Science June 2 2023, Vol.380

ガラスを作る怜悧な道 (A cool path for making glass)

付加製造法によるガラスの造形は、多くの用途に利用できる新規な材料と構造への道を与えるかもしれない。しかし、これに対する大きな制約の1つは、ガラスの熱処理に通常高い温度を必要とすることである。Bauerたちは原料物質として、はるかに低い温度で熱処理できる有機-無機のハイブリッド重合体樹脂を用いた(ColomboとFranchinによる展望記事参照)。透明で溶融した二酸化ケイ素をわずか650°Cで形成できることは、この材料をさまざまに利用する道を開く。作られたガラスは、空間解像度、光学的品質、力学的特性が優れたものであった。(MY,nk,kh)

【訳注】
  • 付加製造法(additive manufacturing technique):材料を結合させる(通常は層の上に層を重ねる)ことにより、3Dモデルデータから立体形状を製造する方法(3Dプリンタもその一種)。
Science, abq3037, this issue p. 960; see also adi2747, p. 895

自己修復性で自己整列性の高分子 (Self-healing, self-aligning polymers)

軟質材料をロボット装置に用いる1つの利点は、自己修復に対する余地が大きいことであるが、多層材料からなる装置の課題は、損傷後の層の再整列を確保することである。Cooperたちは、多層の機能性高分子材料を修復する方法を示している。その方法は、動的な水素結合相互作用および異なる高分子構成要素間の相分離の組み合わせを利用して、多層高分子薄膜の同時で自動の再整列および修復を達成するものである。この手法は、いくつかの材料からなる高分子複合体の力学的特性と機能的特性の両方を回復させることができ、また、水中での自己組織化すら可能にする。(MY,kh)

Science, adh0619, this issue p. 935

手のひら1つの幅 (A hand’s breadth)

人類が物を作ってきた限り、測定する理由があり続けた。初期の測定は、人々の手近にあるもの、すなわち身体の一部を利用して、比較的標準化された測定を創りだした。Kaaronenたちは、180以上の文化圏にわたって、身体に基づいた測定の発達と利用を調査し(Chrisomalisによる展望記事参照)、そのような測定が多数文化圏にわたって生起し、一般に測定系の基盤を形作っていることを見出した。多くの文化では、標準化された測定系が身体に基づいたものに取って代わったが、これらは存続しており、特に特定の人が使うものを作ることが目的である場合には、標準的な測定よりも優れていることがある。(Uc,MY,nk,kh)

Science, adf1936, this issue p. 948; see also adi2352, p. 894

一歩ずつ (Step by step)

アプタマーはリガンドに結合する折りたたまれたRNAまたはDNAオリゴヌクレオチドであるが、高い選択性を持つものを開発するのは難題である。なぜなら、配列空間を効率よく調べるのは難しく、ヌクレオチドの化学的官能性は限られており、またRNA構造を予測するのはあまり正確ではないからである。Yangたちは、標的分子をさまざまな官能基で修飾することによって、アプタマーを順次最適化するための取り組み方を開発した。アミノ酸のロイシンに対するセンサーを設計するために、彼らは複数の誘導体を用いて、高い親和性と選択性をもつアプタマーを単離した。次に、部分構造に基づいて段階的な方法を用いて、抗真菌薬であるボリコナゾール用のアプタマーを作り出した。(hE,MY,kh)

【訳注】
  • アプタマー:特定の物質と特異的に結合する、DNA核酸分子の小重合体、あるいはDNAとRNAの一部分。物質との結合により遺伝子発現に影響を与える。
Science, abn9859, this issue p. 942

無線追跡を小型化する (Miniaturized wireless tracking)

低侵襲手術治療は、体内での位置を追跡するためにカメラや標識を必要とする。しかし、ケーブルが届かない場所が存在しており、組織深部を画像化することや、有害放射線への被ばくを少なくする試みには大きな課題がある。Gleichたちは磁気-機械共振器(MMR)を用いて、磁気的に位置を追跡し取得する用途向けの革新的な技術基盤を開発した。著者たちは、MMRが無線標識のような既存技術よりも感度の点で上回ることができることを理論と実験の両面で示した。著者たちはまた、情報取得応用(位置、姿勢、圧力、温度)を示すとともに、三次元空間追跡の例も示している。(NK,kj,kh)

Science, adf5451, this issue p. 966

ロジウムからの眺め (The view from rhodium)

ロジウムやパラジウムのような金属が炭素–水素結合を切断する能力は、多くの有用な化学反応を促進する。その根底をなす金属中心での動力学に関する基礎的な研究は、炭化水素とのこの反応が起きる際のスペクテータである一酸化炭素配位子の振動周波数のシフトに頼ることが多い。JayたちはX線分光法を用いて、ロジウムがオクタンの炭素–水素結合と結合しその後にこの結合を壊す際のロジウムの電子状態の超高速漸次変化を直接的に研究した。(MY,kj)

【訳注】
  • スペクテータ:化学反応において、反応には参加しないが空間的に離れた位置から反応の進行に影響を与える分子種。
Science, adf8042, this issue p. 955

心臓と脳の関係と遺伝学 (Heart-brain connections and genetics)

心血管疾患はいくつかの神経学的および精神医学的状態と相関することが知られているが、その関係が何であるか、それらが先天的素因によって引き起こされるのか、または何らかの病状によって誘発されるストレスによって引き起こされるのかは必ずしも明らかではない。これらの問題を解明するためにZhaoたちは、英国バイオバンクとバイオバンク・ジャパンの数万人の被験者から得られた画像と遺伝子データを調べた(SacherとWitteの展望記事参照)。この大規模解析を通じて著者たちは、心臓画像の特定の特徴と神経精神疾患との関係など、心臓と脳の両方の構造と機能との間の相関を明らかにした。また、メンデル無作為化法を用いて、脳と心臓の両方に共通する遺伝的影響を実証した。(Sh,nk,kh)

【訳注】
  • メンデル無作為化法:対象者を、特定の曝露に対し疾病危険性がある対立遺伝子を持つ群と持たない群に分けて曝露因子と疾病の関係を調べることにより、曝露因子と疾病間の関係を調べる研究手法。メンデルの法則によると曝露に関わる遺伝子多型は生まれる時点で無作為に選択されるので、二つの群では他の因子の分布は等しいと仮定すると、逆の因果関係や交絡因子の存在を調べることができる。
Science, abn6598, this issue p. 934; see also adi2392, p. 897

体内時計と神経細胞との連結を制御する (Controlling clock-neuron coupling)

生理現象と日周リズムとの協調は、体内時計の中心的な速度調整者である視交差上核(SCN)の神経細胞によって調整されている。Tuたちは、これらの神経細胞の繊毛での、SCNの個々の細胞の同期を保つシグナル伝達機構について記述している(KimとBlackshawによる展望記事参照)。SCN神経細胞の表面にある一次繊毛の長さと量は日周の明暗周期とともに振動的に変動した。繊毛はソニック・ヘッジホッグ・モルフォゲン(SHH)によるシグナル伝達を組織化していて、この遺伝子の発現調節は、SCN細胞の同期に必要であった。実験用に改変された明周期に曝されて時差ぼけを引き起こしたマウスでは、SHHによるシグナル伝達の崩壊は、マウスが改変環境により早く適応するのを可能にした。(MY,kh)

【訳注】
  • 一次繊毛:細胞表面に発達する不動性の突起構造。この突起構造を覆う膜(繊毛膜)には、細胞外の情報(増殖因子、ホルモン、機械的刺激など)を感知するための受容体が集積し、胎児期の形態形成や発達や、外界の刺激の感知に不可欠な役割を果たしている。
  • ソニック・ヘッジホッグ・モルフォゲン:胚発生において細胞の増殖や分化、四肢の発生、神経細胞の誘引に働き、成体期において幹細胞性の維持や腫瘍形成などに関与するリガンド・タンパク質。
Science, abm1962, this issue p. 972; see also adi3177, p. 896

電子を用いて金属を置き換える (Using electrons to replace metals)

アリール-アリール・クロスカップリングは、医薬品、電子材料、精密化学品の効率的な合成に不可欠である。これらの反応は通常、高価な配位子を担持する金属触媒を用いて行われる。AbeとShirakawaは、非常に面白い別の方法を見出した。この方法は、光を用いて温和な条件下でこのカップリング反応の触媒として働く電子を生成し、このようにして金属触媒の必要性を回避する。(MY,nk,kh)

Sci. Adv. (2023) 10.1126/sciadv.adh3544

霊長類の包括的資料 (A global primate resource)

霊長類は広く分布しており、変異する群である。霊長類の進化と多様性を明らかにすることは、その多くが極めて絶滅の恐れが高い種をよりよく理解して保護することを可能にするだけでなく、我々自身をよりよく理解することにも役立つだろう。Kudernaたちは、全16の霊長類の科と属の86%にわたる、高カバレッジのゲノム配列データを提示している。著者たちはこれらのデータを用いて、新しい系統史を生み出し、集団の大きさと変異率の関係を調査し、脅威のレベルを測定し、そして私たち自身の種に見られるミスセンス変異に関連するミスセンス変異を同定した。(Sk,kh)

【訳注】
  • カバレッジ:次世代シークエンサーのデータからゲノムを組み立てる際に、ある配列領域が組み立てに使われた回数のこと。この値が大きい方が組み立てられたゲノム配列の信頼性が高い。
  • ミスセンス変異:遺伝子のDNA配列のうち、1文字(1塩基対)が変化することにより、その遺伝子からつくられるタンパク質を構成するアミノ酸のうち1つが別のアミノ酸に置換される変異。
Science, abn7829, this issue p. 906

霊長類の進化を理解する (Understanding primate evolution)

人間は自分たちを動物の中で特別な存在であると考えており、そして我々は多くの点で実際にそうであるが、我々は基本的に霊長類の系統の何百もの他の種の中の1つの種にすぎない。したがって、この群にわたる進化と適応について学ぶとき、私たちは基礎段階と派生段階の両方で自分自身についても学ぶことになる。Shaoたちは、遺伝子の進化、選択、適応の様式を解明するために、比較系統学的枠組みで50種の霊長類のゲノムを調べた。彼らは、この多様な系統の表現型形成に寄与する、正選択下にある数千の遺伝子を識別した。彼らが識別した新機軸の多くは祖先系統で発生したものであり、これはそれらがこの群全体で広く共有されていることを意味している。(Sk,nk,kh)

Science, abn6919, this issue p. 913

霊長類の歴史 (Primate histories)

集団の中での種分化の過程は、瞬間的なものではない。近縁種のゲノム内では、不完全系統仕分け(ILS)と呼ばれる過程があり、生態学的種分化が生じた後、一部の領域が長期間にわたって差異の証拠を示さない。Rivas-Gonzálezたちは、霊長類全体のILSを説明することで、(過去の試みとは異なり)化石推定と一致する霊長類の系統発生を導き出すことができた。ILSの様式は、祖先の集団規模と、この群内での選択と病気耐性の影響を推定することを可能にする。(Sk,kj,nk,kh)

【訳注】
  • 不完全系統仕分け:祖先集団で遺伝子多型が存在する場合に、種分化以前にその遺伝子が分岐していたり、種分化の途中で対立遺伝子のどちらかが失われたりする現象であり、その遺伝子をもとに生成された系統樹と個体群や種の系統樹が異なる現象が生じる。
Science, abn4409, this issue p. 925

ふたつがひとつになる (Two make one)

近縁種間で交雑が生じることがあるが、その子孫はたいてい適応度が低下し、このような交配は進化の行き止まりであることを示唆している。このような一般的な印象にもかかわらず、交雑が、生存能力が高い、あるいはより適応度の高くさえある子孫を生み出す。このような場合、生殖の選好または強化が、雑種系統の多様化を引き起こすことがある。Wuたちは、シシバナザル属のサル種群のゲノム配列を用いて、ハイイロシシバナザルが、キンシコウと2種の現存するシシバナザルの種の祖先との交雑に由来するという明確な証拠を見出した。ハイイロシシバナザルに見られる珍しい毛色は、この混合によってもたらされている。(Sk,kj,kh)

【訳注】
  • 適応度:ある個体が将来の世代に残す子孫の数。
Science, abl4997, this issue p. 926

寒さによって形づくられる (Shaped by the cold)

社会性の進化は、高度に社会的な生き物としての人間にとって常に興味深いものであるが、そのような複雑な行動がどのようにして出現したのかを理解するのは困難である。Qiたちはコロブス亜科のサルの群れを調査したが、これはさまざまな水準の社会性を示していて、彼らは化石、ゲノミクス、生態学、生物地理学を用いて、社会的な進化の根底にある推進要因と機構を明らかにした。彼らは寒冷気候への適応が行動と遺伝の両方の変化を引き起こしたことを見出したが、このことが一部の群れにおいて母親としての世話の長期化のような社会的複雑性を促進すると同時にオス同士の攻撃性を減らした。(Sk,kh)

Science, abl8621, this issue p. 927

複雑な歴史 (A complex history)

種間交雑は種の領域のはざまで起きるまれな例外ではなく、種分化の過程に不可欠である可能性が次第に認めれてきている。種間交雑の歴史があると確認された種の1グループはヒヒ属を含むものである。Sørensenたちは、高カバレッジの全ゲノム配列決定を用いて、重複しあう6つのヒヒ種に対する進化の歴史を明らかにし、異なる3つの系統に由来する集団など、雑種形成が繰り返された証拠を見出した。ヒヒにおけるそのような進化の複雑さを理解することは、この過程がいかにより広範に生じているのかに光を当てるものになる可能性がある。(MY)

【訳注】
  • 種間交雑:異なる経緯をもつ集団に属する個体が交配し、それにより両集団の遺伝的特徴を併せ持った個体が誕生すること。
Science, abn8153, this issue p. 928

種を越えて良性変異体を見つける (Finding benign variants across species)

病気の患者のゲノム解析がより一般的になるにつれて、多くのさまざまな遺伝子変異体が見つかってきている。残念なことに、どれが病気に直接関係しているのかを知るのは困難である。特にまれな変異体の場合はそうである。Gaoたちは、知識のこの隔たりに対処するのを助けるため、何百ものヒト以外霊長類からの遺伝子配列データを233の異なる種にわたって集めた。著者たちはこれらの霊長類のゲノム・データを用いて、自然選択により保存され、病因性ではない共通の遺伝子変異体を地図化した。これらのデータに基づき、著者たちはヒト以外霊長類に見られるものとの類似性に基づき、病気の患者の良性変異体の同定支援に応用可能な深層学習ネットワークを作った。(MY,kj,kh)

Science, abn8197, this issue p. 929

霊長類のゲノムがヒトの遺伝子に役立つ (霊長類のゲノムがヒトの遺伝子に役立つ()

調査参加者に対する大規模遺伝子研究では、通常、さまざまな形質や病気と相関する数多くの遺伝子多様体が同定される。残念ながら、これらのどれが生物学的現象と関係しているのか、どれが関係遺伝子の近傍に染色体上の位置があるためにただ相関しているだけなのか、を決定することは困難である。Fizievたちは、どの遺伝子多様体が本当に病因性なのかを明確にするため、多数の大規模バイオバンクのデータと、ヒト以外霊長類の233種から得られた情報とを組み合わせた。著者たちは、まれだが影響の強い病因性多様体とありふれているが影響のより弱い病因性多様体を詳細に述べ、前者が概して重篤あるいは早期発生型の病気のより大きな危険性を与えることを示した。(MY,kj,kh)

Science, abo1131, this issue p. 930