Science January 20 2023, Vol.379

リスクの報酬 (Risky payoffs)

自然界では、環境の変動はよくあることで、生存し繁殖しようとする種にとって良い年もあれば悪い年もある。動物の中には、今後の環境がどうなるかに賭けるものがあり、戦略の違いが全体的な適応度に影響を与えうる。Petrulloたちは、何十年にもわたって監視されてきたアメリカアカリス集団におけるさまざまな戦略を研究した。彼らは、良い環境に賭け、より多くの子供をもうけた母リスが、悪い環境に賭けた母リスよりも全体的な適応度が高いことを見出した。これは、この楽観的な母親が間違った場合ですら同じ結果であった。(Uc,kj,kh)

Science, abn0665, this issue p. 269

根粒形成経路の解析 (Parsing nodulation pathways)

マメ科植物は、窒素を固定する根粒に常在する共生微生物から恩恵を受けているが、他のほとんどの植物は、外部から供給または収集される窒素に依存している。Rubsamたちは、マメ科植物のモデルであるミヤコグサにおいて、根粒の発生の開始と感染の制御を行う二機能性受容体複合体を同定した。ひとたび受容体複合体が形成されると、根粒の発生は、この受容体のキナーゼを含む細胞内ドメインによってのみ駆動することができたが、根粒菌の感染を維持するためにノッド因子を認識する外部ドメインが必要だった。ミヤコグサの根粒器官形成を維持することができる受容体が、共生の窒素固定根粒を形成しない穀物オオムギで同定された。このことは、穀物でも窒素固定を可能にする道のりが私たちが考えていたよりも短いかもしれない。(KU,nk,kj,kh)

【訳注】
  • ノッド因子:マメ科植物の根粒形成開始時に根粒菌として知られる細菌が産生するシグナル伝達分子。
Science, ade9204, this issue p. 272

ペロブスカイト・モジュールへの2つの付加部材 (Two additives for perovskite modules)

真空急速蒸発溶液処理(vacuum flash solution-processing)法により作られる大面積ペロブスカイトの太陽電池の素子とモジュールの性能が、2つの異なる付加部材により高めらた。Youたちは、ペロブスカイト薄膜中の粒界間の電子輸送を速めイオン移動を抑制する、ホスホン酸基を有するフラーレン誘導体を合成した。彼らはまた、従来型の気体雰囲気からのドーピング法とは異なり、正孔輸送層の素早いp型ドーピングを容易にできる活性酸化還元種の置換基を有する酸化プロピレン重合体を調製した。大面積モジュール(17平方センチメートル)は最高21.4%の電力変換効率を示した。このモジュールは、高い温度で3000時間以上の連続光照射後に、その効率の95%を維持した。(MY,kj,kh)

【訳注】
  • 真空急速蒸発溶液処理法:塗工液の塗布後に塗布膜を短時間減圧し、塗布膜中の溶媒を蒸発させることで、ペロブスカイト太陽電池に適した結晶を持つ前駆層を素早く得る方法。
  • モジュール:太陽電池の構成単位で、太陽光を電流に変換する素子(セル)をまとめたもの。これをまとめて設置単位であるパネルを構成する。
  • ホスホン酸基:-P(=O)(HO)2で表される化学基。
  • 活性酸化還元種:ここでは安定ラジカルであるTEMPOと呼ばれる2,2,6,6-テトラメチルピペリジン1-オキシル、およびそれとトリフルオロメチル基を有する化合物との塩化合物のことを言っている。
Science, add8786, this issue p. 288

量子シミュレーションのための混成技術基盤 (A hybrid platform for quantum simulation)

量子シミュレータは、通常、制御可能なように格子上に配置され次いで相互作用させられる一式の量子粒子からなるものであるが、さまざまな限界に直面している。例えば、中性原子からなるシミュレータは個々の原子を独立に制御したり情報を読出したりできる柔軟性に欠けており、捕捉イオンからなる量子システムは数十個以上のイオンに拡大することが難しく、超伝導量子回路は量子ビット間の局所相互作用に限定されている。Zhangたちは、マイクロ波領域のフォトニックバンド・キャップを持つメタ物質の導波管で接続された超伝導量子ビットからなる多体量子シミュレータを構築した。この超伝導量子ビットとメタ物質の混成手法は、格子を2次元に拡張し、より多くの量子粒子を内在させて、大規模量子シミュレータ技術基盤の発展に向けた道筋を示している。(NK,MY,nk,kh)

【訳注】
  • フォトニックバンド・キャップ:誘電率が波長程度の距離で周期的に変化するところで生じる、電磁波の伝播が抑制される(電磁波の)周波数領域のこと。
Science, ade7651, this issue p. 278

より多い情報のためには、多少の雑音を立てろ (For more information, make some noise)

ホログラムは、3次元の光景に関する情報を保持し、それを2次元模様(メタサーフェス)に圧縮することが可能な、大容量記憶貯蔵媒体と見なすことができる。1つのホログラム模様にさらに多くの画像を保存しようとすると、相互干渉や保存データの破損をもたらす傾向がある。Xiongたちは、この工程への予め調整された雑音の導入が、貯蔵容量の増加を可能にすることを見出した。この手法は、大容量の光学表示装置、情報の暗号化、データ貯蔵などの応用におけるメタサーフェスに役立つであろう。(Sk,nk,kj,kh)

【訳注】
  • メタサーフェス:波長よりも小さな構造体を2次元に周期配置して、任意の誘電率・透磁率を実現するメタマテリアルの一種。
Science, ade5140, this issue p. 294

輻射平衡にある星のダイナモのシミュレーション (A simulated dynamo in radiative stars)

強い恒星の磁場はダイナモによって生成されるが、それには一般的には恒星内部の物質の対流を必要とする。Petitdemangeたちは数値シミュレーションを用いて、純粋に輻射平衡にある(これは対流がないことを意味する)層の中で恒星ダイナモがどのように形成されるかを示した。それらの結果は、Tayler-Spruitダイナモとして知られている理論的な予測が与える多くの特性と一致した。その結果生ずる磁場は星の内部に閉じ込められたままなので、表面で観測可能ではないだろうが、星震学を用いて推測できる可能性がある。磁場は角運動量を輸送することができるため、この機構は星のコアの自転を遅くし、外層の回転を増加させる。これは、化学元素の混合を促進する。(Wt,nk,kh)

Science, abk2169, this issue p. 300

リンパ腫がどのように打ち負かすか (How lymphomas outcompete)

リンパ腫は、(免疫に必要とされる厳密な自然選択プロセスを経た)B細胞から生じる免疫系のガンである。これらの高度に変異および分裂しているB細胞は、生き延びるためにT細胞ヘルプを得ようと互いに激しく競合する。B細胞転座遺伝子1(BTG1)に影響を与える変異は、B細胞リンパ腫でだけで起きるもので、乏しい臨床成績に関連している。 Mlynarczykたちは、変異BTG1の影響が、T細胞ヘルプ応答のかすかな加速をB細胞に付与することのみに限定されていることを見出した。この影響は、B細胞の自然選択を支配するチェックポイントで生じ、それ故にこれらの細胞は「超競合者(supercompetitor)」となり、正常な対応物を圧倒して取って代わった。この挙動は、胚固有の超競合プロセスを反映しており、BTG1が適応免疫応答中の自然選択の進化的「ゲートキーパー」であることを示している。(KU,MY,nk,kj,kh)

【訳注】
  • T細胞ヘルプ:B細胞が抗体産生細胞へと分化するのに必要なヘルパーT細胞からの刺激。
Science, abj7412, this issue p. 252

CRISPRの10年 (A decade of CRISPR)

CRISPR-Cas9がゲノム編集技術として発表されてからの10年間で、CRISPRの道具およびその用途は基礎および応用の生物学的研究を大きく変えてきた。WangとDoudnaは今回、CRISPRに基づくゲノム編集の起源と有用性、この技術の成功と現在の限界、並びにどこに革新と技術が必要とされるか、について総括している。著者たちは、CRISPRゲノム編集技術の発展における重要な進歩を記載し、またこの分野がどこに向かっているのかについて予測をしている。彼らはまた、医療と農業において、いかにCRISPRがすでに社会に影響を及ぼしているかという具体例を、将来への刺激的な好機とともに強調している。(hE,kh)

【訳注】
  • CRISPR(clustered regularly interspaced short palindromic repeat; クリスパー):数十塩基対の短い反復配列を含み、原核生物における一種の獲得免疫系として働く遺伝子部位である。RNA依存性のDNAエンドヌクレアーゼであるCas9が標的DNAの切断が可能であることから、CRISPR-Cas9システムによるゲノム編集が開発された。
Science, add8643, this issue p. 251

脚光を浴びる肉腫遺伝子 (Sarcoma genes in the limelight)

肉腫は筋肉と骨その他の結合組織のガンで、若い患者に発生する傾向があり、しばしば高い進行性を示し治療が難しい。肉腫は比較的まれであるため、肉腫の生理は、より一般的なガンの生理ほどよく理解されていない。何千人もの患者とその家族、比較対照者が関わる大規模な多国籍ゲノム研究でBallingerたちは、変異が、テロメアの生理と有糸分裂機能の変化を通じて肉腫を発症する遺伝的な危険性を増加させる、明確な生物学的経路を特定した(MandelkerとLadanyiによる展望記事参照)。これらの発見が治療の進歩につながるには、さらに多くの研究が必要だが、この研究は致命的な病気に対する非常に必要な生物学的洞察を提供する。(Sh,kh)

Science, abj4784, this issue p. 253; see also adf8572, p. 238

歪みによる合成 (Synthesis by strain)

化学者はしばしば歪んだ中間体に頼って、この歪を緩和する反応を進行させる。このような状況において、隣接二重結合を密な炭素環に詰め込む環状アレンは十分に活用されていなかった。今回Ippolitiたちは、海洋天然物リソデンドリン酸A(lissodendoric acid A)を作る合成経路について報告している(JankovicとWestによる展望記事参照)。この経路は、一時的な環状アレンの生成に依存して、この天然物の縮合環を作製する。彼らは、ケイ素置換基へのフッ化物の攻撃と隣接する臭化物の追い出しにより、キラルな前駆体から単一鏡像型の環状アレンを利用可能にし、この天然物を合成する、ピロン試薬との立体特異的なディールズ・アルダー環化付加反応を用意した。(MY,kh)

【訳注】
  • アレン:C=C=Cを骨格に持つ化合物。
  • ピロン:酸素を含む複素環化合物の一種。
  • ディールス・アルダー反応:4炭素の共役ジエンに2炭素のアルケンが付加して不飽和6員環を形成する反応。
Science, ade0032, this issue p. 261; see also ade7122, p. 237

特別大きな細孔へと鎖を縮合する (Condensing chains into extra-large pores)

特別大きな細孔を有するゼオライトは、より大きな分子を吸着して処理できるかもしれないが、このような材料を合成する戦略は限られている。Liたちは、1次元鎖を持つケイ酸塩前駆体が、加熱されると縮合反応を受けて有機鋳型を取り外し、結晶形態を保つSi-O-Si架橋を形成できることを示している(Morrisによる展望記事参照)。得られた低密度で純二酸化ケイ素のゼオライトは14員と16員のケイ酸塩環を持ち、熱的および水熱的な安定性が高かった。(MY)

【訳注】
  • 有機鋳型:ゼオライトの多孔性の生成に用いられる含窒素化合物などの有機化合物のことで、一般的に有機構造指向剤と呼ばれるもの。
Science, ade1771, this issue p. 283; see also adf3961, p. 236

夜空は急速に明るくなりつつある (The night sky is rapidly getting brighter)

空に漏れる人工照明は空を光らせ、人間や動物が星を見るのを妨げている。人工衛星は上向きに放出される光を測定できるが、LED照明によって生成されるすべての波長あるいは水平方向に放出される光に対して敏感であるわけではない。Kybaたちは、市民科学者からのデータを用いて、世界中で光害がどのくらい人の星の見え方に影響しつつあるかを測定した(FalchiとBaráによる展望記事参照)。参加者は、さまざまな光害水準の天球写真を見せられ、どれが自分の見え方に最も近いかを尋ねられた。そのデータの傾向は、平均的な夜空が2011年から2022年にかけて毎年9.6%明るくなったことを示しており、これは8年ごとに空の明るさが2倍になることに相当している。(Sk,nk,kh)

Science, abq7781, this issue p. 265; see also adf4952, p. 234