Science July 8 2022, Vol.377

蓄積された文化の出現 (The emergence of cumulative culture)

実験的研究によれば、事前の知識がない人が、初期のヒト族に因んだ種類の石器を、教わることなく作り出すことが分かった。現代人の特徴の1つは、累積的文化の能力、つまり、文化の伝達を通じて世代を超えて知識を蓄積する能力である。考古学者たちは、約260万年前のオルドワン石器様式の出現とともに、この能力が初めて現れたと考えてきた。Snyderたちは、未経験者たちに単純な石核石器と剥片石器を作製することで解けるパズルを提示することによりこの仮定を試験し、未経験者たちが独学でオルドワン様式の例とよく似た加工品の作り方を学んだことを見出した。これらの結果は、累積的文化の能力がオルドワン様式よりも新しいものであることを示唆している。(Sk,ok)

【訳注】
  • オルドワン石器:自然石の一端を打ち欠いて、1つまたはいくつかの薄片を削り取って作った初期の石器であり、最初に見つかったアフリカの地名からこう呼ばれる。
Sci. Adv. 10.1126/sciadv.abo2894 (2022).

汎用化学実験の自動化に向けて (Toward automation of common chemistry)

現代の有機化学におけるほとんどの実験は、文献にある手順を用いて反応物を事前に準備することを必要とする。このような最も一般的な手順を自動化することは、クラウドソーシングによる最適化を促進すると同時に、研究者たちの時間を大幅に節約できるかもしれない。Rohrbachたちは、100以上のよく使われる合成手順を合成装置で実行可能な形式に変換し、そのうちの半数を実験的に検証した。著者たちはまた、新しい実行可能な合成手順を追加することができるオープン・データベースを立ち上げた。(ST,ok)

Science, abo0058, this issue p. 172

もっとよい延伸法を作る (Designing better ways to stretch)

誘電エラストマーは、電気エネルギーを機械仕事に変換できる電気活性重合体の一種である。それらは多くの場合、シリコーン樹脂やアクリル樹脂のエラストマーから作られる。シリコーン樹脂材料の方が加工が容易であるが歪みが小さく、一方アクリル樹脂材料の方は、高歪みを達成するのに予備延伸が必要である。Shiたちは、単量体の選択、短鎖・長鎖の両方の架橋分子の使用、および水素結合の制御能力により、応力-歪み応答と粘弾性の微調整が可能なアクリル樹脂系の誘電エラストマーを作った。さらに著者たちは、特性を損なうことなくこのエラストマー・シートを乾式積層する方法を開発した。この方法は、現状の大量生産工程とより互換性がある。(MY,ok,kj)

Science, abn0099, this issue p. 228

GPCRの動的制御 (Dynamic control of GPCRs)

アレスチンは、Gタンパク質共役受容体(GPCR)を介したシグナル伝達を調節するタンパク質の一群である。それらは、Gタンパク質を介したシグナル伝達に対する遮断スイッチとして最もよく知られているが、Gタンパク質に依らないシグナル伝達もまた調整する。Kleistたちは、もともとβ-アレスチン偏向性GPCRである非定型ケモカイン受容体3(ACKR3)を利用して、β-アレスチンの動員を研究した。核磁気共鳴分光法実験により、立体構造選択に対する役割が支持された。不活性状態では、リガンド結合ポケットの立体構造が不均一であることが示された。リガンドの結合は活性状態の安定化をもたらすことができ、それは次に細胞内領域での動態を調整してβ-アレスチンの動員を可能にする。(MY)

【訳注】
  • Gタンパク質共役型受容体:2つの末端がそれぞれ細胞内と細胞外にある7回膜貫通型受容体タンパク質で、細胞内に三量体Gタンパク質が結合している。受容体に刺激物質が結合すると、膜貫通ドメインの活性化と細胞内の三量体Gタンパク質のリン酸化が生じる。この受容体によるシグナル伝達系には、主要であるGタンパク質伝達系と、それとは異なるアレスチン伝達系がある。
  • アレスチン:Gタンパク質共役型受容体のGタンパク質伝達系を阻害し、アレスチンによる伝達系を引き起こす細胞内タンパク質。
  • β-アレスチン偏向性GPCR:Gタンパク質伝達系よりもβ-アレスチン伝達系を引き起こすGタンパク質共役受容体のこと。
  • ケモカイン:マクロファージ、内皮細胞、T細胞などから産生され、白血球の遊走に関わるサイトカイン。
Science, abj4922, this issue p. 222

警察対応を改善する道具 (Tools to improve police responsiveness)

女性への暴力は世界的に懸念されている問題であり、多くの状況での警察の不適切な対応は、それが続く要因となっている。Sukhtankarたちは、女性への暴力が蔓延し、また警察に行動を起こさせることが歴史的に困難な状況下で、発生した女性への暴力の報告率を改善するために作られたインドの警察改革策に関する無作為対照試験を実施した(BlaiとJassalによる展望記事参照)。著者たちは、研修、アウトリーチ、180の警察署への女性警官の配置からなる介入によって、女性への暴力事例に対する警察の登録が大幅に増加したことを見出した。これらの知見は、虐待を受けた女性に対する警察の対応をより広く改善する取り組みに、政策的な影響を与えるものである。(Uc)

【訳注】
  • アウトリーチ:公的機関や文化施設などによる支援サービス。
Science, abm7387, this issue p. 191; see also abp9542, p. 150

外面の方が良い (Better on the outside)

触媒中の希少で高価な貴金属の触媒活性を最大限に引き出す方法の1つに、金属酸化物担体に小さなクラスター、あるいは単原子を担持させる方法がある。白金とゼオライトの二官能性触媒は、アルカンの水素転換に工業的に用いられている。Chengたちは、触媒調製時に、ゼオライトの管状細孔の内部ではなく、ゼオライトまたはそのアルミナ・バインダーの表面に白金クラスターを形成させると、白金の使用量を減らし、異性体選択性を向上させることができることを明らかにした。アルミナ表面に吸着された白金イオンの還元はさらに困難であったため、単原子触媒を形成するような調製法では、活性が低かった。(Wt)

Science, abn8289, this issue p. 204

無秩序だが効率的 (Disordered but efficient)

熱電材料は、その多くが比較的単純な組成を持ち、熱を電気に変換する。しかしながら、Jiangたちは、ゲルマニウム・テルルを主成分とする材料に、より多くの陽イオンを追加すると、優れた熱電特性を備えつつ相を安定化させることを見出した。この高エントロピー材料は、陽イオンの乱れのため熱伝導率が低くなるが、良好な電気的特性を維持するのに役立つ対称性を向上させた。この材料は、高い熱電効率を示すいくつかの素子に用いられた。(Sk)

Science, abq5815, this issue p. 208

代謝のつなぎ直しが傷の治癒を助ける (Metabolic rewiring helps wounds heal)

皮膚損傷後の素早い治癒は、外部の脅威から我々の内部器官を守るのに必須である。上皮は、損傷を急速に修復するために増殖と遊走を同時に行いながら、低酸素の外傷環境に対処しなければならない。酸素欠乏へのそのような適応は長らく、低酸素誘導因子1a(HIF1α)の活性化による直接の細胞感知と応答性に依存していると考えられてきた。Koniecznyたちはそうではなく、皮膚常在性のγδT細胞により産生されるサイトカインのインターロイキン17A(IL-17A)が、HIF1αを介して低酸素への上皮の適応を促進することを見出した。この IL-17AとHIF1αの連関は、修復を加速する上皮細胞の解糖代謝プログラムを活性化する。これらの知見は、慢性低酸素への細胞適応を推進することによる迅速修復での免疫由来2次シグナルに対する役割を強調するものである。(MY)

【訳注】
  • 低酸素誘導因子:細胞に対する酸素供給が不足状態に陥った際に誘導されてくるタンパク質で、転写因子として働く。
  • γδT細胞:普通のT細胞とは異なったタイプのγ鎖とδ鎖からなるT細胞受容体を表面持つ細胞集団で、免疫特性が自然免疫系と獲得免疫系の境界に位置する。
Science, abg9302, this issue p. 170

心臓の構造を複製する (Replicating the structure of a heart)

心臓におけるマトリックス繊維を含めて多くの組織におけるその繊維の配向は、正常な機能あるいは機能障害に影響を与えることがある。Changたちは集束回転ジェット紡糸を開発した。この装置は、高分子材料をマイクロメートルスケールで好みの配向をもった細長い繊維の形状に堆積させることができる(SeftonとSimmonsによる展望記事参照)。この方法を用いて、著者たちは正常な人間の心臓と同様な特性を持つ人工心臓を製作することができたが、繊維の配向を意図的にずらすことで病気の心臓モデルをも造ることが出来た。完全に構築されると、収縮細胞が足場に播種され、その複合形態が自然な心臓のいくつかの活動的性質を帯びるようになる。このモデルはまた、心臓固有繊維の配向誤りが機能にどのように影響するかを示すことができる。(KU,kj)

Science, abl6395, this issue p. 180; see also add0829, p. 148

より良いモデルのために統合して拡張する (Unite and expand for better models)

膨潤した高分子膜を通る輸送は、従来から細孔流モデルまたは溶液-拡散モデルのいずれかによって説明されてきた。前者は多孔質膜に最も適しており、その輸送がサイズ排除と静電効果によって制御されるが、それに対して後者は非多孔質膜に最も適しており、その輸送が溶解性と拡散性によって駆動される。Hegdeたちは、溶媒と膜母材を別々の相として扱う液体-固体モデルを用いて、これら2つの古典的モデルを統合することが可能であることを示している(Geiseによる展望記事参照)。この方法は、以前のモデルの予測をとらえており、膜内圧力と濃度のプロファイルの両方の決定を可能にする。それはまた、機械的に不均一な膜のモデル化を可能にし、膜設計に有用な手段となるかもしれない。(KU)

【訳注】
  • サイズ排除:より小さな成分ほど膜の細孔中に寄り道する時間が長くなり、細孔に入ることのできないほど大きな分子量の成分はまったく細孔に入ることなく排除される。サイズ排除クロマトグラフィーはカラム内充填剤の細孔を通る分子のふるいにこれを応用している。
Science, abm7192, this issue p. 186; see also abn5485, p. 152

音楽の痛み減少効果 (The pain-reducing effects of music)

音が痛みを効果的に抑えられることが先般来知られている。しかしながら、音楽または雑音の鎮痛効果が何によるのかはまだわかっていない。Zhouたちは、マウスでいくつかの方法を用いて、聴覚野が痛覚に含まれる領域群と機能的に関連することを示した(Kunerおよび Kunerによる展望記事参照)。痛みが体のどこにあるかによって神経回路が異なる。5デシベルの信号対雑音比(SNR)のホワイト・ノイズが後肢に与える鎮痛効果では聴覚野から後視床核への投射が関与するが、前肢では聴覚野から後腹側核への投射が関与する。したがって、異なる身体部位で受けた痛覚情報を処理するには、異なる視床核が関与している。(hE,kj)

【訳注】
  • ホワイト・ノイズ:音声などに混入するノイズの中で、全ての周波数帯域においてエネルギーが均一に混入した雑音をいう。
Science, abn4663, this issue p. 198; see also add0640, p. 155

希釈誘発性秩序化 (Dilution-induced ordering)

界面活性剤のような多くの分子は、溶液中に置かれると秩序構造を形成することがある。典型的には、それらの系はより秩序性が高く、濃度が高くなるにつれて球状から棒状へと構造が変化する。Suたちは、水中でのベンゼン1,3,5-トリカルボキシアミド(BTA-EG4)とカチオン性界面活性剤であるオクチルトリメチルアンモニウム・ブロミド(OTAB)との系を研究した(Webberによる展望記事参照)。BTA-EG4は水中で超分子重合を受けて、高濃度ほどヒドロゲルを形成しようとし、一方、OTABは小さな凝集体を形成しようとする。しかし、混合されると、OTABは最初にBTA-EG4ヒドロゲルを破壊するが、希釈されると界面活性剤の効果が低下するため、これらは元に戻る。注意深く扱うと、これは濃度の関数でゲル-ゾル-ゲル-ゾルとなる系へと拡張されうる。(MY)

【訳注】
  • 超分子重合:非共有結合性の分子間力を利用し分子同士を接着し、鎖状に連結することで高分子を作ること。この接着は温度を上げたり、特定の有機溶媒を使うなどすると容易に外れ、元の小分子に戻すことができる。
Science, abn3438, this issue p. 213; see also abo7656, p. 153

脊椎動物の先祖なのか? (Vertebrate ancestor?)

ユンナノゾアンは、カンブリア紀の動物であり、脊索動物の祖先であるかどうかに関して長い間議論されてきたという分類学的状況にある。Tianたちは、新たなユンナノゾアン標本に新たな画像処理法を使用し、それらの鰓弓(さいきゅう)が微細繊維からなる細胞外基質中の軟骨で構成されているという証拠を発見した(Miyashita による展望記事参照)。この組織の種類の組み合わせは脊椎動物に特異的であると考えられており、この群の動物が実際に脊椎動物の基礎であることを示唆している。この関係は、この古代の先祖の調査に基づいて、咽頭骨格(顎と頭蓋骨を含む)の進化への洞察を得ることを可能にする。(Sk)

【訳注】
  • 鰓弓(さいきゅう):脊椎動物の胚発生の過程でできる、数対の弓状の構造物。
Science, abm2708, this issue p. 218; see also adc9198, p. 154

エキゾチックな相を理解する (Understanding an exotic phase)

異常金属は、クプラート(銅酸化物)超伝導体のような材料の相図に出現する特異な輸送特性を有する金属相であるが、その性質は、依然として凝縮系物理における重要な難題の1つである。Phillipsたちは、この金属相の理解に向けた実験と理論の進展について概説している。著者たちは、量子臨界、プランク散逸および量子重力との関係について考察した。(NK)

Science, abh4273, this issue p. 169

ヒトとマウスの違い (The difference between human and mouse)

過去数十年にわたって、マウスは脳研究のモデル生物になってきた。イオン・チャネルやシナプス受容体、他の重要なマウス脳の分子構成要素は、ヒトのものと進化的に密接に類似しているため、皮質神経回路についても対応する類似性が想定されている。しかし回路構造が種間でどの程度進化したのかを決定するには、シナプス分解能での比較コネクトーム研究が必要である。Loombaたちは三次元電子顕微鏡を用いて、マウスとヒトやマカクの大脳皮質のシナプス接続を比較した。ヒトのニューロンは、マウスに比べてはるかに大きく数も多いが、平均するとより多くのシナプス入力を受け取ることはない。そしてヒト皮質には、マウスの3倍も多く介在ニューロンがあるが、興奮性と抑制性の比率は種間で類似している。(Sh)

【訳注】
  • コネクトーム:生物の神経系内のニューロン、ニューロン群、領野などの各要素間の詳細な接続状態を表した地図。
  • シナプス:あるニューロンから別のニューロンへ情報が伝達される場所。シナプス入力はシナプスに入る情報。
  • 介在ニューロン:近傍の神経細胞に情報を伝達するニューロン。興奮性ニューロンはシナプスに興奮性神経伝達物質を放出し興奮伝達を行い、抑制性ニューロンは活動電位の発火を阻害する神経伝達物質を放出して、興奮性ニューロンからの出力調整や出力同期性の制御、過剰興奮防止などを行う。
Science, abo0924, this issue p. 171

暗黒物質はここには隠れていない (Dark matter isn’t hiding here)

暗黒物質の存在は、さまざまな天体物理学的観測から推測されており、あるモデルは、宇宙に存在する物質の85%を占めると示唆している。しかし、暗黒物質の正体についてはほとんど分かっていない。研究者たちは、暗黒物質の組成や放射線との相互作用に関するさまざまなモデルが動機となって、質量による探索を行い、可能な限りの制約を加えようとしてきた。これまでのそのような制約はすべて否定的、つまりQuiskampたちの今回の研究で、特定の質量範囲が除外され、それゆえひとつの十分魅力あるモデルが除外されることを含めて、適切でないことが示された。運良くも、誰かが適切な場所を見つけることができるまで、探索は続く。(Wt,ok,kj)

Sci. Adv. 10.1126/sciadv.abq3765 (2022).