AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science September 4, 1998, Vol.281


月を見る(Prospecting the Moon)

月は、アポロ宇宙船の飛行のおかげで、採取した場所がわかっている 岩石試料を我々が得ている地球以外の唯一の天体である。これらをも とにして、月の起源と進化の理解に到るには、月の表面組成と、内部 構造の推測のための月の重力および磁場の測定結果の全体的なマッピ ングが必要である。そのような全体的情報は、今や、1月以降、月の マッピングを行なっているルナー・プロスペクター (Lunar Prospector)によって与えられつつあり、それは、1475ペー ジのBinderによる概観に始まる一連の7つのレポートに示されている。

月は、45億年前、火星くらいの大きさの爆発流星(bolide)がプロト地 球(proto-Earth)に衝突し、物質を地球周囲の軌道上に放出したこと によって形成されたと考えられている。この物質が、その後再固着し て月になったのである。火山の活動は、20億年間活発に行われたが、 月が冷えていくにつれ衰えていった。今日では、月は不活性であり、 地球においてプレート・テクトニクスを引き起こしている対流のよう な内部のプロセスが存在していないからその表面は変化を受けない、 静止状態にある天体だと考えられている。その歴史を通じて、月は 小さいものから大きなものまでさまざまな、衝突によるクレーター を生み出す爆発流星による爆撃を受けてきた。大きな衝突のいくつ かは、非常に深い部分から物質を掘り出したのではなかろうか。

ルナー・プロスペクター(Lunar Prospector)は、3種類の(粒子)分 析計(spectrometer)、および磁場測定器、電子反射計、ドップラー 重力計を備えた、安価な衛星である。それは、月の極軌道を低高度 で周回しながら、全体的なマッピングをしている最中である。ドッ プラー重力実験装置は、月の内部構造の変化によって生じる宇宙船 の軌道の些細な変化を分析する。重力データの分析(Konoplivたち p.1476; また、Irionによるニュース記事参照のこと)によると、月 には鉄を豊富に含む小さな核が存在する。このように、巨大な衝突 によってこの核が形成されるほど豊富に、鉄が月に存在しているに 違いないからには、それは鉄が豊富な地球のマントルに、あるいは 地球の初期の核に由来するものであろう。磁場測定器と電子反射計 による測定結果(Linたちによる p. 1480)は、インブリウムベイス ン(雨の海の窪地)とセレニタティスベイスン(晴れの海の窪地)の丁 度裏側では、(従来の多くの仮説とは逆に)月の外殻の磁場が局所的 に割合と強くなっていることを示している。このように、ある種の 衝突は衝突場所の反対側に、外被の磁化を引き起こした可能性があ る。インブリウム衝突ベイスンの裏側での磁場は、太陽風を曲げて、 小さな磁気圏を作り出すくらいに強い。

γ線とα粒子、中性子の分析計は、月表面における宇宙線と太陽風 プラズマによって生み出される粒子の相互作用によって生じる粒子 流を用いて、月の外殻表面を作り上げている元素の全体的な分布を マップしている。それにより、γ線(Lawrenceたちによる p. 1484) と中性子(Feldmanたちによる p.1489)の分析計の分析に基づいて、 鉄、チタン、トリウムとカリウムの存在量の全体分布図が示されて いる。これらの全体分布図が示してくれるのは、主要な衝突による 窪地、たとえば南極のエイトケンとインブリウム、は化学的には、 月の高地(等高線の高い地域で、主に玄武岩の溶岩流によってでき ている)とは異なっている、ということである。クレメンタイン衛 星のスペクトル反射率データから推測される鉄とチタンの分布図は、 概して、ルナー・プロスペクターによるマップ(Elphicたちによる p. 1493)と一致している。最後に、中性子分析計から導かれた水素 量の解析によると、月の両極には水の氷が存在するらしい。これは クレメンタイン衛星のレーダー観測が月の南極にあるクレータから 水の氷によるらしい信号を受けたことと合致する。(KF, Nk)


単一ソース (A Single Source)

多原子ポスト遷移金属アニオンとアルカリ金属,或いはアルカリ土金属 カチオンからなるZintl化合物は化学において良く知られている。しかし、 単一成分物質の合成には一般に非常に高い温度と特殊なテクニックを 必要とする。Beswickたち(p.1500)は、単一の前駆体分子からZintl 化合物を低温の溶液反応で合成したことを報告している。その方法は温 和な条件下で化学量論的に高度な制御が可能である。他の異種金属相も、 又この合成の考え方によって得られるであろう。(KU)

異なるカルシウム源からの制御 (Regulation Through Different Calcium Stores)

転写因子CREB(cyclic AMP response element-binding protein)は、 遺伝子発現の制御にかかわっている。しかし、細胞外からの周囲信号と 細胞内の信号にたいするCREBと他の転写因子の応答性は明瞭では無い。 CREBはcyclic AMP の濃度増加に伴って活性化されることから命名され たが、又細胞内の Ca2+の濃度増加によっても活性化される。Chawlaた ち(p.1505)は、細胞質のCa2+の濃度増加によってCREBがリン酸化され、 転写活性補助因子タンパク質であるCREB-binding protein(CBP)に結合 することを報告している。しかしながら、CREB-CBP複合体の転写活性の 増大には、又細胞核内のCa2+の濃度増加が必要である。CBPのCOOH−末 端領域の転写活性は細胞核内のCa2+の濃度とCa2+/カルモジュリン−依 存性タンパク質リン酸化酵素IV(kinase IV)の活性に依存していた。その 結果は活補助因子の増加と転写活性化は明瞭な細胞仕切りにおいてCa2+ 濃度に依存する分離した事象であり、CBP自身は細胞核内のCa2+濃度変化 により制御されるものであろう。(KU)

癌への経路を収束する(Converging Pathways to Cancer)

腺腫様 多発結腸ポリープ(APC: adenomatous polyposis coli)の腫瘍 抑制遺伝子の突然変異は大多数の結腸直腸癌に見られる。APC情報伝達 経路により制御され、APCに欠損がある場合に腫瘍細胞に異常に発現す る、標的遺伝子を特定することに多大な関心が持たれていた。Heたちは (p.1509)、APCの下流の標的の一つがプロトオンコジーンであるMYCで あることを示した。このAPCとMYCの腫瘍遺伝子経路が収束しているこ とがしばしばMYCが遺伝子の再編成や増幅が存在しない場合に結腸直腸 癌で過度に発現する理由を説明しているようだ。(Pennisiのニュース解 説参照)(NA)

ゲノムで交代(Taking Turns at the Genome)

転写およびDNA複製には、いずれもゲノムへのアクセスが必要である。Weiたち (p 1502; Cookによる展望参考)は、光学蛍光顕微鏡によるイメージング技術を 用い、このアクセス問題がどのように解決されているかを示している。哺乳類 の細胞においては、活性名活転写部位と活性なDNA複製部位が別個の広い領域 に分けられており、細胞周期のS期中、この領域がゲノム中を通り抜けなけれ ばならない。少なくとも高次構造では、転写と複製が交代しているように見え る。(An)

保護に適したスケール(Conservation to Scale)

自然保護の判断の多くには、精密な空間スケールの情報、たとえば個体 群のサイズあるいは局所的な個体群の数が要求される。残念なことに、 手に入れられるデータの多くは、経線間地区図(range maps: 6 マイル 毎の経線で区画した区域)のような粗いスケールである。生物種の広い 分散情報の推定をより精密なスケールにすることができる手法は、とて も実用価値が高いものとなり、こうした手法をKunin (p. 1513)は記述 している。量の計測の範囲をスケール不変指標(scale-invariant index) に変換することにより、精密なスケールでの生物種の量を正確に見積も ることが可能になる。このことから自然保護管理者が優先度をより正確に 設定できるようになる。(TO)

環状ヌクレオチドの影響で (Under the Influence of Cyclic Nucleotides)

標的を探している発生中のニューロンは様々な合図をつかむ。この合図 には、可溶性情報伝達因子および膜固着因子を含みうるが、成長円錐の 応答は、各信号側に傾く事もあれば、あるいはその反対側に傾くことも ある。Songたち(p 1515; Caroniによる展望参考)は、試験管内研究で、 環状ヌクレオチドの添加によって、特定の信号に対する成長円錐の応答 を変調できることを示している。ニューロン内の環状ヌクレオチド量の 変化によって、特定の信号に対する成長円錐の応答を忌避性から誘引性 へ変調できる。(An)

原核生物の時計(Prokaryotic Clocks)

植物から人間までの真核生物の概日時計は近年多くの注目を受けている。 しかし、原核生物のあるクラス、ラン藻類もまた、彼等の代謝を昼夜の サイクルに合わせることが必要である。Ishiuraたち(p. 1519; Barinaga によるニュース記事を参照)は、あるラン藻の遺伝子集団について述べて いる。それは、遺伝子発現の回数と、この遺伝子のタンパク質産物による フィードバック抑制とそのサイクルによって概日性ループを確立し維持す る能力がある。彼等は、その遺伝子集団にサイクルを表す日本語に因んで kaiABCと名づけている。(TO)

個体数の変動パターンを計測する (Measuring Patterns in Population Fluctuations)

E. Rantaたち(1997,Nov.28,p.1621)は、「カナダの8つの地区における カナダオオヤマネコの長期間のデータ」について研究し、「個体数変動に 大規模な同期現象」が見られる事を見つけた。Rantaたちは、これらの観 察が「空間的に関連した個体数モデルの与える予測に合致し、最新の個体 数によるエコロジー理論を支持」していると結論づけている。これ対して B.Cookeは、Rantaたちが利用したシミュレーションモデルによる「その 時点時点での空間分布パターン」と、カナダオオヤマネコのデータの類似 性は表面的なもので、解析手法によって類似性が誇張されているようだと コメントしている。彼は、「同期性を見るために相互相関を使う場合は、 個体数データが定常である場合に意味のある測度である」が、「個体数の 周期が同調し、次に突然同調がはずれるような場合の同期性の計測には不 正確と思われる」と述べている。これに応じて、Rantaたちは、「非定常 性は勿論考慮しなければならないことである」が、カナダオオヤマネコの データもシミュレーション結果も定常条件を満たしていると述べている。 彼らはデータを再度解析し、定常状態を示す部分のデータは、シミュレー ション結果と一致すること、さらに、15年間の時間窓(time window) を設定して、線形の部分を除いたデータでも、細部は異なるが、時間に対 して個体数変動の同期性が残ることを示した。また、「15年以上の時間 窓を使っても、あるいは、1年以上の増加幅で時間窓を動かしても、結論 は変わらない」と述べている。このコメントの全文は、
http://www.sciencemag.org/cgi/content/full/281/5382/1415a参照。 (Ej,hE)
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