Science August 30 2024, Vol.385

営巣の伝統(Nest traditions)

人間は周知のように、建築上の伝統を有している。特にグローバル化以前には、ある国の家は、類似した機能にもかかわらず他の国の家とは形が大きく異なっていることがあり、設計と建築における地元の文化的傾向を反映していた。人間は、文化を持ち、建築することが知られている唯一の動物ではない。Tello-Ramosたちは、マミジロスズメハタオリも自分たちの群れで作る巣の構造に文化的伝統を発揮することを示している。巣は、わずか数メートル離れて暮らす異なる群れの間で形や大きさが異なっており、遺伝的関連性や環境条件の類似性によってそうなったのではなく、世代を超えて受け継がれてきた群れ固有の好みを反映している。(Sk,kh)

【訳注】
  • マミジロスズメハタオリ:アフリカに生息するスズメ大の鳥で、一対だけの繁殖番(つがい)を含む2~14羽の群れで生活し、1~2本の木の周囲に、1~2個の繁殖用の巣と多数の1羽用のねぐらを作る。
Science p. 1004, 10.1126/science.adn2573

銅とパラジウムはEZ制御を与える (Copper and palladium offer EZ control)

炭素-炭素二重結合の両端における基の配置に関する適応可能な制御は、化学合成における課題である。E立体配置では、最大の基は対角線上反対側(trans)にあるが、Z立体配置では最大の基は同じ側(cis)にある。Liたちは、配位子の選択次第で、銅触媒とパラジウム触媒のペアーの比を変えて非天然アミノ酸においてEまたはZのいずれかに立体配置された二重結合を生成した。この反応は、また第4級α炭素立体中心で高度にエナンチオ選択的である。(KU,kj,kh)

Science p. 972, 10.1126/science.ado4936

呼気の捕捉と分析 (Capturing and analyzing exhaled breaths)

一部の医療現場における課題は、変化する医学的状況を診断し、タイムリーな介入を可能にする適切なデータの迅速な取得である。一般的な例の1つは、糖尿病患者の血糖値の評価とそれに続くインスリン投与であるが、それは近年、定期的なスナップショットから継続的なモニタリングに移行した。Hengたちは、自己冷却方策と自動化されたマイクロ流体技術を統合したスマート・フェイス・マスク、それに着用可能な呼気凝縮液検体採取と代謝物分析のためのバイオセンサーを開発した。著者たちは、パイロット・ヒト試験で健康な参加者と慢性閉塞性肺疾患、喘息、およびCOVID-19感染後の患者のデータ取得においてこのマスクの潜在的価値を示している。(KU,nk,kh)

【訳注】
  • パイロット試験:第Ⅱ相臨床試験(探索的臨床試験)で行われる試験の1つで、「適用用量」(1回にどれくらい投与すればよいか)及び「適正投与法」(1日に何回投与すれば良いか)を推定するために実施される臨床試験。
Science p. 954, 10.1126/science.adn6471

進む不毛化 (Aridity on the march)

乾燥地とは、大気水需要が降水量を大幅に上回る地域であるが、この乾燥地が地球の地表の半分近くを占めている。こうした地域は、温暖化する気候にどのように応答するのだろうか? Koppaたちは、乾燥地上空を流れる暖かく乾燥した空気が、風下の乾燥地の拡大を助長し、それらの地域の不毛化を引き起こす可能性があることを示している。彼らは、1981年から2018年にかけて乾燥地となった地域で観察された乾燥化の増加分の40%以上は、自己拡大によるものだったことを見出した。(Wt,kj,kh)

Science p. 967, 10.1126/science.adn6833

乾燥と絶滅 (Desiccation and extirpation)

500万年から600万年前の中新世後期ににおける地中海の大西洋からの分離は、地中海のほぼ完全な乾燥をもたらし、現在の死海に似た少数の超塩湖だけを残した。この危機とそこから受け継がれてきたものを追跡する、地質学的記録と現代の生物学的記録の両方からの膨大なデータがある。Agiadiたちは、絶滅率の評価や再増殖が始まった場所を含む、この出来事の包括的な分析を行い、この危機の前、中、後の生物多様性の正確な評価を可能にした。(Sk)

Science p. 986 10.1126/science.adp3703

凝集物を標的にする (Targeting aggregation)

タンパク質凝集体は、多くの神経変性疾患における神経細胞死の主要な原因である。しかしながら、同じタンパク質が非凝集型では重要な生理学的役割を果たしている。Bennたちは、単量体型に害を及ぼさずに細胞内のタンパク質凝集体を標的にする方策を開発した。著者たちは、TRIM21がクラスター化で活性化することを利用して、標的特異的なナノボディにTRIM21のRINGドメインを結合した分解剤を作り出した。彼らは原理証明として、体外および体内でタウ・タンパク質凝集体を標的にした。タウ・タンパク質遺伝子組込こみマウス・モデルにおいて、アデノ随伴ウイルスにより送達されたこの分解剤は、タウ・タンパク質による病変を低減させた。これはこの取り組みが、選択的かつ安全にタンパク質凝集体を取り除くのに有効であるかもしれないことを示唆するものである。(MY,nk,kh)

【訳注】
  • TRIM21:分解対象である標的タンパク質を識別する役割を持ち、対象タンパク質に分解用の標識を付加する酵素群の1つ。標的タンパク質への分解用標識の付加はTRIM21のN末端にあるRINGドメインが担っている。
  • ナノボディ:抗体から遺伝子工学的に改変することで得られた抗原を認識する最小のタンパク質断片。
Science p. 1009, 10.1126/science.adp5186

GMOの環境への影響 (Environmental effects of GMOs)

遺伝子組み換え生物 (GMO) は広く利用されているが、その環境への影響は十分に理解されていない。Noackたちは、GMO作物が環境に及ぼす影響に関する研究を評価した。作物に対する最も一般的な遺伝子組み換えは、除草剤や害虫に対する耐性を与えるもので、これにより、農薬の使用や耕作、輪作などの他の農業慣行に変化が生じる可能性がある。これらの変化は、人間の健康、炭素循環、生物多様性に下流となる影響を有している。作物の収穫量が増えると、追加の土地を農業のために転換する必要が減るかもしれないが、作物の価格が上昇すると、農業の拡大が促進される可能性がある。GMO作物の採用が森林破壊と生物多様性に及ぼす影響を評価するには、さらなる研究が必要である。(Uc,nk)

Science p. 949, 10.1126/science.ado9340

微小核の崩壊 (Micronuclear collapse)

染色体不安定性として知られる高頻度の染色体誤分離は、腫瘍のよくある特徴である。誤分離された染色体は異常な核構造である微小核中に封入されることがあるが、この構造は微小核膜が崩壊したときに複雑な染色体再配列が起きる騒ぎに油を注ぐ。今回、2つの研究者グループが微小核の崩壊とこの過程ががんに至る結果となることの機械論的洞察を提供する(Maddaluno および Settembreによる展望記事を参照)。Martinたちは、ミトコンドリア由来の活性酸素種(ROS)が自己貪食タンパク質p62を酸化して、その自己貪食活性を修復複合体の成分に向けて増強し、微小核の崩壊を促進することを報告している。p62濃度の上昇は、がん細胞および高染色体不安定性腫瘍中の染色体再配列の増加と関連し、このような腫瘍のための強力な予後マーカーとしてのp62を示唆する。Di Bonaたちは、ROSが通常は核膜の完全性を維持する役割をするCHMP7と呼ばれる膜修復タンパク質を妨害することを見出した。ROSはCHMP7を塊にして別のタンパク質LEMD2と結合させて、微小核の崩壊へと導く。この崩壊は遺伝子異常と炎症に寄与するものであり、酸化障害をがんの攻撃的行動につなげている。(hE,kj,kh)

【訳注】
  • 微小核:染色体の融合や動原体形成異常などによる染色体分配の失敗によって、細胞質基質に生じる小型の核様構造体。
Science p. 951, 10.1126/science.adj8691, Science p. 952, 10.1126/science.adj7446; see also p. 930, 10.1126/science.adr7417

モルヒネ鎮痛の神経基盤 (The neural substrate of morphine analgesia)

オピオイドがもたらす鎮痛に対して、延髄吻側腹内側部と呼ばれる脳幹部位が重要であることが何十年もの間知られてきたが、この現象の基礎をなす神経基盤は分かりにくいままであった。Fattたちは、マウスに対する遺伝学的研究を応用し、また遺伝子改変ウイルスで神経細胞の活動を操作することで、この脳部位にあって単一種類の興奮性神経細胞がモルヒネによる痛覚抑制をもたらすことを発見した(De PreterとHeinricherによる展望記事参照)。これらの神経細胞は脊椎に投射し、そこで単シナプス結合を介して、上行性疼痛伝達経路における疼痛シグナル伝達を開閉する、抑制性脊椎神経細胞の限定された型を活性化する。延髄吻側腹内側部の興奮性神経細胞あるいは脊椎の抑制性神経細胞のどちらかを抑制すると、全身投与されたモルヒネによる鎮痛効果の全てが消失することが分かった。(MY,kh)

【訳注】
  • 抑制性神経細胞:信号伝達する相手細胞の興奮伝播を抑える神経細胞。
Science p. 953, 10.1126/science.ado6593; see also p. 932, 10.1126/science.adr5900

アルヴェーン波が太陽風を加速する (Alfven waves accelerate the solar wind)

太陽はそのコロナから非常に変化しやすいプラズマの流れを放出し、太陽風を形成する。太陽系を横断して膨張するにつれて、太陽風は加速し、未知の機構によって超音速になる (Sorriso-ValvoとMalaraによる展望記事参照のこと)。Riveraたちは、太陽に近いParker Solar Probeと、その約2日後に金星軌道に近いSolar Orbiterという2つの探査機を通過した同じ断片を研究した。それぞれの場所でのプラズマ特性を比較したところ、プラズマが得た追加の運動エネルギーと熱エネルギーは、プラズマ振動の一形態であるアルヴェーン波が失ったエネルギーと一致する計算となった。この観測は、アルヴェーン波が太陽風の加速を駆動していることを示唆している。(Wt,nk,kh)

【訳注】
  • アルヴェーン波:磁気流体波の一種で、磁気流体中で磁場に沿って伝播する横波と縦波のこと
Science p. 962, 10.1126/science.adk6953; see also p. 929, 10.1126/science.adr5854

ミトコンドリア・タンパク質翻訳の保護 (Protecting mitochondrial protein translation)

細胞のストレス応答は、機能不全が発生したときに現状を維持するために存在する。タンパク質が小胞体(ER)内の腔内で誤って折り畳まれると、重要な応答の一つはタンパク質翻訳の全体的な抑制であるが、これはタンパク質キナーゼRNA様小胞体キナーゼ(PERK)によって仲介される。この反応は現に過負荷のERに有益だが、他の細胞小器官での重要な機能に必要なタンパク質についてはどうだろうか? Brarらは翻訳抑制が、ERストレス中細胞全体で、実際には普遍的ではないことを発見した。彼らは、ストレス中にミトコンドリア・タンパク質ATAD3AがPERKに結合してPERKの仲介機能を妨げ、重要なミトコンドリア・タンパク質群合成の抑制回避を逃れることを可能にすることを見出した。この機構は、ERがストレスを受けている間にミトコンドリアを保護するための「安全な避難所」を提供する。(Sh,KU,kj,kh)

Science p. 950, 10.1126/science.adp7114

一方向に進む粒界 (One-way grain boundary ride)

多結晶材料の粒径サイズは、材料特性を制限する微細構造の重要な一部である。これまでの仮説とは対照的に、Qiuらは粒界が無方向性の駆動力に応答して一方向に動けることをモデル化で示した。しかし、すべての粒界型がそうするわけではなく、ほとんど幾何学的に非対称な粒界だけだ。この観察は、いくつかの結晶粒粗大化挙動の理解を深めるのに役立つと共に、微細構造を設計し材料特性を向上させるもう一つの手段になるかもしれない。(NK,nk,kh)

Science p. 980, 10.1126/science.adp1516

フッ化物におけるフロー技術 (Flowing in fluoride)

幅広い種類のフルオロカーボン化合物は、毒性と環境への残留性のからみあいに対する増大する懸念を引き起こしている。それにもかかわらず、フッ素化置換基は医薬品において重要な役割を果たし続けている。それ故に、これらの置換基を最大限の効率で組み込み、残留フッ素化廃棄物を最小限に抑えることがますます重要になっている。Spennacchioたちは、クロロカーボン前駆体が単純なフッ化セシウム塩と急速に反応して、複雑な分子中にCF3-N、CF3-S、およびCF3-Oモチーフを生成するフロー技術を報告している。(KU,kh)

Science p. 991, 10.1126/science.adq2954

マーモセットは互いに名前を付ける (Marmosets give each other names)

自分の種の中の他の個体を声で標識付けし、他の個体からこれらの標識付けを学習する能力は、高水準の認知機能である。これまで、この行動は、ヒト、イルカ、および一部のオウムの種に存在することが知られていただけである。Orenたちは、機械学習手段と実時間再生実験を適用して、マーモセットのつがいたちの間で自然に発生する「フィー・コール」の対話を分析した。マーモセットは、これらの発声を用いて自分と同種の個体を標識付けした。彼らはまた、特に自分に向けられた呼びかけを、正しく認識しかつ応答した。同じ家族集団のサル同士では、他の個体を似た発声で音声標識付けしており、他の家族構成員から他の個体を声で標識付けすることを学んだ。(Sk,nk)

【訳注】
  • フィー・コール:小型のサルであるマーモセット類が出す、ホイッスル音のような音声。
Science p. 996, 10.1126/science.adp3757