Science August 23 2024, Vol.385

より良い羽根(Better blades)

風力エネルギーは、より持続可能な方法で世界に電力を供給するための、普遍的な努力の重要な構成要素である。しかしながら、風力タービンで用いられる最新の羽根は、製造するのに大量の資源を消費し、かつ簡単に再生利用できないエポキシ樹脂部品で組み立てられている。Clarkeたちは、バイオマスに由来し、寿命が尽きた時はメタノール中で加熱することにより再生利用のために簡単に分解できる、羽根製造用ポリエステル素材を報告している。その性能特性は、現用の樹脂に比べて遜色なかった。(Sk,nk,kh)

Science p. 854, 10.1126/science.adp5395

巨大地震に向かう群発 (Swarming toward a large quake)

2024年に発生したマグニチュード7.5の能登半島地震は、2020年以降、群発地震が繰り返されている断層系で発生した。Maたちはこの事象のすべり挙動が、その事象が流体が豊富な地帯の断層を破壊したと思われる。著者たちは、より大きな断層すべりの直前に発生した、ゆっくり破壊モードを特定した。これは流体の豊富な断層破壊にとって重要な要素である可能性がある。Xuたちは、最初の断層破壊は強いアスペリティ(摩擦の増加したゾーン)によってほぼ止められたが、バリアの反対側で2回目の断層破壊が始まり、強い揺れを発生させた後にこのアスペリティが破壊され、強い揺れを発生させたことを見出した。群発地震が発生した場所のそのパターンは、他の場所のリスクを評価する上で重要となる可能性がある。(Wt,KU,nk,kj)

Science p. 866, 10.1126/science.ado5143; Science p. 871,10.1126/science.adp0493

言葉ではなく行動を起こす (Walking the walk)

各国が温室効果ガスの排出量を削減すると述べるのは容易であるが、こうした発言は採用する政策が効果的であることを意味するものではない。Stechemesserたちは、過去25年間に実施された1,500件の気候政策を評価し、最も成功した63件の政策を特定した。これらの成功の中には、ほとんど研究されていない政策や評価されていない組み合わせを含んでいた。この研究は、さまざまな経済分野における排出量ギャップを埋めるために必要な政策努力の種類を具体的に示している。(Uc&KU,kh)

Science p. 884, 10.1126/science.adl6547

単一分子解析の複合化 (Multiplexing single-molecule analyses)

単一分子解析技術は、複雑な動態の研究に対して大きな力を発揮するが、通常は一度に数試料のみを調べる。生物過程の包括的な理解には、大きな配列空間あるいは化学空間の研究を必要とすることが多い。今回2つの研究グループが、単一分子蛍光顕微鏡法と次世代シーケンシングを組み合わせて、何千もの異なる試料にわたる何百万もの個々の分子の動態に対する高複合化観察を可能にした。Riveraたちは、彼らがMUSCLE(multiplexed single-molecule characterization at the library scale:収集ライブラリー規模での多重化単一分子特性評価)と呼ぶ方法を用いて、Cas9とその標的DNA間の相互作用を研究し、広い配列空間を探索することで、予想しない振舞いを持つ多くの標的配列を特定した。Severinsたちは、SPARXS(single-molecule parallel analysis for rapid exploration of sequence space:配列空間の高速探索用単一分子並行分析)と呼ばれる彼らの方法を適用して、相同組み換えにおいて鍵となるDNA構造を分析し、包括的な熱力学モデルで捉えられた配列依存性の動態を明らかにした。(MY,kh)

Science p. 892, 10.1126/science.adn5371; Science p. 898, 10.1126/science.adn5968

心配な過大評価 (Worrying overestimates)

漁業資源の状況の評価は、それらの管理の重要な構成要素である。漁業評価の実施方法については多くの議論がなされてきたが、推定値は概ね正確であると一般に信じられてきた。Edgarたちは、最もよく知られている230種の漁業種に関する公開データを用いて、その推定の年になされた生物資源量の推定値が、(後に、同じ年を)特定して計算された事後再推算モデルと同じくらい正確であるかどうかを検査した (FroeseとPaulyによる展望記事参照)。彼らは、特に乱獲された種では、過去に用いられた推定値がその後の推定値よりも高かったことを見出して、資源状態に関する過度に肯定的な評価の存在を示している。(Sk,kh)

Science p. 860, 10.1126/science.adl6282; see also p. 824, 10.1126/science.adr5487

サマリウムを回転させる (Turning over samarium)

二ヨウ化サマリウムは、カルボニル化合物の反応で還元剤として広く用いられている。しかし、それは溶解性に乏しく、一般的に過剰量使わなければならない。この還元剤を触媒として使う試みは、これが反応中に酸素と堅く結合することで妨げられてきた。Boydたちは今回、適切に選択された酸がサマリウム-酸素の結合を開裂することを助け、その結果、電気化学的にあるいは金属亜鉛により提供される電子との触媒回転を引き起こすことを報告している。ケトンとアクリル酸塩のカップリングによるラクトン形成で、この触媒反応が示された。(MY,kh)

Science p. 847, 10.1126/science.adp5777

患者のために治験を施設外で行う (Taking trials off-site for patients)

臨床研究の伝統的な標準基準は無作為化比較試験であり、参加者は1つ以上の公式試験施設で慎重にスクリーニングされ、治療され、モニタリングされる。このような方法は、試験条件を厳密に管理し、患者の健康状態を注意深く監視できるが、費用や参加者の利便性などに欠点があり、その結果、潜在的な不平等につながる。Jean-LouisとSeixasは、従来の無作為化臨床試験と新しい分散型臨床試験に関わるプロセスを比較対照した。利便性、公平性、科学的有効性に関して長所と短所を検討し、さらなる改善のための領域について論じている。(Wt,nk,kh)

Science p. 841, 10.1126/science.adq4994

脳の燃料を回復する (Restoring brain fuel)

アルツハイマー病はこれまで脳の代謝変化と関連付けられてきた。Minhasたちは、ヒト人工多能性幹細胞(iPS細胞)とマウス・モデルの組合せを用いて、病状悪化に及ぼす糖代謝の機能障害の役割を研究した(JohnsonおよびMacauleyによる展望記事を参照)。著者たちは、インドールアミン-2,3-二原子酸素添加酵素1(indoleamine 2,3-dioxygenase 1:IDO1)を、アルツハイマー病の2つの顕著な病因タンパク質であるアミロイドβまたはタウ・オリゴマーのいずれかで活性化すると、トリプトファンからキヌレニンへの変換を促進し、これが次に星状細胞の解糖を抑制し、したがって神経細胞の主要な燃料源の1つを減少させることを示した。IDO1を抑制することにより、試験管内のシナプス可塑性が回復し、また複数のげっ歯類モデルで認知が改善した。代謝性機能障害を標的にすることは神経変性疾患の治療に有望である。(hE)

Science p. 842, 10.1126/science.abm6131; see also p. 826, 10.1126/science.adr5836

軸索エンドサイトーシスの拡大画像 (Close-up view of axonal endocytosis)

ニューロンでは、エンドサイトーシスは主にクラスリン介在エンドサイトーシスによって行われる。しかしながら、軸索軸に沿ったクラスリン被覆窪み (CCP) のナノスケール組織や存在すら未だ不明なままだ。これを研究するために、Wernertたちは、培養海馬ニューロンにおける超解像光学顕微法とプラチナ・レプリカ電子顕微法を組み合わせた。軸索初節 (AIS) では、CCPは周期的なアクチン-スペクトリン膜直下メッシュの円形の穴の中で形成され、「クリアリング(clearings)」と呼ばれる。積荷取り込みと生細胞可視化実験は、ほとんどのAIS・CCPがクリアリング内で固定され、長寿命であることを明らかにした。さらなる実験は、高密度スペクトリン・メッシュがこれらのCCPの形成とその異常な安定性を制御していることを示唆した。 N-メチル-d-アスパラギン酸受容体の刺激は、この抑制を開放し、AISに沿った効率的なエンドサイトーシスを誘発した。(KU,kh)

【訳注】
  • クラスリン:細胞外物質を細胞内に取り込むエンドサイトーシスの作用において、クラスリンは細胞膜表面に窪みを作って細胞外物質を取り込み、やがて細胞内に陥入して被膜小胞となる。
  • スペクトリン:アクチンを架橋する足場タンパク質であり、アクチン細胞骨格を細胞膜へ連結している。五量体か六量体を作って多くの種類の細胞の細胞膜の内側に位置している。六量体型は、スペクトリンの四量体の両端にアクチンの短鎖がついている。このアクチン繊維は六角形の網の目の結合部となっている
Science p. 843, 10.1126/science.ado2032

極から極への紡錘体 (Spindles from pole to pole)

細胞分裂の過程で重要な事象は、微小管が二極の紡錘体に組織化されることである。ある適切な段階で、2つの極が微小管を姉妹染色分体とともに引き離し、それぞれの娘細胞が染色体の正しい一方(2倍になった染色体の半分)を受け取るように保証する。この過程の仕組みは、有糸有糸分裂については比較的よく理解されているが、それは体細胞で起きるもので、体細胞で起こるよく理解されているが、減数分裂についてはよく分かっておらず、これは配偶子の形成につながる。Wuらは、免疫蛍光イメージングを用いてヒト卵母細胞の紡錘体の二極化をモニターし、この過程に関与するいくつかの主要タンパク質を同定した。これらのタンパク質のいくつかは、原因不明の不妊症や生殖補助医療に失敗したヒト患者において変異していることが判明し、これらの知見の臨床的な関連性を証明している。(ST,kj,kh)

Science p. 844, 10.1126/science.ado1022

クロマチンを変化させる複合体 (A complex for changing chromatin)

クロマチンの状態は、遺伝子発現の調節など、DNA周辺で起こるプロセスに影響を及ぼす重要な因子である。ヒストンを化学的に修飾する酵素と、ヌクレオソームの位置と組成を変える酵素は、この調節に不可欠である。ヒトTIP60/NuA4複合体は両方の型の活性を兼ね備えており、これらは異なる酵母の対応物において十分に研究されてきた。低温電子顕微法、生化学、ゲノム・データは、この複合体が両方の役割に適応するために機能モジュールをどのように再配置したかを明らかにした。ヒストンのアセチル化、ヒストン多様体の交換、および活性エンハンサーと遺伝子プロモーターへの局在化のためのモジュールは、中央の足場から伸びて、これらの異なる活性を調整する。(KU,kh)

Science p. 845, 10.1126/science.adl5816

深層ニューラル・ネットワークによる励起状態 (Excited states with deep neural networks)

励起状態は物理や化学の多くの分野において重要である。しかしながら、第一原理から励起状態の特性を大規模で、正確に、かつ堅牢に計算することは重要な理論的課題のままである。深層学習による分子系の基底状態特性の計算法における最近の進歩は、この技術がこの課題を解決する可能性を示唆している。Pfauらは、変分量子モンテカルロ法を基底状態に直接一般化することで深層ニューラル・ネットワークを用いて励起状態を計算するパラメータなしの数学原理を報告している。提案された手法は、多くの原子及び分子の励起状態を正確に計算できており、既存の深層学習による励起状態特性の計算法(特に大規模系)をはるかに凌駕するとともに、様々な量子系へ応用可能である。(NK,KU,kh)

Science p. 846, 10.1126/science.adn0137

幅広く使えリサイクル可能な接着剤 (Broad-use, recyclable adhesives)

高分子系の接着剤は幅広い用途に使用されている。例えば、急速硬化するシアノアクリレート接着剤は、外部創傷の封鎖に使用されるが、高い剛性、細胞傷害性、遅い分解のために体内で使うことができない。Palたちは、保管中と使用中での環化解重合を防止する求電子試薬を加えることによって、ポリ(α-リポ酸)接着剤ファミリーを設計した (Guanによる展望記事を参照)。一連の用途が実証されたが、それは単量体組成を少し変えることで、乾燥または湿潤条件下で良く機能する感圧接着剤を含む。著者らはまた、それらの接着剤がマウス羊膜の穴を塞ぎ、胎仔の死亡を防ぐことができることを示した。(Sh,kh)

Science p. 877, 10.1126/science.ado6292; see also p. 829, 10.1126/science.adr5857