Science December 23 2022, Vol.378

マウスの胚中のゲノムにスイッチを入れる (Switching on the genome in mouse embryos)

生命は、最初は母体のRNAとタンパク質に依存する、転写的に沈黙した胚から始まる。その後の発生を可能にするために、分化全能性の胚のゲノムが、転写的に「目覚め」させられる。この過程の重要性にもかかわらず、接合子ゲノム活性化 (ZGA) の引き金を引く必須の転写因子は、哺乳動物ではほとんど未確認のままである。Gasslerたちは、Nr5a2および関連する可能性のある孤児核受容体が、マウスの胚中のほとんどのZGA遺伝子の転写を活性化することを発見した。Nr5a2は、ZGA遺伝子の上流にある、短鎖散在反復配列B1ファミリーのレトロトランスポーズ可能な要素に結合する。発生的、ゲノム学的的、および生化学的データは、クロマチンを開くNr5a2の先導的活動によってZGAの引き金が引かれるというモデルを支持している。(Sk,kh)

【訳注】
  • 短鎖散在反復配列:多細胞生物のゲノム中に存在するおよそ100から700塩基対程度の短い散在性の反復配列
  • レトロトランスポーズ:特定の塩基配列が自分自身をRNAに複写した後、逆転写酵素によってDNAに複写し返されることで転移すること
Science, abn7478, this issue p. 1305

共変磁気測定 (Covariance magnetometry)

窒素空孔中心のようなダイヤモンド中の色中心欠陥は、小型の方位磁石針の様に振る舞う。その光学特性は、ナノ分解能の局所磁場に影響を受ける。今日までその測定の様相は静磁場や集合平均に限られており、動的挙動の入手は間接的測定のみであった。Rovnyらは、理論的フレームワークを構築し、ダイヤモンド中の2つの窒素空孔欠陥中心の同時測定から時空相関を検出するための新たな感知様式を実証している。共変測定は、ナノスケール磁気測定を用いた時空間挙動測定の新たな分野を開くであろう。(NK,kj,nk,kh)

Science, ade9858, this issue p. 1301

運動野は痛みの知覚を調節する (Motor cortex modulates pain perception)

一次運動野の主な機能は、動きを開始し、随意運動の行動を制御することである。意外なことに、痛みの知覚は運動野応答も呼び起こす。しかしながら、痛みの知覚の調節における運動野のこの型破りな役割に関する神経生物学的基礎についてはほとんど知られていない。Ganたちは、マウスの運動野を選択的に刺激した後の痛みの感覚成分と情動成分の調節に関与するニューロン経路と機構を研究した。化学的方法と光遺伝学的方法とを組み合わせた広範なウイルス追跡とマウス遺伝学は、第5層ニューロンの活性化は神経障害マウスにおける異痛症を逆転させたが、一次運動野の第6層のニューロンの特異的活性化が痛みの有害な成分を減少させることを明らかにした。(KU,kj,kh)

【訳注】
  • 異痛症(allodynia):通常痛みを感じないはずの刺激によって起こる痛み。神経障害性疼痛の患者に良く見られる症状。アロディニアとも呼ばれる。
  • ウイルス追跡:蛍光標識したウイルスでニューロンを標識して挙動をみる
Science, add4391, this issue p. 1336

イリドからのケテン (Ketenes from ylides)

一酸化炭素から複雑な分子を作り上げるほとんどの化学反応は、遷移金属触媒に依存している。Jorgesたちは、一酸化炭素がまた、ホスフィンを置き換えてカリウム・イリドときれいに反応することを見出した。結果として得られる負に帯電したケテニル化合物を単離して、結晶学的特性を明らかにすることができたが、これは酸素部位ではなく炭素部位での後段階の反応性に備える、曲がった構造を明らかにした。この挙動は、ケテンとその誘導体を生成するための求電子剤と陰イオンのさまざまな反応で裏付けられた。(Sk,kj,kh)

【訳注】
  • イリド:正電荷を持つ異種原子と負電荷を持つ炭素が、共有結合で隣接した構造をもつ化合物の総称。
  • ケテン:カルボニル基が二重結合で他の炭素原子に結合した化合物の総称.
Science, ade4563, this issue p. 1331

高速急冷で混合状態を維持する (Rapid quenching maintains the mix)

タンデム型ペロブスカイト太陽電池は、臭化物とヨウ化物の混合アニオンを有する安定で高効率なワイド-バンドギャップ・ペロブスカイトを必要とするが、これらのアニオンは結晶化の際に偏析しやすく、デバイス電圧と動作安定性を制限する傾向にある。Jiangたちは、穏やかなガス冷却法が臭素に富む表面層を形成し、その後の柱状成長が欠陥密度の減少した膜を生成することを、明確にした。この膜に基づく太陽電池は、65℃で2,200時間以上にわたってもとの90%の効率を維持した。全ペロブスカイト型のタンデム太陽電池は、2.2ボルトの高い開放電圧のもとで27.1%の効率を示した。(Wt,kj,nk)

Science, adf0194, this issue p. 1295

小さなものをたくさん作る (Making many tiny things)

アディティブ・マニュファクチャリングを用いて、幅広い材料にわたって高解像度かつ複雑な物体を作製することは、挑戦的な課題である。Hanたちは、フェムト秒光シートとナノ粒子を含んだハイドロゲルを用いて、さまざまな材料から非常に微細な物体を合成した。この方法は、セラミック、ポリマー、金属、半導体、その他の材料に対して有効でありながら、形状の微細なサイズを維持している。この技術は、さまざまな種類の材料でナノ加工を可能にするかもしれない。(Wt,KU,kh)

【訳注】
  • アディティブ・マニュファクチャリング:3Dの設計図を元に3Dプリンターで材料を積層し立体を造形する方法。
Science, abm8420, this issue p. 1325

DNAメチル化を再考する (Rethinking DNA methylation)

ガン細胞などの多くの分裂サイクルを経験する細胞は、分裂するごとにDNAのメチル化が次第に失われる「分裂時計」状態を示す。このため、ガン細胞中ではDNA低メチル化の大きな領域が生じ、これは加齢細胞でも同様である。展望記事において、Johnstoneたちは、この進行性の低メチル化を分裂時計としてどう考慮するかが、加齢とガンを我々がどう考えるかに影響を与えるかを議論している。この枠組みは、加齢細胞の不活性化を前もって見越し、悪性腫瘍への進行において克服される障害を示している。分裂時計のさらなる理解が病気進行のリスクを予測するために有益となりえるし、また治療で標的とすることが可能な病気の脆弱性を明らかにするかもしれない。(hE,kj,nk,kh)

Science, abn4009, this issue p. 1276

神経細胞の多様性を生み出す (Generating neuronal diversity)

脳内の神経細胞は、気が遠くなるほどの多様性を持っているようである。Ozelたちは、ショウジョウバエの異なるほぼ200種の神経細胞の個性が、わずか約10個の転写因子の組み合わせコードから設定されることを見出した。特定の転写因子の発現の変化が、神経細胞の運命に予測可能な変化を操縦し、これらの転写因子がホルモンのシグナル伝達と交差して脳配線を制御する。(KU,kh)

Science, add1884, this issue p. 1293

連合学習の枠組み (A framework for associative learning)

動物は、どのように環境的な手がかりと報酬などの遅延結果を学習して関連付けるのだろうか?時間差強化学習(TDRL)は、報酬学習の最も広く受け入れられているモデルである。Jeongたちは、学習におけるドーパミンの役割について形式的な説明とモデルを導入することで、この見解に異議を申し立てている。彼らは、動物がある出来事の原因を推測することを可能にする、遡及的な原因学習をサポートするアルゴリズムを提示している。2つの競合する仮説を直接比較するために、著者らは8つの実験的テストを考案した。テストされたすべての動物における8つの実験のそれぞれにおいて、彼らはTDRLシグナル伝達モデルに異議を投じ、すべての観察結果が彼らの因果推論アルゴリズムと整合的であることを示している。これらの知見は、脳における連合学習について、新たな生理学的・理論的枠組みを提供するものである。(Uc,KU,kh)

Science, abq6740, this issue p. 1294

イオン冷却 (Ionic cooling)

固体状態あるいは液体状態での冷却方法は、物質が何らかの相変化を経る熱量効果に頼ることが多い。LilleyとPrasherは、溶液中のイオンを使って物質の融解と結晶化を制御できることを見出し、著者たちがイオン熱量(ionocaloric)サイクルと呼ぶものを作り出した(Defayによる展望記事参照)。このサイクルは、他の熱量冷却方法と競合力のある冷却作用を推進できた。(MY,kh)

Science, ade1696, this issue p. 1344; see also adf5114, p. 1275

設計による高エントロピー (High entropy by design)

全固体二次電池電解質の重要特性は、リチウム・イオンを速く輸送する能力である。この特性は、電解質中の電荷担体イオンに対するパーコレーション通路の開発や、担体イオンの移動度を高めることにより実現されうる。しかしながら標準的な設計方法は、ドープ剤の選択を制限してその統合を難しくしている。Zengたちは、高エントロピー材料のいくつかの概念を固体電解質の開発に適応させた(BotrosとJanekによる展望記事参照)。高エントロピー金属カチオンの混合体を添加することで、局所的な無秩序性が引き起され、その結果、電荷を運ぶイオンのための格子点エネルギー分布の重なり合いを作り出す。この取り組みは、エネルギー差が低下した連結点のパーコレーション・ネットワークをもたらし、それに対応し、リチウム・イオンの高速輸送をもたらした。これは、リチウム系あるいはナトリウム系の電池で実証された。(MY,kj,kh)

【訳注】
  • 高エントロピー材料:ここでは、固体電解質に用いるアルカリ遷移金属リン酸塩(アルカリ:LiあるいはNa)の遷移金属をイオン半径が異なる複数の遷移金属元素にすることで、構成原子間距離の偏差が大きくなり、配置エントロピーが大きくなった材料のこと。
  • パーコレーション:絶縁性のマトリックスのなかで導電性のフィラーを充填していくとある臨界点で急激に3次元ネットワークができて高い導電性を得ること
Science, abq1346, this issue p. 1320; see also adf3383, p. 1273

ありふれた場所に隠れている (Hiding in plain sight)

透明性は、動きのない動物の隠蔽性を増加させるのに特に役立つカモフラージュの一つの方式を提供する。多くの分類群が透明性を進化させてきたが、赤血球が光を減衰させるため、脊椎動物にとって透明性は特に困難である。Taboadaたちは、グラス・フロッグが高水準の透明性を維持できるのは、赤血球の大部分が肝臓に「隠されている」ためであることを見出した (CruzとWhiteによる展望記事を参照)。この戦略により、このカエルは最も脆弱なときに透明性を得ることができる。この血液を肝臓に詰め込む過程を理解することは、血行動態に関する我々の理解をより広範に広げるのに役立つかもしれない。(Sh,KU,kh)

【訳注】
  • グラス・フロッグ:中南米の熱帯雨林で高湿の雲霧林の山地に生息するアマガエルモドキ科のカエル。大きさは約3cmで、背中側はライムグリーンで葉に同化し、腹側は透明で内臓が透けて見えるのが特徴。
Science, abl6620, this issue p. 1315; see also adf7524, p. 1272