Science September 1 2023, Vol.381

磁場が降着を停止する (Magnetic field halts accretion)

物質がブラックホールに向かって降下するにつれてそれは、X線と可視光を放射する降着円盤、さらには電波波長で見えるジェットをしばしば、形成する。理論的には、降着円盤が十分に強い磁場を含んでいれば、ブラックホールの重力に抗して、降着過程を一時的に停止させることができると予測されている。Youたちは、X線、可視光、電波の波長で、ブラックホールの過渡的な降着現象の観測結果を比較した。彼らは、異なる波長の間で明るくなる時間の遅れを発見し、この振る舞いが強い磁場により降着の流れがせき止められた降着円盤によって生じることをモデルを用いて示した。(Wt,kj,nk,kh)

Science, abo4504, this issue p. 961

炭素–窒素カップリング・ガイド (A carbon-nitrogen coupling guide)

アミンとハロゲン化アリールとのパラジウム触媒カップリングは医薬の研究や製造において最も広く用いられる反応の1つである。しかしながら、その反応は2つのカップリング相手の構造に敏感に依存しており、したがって、適切な至適条件を特定するには試行錯誤の過程を必要とする。Rinehartたちは、特定の反応ペアをカップリングするための適切な配位子、溶媒、および塩基を予測するために、機械学習モデルを訓練してそれが適切であることを検証した。このモデルによって予測された固有条件下において、10の生成物を85%以上の収率で単離した。(hE,nk)

Science, adg2114, this issue p. 965

ふたつの強力な地震 (Two powerful quakes)

2023年2月6日にトルコで発生した一連のカフラマンマラシュ地震は、甚大な被害をもたらすとともに多くの人命を失うこととなった。この一連の地震は、過去に多くの大地震を起こしていた横ずれ断層である、東アナトリア断層、および、それに付随する複数の断層にまたがって発生した。Jiaたちは、一連の地球物理学的観測を利用して、どのように断層破壊が起こったかのモデルを作成した。一連の地震は、東アナトリア断層の大部分を含む少なくとも6つの断層を破壊した。一連の断層破壊は複雑で、断層破壊が起こった詳細な経緯、特に断層破壊の経路、は驚くべきものを含んでいる。これらの観測とモデルは、横ずれ断層を理解し、地震災害を予測する上で重要である。(Wt,nk)

Science, adi0685, this issue p. 985

積極関与による学生の合格向上 (Improving student success with engagement)

米国の大学では、微積分学は、STEM系学位を目指す入り口にある教科となっている。最初にSTEM系学位の取得を目指した学生の半数以上が、しばしば教科学習で苦労した後に、目的のSTEM系学位を取得することなく卒業している。伝統的な講義型教育を前提にした講師は、不合格率の格差を拡大させる。これは、女性、ヒスパニック系、黒人の学生の不平等さを強め、多様なグループからの才能と洞察力を労働力から奪っている。Kramerたちは、講師が積極的に生徒と共同作業を行う微積分学の教室(処置群)と、生徒を受動的な学習者として扱う伝統的な講義スタイル(対照群)に学生を無作為に割り付けた大規模試験を実施した。統計対象グループの全てで処置群の方がより効果的であり、積極的な関与が微積分へのより深い理解を育み、成績を向上させ、社会的地位の低い学生の参加を促進した。(Uc,MY,kj,nk,kh)

【訳注】
  • STEM:Science, Technology, Engineering, Mathematicsの頭文字を取ったもので、理系教科の総称。この論文では生物学も含まれる。
Science, ade9803, this issue p. 995

匂いの知覚空間表示図 (A perceptual space map for smells)

視覚と聴覚については、周波数や波長などの物理的特性を音の高さや色などの知覚的特性に関連付ける、よく開発された表示図がある。臭覚にはまだそのような表示図が無い。Leeたちはグラフ・ニューラル・ネットワークを用いて、既知の臭いの知覚階層と相対距離を忠実に表現する主要な臭覚表示図(POM:principal odor map)を開発した。この表示図は、 熟練者応答をモデルの出力に置き換えることで、匂いに対する解答の全体記述を改善するくらい、以前に公開されたモデルよりも優れている。匂いの知覚的特徴はモデル訓練における明示的な要素ではなかったが、POM座標は臭いの強さと知覚的類似性を予測することができた。これらの結果は、微調整なしでも以前の特徴セットを上回るさまざまな臭覚予測を構築するために使用された。(KU,kj,nk,kh)

Science, ade4401, this issue p. 999

重力の遅延感知 (Lazily sensing gravity)

重力に応答する植物の成長は、アミロプラストと呼ばれるデンプン粒の沈降に依存している。この沈降シグナルの伝達は、LAZY1-LIKE(LZY)タンパク質と、オーキシン輸送の方向転換の両方に依存するが、これらのおのおの過程間の相互関係は十分立証されていなかった。Nishimuraたちは、重力の方向が変化すると、細胞膜上のLZYタンパク質がアミロプラストの沈降位置に再配置されることを見出し、これらのタンパク質が重力方向についての情報を下流側のシグナル伝達要素に伝達することを示した。この実験は、重力感知が力感知によるよりは位置感知の機構を通して行われるという考えを支持している。(MY,kh)

【訳注】
Science, adh9978, this issue p. 1006

アルコールが鎖長を長い状態に保つ (Alcohols keep the chains long)

シリコーンの大量生産はケイ素–酸素結合鎖の安定成長によって進行する。しかしこれらの鎖の一部は、反応後期に自身とバックバイティングして環状不純物となることが避けられない。Shiたちは、ベンジル・アルコールが、水素結合を介してこの鎖末端と複合体化して、バックバイティング過程を抑制することができると報告している。さらに彼らは、ベンジル・アルコールによって安定化されるがそれが存在しないと分解して鎖成長を不活性化する、ホスホニウム対イオンについて述べているが、これは同じように副産物形成を妨害する。(MY,kh)

【訳注】
  • シリコーン:Si-O-Si結合(シロキサン結合)を主骨格に持つ高分子化合物。
  • バックバイティング:ここでは成長過程において、ポリシロキサン末端の活性部位がモノマーと成長反応せずに、活性部位が属する鎖中の部位と反応して環状シロキサン化合物が生じることを言っている。
Science, adi1342, this issue p. 1011

何が肥満を引き起こすのか? (What causes obesity?)

肥満の頻度は大幅に上昇しつつある。肥満は、内科的疾患として、また、さまざまな他の疾患に対する危険因子として認識されている。肥満発症には、食物摂取の量と種類などの環境的要因と同様に、遺伝的影響も明らかに存在する。Speakmanたちは展望記事において、肥満に対して、遺伝・環境の択一でなく、遺伝と環境の組み合わせから生じているとして取り組むべきと論じている。それらの要因を総合して考慮することが、肥満発生に対する多要因的影響を浮き彫りにし、また、その原因に関する多くの問題を提起することになる。これらの問題に対して、この疾患をよりよく防ぎ治療するよう取り組む必要がある。(MY,kh)

Science, adg2718, this issue p. 944

心臓病の予防に役立つタンパク質 (A protein that helps prevent heart disease)

アポリポタンパク質B(apoB)は、脂質とコレステロールを担持するタンパク質である。apoBとその脂質積荷からなるリポタンパク質は、アテローム性動脈硬化症の発症に重要な役割を果たしている。それに対して組織プラスミノーゲン活性化因子(tPA)は心臓発作や脳卒中を引き起こす血栓を破壊するのに使用できる抗凝固タンパク質で、コレステロール担持apoBリポタンパク質の量と逆相関しているが、なぜこの逆相関が存在するのかは明らかでなかった。Daiたちは、マウスとヒトの両方の細胞において、肝臓によって産生されるtPAがapoBに直接結合し、apoBが脂質と一緒に積み込まれて、リポタンパク質へと組みたてられるのを妨げることを発見した。逆に、tPAの阻害剤は逆の効果をもたらし、遊離tPAに結合し、apoBとの相互作用を防ぐ。(KU,kj,kh)

【訳注】
  • アテローム性動脈硬化:動脈壁の内側に脂肪質(アテローム)が沈着して動脈が狭くなることで生じる動脈硬化。
Science, adh5207, this issue p. 959

タンパク質翻訳の開始 (Initiating protein translation)

ミトコンドリア・タンパク質の翻訳機構は、真核生物のグループ内で多様化し、リボソーム構造と開始部位が異なる。Tranたちは、シロイヌナズナのミトコンドリアにおける翻訳開始には、mTRAN1とmTRAN2という2つのタンパク質が必要であることを見出した。mTRANタンパク質はリボソーム小サブユニットの一部を形成し、ミトコンドリア遺伝子の5′非翻訳領域における塩基配列様式に結合し、タンパク質翻訳の開始を可能にする。この研究は、植物における翻訳開始に関する洞察を与え、異なるミトコンドリア翻訳機構が共通の細菌祖先からどのように進化してきたかを浮き彫りにする。(KU,kh)

Science, adg0995, this issue p. 960

流れに従う (Going with the flow)

過去数十年にわたって北極の海氷が減少し続けてきた理由の1つは、大西洋からの温かな海水がますます多く高緯度の海に流れ込んでいることにあり、「大西洋化」と呼ばれる過程である。しかし、何がこの過程を推進しているのであろうか? Polyakovたちは、北極双極子と呼ばれる大規模な気象様式が、フラム海峡を通過しまたバレンツ海内への北大西洋の(海水の)流入量を変更する大気風の様式を引き起こし、その結果、北極海の循環、アメラジアン海盆への淡水の流束、海洋の層化、熱流束がもたらされていることを示している(Bacon による展望記事参照)。(Sk,kj,kh)

Science, adh5158, this issue p. 972; see also adj8469, p. 946

間一髪 (A close call)

現在、この惑星上には80億人以上の人類がいる。我々は地球の景観を支配しており、我々の活動は多数の他の種を絶滅に追い込みつつある。しかしながら、研究者が80万年前から90万年前のどこかの時点で世界を見ていたとしたら、状況はまったく異なっていたであろう。Huたちは、新しく開発された合祖モデルを使用して、3000を超える現在のヒト・ゲノムから過去の人類集団の規模を推測した(AshtonとStringerによる展望記事参照)。この時代にこのモデルは、我々の祖先の人口規模が約10万人から約1,000人に減少し、それが約10万年間続いたことを見出した。この減少は、主要な気候変動とその後の種分化現象の両方と符合していたように思われる。(Sk,kj,kh)

【訳注】
  • 合祖モデル:現在の集団から得られる遺伝情報から過去の集団動態を推測する、集団遺伝学におけるモデル。
Science, abq7487 this issue p. 979; see also adj9484, p. 947

結局あまり変わらなかった (Not so different after all)

世代をまたがって起こる遺伝子変異の割合は、過去の個体数を含むさまざまな指標を推定するために常用されている。世代交代時間や体の大きさなどの一連の考慮事項によっても異なり、野生動物種では推定が難しいことで有名である。Suárez-Menéndezたちは、野生のヒゲクジラ類4種に対して家系的手法を用い、系統的手法を用いて推定されたものとは異なる変異速度を得た(HoelzelとLynchによる展望記事参照)。新たに得られた速度は、これらの大型動物について以前に推定されたものよりも速く、霊長類や世代時間が類似した小型の他種とより一致している。(Sh,nk,kh)

【訳注】
  • 家系的手法:親子関係のある個体のゲノム配列を比較して、突然変異率や進化速度を推定する手法。
  • 系統的手法:系統関係のある種や集団のゲノム配列と進化モデル等から、変異(分岐点)の年代等を推定する手法。
Science, adf2160, this issue p. 990; see also adk0121, p. 942

原子核運動のアト秒化学 (Attochemistry of nuclear motion)

極端紫外光子吸収による光イオン化は、その結果生じるカチオン性分子内に超高速原子核運動を誘起する。Ertelたちは、アト秒パルスによって誘起される電子挙動を制御しながら、同位体的に異なる化学反応に原子核の挙動がどのような影響を及ぼすかについて、実験及び理論の両面で調べた。著者たちは水素からなるメタン(CH4)及び重水素からなるメタン(CD4)を用いたが、それらは極端紫外光子吸収後に異なる原子核挙動を示した。彼らは、この違いの物理的起源が光吸収後の分子の原子核運動または核自己相関関数までさかのぼりうることを示唆している。(NK)

Sci. Adv. (2023) 10.1126/sciadv.adh7747