still Waters Running Deep)

海中のマンガン地殻は過去の大陸の風化の位置や速度、海洋循 環や気候の変化など過去の海洋化学に関する価値ある地球化学 的な記録を提供する。短期間しか残留しない(年代測定のため の)トレーサーは局所的なプロセスや流量に充分に混じりあわ ず、それらを反映しない。Leeたちは(p. 1052)、太平洋の大 きく離れた2ヶ所に位置するマンガン地殻の海洋ハフニウム同 位元素記録を提示している。ハフニウムは一般的に用いられる 鉛やネオジウムなどよりも長い残留期間を持つトレーサーであ る。このデータによると、特に2000万年前以降、太平洋の海 底の海水は、より大きく大西洋から隔離され始めた。恐らくオ ーストラリアが南極から、より離れ始めたことが理由であろう。 (Na,Nk)

揺らぎで分離する(Separations Through Fluctuations)

熱的ゆらぎ、又はブラウン運動は通常粒子や分子の動きをラン ダム化するが、時間に依存する非対称性の力を付加すると拡散 プロセスを偏らせることが出来、分子の輸送やひいては分離を 引き起こす。Van OudenaardenとBoxerは(p. 1046)、実験的 に、電場を印可することにより帯電した脂質が非対称バリアを 通り越す幾何学的ブラウン運動ラチェットを実現した。このバ リアを通りぬける拡散の速度が異なることから一つ、又は二つ のマイナスに荷電されたヘッドグループを持つリン脂質がの帯 電方向と直行する方向に分離が行われる。バリアが無い場合に は分離は行われない。この方法は、本来存在している膜から分 子を抽出することなしに、膜に閉じこめたまま分子の分離を可 能とする。(Na)

より早かった真核生物の登場 (Earlier Emergence of Eukaryotes)

化石となるのは骨や歯だけではなく、柔らかな組織がうまく保 存されている場合もあるが、それだけに限られるわけでもない。 生物体は、化石記録として残された特徴的な生体分子を通じて、 それら自身を示すサインを残すことがある。Brocksたちは、 もっとも古い分子化石の発見について報告している(p. 1033; またKnollによる展望記事参照のこと)。北西オーストラリアに おける27億年前の体積物中に保存されていた炭化水素 (2α-methylhopanes)は、従来認められていたより5億年も前 に真核生物(ラン藻類)が存在していたことを示すバイオ指標 (biomarker)である。彼らはまた、大気が酸化状態になるより 6億年前にラン藻類が酸素光合成していた証拠を見い出した。 こうした知見によって、初期の生命の進化についての根本的な 見直しと、真核生物の分子時計の再較正が必要となってきた。 (KF)

繊毛に関する知られていなかったことがら (The Missing Piece for the Pilus)

腸内や尿管内にある病原性の大腸菌のもっている重要な構造の 一つは、それらのもつ繊毛である。繊毛の構造について洞察を 与えてくれる構造についての詳細な証拠を、二つの報告が与え てくれている(Eisenbergによる展望記事参照)。Choudhuryた ちは、FimH-FimC複合体の結晶構造を解き明かしたが、そこ では、FimHがI型繊毛の先端において粘着性の役割を果たし、 FimCが、それがどこにいつ付加されるかを調節するシャペロ ンの役割を果たしている(p. 1061)。Sauerたちは、 PapK-PapD複合体の構造を解き明かしたが、そこではシャペ ロンであるPapDがP型繊毛の棹体であるPapKの頂点にある 「接合」タンパク質に結び付くのである(p. 1058)。これら二 つの複合体は類似の構造を有しており、シャペロンが、構造タ ンパク質のために非定型の免疫グロブリン状の折畳み(fold)を 形成することを助けるための鎖を提供するのである。このプロ セスは、ドナー鎖相補性(donor strand complementation) と呼ばれる。このモデルは、こうした折り畳まれた構造タンパ ク質と、繊毛の軸を構成するものとが、ドナー鎖交換を介して の繊毛形成の際に一緒になって働く、つまり各サブ・ユニット が隣接する典型的な免疫グロブリン状の折畳みを完結させると いうことを提案するものである。(KF)

コカインと時計(Cocaine and Clocks)

概日性時計は、約24時間周期の時の経過を示す、タンパク質に 基づくフィードバック・ループによってできている。そうした 遺伝子、それぞれperiod、clock、cycle、timeless、 doubletimeと呼ばれるもののそれぞれを欠くように作られた ショウジョウバエをもちいて、Andreticたちは、コカイン感受 性を試験した(p. 1066)。その試験ではコカインに二度目に曝し たときにそれに対する応答が誇張される。timeless遺伝子を欠 く変異体ショウジョウバエ株以外ではコカイン感受性が見られ なかった。概日性時計遺伝子のサブセットの薬物への応答を示 すこの試験結果は、これらの遺伝子のうち少なくともいくつか が単なる脳の時計のため以外の役割を、またいろいろな場所で の役割を果たしているという、最近示唆されていることと呼応 している。(KF)

融合の触媒(Catalyzing Fusion)

小胞の細胞内輸送は、いくつかの別々の段階で調節されている。 輸送小胞は、最初に標的となる膜を認識しなければならない。 ひとたび適切な場所に納まると、二つの膜は融合し、中身が混 じり合う。この過程の最初の何段階かの特異性を保証するいく つかのタンパク質は同定されているが、最終的な膜融合イベン トの調整がどのように行なわれるかは、今まではっきりしてい なかった。Petersたちは、ある酵素、タンパク質脱リン酸酵素 1(PP1)が細胞内膜融合の触媒となっていると報告している (p.1084)。PP1はまた、カルシウム結合タンパク質であるカル モジュリンと結合していることが発見されている。このことか ら、二重層混合をもたらすには別の細胞機構が働いていると考 えられる。(KF)

どっちつかず (Betwixt and Between)

インテグリンは、細胞外基質と細胞内部細胞骨格を結合し、そ の間の相互通信を仲介する細胞表面状に存在する膜貫通タンパ ク質である。GiancottiとRuoslahti (p.1028)によって解説さ れているように、インテグリンは基質に細胞をつなぎ止める役 目だけでなく、細胞形状、細胞の動き、細胞成長、細胞の生存、 そして、細胞分化に影響を及ぼす細胞内信号を生成する。イン テグリンの情報伝達機構の分子レベルの詳細情報によると、他 の情報伝達経路とのクロストークが、複雑な細胞の行動を制御 しているのであろう。(Ej,hE)

非生物起源のメタンを追跡(Tracking Abiogenic Methane)

天然ガスのほとんどは有機化合物が微生物で消化されたり、有 機物質の熱分解によって形成される。最近無機(あるいは非生 物起源)のメカニズムによる地殻でのメタン生成が示唆されて いるが、この非生物起源性メタンを識別する判定基準はほとん どない。HoritaとBerndt (p. 1055)は、海洋地殻のような条 件下で生成される熱水性のニッケル-鉄合金が少しでもあれば メタンが急速に生成されることを示した。同位体成分13Cの割 合は微生物起源のメタンと同様に低く、また、CH4 /(C2H6 + C3 H8)の割合も生物起源と同様に高かった。非生物 起源のメタンは、一般に推測されているよりももっと広範に生 成しているのかも知れない。(Ej,hE)

翻訳の間違いを訂正する (Correcting Errors in Translation)

タンパク質合成に際し、tTNA分子に対応するアミノ酸を "装填 する(結合させる)"酵素はアミノアシル-tRNA合成酵素と呼ば れる。タンパク質組成のエラーを除くため、タンパク質合成機 構においてtRNAが正しいアミノ酸を持ってくることが極めて重 要となる。アミノ酸は、メチル基のような小さな側鎖の違いだ けによって区別されることがあるが、エラーを生じる割合は驚 くほど小さい。このことから効果的な編集機構が内蔵されてい ることが推測される。Silvianたち(p. 1074)は、tRNAIle及び Mupirocin (活性部位に特異的な阻害剤)と複合体を作っている isoleucyl-tRNAIleの結晶構造を調べた。合成と編集の活性部 位は34オングストローム離れており、深い2つの窪みの底に存 在している。この構造特徴から推測すると、合成部位と編集部 位の2つの活性部位間で、間違えた生成物をやりとりする結果 として編集機能ができているのではないであろうか。このメカ ニズムはある意味でDNAポリメラーゼで使われているものと類 似している。(Ej,hE)

インシュリン受容体を見る (Viewing the Insulin Receptor)

大きなタンパク質複合体の構造情報は滅多に得ることができな いが、それは完全な分子として結晶化することが難しい上にス ペクトル分析するには大きすぎることも一因であろう。Luoた ち(p. 1077)は、インシュリンに結合している全長のヘテロ四 量体のインシュリン受容体の四次構造を決定するという別の手 法を採用した。700の電子顕微鏡写真を撮影して3次元画像そ 生成した。次に、これを入手可能ないくつかの受容体サブドメ インの高解像構造に合致させた(フィッティング)。これらの 20オングストロームの解像度を持つ再生像を解析し、触媒作 用領域が自己リン酸化を受けやすいようなコンフォメーション を採るためには、受容体はインシュリン一分子に結合するだけ でいいことが分かった。受容体領域の位置関係から、以前の、 受容体活性化に関する生化学的研究を確認するに至った。この ような再構成による解析手法は、結晶化が困難な他の大きなタ ンパク質複合体の構造を決定するのに有用であろう。(Ej,hE)

RAG遺伝子の制御の秘密を剥がす (Unraveling the Regulation of RAG Genes)

免疫グロブリンとT細胞抗原受容体遺伝子フラグメントは、発 生中に組換えする。組換え酵素活性化遺伝子(RAG1 と RAG2) が移動性遺伝子因子として脊椎動物のゲノムとして入ってきた が、これは染色体上で密接に関係している。Yuたち(p. 1080) は、RAG遺伝子を含んだ大きな染色体(BAC、つまり細菌の人 工染色体の形態で)を持った遺伝子組換えマウスの沢山の系統 を開発した。興味の対象であるRAG遺伝子は、黄色や緑色の蛍 光性タンパク質で置換された。RAG1やRAG2遺伝子の発現は、 T細胞やB細胞中の異なった遺伝要素によって制御され、両方の 遺伝子ともRAG2遺伝子の遺伝要素5'によって制御された。 (Ej,hE)

(Mg,Fe)SiO3-ペロヴスカイトの安定性と 底部マントルの条件 ((Mg,Fe)SiO3-Perovskite Stability and Lower Mantle Conditions)

G. Serghiou たち(Reports, 26 June 1998, p. 2093)は、高 温高圧下での(Mg,Fe)SiO3-ペロヴスカイトについ て、「3つの異なる実験」によって調べた。彼らは、(彼らの 実験の圧力温度限界内で)ペロヴスカイトが単一の安定相とし て変化がなく、分解しないことを観察している。この結果は、 ペロヴスカイトが地球「底部マントルでの主要成分である」と いう考え方を支持している。L. S. Dubrovinskyたちはこれに コメントして、彼らの以前の研究と、もう1つの研究結果によ れば「ペロヴスカイトは底部マントルで安定ではなく、それぞ れの構成酸化物に分解する」。彼らは報告に使用した実験方法 の詳細について議論し、そこでの結果は「多分、多様な方法で 行った結果、実験条件や試料から得られた特性が異なったよう だ」。これに応答して、Serghiouたちは、「以前観察された 酸化物への分解は、[ネオジウム・イットリウムアルミニウム・ ガーネット]つまり、Nd-YAGレーザを利用したため温度勾配 (そして多分圧力勾配も)が大きかったことと、もっと大切な ことであるが、熱絶縁体と柔らかい圧力媒体を使わなかったこ とが原因ではないか」。これらのコメントの全文は以下を参照:
www.sciencemag.org/cgi/content/full/285/5430/983a (Ej,hE)
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