AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science June 18, 1999, Vol.284


血管のバランスをとりながら(Balancing Blood Vessels)

固形腫瘍が増殖するためには血液の供給が必要である。従来のモデル では、ほとんどの腫瘍は最初、無血管性の塊として成長するが、これ が約1ミリメートルの大きさに達すると新たに血管の成長を促す。 Holashたち(p.1994)によれば、少なくともある種の腫瘍については、 腫瘍が初期に血管形成をする出来事はもっと複雑であるようだ。げっ 歯類(C6 gliomas)に実験的に発生させた腫瘍は、はじめ、周囲の組 織から既存の血管を「合併吸収」しながら成長する。驚いたことに、 これらの合併吸収された血管は、次に退化して(その結果一過性の腫 瘍退行をすることになり)、新生血管に置き換えられて初めて腫瘍が 増殖できるようになる。抗-血管原性アンジオポエチン-2 (anti-angiogenic angiopoietin-2)と、プロ-血管原性血管内皮成 長因子(pro-angiogenic vascular endothelial growth factor)の 発現パターンからは、これらのタンパク質が、腫瘍を宿主の中でうま く確立させるか否かを決定する重要なバランスをとる役割を演じてい ることに関わっているようだ。(Ej,hE)

弾力を保つ(Maintaining Their Bounce)

少なくとも紀元前1600年以来、中央アメリカではゴムボールのゲー ムが行われていた。斧のような道具を結び付ける紐と同じく古代の 小さな像もゴムで作られた。中央アメリカのゴムの持っている卓越し た弾性に関しては歴史上も記録が残されており、ボールにはずみをも たらしたり他の加工品の形状を作りやすくしている。Hoslerたち (p. 1988; Stokstadによるニュース解説参照)は、メキシコのエスク イントラ(Escuintla)における労働者の作る近代的なゴム樹液処理方 法を研究し、そして近代的な方法による未処理、及び処理したゴム樹 液と古代のゴム(処理したゴム樹液)との力学的特性や化学的な特性を 比較した。粘つくゴム樹液をカスティリャ(Castilla)のゴムの木か ら抽出し、そこにアサガオの蔓(lpomoea alba)から得られたエキス を混ぜた。アサガオ(ヒルガオ科)の蔓のエキスを添加するとゴム樹 液は弾力を増し、加工しやすくなる。(KU,Nk)

浮動(floating)する電子を用いる量子コンピュータ (Floating Electrons for Quantum Computers)

量子コンピュータは、古典的なコンピュータでは解くことができない 高度に複雑な問題を解く可能性を提供してくれる。しかし、量子コン ピュータの開発は、その実装に適した物理的なシステムが欠けている せいで妨げられている。理想的には、システムは、非常に大量(10の 6乗以上)の、その状態が容易に操作可能な相互作用する粒子(すなわ ちqubit)で構成しなければならない。PlatzmanとDykmanは、超流 動状態の液体ヘリウム上で浮動(floating)する電子の2次元配列(1平 方センチメートルあたり10の8乗個以上)からなるシステムを提案し、 いかにして相互作用するqubitの操作や読み出しが可能になるかを論 じている(p. 1967)。その中で、彼らはミクロンオーダの薄膜状態に した液体ヘリウムの 1次元の水素のエネルギーレベル上に 真空中の 準2次元電子(1<N<10^9) を閉じ込める事により 強く相互作用して いる quantumbit(量子ビット)をたやすく操作する方法を提案して いる。個々の電子は、ヘリウム下部の 10^(-6) オーダのメタルパッ ドの側面に拘束されており、水素の基底レベルに情報が蓄えられて いる。電場がかかって、絶対温度が102ケルビンに達すると (ヘリウ ムの)波動関数が 10^(-9)sec のオーダで変化する事が可能である。 また、波動関数のコヒーレント時間は 10^(-4) sec である。波動関 数は逆向きの直流電圧によって呼び出されて、励起した電子を表面 から解放する(基底状態に落とす)。(KF,YS)

CO2を記録している古代の葉 (Old Leaves in the CO2 Record)

掘削アイスコアの記録によると、大気中CO2の濃度は巨大な氷河の退 潮期には急激に増加し、氷河期には減少していることを示している。 しかしながら、低緯度地域では比較できるような記録物を得ることが 困難であった。Wagnerたち(p. 1971)は、オランダの湿地に保存され ていたカバの木の葉の化石の気孔頻度の特徴に基づいて、完新世の始 めからの詳細なCO2の記録に関して報告している。そのデータによる と、完新世の始まった300年位後のPreboreal Oscillation (11,000年前)として知られている短期(150年)の寒冷現象の期間と よい一致を示しているが、そのCO2濃度は 270 - 280 parts per million by volume (ppmv)であり、それ以前初期完新世 の300 ppmv以上よりは一時的に低下しており、そして完新世初期の CO2濃度は”産業化以前”の値を越えていた可能性を示している。 (KU,Nk)

乱すなかれ(Do Not Disturb)

研究者たちは高緯度地帯において、大気中二酸化炭素(CO2)年平均濃 度が増加しているだけでなく、季節的なCO2濃度の変動も大きくなっ ていることを観察している。この傾向に対する説明を実証するのは困 難であった。Zimovたち(p.1973)は、北東シベリアのツンドラ森林 地帯の環境が激変した地域と安定している地域地での季節的な炭素交 換の変動を測定し、そして環境が安定した地域よりも環境が激変した 地域ではるかに高いCO2の変動を示す事を見出した。種の交替につな がるような火災とか放牧といった開拓の増加によって、観測されるよ うな季節的な変動の影響が説明される。(KU,Nk)

こんなことでちっとも痛くはない、、 (This Won't Hurt a Bit...)

痛い感覚を予想すると、これに伴って痛みを経験したり不安になった りすることは正常なことである。Ploghaus(p.1979)は、これらの感 情に関わっている脳の部位別機能を画像化するのに磁気気共鳴法を応 用した。彼らは、痛みを予期することと、痛み自体を感じることが異 なることを明瞭に分離した。脳の中の、前頭葉前部皮質内の島 (insula)と小脳のような別々の領域が、痛みを予測した場合は活性化 するが、一方これを、近いが異なった場所が実際の痛みの体験を仲介 している。これらの発見は、多くの臨床的疼痛症候群をよりよく理解 したり処置したりするのに役立つであろう。(Ej,hE)

騒々しいハエの飛行(The Buzz on Fly Flight)

ハエはどのように飛ぶのか。飛行中の定常状態では、航空力学と酵素 動力学の両面の理論的で、分析的なアプローチが受け入れられるが、 非定常状態での行動には秘密に満ちている。Dickinsonたちは (p. 1954、表紙とDudleyによる展望も参照)、ショウジョウバエの羽 の拡大モデルを作り、飛行中に発生する様々な力を分析した。彼らは、 羽のストロークの遷移点で揚力が発生することの原因が遅延失速 (delayed stall)であることを確認した。半ストローク毎の最後に羽の 方向が逆転する場所で、「マグヌス効果」と「ウエイクキャプチャ : 伴流をつかむ」という二つの回転メカニズムが相乗的に作用し、大き な揚力を発生させることを発見した。(Na)

無酸素のエネルギー反応(Anoxic Energy Pathways)

酸化的リン酸化は、ミトコンドリアの内膜を横切ってプロトンをポン ピングするため、逐次的電子伝達から得られたエネルギーを用いる: このプロトン勾配は、次にアデノシン三リン酸を合成するために用い られる。5つの必須の膜酵素複合体がこのプロセスに関与している。 これらのうち二つ(複合体IIIとIV)と三番目の大部分(複合体V)の結晶 構造は、近年、決定された。Iverson たち(p.1961; Hederstedt の 展望を参照のこと)は、フマル酸還元酵素の 3.3オングストローム構造 を提示している。この還元酵素は、一次構造においてもメカニズムに おいても、コハク酸脱水素酵素 (複合体II)と相同的であり、嫌気的呼 吸の最終の電子伝達段階を触媒する。フマル酸還元酵素の4つのサブ ユニットは、電子供与体であるメナキノンから基質を還元するフラビ ンの部分まで、ほとんど直線的に並んでいる6つのレドックス中心と 結合する。二つのキノンの結合部位は、細菌の光合成反応中心で見出 された部位に似ているが、しかし、チトクロム bc1 (複合体III)で見出 されたものに似た形態で、膜の反対側に位置している。(Wt)

肝臓を引渡す(Delivering Liver)

哺乳類において、肝臓は、隣の心臓中胚葉からの信号を受け付けた後、 前腸の内胚葉から分化する。Jungたち(p 1998)は、マウス胚から培養 した組織を用い、細胞が肝臓になる初期の特異化とその後の形態形成の 成長における線維芽細胞成長因子(FGFs)の役割を解明した。FGF1と FGF2が肝臓特異的遺伝子の発現を誘発できるが、FGF8(FGF1とFGF2 ではない)が肝臓芽の成長を促進することを発見した。心臓中胚葉から の情報伝達を遮断するために、修飾した不活性なFGF受容体が利用され た。このように、胚における隣の組織から普通は分泌される因子を添加 することによって、器官の前駆細胞を培養し、その分化を制御すること ができる。(An)

風船ガム変異体を引離す(Unsticking the bubblegum Mutant)

脳において、超長鎖脂肪酸(VLCFAs)の蓄積が副腎白質萎縮症(ALD)と いうヒトの神経変性障害を引き起こす。MinとBenzer (p. 1985; Barinagaによるニュース記事参照)は、新しいショウジョウ バエ変異体を記述している。この変異体の特徴は、VLFCAの過剰な蓄 積による光受容器軸索の劇的な拡大であるため、この変異体を風船ガム (bubblegum)と呼ぶ。風船ガムのショウジョウバエの食餌にグリセリル 三オレイン酸油(本来、ALD患者の薬であったロレンゾ油のひとつの成分) を加えると、VLCFAの量を減少したが、幼生時に加えると、VLCFAの蓄 積と神経変性を防いだ。ALDと風船ガムにおける変異体タンパク質は、 VLCFA酸化経路中の異なった段階に関与するが、風船ガムショウジョウ バエは、この難病に対する新薬をスクリーニングするための重要なツー ルになるかもしれない。(An)

炭水化物の合成を仕立てる (Tailoring Carbohydrate Synthesis)

複雑な炭水化物は、生物学的システムにおいて非常に多様な役割を果た す。植物の細胞壁の構造的な基盤にもなるし、血液グループの同一性を 決めるのにも役立っている。ある種の炭水化物、ヘミセルロース (hemicelluloses)は、セルロースのミクロフィブリルと絡みあって、 植物の細胞壁を形成する。末端の糖残基が何であるかがヘミセルロース の生化学的特性に影響を与え、それによって細胞壁の物理的特徴が決ま るのである。Perrinたちは、シロイヌナズナから、双子葉類の植物の 主要ヘミセルロースの末端にフコシル残基を付加する、キシログルカン ・フコシル基転移酵素をクローン化した(p. 1976)。この酵素が同定さ れたことで、植物における糖合成を指示する高度に特異的なその他の酵 素を分離することも可能となり、最終的には複雑な炭水化物構造の直接 操作への道が開かれる可能性がある。(KF)

自然災害に対処して(Dealing with Natural Disasters)

自然災害のコストは、全地球的には増加し続けており、国連は 1990年 代を国際自然災害低減の 10年と宣言した。この 10年は、大地震、火山 噴火、洪水を含め、いくつかの大きな災害に遭遇してきた。 The Board on Natural Disasters(自然災害対策委員会)(p.1943) は、過去 10年間のいくつかの主たる成果をレビューし、災害軽減に応 じた対応策の変更について強調している。そして、なお続くいくつかの 努力について焦点を当てている。[編集者 と Hamilton による論説も参 照のこと.](Wt)

ますます小さくなる磁性の輪 (Ever Decreasing Circles in Magnetism)

コンピュータ業界におけるメモリー密度をますます増加させる要求に応 えるために、磁性材料の進歩とメモリー・サイズの減少が必要である。 この分野でのキー技術の一つが、磁気バブル領域の形成である。これは、 磁性材料の表面にある磁気記録可能な小さな領域で、通常は外部磁場が 存在している条件のもとでのみ形成される。2層をなmanganite (MnO(OH))構造を用いて、Fukumuraたちは、磁気バブル領域が外部磁 場なしに自発的に形成されることを示した(p. 1969)。この結果は、今 までより小さな磁気記録媒体の設計への道を与えてくれる可能性がある。 (KF)

筋肉を曲げる(Flexing the Muscle)

神経栄養性因子は、シプナスの神経伝達物質の遊離を増強することが知 られている。Boulanger と Poo (p. 1982)は、これの根底にある細胞 内メカニズムについて新たな光を当てた。アフリカツメガエルの運動ニュ ーロンと筋肉細胞の共培地において、脳に由来する神経栄養性因子 (BDNF)はアデノシン3',5'-一リン酸(cAMP)によってゲート(出入り) を制御されている; cAMPはまた、神経伝達物質の放出に関して、低濃度 のBDNFの効果を増強している。これらの結果から、ニューロトロフィン と、広範囲の生物に見られるヘッブの学習則に関わっていると思われる cAMPのゲート制御の関連が与えられる。(Ej,hE)

死んだ細胞を区別する(Distinguishing Dead Cells)

細胞がアポトーシスによって死ぬとき、死骸は取り除かれなけれななら ない。このために、生物は、バクテリアのような侵入者を除去すること と同じメカニズムを用いているのだろうか?脊椎動物そしてショウジョ ウバエでは、それぞれ特殊化した細胞であるマクロファージあるいは血 球が残骸を呑み込む(食菌する)。Francたち(p. 1991)は、キイロショウ ジョウバエ属 のショウジョウバエ(Drosophila)がアポトーシス性細胞 を取り除くためにCroquemort受容体を用いていることを発見した。し かしバクテリアを除去するためには用いていない。アポトーシスを刺激 する条件の下でCroquemortの量は増大している。その結果、除去が必 要とされる残骸のタイプの違いを認識には、関連する刺激に応答性を有 する受容体システムを必要としている。(TO)

スプライソソームの発達についてのたん白質手掛かり (Protein Clues to Spliceosome History)

イントロンは、スプライソソームと呼ばれる複合体によってプリメッセ ンジャーRNAから除かれる。ヒトに見られる2つのスプライソソーム、 マイナースプラソオソームそしてメジャースプライソソームのRNA成分 は発見されていたが、そのたん白質の組成はこれまで知られていなかっ た。最近Willたち(p. 2003)は、幾つかのたん白質を、メジャーそして マイナースプライソソームの両方から見つけ、しかし一方が含んでいる 複数のたん白質を、他方が含んでいないことを示した。2つの複合体に 見られる類似性と相違性によって、機能や進化のメカニズムが示唆され る。(TO)

火星の風と気候(Wind and Climate on Mars)

M. P. Golombekは(1999年5月号、p. 1470の展望)、いくつかの火星 探査のデータは、火星の環境はかっては暖かく、水分のある環境だった こと、非常に異なった浸食速度だったこと、火星の景観の殆どは18億 年前から35億年の破局的な洪水で造られて以来ほんの少ししか変化して いないという説を支持していることを発見した。C. B. Leovyは、 「Golombekの、数10億年もの間、風の状況が一定である、という仮定 に基づいた浸食速度の見積もりは少なくとも10の5乗程度上方に修正す べきである」、又、「おそらく風による地表の変化の方がより重要であ り、流水による変化はGolombekが推測しているものより重要ではない」 とコメントしている。それに応えてBolombekは、「着陸地点の地表の 景観から定量的な浸食速度を導き出す過程に不確かさがあったこと」に ついて同意した、しかし、火星の風による激しい浸食は、「これら太古 の地表が浸食された速度の予測値と、観察された浸食景観にそぐわない」 という見解を保持した。これらのコメントの全文は、
www.sciencemag.org/cgi/content/full/284/5422/1891a で見ることが出来る。(Na,Nk,Tk)
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