Science July 15 2022, Vol.377

火星の降着成長は予想外の順序だ (Mars accreted in an unexpected order)

太陽系はガスと塵の星雲から形をなしたもので、太陽や惑星はそれからの降着で形成された。その集積順序は、化学元素の存在量とその同位体比を用いて復元できる可能性がある。PéronとMukhopadhyayは、火星隕石Chassignyにおけるクリプトンおよびキセノンの同位体を測定した。この隕石は、火星の内部組成を反映していることがすでに知られている。彼らは、通常のコンドライト隕石と類似の同位体比を見出した。これは、火星の質量の多くが固体起源であったことを示している。しかし、火星の大気は、星雲ガスに由来する同位体を持つことから、内部よりも後に付加されたに違いない。標準的な宇宙化学モデルは、この逆の順序を予測しており、この結果は、太陽系形成に関する現在の理解に疑念を抱かせるものである。(Wt,MY,nk,kj,kh)

Science, abk1175, this issue p. 320

熱化の動力学をシミュレートする (Simulating thermalization dynamics)

ゲージ理論は、物理学における最も成功したモデルのいくつかの基礎となっているが、その動態の計算は古典的コンピューターにとって極めて困難である。計算の代替となるのが、ゲージ対称性拘束を効果的に実装できる変調可能な物理系を用いた量子シミュレーションである。Zhouたちは、傾いたジグザク状の光格子にトラップされた冷却ボーズ粒子原子を用いて、U(1)対称ゲージ理論の熱化を調べた。系の進展はゲージ拘束が強制されたか否かに依存した。加えて、同じエネルギー密度を持った異なるゲージ対称性初期状態が、同じ熱状態に進化した。(NK,kj,kh)

Science, abl6277, this issue p. 311

形態で分化を予測する (Predicting differentiation with morphology)

分化し機能が専門化した状態を獲得するには、細胞形態の変化を伴う。Huangたちは、多能性幹細胞からの表面上皮への生体外の分化のモデルにおいて、形態関連遺伝子発現を解析することにより分化段階を明らかにできると報告している。形態関連遺伝子発現の解析を、クロマチンの立体構造およびエピジェネティック状態と組み合わせることにより、新規な転写主要調節因子であるGRHL3がさらに突き止められた。GRHL3は、クロマチン接近性を高めることによって、増殖因子BMP4と連携して表面上皮系統へのコミットメントの開始を駆動する。これらの知見は、細胞の形状と状態との間の密接な関係を浮き彫りにし、さらに転写因子とモルフォゲンの連携作用を明らかにしている。(MY,ok,kj,kh)

【訳注】
  • コミットメント:前駆細胞の運命が特定の細胞型になるよう決定されること。
  • モルフォゲン:細胞の分化を誘導する物質。
Sci. Adv. 10.1126/sciadv.abo5668 (2022).

水和プロトンはどんな状態で界面に集まるのか (How hydrated protons gather at interfaces)

水和プロトンは、物理と化学の多くの過程で極めて重要な役割を果たしている。しかし、原子レベルでの特性解析は、特に界面系に対しては、依然として実験的に難題である。Tianたちは、qPlusに基づく原子間力顕微鏡法と経路積分分子動力学法を用いて、金(111)面と白金(111)面に成長した水の網状構造において、水和プロトンの最も代表的な形態であるZundelカチオンとEigenカチオンの実空間画像化を示した。著者たちは、これらの界面において優先的に形成されるこれらのカチオンの二次元会合体の特性を明らかにした(Sugimotoによる展望記事参照)。彼らはまた、界面プロトンの転移が関与する共役型のEigen-Zundel相互変換の興味深い機構を明らかにした。これは恐らく、水素発生のような電気化学過程の重要な経路であり得るだろう。(MY,kh)

【訳注】
  • Zundelカチオン:H(H2O)2+で表され、2つの水分子が1つのプロトンを共有する構造を持つプロトン化水二量体。
  • Eigenカチオン:H3O+で表され、水分子が1つのプロトンを受け取った構造を持つプロトン化水。
  • qPlusに基づく原子間力顕微鏡:先端に一酸化炭素が担持された走査プローブを用いる非接触原子間力顕微鏡。
  • 経路積分分子動力学法:ファインマンの経路積分理論を利用して、多体原子系の物理量(例えば水の場合、比熱や水素結合距離など)に対する量子統計平均を得る方法。
Science, abo0823, this issue p. 315; see also add0841, p. 264

日焼け:ZAKの攻撃 (Sunburn: A ZAK attack)

Nod様受容体(NLR)は感染症の細胞内センサーであり、活性化されると、炎症反応を促進するサイトカインの産生とピロトーシス細胞死を誘発するシグナル伝達複合体(インフラマソーム)に凝集する。そのようなNLRの1つであるNLRP1は皮膚で発現し、急性日焼けの原因である紫外線B(UVB)照射によって誘発されることがある。Robinsonたちは、UVBによって誘発されたRNA光損傷がリボソームを機能停止させ、リボトキシン・ストレス応答キナーゼZAKαを活性化することを報告している。ZAKαはp38とともに、ヒトNLRP1の無秩序なリンカー領域を直接リン酸化する。いくつかの細菌リボトキシンもこの経路を始動し、将来の抗炎症療法の標的として役立つかもしれないことを示唆している。(KU,kh)

【訳注】
  • Nod様受容体(NLR:Nucleotide binding oligomerization domain-like receptor):細胞内で病原体構成成分を認識するセンサーとして作用するタンパク質。
  • ピロトーシス細胞死:炎症シグナルに応答して形成されたインフラマソームを介して透過性の孔が細胞膜に作られ、細胞膜成分が細胞外に流出することで生じる細胞死。
  • 紫外線B:波長280nm~315nmの紫外線。
  • リボトキシン:リボソームを酵素的に修飾することによってタンパク質合成を阻害する. タンパク質毒素群の総称。
  • p38:細胞の増殖、分化、死、ストレス応答など多くの細胞機能の制御に関わる細胞内シグナル経路であるMAPキナーゼ経路の最下流に位置するキナーゼ。
Science, abl6324, this issue p. 328

高分子を用いてキシレン異性体を分離する (Using polymers to separate xylene isomers)

3つのキシレン異性体のそれぞれは、多くの化学工程に対する重要な原料である。しかし、これらの異性体は同じような沸点を持つので、蒸留などの蒸発を用いる方法による分離は、エネルギーを大量消費し非効率である。Liたちは、マンガン系の積層一次元配位高分子(分子の鎖間距離が温度と炭化水素吸着量で変化する)を用いる代替分離法を開発した。393ケルビンでは、p-キシレンだけが空孔に入ることができ、一方、m-キシレンは333~393ケルビンの温度で空孔に入ることができ、また、o-キシレンは333ケルビン未満の温度でのみ可能である。一連の分離を通して、それぞれの異性体は高選択率で抽出されうる。この材料は単純で費用効率が高く、容易に拡張可能である。さらにこの材料は、水と空気への顕著な安定性と優れたリサイクル性を示す。(MY,kh)

Science, abj7659, this issue p. 335

フッ化物の後押し (A fluoride boost)

ペロブスカイト-シリコンの積層型太陽電池における広禁制帯幅ペロブスカイト層は、電子抽出層界面での高い界面再結合によって依然として制限されている。Liuたちは、成長中にペロブスカイトとC60電子輸送層の間に極薄のフッ化マグネシウム中間層を追加することが、非放射再結合の低減を促進することを示している。電子構造データの分析は、ペロブスカイトとC60の伝導帯の曲がりが、電子抽出を促進することを示した。認定試験での電力変換効率が29.3%の一体構造ペロブスカイト-シリコンの積層型太陽電池は、1000時間にわたって初期性能の約95%を維持した。(Sk)

Science, abn8910, this issue p. 302

感染歴の重要性 (Importance of infection history)

英国における医療従事者についての長期的な研究は、彼らの感染歴とワクチン接種歴を正確に追跡することを可能にしている。Reynoldsたちは、Omicron/Pango系統のB.1.1.529による直近の感染の波に対して、異種変異株による感染で予想外の免疫減衰効果があることを見出した。著者たちは、オミクロン株への感染は他のすべての変異株に対する免疫反応を高めるが、オミクロン株自体に対する応答は鈍いことを見出した。アルファ株への感染は、オミクロン株特異的な免疫応答を少ししか高めていなかった。さらに、以前に武漢株(Wuhan Hu-1)に感染した後にオミクロン株に感染しても、オミクロン株に対する中和抗体とT細胞応答を高めることができなかった。これは、深い免疫刷り込み効果を明らかにするもので、頻繁に再感染が起こる理由を説明している。(Uc,MY,ok,kh)

【訳注】
  • 免疫刷り込み:変異株への感染やワクチン接種があっても、引き起こされる免疫は最初に出会ったウイルス株やワクチン接種によって生じたものであるという、想定されている現象。
Science, abq1841, this issue p. 275

T細胞受容体の使用がγδT細胞の応答を決める (TCR usage defines γδ T cell response)

ガンマ-デルタ(γδ) T細胞は、上皮の監視を行い、また炎症誘発性応答と抗炎症性応答を調節するT細胞のサブセットである。この細胞は腫瘍成長にさまざまな役割をもっており、一般には、インターロイキンー17(IL-17)産生性サブセットは腫瘍の増殖を促進し、一方細胞毒性インターフェロン-γ (IFN-γ)産生細胞は腫瘍から保護すると考えられている。Reisたちは今回、腸γδT細胞のIL-17+サブセットとIFN-γ+サブセットの相反する機能が結腸ガンにどのように影響するかについてのさらなる理解の層を追加した。マウス・モデルを用いて、腫瘍浸潤性γδT細胞は腫瘍増殖を助長し、一方組織常在性のγδT細胞は腫瘍に抵抗することが見出された。特定のT細胞受容体Vγδ遺伝子の使用がγδT細胞の機能的な違いの鍵となるようである。すなわち、浸潤性の腫瘍促進性細胞ではVγ4/Vγ6を用い、常在性の抗腫瘍性細胞ではVγ1/Vγ7を用いる。(hE,kj,kh)

【訳注】
  • T細胞受容体:T細胞表面にあり、ウイルスに感染した細胞が細胞表面の主要組織適合性複合体を使って提示するウイルス小片であるウイルスペプチドを認識するタンパク質。α鎖とβ鎖からなるヘテロダイマーとγ鎖とδ鎖からなるヘテロダイマーの2種があり、前者の受容体を持つT細胞はαβT細胞、後者はγδT細胞と呼ばれる。
  • Vγn:γδT細胞受容体のγ鎖遺伝子群は、ヒトでは2つのCγ遺伝子、5つのJγ遺伝子および14個のVγ遺伝子が特定されていて、VγnはVγ遺伝子群のn番目の遺伝子を表している。C、V、Jはそれぞれ受容体を構成する定常領域(C領域)、可変領域(V領域)、それらを結ぶ接合領域(J領域)に対応する。
Science, abj8695, this issue p. 276

小惑星ベンヌの試料を採取する (Grabbing a sample of asteroid Bennu)

地球近傍の炭素質小惑星ベンヌは、OSIRIS-REx(Origins, Spectral Interpretation, Resource Identification, Security-Regolith Explorer)の試料持ち帰り作戦の対象であった。その小惑星とランデブーした後、探査機は2年間かけて小惑星の表面を調査し、適切な場所を選定した。Laurettaたちは、試料採取の過程とベンヌへの影響について述べている。その小惑星は、接触に対してほとんど抵抗は示さず、探査機が放出したガスは幅数メートルの窪みを作り、より赤い岩石や塵が露出した。あまりに多くの物質が集まって回収室が溢れた。約250gの詰め込みに成功し、作戦目標の60gを大幅に上回った。試料は2023年9月に地球に到着する予定である。(Wt,nk,kh)

Science, abm1018, this issue p. 285

気が滅入る心臓機能損失 (A disheartening loss)

Y染色体は最も小さい染色体で、遺伝子をほとんど含んでおらず、その機能は十分に理解されていない。しかし、血液細胞におけるY染色体のモザイク損失は、加齢に伴って頻繁に起こり、この変化がさまざまな病状と関連していることが観察されている。Sanoたちは、マウスの骨髄をY染色体欠損細胞で再構成して、この過程をモデル化した(ZeiherとBraunによる展望記事参照)。得られたマウスは線維化を起こしやすく、特に圧力負荷がかかると心機能が低下したが、トランスフォーミング増殖因子β1中和抗体による治療が有効であった。血液中のY染色体を失ったヒトの患者もまた、心臓病変の危険性が高かったことから、これらの知見の臨床的意義が支持される。(ST,kj,kh)

【訳注】
  • モザイク損失:Y染色体を喪失した細胞とY染色体を維持した細胞がモザイクとなること。
  • トランスフォーミング増殖因子:腫瘍細胞から分泌されαとβに大別される。このうちβは分子量12k〜15kのペプチド二量体で、上皮細胞の増殖抑制や創傷治癒の促進などの活性がある。腫瘍増殖因子とも呼ばれる。
  • 線維化:心臓の細胞が壊死し、その細胞が占めていた場所を補てんするコラーゲンの蓄積が過剰になること。
Science, abn3100, this issue p. 292; see also add0839, p. 266

探針で誘起される有機反応 (Tip-induced organic reactions)

表面での単分子変換の反応生成物の制御が、走査型トンネル顕微鏡(STM)探針を用いて誘起され、視覚化されてきた。Albrechtたちは、テトラクロロテトラセン分子を合成し、その分子を銅の上に成長させた薄い塩層に吸収させた(AlabuginとHuによる展望記事参照)。極低温条件下では、STM探針からの電圧パルスにより塩素原子が除去され、大きな中心環を持つ中間体が生成された。引き続く電圧パルスにより、この分子の他の異性体であるジインとクリセン骨格のビスアリーンが生成された。またこれらの反応は反対極性のパルスによって逆転可能であった。(KU,kj,kh)

【訳注】
  • テトラセン:4個のベンゼン環が直線状に縮合した化合物。
  • ジイン:ジアセチレン(分子内に三重結合を2個持つ脂肪族炭化水素の総称)。
  • クリセン:1,2ベンゾフェナントレン。
  • アリーン:ベンゼン環の隣接する2個の水素が除去されて三重結合をもつ短寿命の中間体。
Science, abo6471, this issue p. 298; see also abq2622, p. 261

劣化を防ぐふた (A cap against aging)

ペロブスカイト太陽電池の加速劣化試験は、いくつかの劣化経路を考慮に入れる必要がある。Zhaoたちは、全無機三ヨウ化セシウム鉛(CsPbI3)太陽電池に対して、二次元のCs2PbI2Cl2被覆層が、CsPbI3吸収体とチオシアン酸銅正孔輸送体層の間の界面を安定させ、その電力変換効率を17.4%に高めることを見出した(HabisreutingerとReeseによる展望記事参照)。110°Cまでのさまざまな温度と約65%の相対湿度での加速試験が、効率劣化に関するアレニウスの温度依存性を明らかにした。この太陽電池は、35°Cで5年以上その効率の80%を維持する可能性がある。(Sk,kh)

【訳注】
  • アレニウスの温度依存性:温度(絶対温度T)と反応速度(反応速度定数k)の関係が、温度上昇に対して反応速度が指数関数的に増大する(1/Tの増大に対してkの対数値が直線的に減少する)関係を示す温度依存性。
Science, abn5679, this issue p. 307; see also abq7013, p. 265

環境中の薬物 (Drugs in the environment)

医薬品公害は、人間や動物の治療に用いられた薬物が環境を汚染するとき、生態系を混乱させ、さまざまな生物にさまざまな影響を引き起こす可能性がある。特に感染症の流行および感染症の世界的流行の際の、薬物の使用量増加は、たいていは廃水を介して、より多くの医薬品が環境に入り込むことを許してしまう。展望記事においてOriveたちは、医薬品汚染の問題とその生態系への影響について論じている。彼らは、廃水の除染、薬物汚染の影響の理解、より簡単に除去される「より環境に優しい薬物」の開発、薬物公害の影響についての医療従事者の教育を含む、さらなる研究と開発が必要な重要な分野を特定している。(Sk,nk,kh)

Science, abp9554, this issue p. 259

情報転送の微調整 (Fine-tuning information transfer)

適応行動を生み出すために、私たちの脳は常に複数の情報源からの情報を組み合わせている。神経回路は、絶え間ない変化に直面してさまざまな入力系列のバランスをどのように調整し維持しているのだろうか? Sakalarたちは、ニューログリアフォーム細胞が、海馬と皮質の相互作用の開閉制御に関連するガンマ振動と強く結合していることを発見した(CraigとWittonによる展望記事参照)。ニューログリアフォーム細胞の活動は、錐体細胞の活動の全体的な水準に影響を与えることなく、錐体細胞の発火とガンマ振動間の連結の減少と相関していた。ニューログリアフォーム細胞は神経伝達物質γ-アミノ酪酸を局所的に放出し、これは局所電場電位の特定段階で、新皮質から海馬領域CA1への入力の影響を選択的に減少させた。この入力の変調により、さまざまなタイプの情報をさまざまな時間に転送できる。(Sh,kh)

【訳注】
  • ニューログリアフォーム細胞:皮質や海馬に見られ、遅速発火特性を持ち、軸索が自身の細胞体近傍に密に分岐している抑制性介在ニューロン。軸索が近傍に蜘蛛の巣状に張り巡らされた状態がグリア細胞(神経膠細胞)に似ていることから名付けられている。
  • ガンマ振動:脳波や脳磁図で検出されるγ帯域(30~100 Hz)の周波数をもつ脳活動。ニューロン活動を同期させるように働き、認知処理に関与する。
  • 錐体細胞:哺乳類において大脳皮質や海馬などに分布する興奮性の神経細胞。
  • 海馬:内側側頭葉に位置する脳部位の海馬は、記憶や学習に深く関わる。さらにその一部CA1領域は、過去の体験についての記憶や空間情報の記憶に関係することが知られている。
  • 局所電場電位:脳内から記録される比較的低周波の振動電位で、頭蓋表面から記録される脳波の元となる信号。
Science, abo3355, this issue p. 324; see also add2681, p. 262