Science May 26 2023, Vol.380

その岩のせいだ (It’s the rocks)

山脈での生物多様性が高いのは、地殻変動の歴史があり、山麓から山頂まで幅広い環境があるためであろう。しかしながら、よく見ると、山地での多様性は、地殻変動がなくなって久しい環境下、および山脈の中で生じることが多い。Stokesたちは、北米のアパラチア山脈に生息する淡水魚の一種の系統が、生息域が変成岩帯に限られることによって多様化したと述べている。具体的には、変成岩が削られて失われ、他の種類の岩石に置き換わるにつれて、緑ヒレ・ヤウオは変成岩が残る上流域に次第に隔離され、集団分離と異所的多様化につながった。(Uc,nk,kj,kh)

Science, add9791, this issue p. 855

ケベックの地形が集団を形作った (Quebec landscape shapes populations)

人類に関する初期の集団遺伝学的研究のいくつかは、ヨーロッパおよびその他の地域にわたる遺伝的多様性の漸次的連続性を明らかにし、広い範囲での、距離による隔離を示した。この流儀に従って、Anderson-Trocméたちは、個々人の居住地データに家系図と遺伝子標本を組み合わせて、17世紀以来、地理的障壁が、フランス系カナダ人の移住とケベックへの定住にどのような影響を与えてきたかを示した。著者たちは、先祖に加えて、この地域に住む現代人を表す140万個のゲノムを模擬実験で作成した。これらの分析とこの研究資源は合わさって、地理的制約によって形成されたこの集団の歴史的な移住と定住の様式についての洞察を示している。(Sk,nk,kj,kh)

Science, add5300, this issue p. 849

シアノバクテリア集合体への洞察 (Insight into cyanobacteria aggregates)

窒素固定シアノバクテリアであるTrichodesmium属は、ストレスに応答して糸状性の集合体を形成する。PfreundtたちはTrichodesmiumの培養液を過剰な光と活性酸素種の下にさらした。その結果これらの刺激は、シアノバクテリアの集合体形成を促進した。個々の糸状体および対合化した糸状体の画像と動画の解析は、それらの糸状体の動きがコロニー全体の構造にどのように影響するのかを明らかにした。対を形成している個々の糸状体が動いて糸状体の長体節同士が互いに接触しなくなると、糸状体の動く方向が転換して糸状体同士くっついた状態が確実に維持される。数学的なモデル化は、糸状体の応答運動が集合体構造を維持するための正のフィードバック機構として作用することを実証した。(MY,nk,kj,kh)

Science, adf2753, this issue p. 830

受容体の脱落がシグナル伝達を停止する (Receptor shedding to stop signaling)

細胞傷害性Tリンパ球(CTL)は、複数の標的細胞を連続して破壊することのできる連続殺人者である。高分解能三次元画像を用いて、Stinchcombeたちは、T細胞受容体(TCR)の活性化が免疫シナプスにおける迅速な膜の分化を引き起こして、活性化TCRを含む膜が「エクトサイトーシス」として知られる過程で出芽脱落することを見出した。エクトソームが脱落すると、CTLとその標的細胞は分離して、連続的殺傷を進行することが可能になる。したがって、活性化CTLでは、エクトサイトーシスがTCRのシグナル伝達を自己制限の状態にする。(hE,kj,kh)

【訳注】
  • 細胞傷害性Tリンパ球:リンパ球T細胞のうちの一種で、宿主にとって異物になる細胞(移植細胞、ウイルス感染細胞、癌細胞など)を認識して破壊する。キラーT細胞とも呼ばれる。
  • T細胞受容体:T細胞の細胞膜上に発現している抗原受容体分子。
  • 免疫シナプス:B細胞およびT細胞に対する抗原提示のため、さらには細胞傷害性T細胞およびナチュラルキラー(NK)細胞による標的認識のためのプラットフォームとして働く、大規模で一過性の分子集合体をいう。
  • エクトソーム:細胞の原形質膜からの直接的な出芽あるいは「脱落」によって産生される細胞外小胞。
Science, abp8933, this issue p. 818

漏れ出る鉄 (Venting iron)

世界の表層海洋の広い範囲では鉄分が乏しく、そのほとんどは深海の栄養豊富な水の湧昇、あるいは大気からの沈着によって供給されている。Bonnetたちは、浅い熱水源も表層海域に鉄を供給している可能性のあることを見出した。彼らは、南太平洋のトンガ火山弧に沿って放出される流体が、有光層に十分な鉄分を供給し、隣接する無施肥海域の生物活性をはるかに上回る活性化をもたらすことを示している。(Wt,nk,kj,kh)

Science, abq4654, this issue p. 812

相関励起子 (Correlated excitons)

グラフェンやジカルコゲン化遷移金属のモアレ多層膜は多数のエキゾチックな電子相を宿すことが分かってきた。これら二次元構造は、電子及び正孔に加えて、励起子と呼ぶそれらのペアの支持体となり、その励起子は同様に相関相を形成することが期待される。Xiongたちは、正孔を宿すセレン化タングステンと電子を宿す二硫化タングステンからなる2層膜中で、層間励起子からなる相関絶縁体を観測した。研究者たちは、当該材料の光励起に伴う光応答を測定し、励起子の非圧縮性状態を示す特徴を見出した。(NK,kj,kh)

Science, add5574, this issue p. 860

ペロブスカイト太陽電池用キレート剤 (Chelators for perovskite solar cells)

小面積のn-i-p構造ペロブスカイト太陽電池は高効率が可能であるが、商業化には均一性の高いペロブスカイトと電荷輸送層を備えた大面積のp-i-n構造が必要となる。Feiたちは、電子輸送材料としてよく使用されるバソクプロインを正孔輸送層に添加すると、電力変換効率と安定性が向上することを見出した。バソクプロインと鉛イオンのキレート化生成物はペロブスカイト・インクに不溶であり、捕捉されるジメチルスルホキシド溶媒の量の減少により、非晶質領域の形成も少なくなる。開口面積26.9平方センチメートルのミニモジュールは、認証効率21.8%、2000時間を超える光浸漬安定性を有していた。(Wt,kh)

【訳注】
  • ペロブスカイト・インク:インク・ジェット方式印刷による太陽電池生産を目的とするペロブスカイト層作製用の溶液。
  • 光浸漬:一定照度の光を連続して太陽電池試料に照射すること。
Science, ade9463, this issue p. 823

再生医学を実現する (Making regenerative medicine a reality)

感染、怪我、または病気による組織の損傷後に健康を回復するには、組織の再生を必要とする。この医学研究分野は、組織の再生を促進する方法とともに、組織の機能を制限する可能性のあるいくつかの自然過程を抑制する方法を含んでいる。展望記事において、McKinleyたちは、再生医学に関する今日の研究法と課題に取り組んでいる。彼らは、組織の修復を促進するための幹細胞移植と組織の再プログラミング、さらに炎症と線維症を和らげるための最近の取り組みについて検討している。これらの戦略が前臨床研究を経て進歩し、臨床試験に入り始めるにつれ、再生医療の可能性はより身近なものになると思われるが、今後には多くの課題がある。(KU,kh)

Science, add6492, this issue p. 796

シナプスのプロテアソーム調節粒子 (Synaptic proteasomeregulatory particles)

タンパク質の合成や分解のような重要な細胞機能のいくつかは、複数のサブユニットからなるタンパク質複合体で構成されたナノスケールの機械によって行われている。これらの生物機械は個々の構成要素から組み立てられており、過剰なまたは集合していないタンパク質は通常は迅速に分解される。プロテアソームは細胞内の主要なタンパク質分解機械であり、1つの調節部分複合体と1つの触媒部分複合体から組み立てられる。Sunたちは、ニューロン中のプロテアソームとその部分複合体の分布を研究した(TürkerとMargolisによる展望記事参照)。ニューロンの樹状突起では、プロテアソーム調節部分複合体が過剰に存在し、その相手である触媒部分複合体から分離されていることがわかった。分離された部分複合体は、シナプス・タンパク質とシナプス伝達の調節に役立った。(Sh,nk)

【訳注】
  • プロテアソーム:細胞質や核内の不要なタンパク質を分解する巨大な酵素複合体。
  • サブユニット:複数のタンパク質によって構成されるタンパク質複合体の構成単位となる単一タンパク質分子。
  • シナプス伝達:化学伝達物質を介したシナプス間隙の情報伝達。
Science, adf2018, this issue p. 811; see also adi1166, p. 795

空孔を埋める (Filling vacancies)

熱電材料は熱と電気を相互変換するが、その機能は熱電材料をさまざまな素子にとって有用なものにしている。Liuたちは、セレン化スズに銅を添加したが、それは室温付近での熱電特性と機械特性を向上させた(Chungによる展望記事参照)。セレン化スズは合成時に、スズ空孔を含む、いくつもの欠陥を有する傾向がある。銅はこれら内在するスズ空孔に納まり、電荷担体移動度の向上をもたらす。この方策は全体的には空孔の少ない格子を作り出し、それは他の材料にも役立つかもしれない。(Sk,nk,kh)

Science, adg7196, this issue p. 841; see also adi2174, p. 800

繁殖上の不一致? (Breeding mismatch?)

北極は世界の他の地域より急速に温暖化しつつあり、そこに生息している寒冷に順応した種に大きな影響を与える可能性がある。Chmuraたちはホッキョクジリスに関する25年間のデータ群を用いて、永久凍土層の遅延凍結がこれらのリス種に冬眠中の熱産生の時機選択の遅れをもたらしたことを見出した。しかしさらに憂慮すべきは、過去20年間にわたってメスが冬眠から出現するのが早まっているのにオスはそうでないということである。出現におけるそのような不一致は生殖に影響するかもしれない。気候変動へのこれらの種類の応答の蓄積は、一見些細に見えるが、種と生態系に連鎖的な影響を与える可能性がある。(MY,kh)

Science, adf5341, this issue p. 846

微生物は樹木が気候に適応するのを助ける (Microbes help trees adjust to climate)

固着生物であるため、植物は気候変動に応じて移動する能力が制限される。しかしながら、植物が土壌栄養素を利用するのを助ける微生物群集は、気候ストレスに対する植物の耐性をも高めている可能性がある。野外実験と研究室実験を用いて、Allsupたちは、より乾燥した土地、より寒い土地から採取した微生物群集を接種した苗木が、それぞれ干ばつや寒さのストレスに直面した際に高い生存率を持つことを示した(Afkhamiによる展望記事参照)。これらの知見は、樹木のより大きな潜在的回復力を示唆し、気候変動に対する樹木の応答を決定する上で種の相互作用の重要性を強調している。(KU,MY)

Science, adf2027, this issue p. 835; see also adi1594, p. 798