Science August 11 2023, Vol.381

綱渡りの両立 (Balancing act)

大気中の二酸化炭素濃度が増加し、気温が上昇する世界において、植物は炭素増加と水分損失の間の二律背反にどのように対処してきたのだろうか? Liたちは、植物の水利用効率、つまり光合成による正味の炭素同化と蒸散の気孔伝導度の比が、1982年から2000年まで増加したが、その後2001年から2016年までは一定のままであることを示した。著者らは、これを蒸気圧の増加と強まりつつある蒸発散の結果であると解釈している。彼らの結果は、気候温暖化の悪影響がカーボン・ニュートラルの達成をさらに困難にする、もう一つの道筋を示している。(Sk,nk,kh)

【訳注】
  • 気孔伝導度:気孔における水蒸気や二酸化炭素などの通りやすさを表す指標。
  • 蒸発散:土壌面からの蒸発と植物体からの蒸散によって、地球表面から大気中に水蒸気が移動してゆくこと。
Science, adf5041, this issue p. 672

細菌が特定の変異を嗅ぎ出す (Bacteria sniff out specific mutations)

細菌はこれまで、特定の代謝産物や病原体に応答することにより病気を検出するよう遺伝子操作されてきた。Cooperたちは今回、ヒトDNAにおける特定の変異を検出するよう、ある種の細菌を遺伝子操作した。これらの細菌であるAcinetobacter baylyiは通常は非病原性であり、もともと水平遺伝子伝播によりDNAを取り込む能力がある。著者たちはこの特性を利用して、これらの細菌を遺伝子操作して、それらが特定のガン遺伝子のガン関連変異を含んでいるDNAを取り込んだ場合にのみ特定の薬剤に耐性を持つようにし、そこが野生型であるDNAを取り込んだ場合には、そうでないようにした。これらの細菌は、培養状態において、および関連変異を持つ腫瘍を生じているマウスにおいては直腸浣腸によりこれらの細菌が送り込まれた後に、標的を検出した。これは臨床応用の可能性を示唆するものである。(MY,kj,kh)

【訳注】
  • 水平遺伝子伝播:母細胞から娘細胞への遺伝ではなく、個体間において起こる遺伝子伝播のこと。
Science, adf3974, this issue p. 682

単原子層中に光を導く (Guiding light in atomic monolayers)

チップ大の光回路には、ますます短くなる長さでさまざまな構成部品にわたって、光を閉じ込め、制御し、伝播する能力が求められる。実際のデバイスでの場合、部品間の光学的不整合への対処は、通常、サイズと性能の間での妥協となる。Leeたちは、極薄の二次元(2D)材料(<1ナノメートル厚)に光を閉じ込めて導くことができることを示した。二硫化モリブデン単原子層を用いて、レーザービームを捕捉し、センチメートルの距離にわたって薄膜に沿って伝播する2D光波を生成した。著者たちは、微細加工された薄膜光学部品を統合することにより、さまざまな光学的機能性を実証し、それによって2Dナノ光工学の一般的な技術基盤を提供した。(Wt,kj,nk,kh)

Science, adi2322, this issue p. 648

過去を再構築する (Reconstructing the past)

ヒト族の進化について私たちが知っていることのほとんどは化石の証拠から来たものであり、これらの化石は、今日の我々の世界と同じように、気候と生態学的動態によって形作られた世界から来たのである。これらの過去の環境を推定する能力は、我々の進化を形作った力をよりよく理解することを可能にする。過去の環境を推定するための気候モデルと種の発生を予測するための空間分布モデルを用いて、2つの研究は今回、化石だけでは不可能なヒト族の進化の詳細を明らかにした (Beverlyによる展望記事参照)。 Ruanたちは、ネアンデルタール人とデニソワ人の生息地の重複を調べ、ユーラシアの気候と環境変化に相関するこの2つの種の交雑様式を見出した。Margariたちは、これまで知られていなかった、更新世初期の間の南ヨーロッパでのヒト族の気候起因の人口減少を明らかにした。(Sk,nk,kh)

Science, add4459, adf4445, this issue p. 699, 693 see also adj4631, p. 605

有糸分裂時はマイクロホモロジー仲介末端結合(MMEJ)が優勢である (MMEJ prevails in mitosis)

DNA二本鎖切断はゲノムの統合性に脅威を与え、間期に非相同末端結合と相同組換えによって修復される。Brambatiたちは、これらの経路が抑制される有糸分裂の間、マイクロホモロジー仲介末端結合(MMEJ)による突然変異性修復が優勢であることを示した。著者らは、有糸分裂中にMMEJを制限する上で、RHINOと呼ばれるパートナー・タンパク質が重要な役割を果たしていることを明らかにした。RHINOは分裂期にのみ蓄積し、PLK1によるRHINOのリン酸化は、凝縮した染色体へのポリメラーゼθの動員を促進して末端結合を促進する。最終的に有糸分裂時のMMEJは、DNA損傷が修復されないままでは細胞分裂が進行しないように保証し、結果としてゲノムの安定性を維持する。(Sh,kj,kh)

【訳注】
  • マイクロホモロジー仲介末端結合(MMEJ):二本鎖切断の際に生じた切断両末端間で、10?30塩基対程度の短い相補的な配列(=マイクロホモロジー)同士で結合して修復する機構。
  • 間期:一般的な細胞がそのほとんどの期間を過ごす細胞周期の段階。細胞は、間期の間に有糸分裂に備えてDNAを複製する。
  • 非相同末端結合:空間的に最も近接するDNA末端同士を連結する反応。
  • 相同組換え修復:切断されていない別のDNA二本鎖が相同性を有するとき、それが鋳型となることで二本鎖切断が生じた箇所を修復する機構。
  • ポリメラーゼθ:塩基除去修復、鎖間架橋修復、損傷乗り越え合成によるDNA損傷耐性や、他のDNA修復経路でも機能する多用途のDNA修復酵素。
Science, adh3694, this issue p. 653

後成的サイレンシングのための構造基盤 (Structural basis for epigenetics silencing)

ヒストンのモノユビキチン化およびメチル化において、ポリコーム抑制複合体群(PcG)1および2の触媒活性は、遺伝子発現の後成的サイレンシングの中心となるものである。BAP1/ASXL1複合体は、多くのガンおよび他のヒト疾患において高度に変異しているのだが、遺伝子発現の後成的制御においてPcG活性を制御する脱ユビキチン化酵素機構として機能する。Armacheたちは低温電子顕微鏡法を用いて、ASXL1と複合体形成したヒトBAP1の構造を決定し、この複合体によるモノユビキチン化されたヌクレオソームの特異性への洞察を提供している。彼らはまた、BAP1およびASXL1遺伝子の変異がいかにして、ガンの病変形成と治療に関連する過程である脱ユビキチン化酵素活性の脱制御に至るのかについて研究した。(hE,kh)

【訳注】
  • ポリコーム群タンパク質:構造的かつ機能的に異なる2つのポリコーム抑制複合体(polycomb repressive complex:PRC)であるPRC1およびPRC2を形成して機能する.PRC1はヒストンH2Aの119番目のLysをユビキチン化する活性,PRC2はヒストンH3の27番目のLysをトリメチル化する活性をもつ。
  • ユビキチン化:タンパク質修飾の一種で,主な役割は、標的となるタンパク質に「目印」として付加され (ユビキチン化)、ユビキチンが目印として付加された不要なタンパク質や異常タンパク質はプロテアソームにより認識され速やかに分解・除去される。
  • 脱ユビキチン化酵素:ユビキチンタンパク質やユビキチン様タンパク質を基質タンパク質から切断することでユビキチン化と呼ばれる翻訳後修飾を逆転させる高度なプロテアーゼ酵素群であり、無数の細胞シグナル伝達タンパク質の運命やその伝達経路を制御している。
Sci. Adv. (2023) 110.1126/sciadv.adg9832

色素沈着に影響を与える遺伝子 (Genes that influence pigmentation)

皮膚の色素沈着は、日光への曝露によって引き起こされるDNA損傷からの重要な防護を提供するが、皮膚と髪でのメラニンの生成は人種によって異なることが知られている。この研究において、Bajpaiたちは、フロー・サイトメトリーとメラニンの光散乱特性を用いて、ヒトの皮膚細胞におけるメラニン生成に重要な遺伝子を同定した。著者たちはゲノム全体のCRISPRスクリーニングを実施し、その喪失が光散乱の減少、つまりはメラニンの減少に関連している169個の遺伝子を同定した。これらの遺伝子の多くはヒトでの皮膚の色素沈着に関連しており、著者たちはその候補のいくつかに機能的な研究を行った。この研究は、メラニン生成に役割を持つ多くの新しい候補遺伝子を明らかにしている。(KU,nk,kh)

【訳注】
  • フロー・サイトメトリー:細胞生物学技術の一つで、層流中で細胞を一つずつ一列に並べてレザー光で散乱光や蛍光を測定する。
Science, ade6289, this issue p. 646

水をさされた需要 (Watered-down demand)

人口の増加とエネルギー需要の増大が、アフリカにおける水力発電への投資に拍車をかけている。同時に、他の再生可能エネルギーによる発電コストは下がり続けている。Carlinoたちは、この傾向が水力発電の経済性に及ぼす影響を調査した。彼らは、2020年から2050年までのアフリカのエネルギー情勢を分析し、風力と太陽光発電のコスト低下により、その期間中に現在の水力発電候補設備の大部分が経済的に競争力を失うだろうと予測した。各国間の協が、投資コストと潜在的なエネルギー不足の地域的不平等を克服するのに役立つだろう。(Uc,nk,kh)

Science, adf5848, this issue p. 645;

エピゲノミクスの系統樹が具体化する (Phyloepigenetic trees take shape)

DNAメチル化はメチル基をシトシンに取り付け、遺伝子発現を調節する後成的標識を付ける。比較エピゲノミクスは後成的特徴と系統関係を結び付けて、種の特徴を理解する。Haghaniたちは、348種の哺乳類にわたる約15,000の試料の特徴を抽出することで、高度に保存されたDNA配列におけるメチル化の程度を評価した (de Mendozaによる展望記事参照)。系統樹は、DNAメチル化プロファイルの分岐が遺伝進化を詳細に反映していることを示唆している。より長い最長寿命の種は、ゲノム内でより整然としたメチル化パターンを発達させ、メチル化の独特な山と谷を特徴としている。最長寿命に関連するメチル化パターンは、一般に、マウスの死亡リスクに影響を与える年齢や介入に関連するものとは異なる。これらのデータは、進化生物学や長寿研究などの分野に豊富な情報資源を提供する。(KU,kj,nk)

【訳注】
  • エピゲノミクス:DNAメチル化等による生後の染色体機能変化を扱う学問
Science, abq5693, this issue p. 647; see also adj4904, p. 602

湿った組織用の導電性バイオ接着剤 (Conducting bioadhesives for wet tissue)

バイオエレクトロニック・デバイスは、体内の重要な組織を監視したり修復したりするのに使用できるが、そのためにはしばしば直接的なな接触面と接着が必要であり、後者は表面が湿っている場合には特に困難がある。Liらは、生体接着剤と半導体を組み合わせた二重ネットワーク共重合体を設計した(WuとZhaoによる展望記事参照)。特に、ブラシ成分には水を吸収できる側鎖基が含まれており、組織表面に最初に接触した時に、乾燥させて接着力を高めるのに役立つ。著者らは、分離したラットの心臓と生体内にあるラットの筋肉で電気生理学的記録用のセンサーを構築することによって、この材料の能力を実証している。(ST,kj,kh)

Science, adg8758, this issue p. 686; see also adj3284, p. 608

ポリオレフィンを原料として用いる (Using polyolefins as feedstock)

プラスチック廃棄物が増え続けているため、化学者たちはそれを高価な化合物の原料とし用いる方法を見つけるのに注力している。ポリオレフィンは、分解してその出発モノマーに戻すのが特に難しいが、本号の2つの論文が、ポリオレフィンが他の製品の有用な出発材料となりうることを示している(Van Geemによる展望記事参照)。Liたちは、ポリエチレンおよびポリプロピレンの熱分解でオレフィン混合物を生成し、それをそのままヒドロホルミル化させることができると報告している。よく知られているコバルト触媒反応によりアルデヒドが作られ、次に著者たちはそれを水素化してアルコールとジオールを作った。Xuたちは、加熱中の正確な温度制御で同じプラスチックをワックスへと分解でき、これは次にマンガン触媒で容易に酸化されて価値ある界面活性剤が作られることを示している。(MY,kh)

【訳注】
  • ヒドロホルミル化:アルケンに一酸化炭素と水素を付加させてアルデヒドを合成する化学反応。
  • ジオール:2個のOH基が2個の異なる炭素に結合している脂肪族あるいは脂環式化合物。
Science, adh0993, adh1853, this issue p. 666, 686; see also adj2807, p. 607

もっと秩序正しいモアレを作る (Making more ordered Moires)

捻じれた立体配置の単層膜材料を積み重ねることで形成されるモアレ超格子は、多くのエキゾチック状態を示すことがある。しかし、このような構造は、単一のサンプル内でも予期せぬような変化をするねじれ角とひずみにより無秩序になることが知られていた。Kapferらは、ねじれ角を制御し無秩序性を減少する洗練された手法を見出した (Parkによる展望記事参照)。研究者らは、六方晶系の窒化ホウ素の上にリボン状のグラフェン層を配置し、原子間力顕微鏡の探針を用いてリボンの一個の末端を曲げた。その結果としての構造は、リボンの屈曲点を起点にリボンの端まで連続的に増加するねじれ角を示した。このような制御は、この種の材料の再現性と理解を高めると期待される。(NK,KU,kj,kh)

Science, ade9995, this issue p. 677; see also adj1420, p. 604