Science January 27 2023, Vol.379

隕石中の核合成異常 (Nucleosynthetic anomalies in meteorites)

降着して地球を形成した物質の起源は、惑星形成で使い残された物質を含んでいる隕石を用いることで制限することができる。核合成異常とは、太陽系形成前の物質の、不完全な混合によって残される同位体比のわずかな違いのことである。この異常は、ダスト粒子に最初の段階で凝縮する難揮発性元素ではすでに知られているが、より揮発性の高い元素が惑星形成前に完全に混合されたかどうかは不明だった。MartinsたちとNieたちは、2つの互いに補い合う論文において、中程度の揮発性元素である、亜鉛とカリウムそれぞれの核合成異常に気付いた。彼らはそれぞれの宇宙化学モデルを使用して、地球の質量の約90%が非炭素質の内部太陽系物質、約10%は炭素質の太陽系外縁部物質からもたらされたことを決定した。後者の供給源は、地球のカリウムの約20%、亜鉛の半分を与えていた。(Wt,nk,kh)

Science, abn1021, abn1783, this issue pp. 369, 372

リモノイドが脚光を浴びる (Limonoids in the limelight)

トリテルペン類は共通する30個の炭素からなる前駆体から組み立てられるが、個々の化合物に対応した酵素の作用を経て、幅広い分子形状と生物学的機能をとることができる。De La Peñaたちは、例えば柑橘類やセンダン類に見出される種類の、リモノイドの生合成を調べ、これらの分子の2つのグループの産生に関与する候補遺伝子の特性を明らかにした。著者たちは、全部で22の酵素を同定し、異種植物系におけるこれらの経路の一部を再構成した。この結果は、植物由来殺虫剤のような、有用な特性を持つ天然および非天然のリモノイドの生産を容易にするかもしれない。(MY,nk)

Science, adf1017, this issue p. 361

少し離れて共役する (Coupling at a distance)

ナノフォトニクスと量子光学を融合することで、確定的単一光子光源やもつれ光子源を開発する技術基盤がもたらされてきた。Tiranovたちは、フォトニック結晶導波路によって複数の量子エミッター(2つまたは3つの量子ドット)を共役させられることを示している。この導波路は、双極子-双極子相互作用が持つ通常近距離しか届かない特性を克服し、副放射や超放射といった共役系に固有の特性の観測を可能にする。これら過程を制御することは、量子情報処理の応用のための確定的固体状態光子エミッターのインターフェイスや多光子量子もつれ源の大規模化を実現する一歩を提供するだろう。(NK,MY,nk,kj,kh)

Science, ade9324, this issue p. 389

急速な進化が及ぼす生態系規模の影響 (Ecosystem-scale effects of rapid evolution)

植物の形質は多くの生態系過程に影響するが、環境変化に対する生態系の応答を予測する上で、形質の進化の役割は見落とされることが多い。Vahsenたちは、カヤツリグサ科スゲ属Schoenoplectus americanus の根の形質の急速な進化が、沿岸湿地の炭素動態の予測に影響することを明らかにした。彼らは、単一の場所で異なる世代の種を育て、地中バイオマスの存在量に関する注目に値する遺伝的多様性を見出した。1つの生態系モデルに入力すると、この多様性は、堆積物付加と湿地高度上昇に対する予測の大きな違いへと拡大された。これらは海水面上昇への湿地の許容性に影響する因子である。(MY,nk,kj,kh)

Science, abq0595, this issue p. 393

寒暑がコロコロ変わる (Running hot and cold)

他の太陽電池と同様に、市販のペロブスカイト太陽電池(PSC)は、直射日光で発生する高温で動作を維持する必要があるだけでなく、年間を通した温度変化によって生じる格子歪みにも耐える必要がある。Liたちは、フッ素化樹脂を加えることにより、高品質のペロブスカイト結晶性薄膜を製造した。フッ素化樹脂の双極子構造は、ペロブスカイトの黒色相の形成エネルギーを低下させ、欠陥密度を低下させ、さらに電荷引き出しの表面仕事関数を調整した。1平方センチメートルの素子で23%の電力変換効率が達成され、3000時間の試験条件後および -60°Cから80°C間の循環の繰り返し後も、その効率の90%以上を維持した。(Sk,kj,kh)

【訳注】
  • 黒色相:ペロブスカイトの相構造の一種で、太陽光の吸収に優れ、電力変換効率を向上させる。
Science, add7331, this issue p. 399

非周期性結晶を構築する (Assembling aperiodic crystals)

接続ノードの規則的な格子を持つが、非周期的に配置されたリンカーのネットワークを含んだ金属有機構造体(MOF) が作製されたことがある。Meekelたちはトルシェ・タイル(Truchet tile)の概念をMOFに拡張した。トルシェ・タイルでは、非回転対称模様の正方形のタイルで覆われて、平面全体が非周期的な模様を形成している。X線結晶構造解析は、亜鉛ノードが規則的な格子を形成していることを明らかにした(YaghiとRongによる展望記事参照)。X線拡散散乱データと3次元差分二体相関分布関数法との比較は、トルシェ・タイル・モデルとの良好な一致を示した。この非周期性が、結晶内に不規則な細孔ネットワークを形成した。(KU,nk,kj,kh)

【訳注】
  • 二体相関分布関数法(pair-distribution function):短距離(ユニット・セル以下)から中距離レンジ(ナノメートル・スケールのオーダー)の構造を可視化する手法。
Science, ade5239, this issue p. 357; see also adf0261, p. 330

自然免疫の活性化を再考する (Rethinking innate immunity activation)

多細胞生物は、細菌感染に対してパターン認識受容体(PRR)の活性化により自然免疫応答を開始する。これらの受容体は細菌が産生するリガンドを認識するので、それらは成功した増殖感染に応答するものと広く考えられている。しかしPRRのリガンドは、感染段階には普通暴露されないであろう細菌由来のタンパク質と核酸であることが多い。Kaganは展望記事で、植物と動物のPRRが、実際は感染非忠実(infection infidelity)を認識し、感染期間中の誤りが自然免疫を誘発すると提案している。どのようにしてPRRが活性化されるのかを再考することは、抗感染薬の開発のための新たな道を切り開くかもしれない。(MY,kh)

【訳注】
  • 感染非忠実:ここでは、細菌が多細胞生物の細胞内に取り込まれた後に、分解されずに増殖する成功感染ではなく、細菌が分解されたり代謝物を分泌したりしてPRRのリガンドが産生される感染のことを言っている。
Science, ade9733, this issue p. 333

アマゾン喪失 (Losing the Amazon)

アマゾンの熱帯雨林は、生物多様性の特別に高い場所であり、土地利用の転換や気候変動による脅威にさらされている。この号の2つの分析レビュー記事が、アマゾン流域における森林の損失と劣化に関するデータを統合し、その現状と将来の見通しに関する1つのよりはっきりした姿を示している。Albertたちは、アマゾンの変化の動因を検討し、人為的な変化が、自然により生じた過去の環境変化よりもはるかに速く起こっていることを示している。アマゾンでは森林破壊が広く記録されているが、森林劣化も生物多様性と炭素貯蔵に大きな影響を及ぼしている。Lapolaたちは、木材採取と生息地細分化、火災、干ばつによるアマゾンの森林劣化の動因と結果を統合した。(Uc,MY,nk,kj,kh)

Science, abo5003, abp8622, this issue p. 348, p. 349

場所、場所、場所が大事 (Location, location, location)

防御免疫応答を作り出すために、ワクチン抗原は外来病原体の天然のタンパク質構造を模倣するように設計される。ワクチン接種の後、抗原は接種部位からリンパ管によってリンパ節へと運ばれる。そこは免疫応答が開始される組織である。Aungたちは、好結果の抗体反応を開始するためには、入ってくる抗原が濾胞と呼ばれるリンパ節内の特定の位置に局限される必要があることを見出した(KaliaとHickmanによる展望記事参照)。迅速に濾胞に向かわなかった抗原はプロテアーゼによって壊された。抗原を濾胞に迅速に届けたワクチンが完全な抗原を保護して、よりよい抗体反応を作り出した。これらの知見は、中和が困難であったり、遺伝的に変異しやすい病原体に対するワクチンを設計するのに影響を与えるかもしれない。(hE,nk,kh)

【訳注】
  • リンパ節:全身からリンパ液を回収して静脈に戻すリンパ管系の途中に位置し、非自己異物が血管系に入り込んで全身に循環してしまう前にチェックし免疫応答を発動して食い止める関所のような機能を持つ。 皮質と髄質を持っており、さらに皮質は濾胞を中央にもち、周囲に傍皮質を持つ。
Science, abn8934, this issue p. 350; see also adf5134, p. 332

ビグアナイドによる複合体I阻害 (Complex I inhibition by biguanides)

メトホルミンは2型糖尿病の治療に広く使用されているビグアナイド薬だが、代謝への影響は複雑であり、構造が単純で結合が比較的弱いため、さまざまな作用機序が提案されている。Bridgesたちは、メトホルミンと同類だがより強く結合するビグアナイド阻害剤(注:ビグアナイド薬のことでビグアナイド薬の阻害剤ではない)に結合した、ウシの複合体I構造を決定した。構造から、3つの異なる場所に潜在的な結合部位があることがわかり、そのすべてが異なる効果に寄与している可能性がある。最も強力な部位は補酵素Q結合チャネルであると思われるので、著者たちは、阻害の主な形態は、複合体I酵素の静止している不活性状態の再活性化を止めることである可能性があると提案している。(Sh,kj,kh)

【訳注】
  • ビグアナイド薬:抗糖尿病薬の一群で、肝臓での糖新生の抑制、腸管からの糖吸収の抑制、筋肉組織でのインスリン感受性を高めることによる糖取り込みとその消費の促進、により効果を発揮する。
  • 複合体I:呼吸における電子輸送において最初の段階の反応を行う、ミトコンドリアのマトリックス膜に埋め込まれた酵素複合体。
Science, ade3332, this issue p. 351

霊長類における照度のコード化 (Encoding illumination in primates)

光は、多くの生理学的機能と行動を調節するため、ほとんどの生物にとって重要な環境要因である。この調節の中心にあるのはメラノプシンと呼ばれる光受容分子と、網膜から脳に信号を送るニューロンである内因性光感受性網膜神経節細胞(ipRGC)内でのその作用である。霊長類のipRGCについてはほとんど知られていない。Liuたちは、霊長類のipRGCを識別する方法を開発し、それを用いて霊長類が視覚世界をどのように感知しているかを調べた(Martinによる展望記事参照)。彼らは、ipRGCが、 生命の階層全体に分布している特別に分化した細胞を用いて、環境照度の総合的な強度をコード化していることを見出した。これらの細胞は、細胞は図形細部に鈍感で広いダイナミック・レンジを示す。(KU,nk,kj,kh)

【訳注】
  • 生命の階層(biological organization):還元主義によって生物を定義するのに用いられるヒエラルキーで、生物学的構造および体系を複雑系科学に基づき階層付ける。
Science, ade2024, this issue p. 376; see also adf9350, p. 335

地球規模の風化速度 (A global rate for weathering)

化学的風化は、地質学的な時間尺度で二酸化炭素が調節される重要な道筋である。しかしながら、多くの要因が風化の速度に影響を与えるため、実験室規模から地球規模の推定値に拡張することは困難である。Brantleyたちは、地球上の主要な岩石種の風化速度制限要因を理解するために、いくつかの異なる(時間的)長さ尺度で風化速度を評価した(Hiltonによる展望記事参照)。著者たちは、この情報を用いて地球規模への拡張を行い、化学的風化の温度依存性の推定値を得た。その結果として得られたモデルは、将来的に風化を増加させようとしている気候変動に対する風化反応を理解するのに役立つであろう。(Sk)

Science, add2922, this issue p. 382; see also adf3379, p. 329