AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science August 28, 1998, Vol.281


走り去る氷河(Runaway Glaciation)

地球の歴史上もっとも広範な氷河期は氷河の範囲が周期的に 赤道近くまで広がっていたという証拠の残っている新原生代 (原生代後期;Neoproterozoic)、およそ7億5千万年から5億 年前に起こったようだ。Hoffmanたちは(p.1342、Kerrの ニュース解説も参照)、海氷が成長するにつれ、ますます太陽 光を反射し、地球を冷やす、という反射率変化のフィードバッ クの暴走がこの氷河期の原因の一つである可能性を示すデータ を提供した。広範な氷河堆積物を蔽う大きな炭酸塩の堆積岩を 含む、ナミビアの一連の岩から測定された一連の詳細な炭素同 位元素データは、海洋生物の生産性が破壊され、その後も何百 万年もの間低い水準を保っていたことを示唆している。その後、 火山による脱気(ガス噴出)により、地球を暖めるのに十分な CO2が供給され、海氷が融け、急速に炭酸塩岩が大陸棚に形成 され始めた。(Na,Og,Nk)

分子を半分に切る ('Chopping' Molecules in Half)

化学結合の単純な図式では、2原子分子が光解離するとき結合が 「切れてsnap)」二つの反跳原子が回転も無く(テニスの「スマッ シュ」で打たれたかのように)離れていく。しかしながら、分子が 異なる対称性を持つ二つの異なった励起状態をとりうるならば、こ のモデルは当てはまらない。分子の電子雲は、結合にそって振動し たり、結合に垂直に振動したりするのではなく、中間の角度---テ ニスでの「chop」ショットに相当する位置---で振動する。この場 合、結果としてのフラグメントは順回転か逆回転のいずれかで脱出 する。Rakitzisたち(p.1346)は、ICl(塩化ヨー素)の光解離に おいてこのような挙動を観測し、その挙動を励起状態間の量子力学 的干渉に起因するとしている。(KU)

正しい標的を見つける(Finding the Right Target)

グルタミン酸の遊離によって仲介されるシナプス伝達の異常は、精神 分裂に関連していると思われてきたが、イオンチャネルを通して作用 するグルタミン酸受容体を標的にしても治療には実用的な効果はない と思われてきた。その理由は、神経系全体を通じてこれら受容体が迅 速なシナプス伝達を仲介するからである。MoghaddamとAdams (p.1349;および、Wickelgrenによるニュースストーリ)は、これに対 して、Gタンパク質を通して作用する代謝調節型グルタミン酸受容体を 標的とした。これら受容体の特異的亜集団に作用するアゴニスト(作 用薬)は、正常なグルタミン酸シナプス伝達を邪魔する事なく、精神 分裂病のフェンシクリジン動物モデルにおいて、症状を回復方向へと 逆転した。(Ej,hE)

細胞死の部隊(Cell Death Squads)

Caenorhabditis elegansという線虫において、発生過程での細胞死 にはCED-4およびCED-3というタンパク質を必要つするが、CED-4が CED-3(タンパク分解性caspaseファミリのメンバー)を活性化する機 構と、またどのようにCED-9という抑制性タンパク質がこの活性化を 抑制するか、は解っていない。Yangたち(p 1355; Hengartnerによる 展望記事参照)は、オリゴマー化したCED-4だけがCED-3に結合し、 それがCED-3のタンパク質のクラスター化を強制し、CED-3の活性化 に必要であるらしいことを発見した。CED-9は、CED-4に結合するこ とによってCED-3の活性化を抑制したが、それによってCED-4の二重 体化をブロックし、CED-3をクラスター化したり活性化したりする CED-4の能力もブロックした。(An)

一つの対立遺伝子で充分(One Allele Is Enough)

遺伝子発現の制御は多数の機構によって生じうるが、ひとつの対立遺 伝子を完全に静止することによって生じうるのは非常に珍しいである。 BixとLocksley(p. 1352)は、T細胞クローンにおいて、インターロイ キン-4(IL-4)というサイトカインが単一対立遺伝子的に発現される証 拠を発見した。どの対立遺伝子が発現されるかの決定には、親世代での 刷り込みは無関係であるようであるが、対立遺伝子の選択はクローンの 後続の世代に伝えられている。今回の単対立遺伝子的に発現するサイト カインの報告は2回目であり(1回目はIL-2)、この現象とその生物学的な 影響の一般性に関する疑問が浮かび上がってきている。(An)

ペプチドの認識(Peptide Recognition)

タンパク質の可逆的な相互作用は、シグナル伝達や膜輸送のような多数の細胞 プロセスによく現れる特徴である。相互作用のモードは、様々なパートナーに おける短いペプチド配列を認識する構造領域によって制御されることが多い。 De Beerたち(p 1357)は、Eps15相同性(EH)領域の核磁気共鳴構造を報告し、 EH領域とAsn-Pro-Phe標的配列との相互作用の特徴を明らかにした。EH領域の タンデムな反復には、ペプチド結合部位が隣合うことが多く、それによって 多価相互作用を促進する。疎水性結合ポケットの真ん中にあるトリプトファン残基 が、 認識にとって重要なのである。(An)

NF-κBを制御する(Controlling NF-κB)

NF-κBは、免疫機能、成長コントロール、あるいは、細胞死といった 多様な生物学的プロセスの制御に関与する転写活性化因子である。 NF-κBの活性は抑制性タンパク質であるIκBαとIκBβによって チェックされるために留め置かれ、IκBのリン酸化と、それに続くIκB の分解によってこのような抑制が解かれる。Zandiたち(p.1360)は、 IκBキナーゼであるIKKαとIKKβによって直接リン酸化され、IKKタン パク質は、ホモ2量体としてか、あるいは、ヘテロ2量体としてかのい ずれかの形で機能する。彼らはまた、IκBタンパク質が、NF-κBに結合 しているときにはIKKのより良い基質となることも発見した。この性質は、 IKKが活性を示していても細胞中にIκBタンパク質が蓄積することが可能 であること、そして、その結果いかにNF-κB活性の密接な制御が維持さ れているかを説明する助けになるであろう。(Ej,hE)

目を動かす(Roll Your Eyes)

ヒトは目を左右上下に動かすことはできるが、時計回りに動かすことは どうか?Tweedたち(p.1363)は、本当にそんなことができること示し た。被験者たちは、速い動きのレーザーの光点を追いかけるよう要請さ れ、その際の目の動きが記録された。彼等は、網膜像を安定させるため に、頭部の相対的に遅い動きを補っている強い目のねじれ(torsional) 運動を示した。こうした目と頭部の動きの精巧な協調を制御するために、 神経系は高度に特殊化(分化)されている。それは、このような系を発 達させる何らかの進化の圧力の存在を示唆している。(TO)

伐採における問題は何か?(What's is the Logging Problem?)

熱帯の森林における樹木の種の多様性は、地球上でもっとも多様な生態 系の基礎となっている。優勢な樹木の種を商用の観点から選択的に伐採 していくことは、長期的に見てどのようなインパクトをもたらすことに なるのであろうか? Cannonたちによるケース・スタディによると、 驚くべきことに、広い範囲での商用の伐採が行われてから8年たった時 点で、開発された森林において、種の豊かさが高いレベルで保持されて いた、と結論付けられている(p. 1366; Chazdonによる展望記事参照の こと)。東南アジアにおけるこの研究が、すべての熱帯性の森林に一般 化して適用できるかどうかは不明だが、これは保護論者に対して、いさ さかなりとも勇気を与えてくれるものであろう。(KF)

グリーンランド南部の氷河の成長 (Growth of the Southern Greenland Ice Sheet)

C. H. Davisたちは、「衛星からの高度測定結果」を検討し、「(氷の)平 均の成長速度が小さ過ぎて、グリーンランド氷河が、極の気候が温かく なってきている(せいで)長期的な変化を蒙っているかどうか、決定する ことはできない」と結論を出していた(3月27日号の報告、p. 2086)。 H. J. Zwallyたちは、この報告の「主要な結論」には同意するが、しか しその報告で計算されていた平均値は、「2000メートル以上の地域の うち、70%しか計算に入れていない」とコメントしている。彼らは、 「Geosatの飛行の最初の18カ月」から得られた新しいデータを用いた 解析による結果を示している。この結果によると、氷の厚みの増し方は、 「Davisたちの結果より大きい」値が示されている。これに応えて、 Davisたちは、自分たちの最初の計算では、「氷河のおよそ30%がカバ ーされていなかった」ことを認めている。彼らはまた、新しいGeosat からの18カ月分のデータに同じく基づいた新しい結果を示している。 これらの結果は、前の報告で与えた「対応する推定値と一貫している (矛盾しない)」と彼らは述べている。これらのコメントの全文は、
http://www.sciencemag.org/cgi/content/full/281/5381/1251a で見ることができる。(KF)

成長を維持できるか?(Sustainable Growth?)

農作物に与える水など、生態系にとって必須の供給を維持しながら、 増大する世界の人口に食糧を与えていくことは、どのようにして可 能なのであろうか?政策フォーラムにおいて、Dailyたちは、人口を 維持していくための食糧生産と、環境の健全性との間の込み入った 関係についての問題を探り、これが地球全体としての統計学的な課題 であるだけでなく、地域レベルでも扱われなければならない課題であ る、と指摘した(p. 1291)。より長期的な見方が、Hammondの著書 (Folkeによる書評 p. 1293参照のこと)においても考察されているが、 そこでは、来世紀における、社会と環境、経済の要因の間の相互作用 についての3つのシナリオが展開されている。(KF)

海洋に聴き入る(Listening to the Ocean)

気候の変化に応答して海洋の温度と循環が変化するそのデータを正確 に測定することは、標本の抽出が制限されていたり、また変化するこ とが主な理由で、従来困難であった。ATOCコンソーシアムが、北太平 洋を横切る音の速度を測定することでそうしたデータを得た実験の結果 を示している(p. 1327)。衛星による海洋表面の高さの測定やモデリン グによる研究の結果との比較によって、過去数年の間、海洋の熱流に大 きな季節性の変動が生じていたことが示されている。(KF)

塩を金属となるまで押し込む(Squeezing Salts into Metals)

地球のコアの電磁気的な特性や巨大惑星の形成に関しての理解など、 惑星の関わることと、いかに圧力が物質の電気的特性を変化させるか ということとは、密接な関係がある。Eremets たち (p.1333) は、 ダイヤモンドアンビルセル中で、ある範囲の温度(50mK(ミリケルビ ン)から 300K(ケルビン))および圧力[およそ 45 GPaから 220 GPa] に渡って、アルカリハロゲン化物である CsI の抵抗を測定した。およ そ115 GPa において、CsIは金属に転換し、180 GPa,2 Kにおいて、 超伝導性を示唆する抵抗の降下があった。これらの測定は、広範な関 連物質の金属化と超伝導の理論モデルを改良するための実験的データ となるものである(Hemley の展望を参照のこと)。 (Wt,Og)

急激な伸び(Rapid Stretching)

可とう性ポリマー(DNA分子)が溶液中でせん断力を受ける場合に関 する従来の研究は、個々の分子ごとに大きく変化する、動力学と構造 の複雑な配列をあきらかにした。この不均一な応答は,初期の構造分布 が平衡からずれていたという調整条件のせいで生じたのではという疑 問が出された。SmithとChu(p.1335)は、静止状態から出発してDNA 分子にせん断変形を与え、ポリマーの緩和速度よりはるかに速く (55倍の速さまで)DNA分子を伸ばすことが出来た。彼らはこの系 の複合体の挙動を初期平衡状態における構造配列から異なる配列に変 化してきたものと考えることができるようになった。(KU)

氷河の内部(Inside a Glacier)

氷河は流れるにつれて内部においても変形する、しかし、流れと変形 とを3次元的にマッピングするには、氷河内部にマーカーを設定しな ければならない。Harperたちは(p.1340)、アラスカのワーシントン 氷河(Worthington Glacier)の一断面でで実験を行った。彼らは氷河 の28ヶ所を穿孔し穴の回りと表面の変形を6ヶ月間モニターした。 氷河の底面でのスライド運動は表面に比べて60から70%にも達する。 内部的は、氷は下方に、また氷河にそって側方に、動いていく。 (Na,Og)
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