Science September 8 2023, Vol.381

キチンは代謝の健全に役立つか? (Does chitin help metabolic health?)

キチン(β-1,4-ポリ-N-アセチルグルコサミン)は、2型(アレルギー性)免疫応答を引き起こしうる、節足動物や菌類に極めて多くみられる天然多糖である。Kimたちは、キチンの大量摂取が胃の膨満、下流の神経ペプチドの放出、および房状細胞および2型自然リンパ球による2型サイトカインの産生をマウスで引き起こすことを報告している。このことは次に、胃腸管の再構築と主細胞による酸性哺乳類キチナーゼの生成を起こすが、これがキチンの消化に必要である。食事療法用のキチンを追加すると、高脂肪食を与えられたマウスの代謝測定値を改善したが、これはおそらく活性化された主細胞がリパーゼを含む他の消化酵素を産生したためである。したがって、キチンに対するこの哺乳類の適応性は肥満などの代謝性疾患についての可能性のある治療標的として役立つかもしれない。(hE,kj,nk,kh)

【訳注】
  • 主細胞:胃腺を構成する3種の細胞(主細胞、壁細胞、副細胞)の1つでペプチノーゲン、胃リパーゼなどを分泌する。
Science, add5649, this issue p. 1092

褐色矮星の周りの放射線帯 (A radiation belt around a brown dwarf)

太陽系では、強力な磁場を持つ惑星がその赤道上に高エネルギーのプラズマを閉じ込め、放射線帯を形成する。理論によると、この過程は、惑星と恒星の中間の質量を持つ天体である褐色矮星でも起こるはずだと予測されている。Climentたちは、電波干渉計を用いて近傍の褐色矮星を観測した。彼らは、褐色矮星が回転するにつれて変化する、空間的に分割された放射を確認した。著者たちは、これらの観測結果をモデルと比較した結果、褐色矮星の周囲に放射線帯が存在し、その矮星の特性に制約を課していると考えている。この結果は、褐色矮星とガス惑星との磁気圏の類似性を示している。(Wt,kh)

Science, adg6635, this issue p. 1120

銅でのサプライズ (Copper surprises)

銅が仲介するカップリングは有機化学の中でも最も古い反応の1つである。にもかかわらずそれらの機構は今だ、後のパラジウム触媒ほど、予想できる程度までにはよく分かっていない。この難しさの一部は、+1と+2の酸化状態を混在させて銅が典型的に反応する際に経過する1電子増加を追跡することである。今回2つの論文が、そうではなくて2電子過程が進行することを明らかにしている。Delaneyたちは、配位子の酸化でハロゲン化アリールがCu(II)に対して酸化的に付加でき、より安定性の低いCu(I)前駆体の必要性が避けられることを見出した。Luoたちは、Cu(I)錯体へのハロゲン化ニトリルの付加で、(安定で)単離可能なCu(III)が生成することを観測した。両方の結果は、将来の革新的触媒最適化戦略を指し示すものである。(MY,nk,kh)

Science, adg9232, adi9226, this issue p. 1072, p. 1079

調整可能な高流量用無機膜 (Tunable high-flux inorganic membranes)

高分子膜はさまざまな分子種の分離に広く用いられているが、高温状態や過酷な溶媒中ではうまく機能しない。Senguptaたちは、界面重合に似た方法で無機膜を作る方法について述べている。化学気相蒸着法を用いてセラミック基板上に炭素ドープ金属酸化物界面ナノ膜を形成し、その後の焼結工程において細孔径を調整可能としている。この膜は、現在使用されている膜よりも厚いが、それでも純溶媒に対して超高速浸透能を示す。さらにこの膜は、過酷な溶媒中で140°Cの高温まで機能できる。(NK,kj,nk,kh)

Science, adh2404, this issue p. 1098

小型化への淘汰 (Selection for small size)

大型生物は、気候変動の圧力だけでなく、狩猟や収穫を含む人間活動の影響を特に受けやすいかもしれない。Martinsたちは、BioTIMEデータベースから1960年以降の植物と動物の群(community)における個体の大きさの傾向を分析し、種内の変化の結果を、種の構成によって推進された変化の結果から分離した。彼らは、傾向が群ごとに異なり、海の魚はより一貫して小さな体の大きさに推移していることを見出した。平均的な体の大きさは母集団内で変化したが、群段階での傾向は小型種と大型種の存在量の変化によってより大きく影響された。生物量は通常、時間が経っても安定しており、このことはより大きな個体が減少しても、小さな個体がより多く存在することを示唆している。(Sk,kj,nk,kh)

【訳注】
  • BioTIMEデータベース:英国セント・アンドリューズ大学を拠点として運営されている、人新世における生物多様性の時系列データベース。
  • 群(community、群集または群落)、集団(population):群は同一地域を同時に占有する(種毎の)集団の複数集まり。
Science, adg6006, this issue p. 1067

腎移植の不全を早期に検出する (Early detection of kidney transplant failure)

臓器移植は臓器受容者の生存期間を大幅に延ばすことができるが、臓器不全はいつでも起こり得る。特に受容者が移植臓器への拒絶反応を起こす場合にはそうである。Madhvapathyたちは生物電子工学的手法を開発して、臓器の温度と熱伝導度を実時間で連続して測定することができる、無線で動作する柔軟な電子接点を移植腎臓に取り付けることで、急性移植腎不全を追跡した(ZaidanとLakkisによる展望記事参照)。著者たちはラット・モデルを使って、臓器温度の正常周期の変化や臓器温度上昇を追跡することで、移植による拒絶反応を早期に検出できることを実証した。(MY,kj,kh)

Science, adh7726 this issue p. 1105; see also adj9517, p. 1048

食品注文の無駄を減らす (Reducing waste for food orders)

中国ではオンライン・フードデリバリーの需要が高いため、使い捨てで一度使用型カトラリー(ナイフ・フォーク・スプーンなど)の使用が増加している。使い捨てカトラリーはプラスチック汚染を増加させ、紙ナプキンや木製の箸は野生動物や海洋生物を危険にさらし、人間の健康を損なう環境悪化の一因となっている。環境に配慮した行動を促す「グリーンナッジ」に関する文献を参考に、Heたちはアリババと協力し、同社のモバイル・フード・デリバリー・プラットフォーム「Eleme」を使って、中国全土で長期的な実地調査を行った。カトラリーを使わないことがアプリの標準選択肢となり、ポップアップ・ウィンドウでユーザーに注意を促し、中国の砂漠での植林に交換できる「グリーンポイント」で報酬を与えた。その結果、グリーンナッジを取り入れることで、レストランの業績を損なうことなく、使い捨てカトラリーの使用を控える注文を大幅に増やしたため、実現可能で効果的な政策ツールであることが示唆された。(Uc,kh)

【訳注】
  • グリーンナッジ:行動科学の観点から、環境にやさしい行動(環境配慮行動・エコアクション)が取れるように、後押しするアプローチ。
Science, add9884, this issue p. 1064

逃亡者を圧迫する (Stressing out escapees)

ほとんどのガンは、均衡の取れたタンパク質恒常性ネットワークに依存して発ガン性の増殖を維持しており、治療での侵襲的処置はタンパク質恒常性を破壊することがよくある。しかしながら、残存する薬剤耐性細胞が、どのようにしてタンパク質恒常性ネットワークの不均衡を克服して標的療法に生き残るかは、ほとんど分かっていない。LVたちは、発ガン性KRAS遺伝子の中毒(oncogenic KRAS addiction)を逃れ、KRAS阻害剤(KRASi)に対する耐性を促進するようなタンパク質恒常性ネットワークを再配線する機構を発見した。すなわち、多くのヒト・ガンに関する重要な発ガン駆動要因である変異型KRASの不活性化が、主要なタンパク質恒常性調節経路を遮断し、結果として重度のタンパク質凝集を引き起こす。しかしながら、複数の耐性機構が収束して、進化的に保存されたストレス・センサーであるIRE1αを選択的に再活性化し、KRASi耐性細胞のタンパク質恒常性を再確立する。IRE1αの標的化が、再配線されたタンパク質恒常性ネットワークを崩壊させ、KRASi療法への耐性を克服できる可能性がある。(KU,MY,kj,kh)

【訳注】
  • KRAS:RASは、細胞の増殖などに関わるタンパク質の1つで、KRAS、NRAS、HRASの3種類があり、これらのRASタンパク質を作り出す遺伝子のどれか1つに変化が起こると、通常とは異なる働きを持つRASタンパク質が作られ、必要のないときにも細胞が増殖し、ガンが発生しやすくなる。
  • ガン遺伝子中毒:ガンは多くのガン関連遺伝子異常の相互作用より発生するが、生じたガン細胞の悪性形質の維持は、これら多くの遺伝子ではなくある特定のガン関連遺伝子の持続的な活性化に強く依存している。これをガン遺伝子中毒と言う。この特定の遺伝子が正常化するとガン細胞の増殖が劇的に抑制される。
Science, abn4180, this issue p. 1065

オール・トゥゲザー・ナウ! (All together now!)

クッパー細胞(KC)は、肝臓類洞に存在する特殊なマクロファージで、血流中の細菌を濾過する。慢性肝疾患の一般的な病状である肝線維症および肝硬変は、類洞から側副血管への血流の再分配を引き起こす。Peiselerたちは肝線維症のマウス・モデルを用いて、肝臓の再構築により、KCが周囲の細胞との接触を失い、細胞の明確な独自性を失うと報告している(LouweとGuilliamsによる展望記事参照)。その肝臓は依然として細菌濾過機能を維持するが、これは、微生物叢の存在が単球を肝臓内の大きな血管に動員するのを助長し、そこで単球がKC様表現型を示す大きな細胞凝集体に融合するためである。これらのKC様合胞体は細菌捕捉能力の向上を示し、さまざまな慢性肝疾患患者からの肝硬変肝臓に存在している。(KU,kh)

【訳注】
  • 類洞:肝細胞板(肝細胞が板状に配列した構造)間に存在する毛細血管。
  • 合胞体:複数の核を含んだ細胞(数個から数千個の核を含んだ細胞質の塊)。
Science, abq5202, this issue p. 1066; see also adj9725, p. 1050

破壊的な密度流 (Destructive density current)

火山の噴火は、危険で、破壊的で、高速で移動する灰や岩石の流れを引き起こすことがある。トンガにおける2022年のフンガ・トンガ–フンガ・ハアパイ噴火も、大量の灰と岩石を生じたが、その破壊的な流れは水中で発生した。Clareたちは、この火山が、100キロメートル以上移動した大規模で高速で移動する水中土石流を生成したことを見出した(WilliamsとRowleyによる展望記事参照)。この流れは海底を再形成し、国際および国内用の通信ケーブルを破壊した。その流れの速度と規模は予想外であり、このような流れは、これまで認識されてこなかった海底通信ケーブルに対する危険性の筋書きを提示している。(Sk,nk,kh)

Science, adi3038, this issue p. 1085; see also adk0181, p. 1046

生涯にわたる小脳の再構築 (Lifelong cerebellar remodeling)

小脳は脳のニューロンの半分近くを占めており、最もニューロン密度の高い領域の1つである。Tanたちは、ヒトとマウスの小脳顆粒細胞を用いて、さまざまな発生段階でトランスクリプトーム解析とクロマチン接近可能性解析を行った(AkbarianとWonの展望記事参照)。著者たちは、ヒトとマウスの顆粒細胞の主な違いについて述べるだけでなく、両者が生涯を通じてゲノム構造の連続的な変更を示すことを指摘している。これらの結果は、発生と老化における顆粒細胞の変化に関する貴重な洞察を提供する。(Sh,kh)

【訳注】
  • 小脳顆粒細胞:小脳皮質にある興奮性で小型の神経細胞で、中枢神経系の全神経細胞数の大部分を占めるほど多く存在する。
Science, adh3253, this issue p. 1112; see also adk0961, p. 1049