Science December 16 2022, Vol.378

受容体設計原理の調査 (Exploring receptor design principles)

キメラ抗原受容体T細胞技術は、免疫系の細胞を注文受容体で修飾するもので、ガン治療に有効であることが証明されてきた。そのような 受容体中にコード化されうるさまざまな細胞応答を調査するため、また、それらの設計をより定量的かつ予測的にするため、Danielsたちは、そのような受容体に見出された13のシグナル伝達性モチーフの2400の可能な組み合わせのうちの約200を試験するとともに、機械学習を使って他の有効な組み合わせを予測した。著者たちはこれらの設計基準を用いて、シグナル伝達特性が改良されたヒトT細胞の受容体を作った。伝達特性のこの改良はマウス・モデルにおいて、より改善された腫瘍制御に寄与した。(MY,nk,kh)

【訳注】
  • シグナル伝達性モチーフ:キメラ抗原受容体を構成する、①T細胞表面の抗原認識部位、②細胞膜貫通部位、③T細胞活性化をひき起こす細胞内部位のうちの③のこと。①により腫瘍細胞抗原が認識されると活性化され、③によりT細胞活性化のシグナル伝達が引き起こされる。モチーフにより機能が異なり、望ましい抗腫瘍機能発現のためにモチーフ組み合わせの取り組みが行われている。
Science, abq0225, this issue p. 1194

材料設計が性能を最大化する (Material design maximizes performance)

ゼオライトは、 輪郭がはっきりした均一な細孔の大きさと特定の吸着特性により、同じくらいの大きさと形状を持った分子を分離できる。しかし、ゼオライトを高分子マトリクス支持体と混ぜ合わせる際に、これらの特徴を保持することは困難であった。Tanたちは、ゼオライトとの適合性のために選択された市販のポリイミド中に、二酸化炭素を引き付けることで知られているアルミノケイ酸塩SSZ-39を高比率で充填する方法を開発した。結果として得られた混合マトリクス膜は、柔軟で欠陥がなく、純粋なゼオライト膜の性能をも上回る優れた二酸化炭素の分離を示した。(Sk,kj,kh)

【訳注】
  • アルミノケイ酸塩SSZ-39:ゼオライトの一種でケイ酸塩中にある一部のSi原子をAl原子に置換したもの、SSZ-39はその置換型のひとつ
Science, ade1411, this issue p. 1189

C-N結合形成に光を当てる (Illuminating C-N bond formation)

炭素-窒素(C-N)結合の形成は医薬品合成に絶対必要である。パラジウム(Pd)触媒は、この達成に特に効率的な手段であるが、アルキル・アミンは、強く結合することでこの触媒を不活性化することがある。このアルキル・アミン化における問題を回避する幾つかの最近の取り組みは、アミンの修飾あるいはPd配位環境の変更のどちらかに焦点を当ててきた。Cheungたちは、光誘起電子移動が多能性の1価Pd中間体を形成することで動作する異なる手順を報告している。この方法はまた、より密に置換された炭素骨格との適合性があり、2つの鏡像生成物のうちの1うだけを選択的に生成できる。(MY,nk,kh)

Science, abq1274, this issue p. 1207

モアレ格子を探査する (Probing the Moire lattice)

二次元材料の二重層の光電子物性は、ねじれ角に依存した豊富な特性を示す。その輸送特性の直接的探査と原子のつながり方 (atomic registry) との関係付けが、これまで不足していた。Susarlaたちは低温透過電子顕微法と分光法を用いて、二硫化タングステンと二セレン化タングステンの回転方向に整列した二層ヘテロ構造における、構造再構成とそれに伴う最低エネルギーの層内励起子の空間的局在を同時に可視化した。サブナノメートルの空間分解能は、モアレのユニット・セル内の層内励起子の実空間における画像化を可能にし、制御される特性を持つ材料の開発に役立つはずである。(Wt,KU,kj,nk,kh)

【訳注】
  • モアレ:干渉縞ともいい、規則正しい繰り返し模様を複数重ね合わせた時に、それらの周期のずれにより視覚的に発生する縞模様のこと
Science, add9294, this issue p. 1235

フラクタル-ホッピングする単極子 (Fractal-hopping monopoles)

スピン・アイスは、磁性イオンの四面体からなる結晶格子を有する。基底状態では、各四面体の4つのスピンのうち2つが内側を向き、2つが外側を向いている。磁気単極子と呼ばれる励起が生成されると、この単極子が結晶内を移動するため、この規則が破られる。単極子の動態は、磁気ノイズなどの量に反映されるが、その測定値は、最も単純なモデルが予測するものとは異なる周波数依存性を示していた。Hallenたちは、単極子の運動が以前に考えられていたよりも制限されており、フラクタル構造を持つクラスターに限定されていることに気づき、この謎を解いた (Flickerによる展望記事参照)。(Wt,kh)

Science, add1644, this issue p. 1218; see also ade2301, p. 1177

似ているが別れた種 (Similar but separate species)

種分化はしばしば異所性期間、つまり個体群が別の種に分岐するのに十分なほど長く空間的に離れている期間、を必要とする。その間に姉妹種は異なるニッチを占有するかもしれないが、生態学的分岐が異所的種分化の間に起こるのか、それとも後に起こるのかについては良く理解されていない。AndersonとWeirは、鳥類、哺乳類、両生類を含む1000組以上の姉妹分類群の形質データを用いて、時間経過に伴う形質の分岐をモデル化した。彼らは明確な適応の分岐を示す例はほとんどないことを見出し、姉妹群が類似の選択圧のもとで類似の形質最適化へ進化するというモデルをより強く支持した。(Uc,kj,nk,kh)

Science, abo7719, this issue p. 1214

TNFの細胞毒性を防ぐ道 (A path to prevent TNF cytotoxicity)

腫瘍壊死因子(TNF)は、炎症反応における中心的サイトカインであり、いくつかの炎症障害では薬理学的標的となっている。最近の研究がこれらの疾患におけるTNFの病理学的役割が細胞死を引き起こすその能力に由来する可能性を実証したが, 細胞死は正常時には細胞内で積極的に抑えられている事態だ。Huygheたちは、TNFがTNF受容体1(TNFR1)と結合することに応じて形成されるカスパーゼ-8-活性化複合体を分解することによって、TNFの細胞毒性を防ぐ、というリソソームを標的とする新奇な過程の存在を明らかにした。マウスモデルで局所的に不活性化して、この解毒機構を抑制すると、TNFR1で仲介される胚性致死または炎症性皮膚病を引き起こした。(hE,nk,kh)

【訳注】
  • 腫瘍壊死因子(TNF):細胞生存、アポトーシス、炎症反応、細胞分化などにおけるシグナル経路を活性化する多機能な炎症誘発性サイトカインであり、その細胞応答は、TNFT1とTNFR2の2 つの受容体を介して誘導される。
  • カスパーゼ8:TNF受容体のデスレセプターからのシグナル伝達に主に関与する、アポトーシス促進性のプロテアーゼ。
  • リソソーム:真核生物が持つ細胞小器官の一つ。生体膜につつまれた構造体で、膜内に取り込まれた生体高分子はここで加水分解される。
Science, add6967, this issue p. 1201

ひずみの下で柔軟性と導電性を維持する (Staying soft and conductive under strain)

ほとんどの導電性材料は硬くてもろい傾向があるのに対して、人間の組織は柔らかくてしなやかである。したがって、十分なしなやかさを持つが、性能の低下やゆがみを示さない導電性生体材料を作成することはやりがいのある課題である。Zhaoたちは3層設計を用いて、ひずみ起因の亀裂のある膜を、ひずみから隔離された(ひずみの影響を受けない)導電経路に連結した(RafeediとLipomiによる展望記事参照)。100%に至る初期の予ひずみにおいて、上部の脆い固体膜に亀裂が入り、ひずみエネルギーを消散させる。しかしながら、この亀裂は、電荷担体が層の間を移動して亀裂を回避する、ある種の平行で相互接続された電荷輸送が可能である。(Sk,nk,kh)

Science, abn5142, this issue p. 1222; see also adf2322, p. 1174

合成回路の構築要素 (Building blocks for synthetic circuits)

ヒトT細胞が腫瘍を攻撃するように遺伝子設計されるキメラ抗原受容体T細胞療法の有望性は、細胞に基づく治療法への関心を高めている。Liたちは、緻密なヒトのタンパク質に基づく設計を特徴とし、米国食品医薬品局が承認した低分子によって転写を調節可能にするプログラム可能な合成転写調節因子のツールキットを開発した (Salazar-CavazosとAltan-Bonnetによる展望記事参照)。著者たちは、適切な小分子によって活性化されると腫瘍を殺すヒト免疫細胞を設計し、また免疫細胞機能の連続的制御を可能にする二重-切り換えシステムを実証した。この技術基盤は、さまざまな状況で細胞治療法を設計するために適応できるかもしれない。(KU,nk,kh)

Science, ade0156, this issue p. 1227; see also adf5318, p. 1175

固形腫瘍を攻撃するT細胞を設計する (Designing T cells to attack solid tumors)

腫瘍抗原を認識する修飾された受容体を持つT細胞 (キメラ抗原受容体、即ちCAR T 細胞) は、B細胞悪性腫瘍の治療に有効であることが証明されているが、固形腫瘍はその機能を制限する免疫抑制性微小環境を作り出す。この制限を克服するために、Allenたちは、腫瘍抗原を認識し、T細胞にサイトカインのインターロイキン-2を分泌させることができる第二の合成受容体で改変T細胞を強化した(Salazar-CavazosとAltan-Bonnetによる展望記事参照)。インターロイキン-2は、腫瘍の免疫抑制効果にもかかわらず、T 細胞の局所的増殖を促進した。このように改変細胞は、マウス・モデルにおける固形腫瘍の効果的な治療を可能にした。(KU)

【訳注】
  • インターロイキン-2:T細胞によって分泌されT細胞の増殖と分化を促進する。
Science, aba1624, this issue p. 1186; see also adf5318, p. 1175

移入のための類似経路 (Alike pathways for import)

真核細胞は、細胞質基質から特定のタンパク質を移入する膜結合小器官を含む。ペルオキシソームと呼ばれる小器官は、重要な代謝酵素を含むため、ヒトの健康に不可欠である。しかしながら、どのように酵素がペルオキシソームに取り込まれるかは謎のままであって、折り畳まれたタンパク質やタンパク質小重合体でさえもペルオキシソーム膜を通過できるため、特にそうだ。Gaoたちは、ペルオキシソーム・タンパク質PEX13からの粘着性領域の複数のコピーが、膜内に密な網目構造を形成することを見出した。移動性移入受容体は、この障壁を通って拡散して小器官に入り、結合した積荷を運ぶことができる. この機構は、核膜孔を通る輸送に似ており、折りたたまれたタンパク質がペルオキシソームにどのように移入されるかを説明する。(KU,kh)

Science, adf3971, this issue p. 1187

飢餓時の脂質誘導シグナル (A lipid-triggered signal in starvation)

栄養飢餓は、細胞とその小器官にわたって協調する代謝の変化を引き起こす。Jangたちは、ヒトのX連鎖性中心核ミオパチーにおいて変異したホスホイノシチド3-ホスファターゼ、MTM1を介したエンドソームでのシグナル伝達脂質の代謝回転が、どのように小胞体を再形成しミトコンドリアの形態と酸化的代謝を制御するかを研究した (ZanellatiとCohenによる展望記事参照)。リレーとして働く脂質制御小器官は、エンドソームでのシグナル伝達脂質階層の栄養誘発性変化をミトコンドリアに伝達して、代謝再配線を可能にする。(Sh)

【訳注】
  • X連鎖性中心核ミオパチー:MTM1遺伝子の変異が引き起こす、主に骨格筋に影響を及ぼし、通常出生時に明らかな筋力低下と筋緊張低下がみられる疾患。
  • エンドソーム:細胞の飲食作用によって細胞内に取り込まれた様々な物質の選別・分解・再利用などを制御する袋状構造体。
  • 代謝回転:生物を構成している細胞や組織が生体分子を合成、一方で分解していくことで、新旧の分子が入れ替わりつつ平衡を保つ動的平衡状態。
Science, abq5209, this issue p. 1188; see also adf5112, p. 1173