Science November 13 2020, Vol.370

細胞壁を弱くするシグナル伝達 (Signaling for a weakness in cell walls)

側根は、アブラナ科の小さな植物であるシロイヌナズナでは一定間隔で作られる。Wachsmanたちは今回、ペクチンと細胞内小胞輸送の両方を、側根形成を開始する振動シグナル伝達系の一部であると確認した。ペクチンのエステル化は、側根が新生する部位でのペクチンの機能を調整し、細胞壁の剛性と細胞間接着力を変える。側根原基は覆っている細胞層を貫く必要があるので、これらの部位での細胞接着の低下は側根の形成を助けるかもしれない。(MY,kh)

【訳注】
  • ペクチン:植物の細胞壁などに存在し、細胞接着に関わる複合多糖類で、水酸基(-OH)やエステルにすることができるカルボキシル基(-COOH)を含んでいる。
  • 原基:所定の器官になる予定ではあるが、まだ形態的・機能的に未分化な細胞の集団。
Science, this issue p. 819

代謝ストレス時の細胞適応 (Cellular adaptation during metabolic stress)

細胞は環境ストレスに対して、タンパク質合成全般を減少させ、生存に必要なタンパク質群の選択的発現を誘起することで対応する。しかし、メッセンジャーRNA(mRNA)によるこの選択的翻訳応答を制御する機構はほとんど分かっていない。Lamperたちは、非標準的な5′キャップ結合タンパク質のサブユニットであるeIF3dが、哺乳類の細胞に代謝ストレスがかかると活性化されて、細胞でのmRNA翻訳を再プログラムすることを報告している。eIF3dはキャップ結合ポケット近傍の部位でリン酸化状態で働くスイッチにより活性化され、グルコース飢餓などのストレス時に代謝と生存の調整に必要なタンパク質を細胞が発現できるようにする。この研究は、eIF3d依存性で非標準的なキャップ依存性翻訳が、ストレスへの細胞適応をどのようにして制御しているのかを明らかにしている。(MY,nk)

【訳注】
  • 5′キャップ:真核生物mRNAの5′末端にある特殊なヌクレオチド構造のこと。翻訳開始やmRNAの安定化で重要な役割を果たしている。
  • eIF(eukaryotic Initiation Factor):真核生物型開始因子と呼ばれ、細胞内でタンパク質の合成(翻訳)を行うリボソームが、合成を開始する際に協調的に働くタンパク質群。eIF3もその1つ。
  • 非標準的:真核生物の翻訳は、mRNAの5′キャップ構造がeIF4Eにより認識されることで開始されるのが標準的となる。
Science, this issue p. 853

砂嵐で火星は水を失う (Dust storms cause Mars to lose water)

火星はかつては湿潤な惑星だったが、水素を生成する反応によって出来た水素が上層大気から宇宙空間へ漏れ出したためにほとんどの水を失った。Stoneたちは、宇宙船 Mars Atmosphere and Volatile Evolutionからのデータを用いて、水がどのように上層大気に輸送され、水素に変換されるかを研究した。彼らは、水が以前に考えられていたよりも高い高度に達することがあること、特に全球規模、あるいは、地域規模の砂嵐の際にそれが起こることを見出した。光化学的モデル化は、これが火星からの現在の水の損失の支配的過程であり、火星の気候の進化に影響を与えたことを示している。(Wt,nk,kh)

Science, this issue p. 824

多彩な変化 (Colorful changes)

分布型光ファイバー検出器は、橋、道路、建物などの堅固な社会基盤施設の機械的変形を監視するために用いられてきたが、それらは1つの変数の測定に限定されるか、複数の特性を測定するための複雑な光学系を必要とするかのどちらかである。Baiたちは今回、二重芯エラストマー光ファイバーを説明しているが、そのうちの一方は模様化した色素領域を含んでいる。この導波路は市販のエラストマーを成型することによって製作され、透明な芯と、最大3種の大規模な色素領域が添加された隣接する芯を合体させている。2つの芯の光路の変化が変形を検出し、それを色空間にマッピングする。両方のエラストマー基材の光ファイバーでの色と強度の変化を監視することにより、研究者たちは、約1センチメートルまでの空間分解能で、曲げ、伸長、および局所的な圧迫を区別することができた。(Sk,kj,kh)

【訳注】
  • エラストマー:「elastic(弾性がある、伸縮性がある、引き伸ばされても元に戻る)」と「polymer(重合体)」を組み合わせた造語。
Science, this issue p. 848

フォノンを付きまとわせる (Getting phonons to hang around)

量子計算および量子検出応用のための理想的な技術基盤は、さまざまな構成要素の最良の特長を組み合わせた混成装置になる可能性が高い。超電導回路は比較的進展しており、そのため、マイクロ波を制御し操作できる構成要素を見つけることが不可欠となっている。MacCabeたちは、フォノン寿命を1秒以上に伸ばすことができるような音響環境を設計できる、高品質微小共振器の利用を探索した。これらの量子音響動的素子は、5ギガヘルツのマイクロ波周波数で動作し、超伝導回路と組み合わせることができることがあるかもしれない。(NK,MY,nk,kh)

Science, this issue p. 840

高次の視床から皮質への入力 (Higher-order thalamus input to the cortex)

感覚情報は、内部で生成される上意下達的信号と統合されて、それと比較された場合にのみ、脳内で有意義に用いることができる。しかし、そのような上意下達的信号を伝達する脳全体の求心性神経、それらの情報内容、および学習関連の柔軟性についてはほとんどわかっていない。Pardiたちは、高次の視床を、マウスの聴覚皮質への上意下達的入力の主要な情報源として特定し、柔軟な変化と融通の利く応答を促進する皮質層1の回路を研究した。これらの結果は、皮質との広範な接続にもかかわらずほとんど注目されてこなかった非皮質構造を通して、どのように上意下達的信号のフィードバック情報が皮質領域に到達できるのかを説明している。(Sk,ok,nk,kj,kh)

【訳注】
  • 高次の視床:感覚器官の情報が視床から大脳皮質に移動するための接続機能を果たす、腹側および背側の脊髄のこと。
Science, this issue p. 844

ワクチンの効果の見積もり (Estimating vaccine efficacy)

コロナウイルス感染症(COVID-19)用の多数のワクチンが臨床試験段階で開発中である。しかし、それらが正しく使用されることを保証するするためには、我々は何を知る必要があるのだろうか?2つのワクチン接種の戦略がある。脆弱な人々の直接保護と、重症疾患の危険性が最も高い人々を間接保護するための一般の人々へのワクチン接種である。LipsitchとDeanは展望記事で、ワクチン反応の重要な特徴、特に、危険性の高い集団における効果および伝染力の低下、について概括している。これらの評価項目は、第3相臨床試験において経常的には検討はされてはおらず、そのため、ワクチンがどのように効力を発揮して最適に使用されうるのかを評価する臨床試験とそれに続く研究を進展させることが重要である。(Uc,MY,nk,kh)

Science, this issue p. 763

ヒト発生のゲノミクス (The genomics of human development)

発生中のヒトの軌跡を理解するには、遺伝子がどのように調節され、発現されているかを理解する必要がある。今回2つの論文が sci-RNA-seq3と呼ぶ細胞核標識法を用いたプール解析を報告し、胎児試料中の15の臓器からの単一細胞遺伝子発現とクロマチンの状況を調べている。Caoたちは、広く分布している細胞型のRNAの測定に焦点を当て、臓器特異性に関する洞察を与えている。Domckeたちは、これらの臓器からの細胞のクロマチン・アクセシビリティを調べ、遺伝子発現を調節する調節要素を同定している。まとめると、これらの解析から、ヒト発生の初期における包括的な図表集が得られる。(KU,kj,kh)

【訳注】
  • sci-RNA-seq3(three-level single-cell combinatorial indexing):著者らが開発した、高効率の細胞核標識法。三種のレベルで標識を行い、細胞型をより高精度に分類する。
  • プール解析:複数の研究の元データを集めて再解析する方法。
Science, this issue p. eaba7721, p. eaba7612

よりよいリン酸塩取り込みの準備が整った根 (Roots primed for better phosphate uptake)

リン酸塩は植物にとって重要な資源であり、リン酸塩欠乏を修復するにはかなりの量の肥料が使われることになる。低リン酸塩条件では、根はより多くの根毛を作り、見出されうるわずかなリン酸塩を根がよりよく取り込めるようにする。Wendrichたちは、成長中のシロイヌナズナの根で単一細胞転写産物解析を実施し、その結果得られた遺伝子発現図表を、維管束の成長に関わる応答と照合した。著者たちは、根毛の発生を調整する信号が、植物ホルモンのサイトカイニンの産生を駆動する転写因子により、根の内部維管束で始まることを見出した。転写産物解析データベースを通して同定された応答連鎖は、根毛の発生を調製するのが表皮細胞中の遺伝子群であることを示した。(MY,kj,kh)

【訳注】
  • サイトカイニン:植物の成長や実りの促進、老化抑制などの制御を担う植物ホルモン。
Science, this issue p. eaay4970

不完全な今後の免疫 (Imperfect future immunity)

人は、季節性で交差反応を示すいくつかのコロナウイルスに感染している。十分に防御免疫を誘発するものはなく、繰り返し感染するのが一般的である。ワクチンは、免疫を誘発する点で自然感染よりも効率が悪い傾向があり、有害な交差反応の危険性がある。Saad-Royたちは、さまざまな免疫シナリオに対して、一連の単純なモデルを使って、ワクチン有無による重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)の免疫の今後の状況を想定した。モデルの結果は、不完全なコロナウイルス免疫の状況に関する私たちの不完全な知識が、繰り返し起きる深刻な流行から消失に至るまでのさまざまなシナリオを引き起こす可能性があることを示している。疾病制御の管理に適用するためには、SARS-CoV-2に対する免疫応答を正確に特徴づけることが重要である。(Sh,ok,nk,kh)

【訳注】
  • 交差反応:生産された抗体が、その抗体産生反応を引き起こした抗原以外の抗原に反応すること。
Science, this issue p. 811

太陽系の形成の計時 (Timing Solar System formation)

太陽系で形成された最も古い固体は、誕生した後で隕石に取り込まれた小さな金属に富んだ液滴である、カルシウム-アルミニウムに富む含有物(CAI:calcium-aluminum-rich inclusion)である。CAIの年齢は、従来は太陽系の年齢と見なされていたが、それらが星形成のどの瞬間に正確に対応するかは不明であった。Brenneckaたちは、CAI中のモリブデン同位体比を測定し、その起源が太陽系の内側と外側の両方の広範囲にまたがることを見出した。彼らは、CAIが原始太陽系星雲から降着する非均質な物質から形成され、CAIの年齢は太陽の原始星から前主系列星への遷移と一致すると提案している。(Wt,nk,kh)

Science, this issue p. 837

SARS-CoV-2に対するもう1つの宿主因子 (Another host factor for SARS-CoV-2)

ウイルスと宿主の相互作用は、細胞への侵入と組織への拡散を決定する。重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)および以前のSARS-CoVは、受容体としてアンジオテンシン変換酵素2(ACE2)を用いている。しかしながら、それらの組織親和性は異なり、付加的な宿主因子が関与している可能性を提起している。SARS-CoV-2の棘突起タンパク質には、SARS-CoVには存在しないタンパク質分解酵素フューリンの切断部位が含まれている(Kielianによる展望記事参照)。Cantuti-Castelvetriたちは今回、フューリン切断基質に結合することが知られているニューロピリン-1(NRP1)が、SARS-CoV-2の感染力を増強することを示している。NRP1は呼吸器上皮および嗅上皮で豊富に発現しており、内皮細胞および上皮細胞で最も多く発現している。Dalyたちは、棘突起タンパク質のフューリン切断S1断片が細胞表面NRP1に直接結合し、そして小分子阻害剤またはモノクローナル抗体を用いてこの相互作用を阻止すると、細胞培養におけるウイルス感染を減少させることを見出した。SARS-CoV-2感染におけるNRP1の役割を理解することは、今後の抗ウイルス治療薬の有力な標的を示唆するかもしれない。(KU,kh)

【訳注】
  • 組織親和性:ウイルスが特定の細胞(組織,臓器)に選択的に感染する性質。
Science, this issue p. 856, p. 861; see also p. 765

ペプチド前駆体にして触媒を兼ねるシステイン (Cysteine as peptide precursor and catalyst)

アミノ酸の中で、システインは求核試薬、金属配位子、および酸化還元反応とラジカル反応に関与する分子として非常に反応性が高い。これらの特性は、システインを前生命化学(prebiotic chemistry)の成分の一つとして魅力的にさせているが、ペプチド前駆体として機能しうるα-アミノニトリルの従来からのストレッカー合成では、遊離システインを生成することが出来ない。Fodenたちは、遊離アミンの単純なアシル化がシステイン・ニトリルの分解を防ぎ、アセチル・デヒドロアラニン・ニトリルと硫化物供与体からこのシステイン前駆体の合成を可能にすることを見出した(MuchowskaとMoranによる展望記事参照)。他のタンパク質原性α-アミノニトリルと組み合わせると、アセチルシステインまたはチオール誘導体は、水中で効率的なペプチド連結反応を触媒した。これらの結果は、前駆体の前生命合成が、重合用の触媒を生成することによって、どのようにして機能をも作ることが出来るかを強調している。(KU,kj,kh)

【訳注】
  • ストレッカー合成:アルデヒドまたはケトンとアンモニア、シアン化水素との反応により、アミノ酸を合成する反応。
Science, this issue p. 865; see also p. 767

環状RNAがオスの生殖能力を保護する (Circular RNAs protect male fertility)

真核生物は、非標準的なRNAスプライシングにより何千もの環状RNA(circRNA)を作る。ほとんどのものの機能は謎であるが、多くはマイクロRNAやRNA結合性タンパク質を捕捉する。Gaoたちは、進化的に保存された生殖遺伝子BOULE(circBoule RNA)由来のcircRNAの機能を調べた。circBoule RNAが失われると、熱ストレスのかかったショウジョウバエとマウスで、精子の濃度が減少し精子形態が変形して、オスの生殖能力が低下した。精子形成時にcircBoule RNAは、濃度が高すぎると精子形成に有害となる熱ショック・タンパク質と相互作用し、それらのユビキチン化を促進することで熱ショック・タンパク質の濃度を規制する。circBoule RNAの熱ショック・タンパク質との相互作用は、ヒト精子で進化的に保存されていて、低濃度circBoule RNAは精子の低運動性と相関している。これらの知見は、約6億年の進化にわたって保存されたcircBoule RNAの分子的および生理学的な機能を明らかにしている。(MY,kh)

【訳注】
  • 熱ショックタンパク質:生物が、通常の生育温度より高い温度に曝された時に発現誘導され、細胞を保護する一群のタンパク質。
  • ユビキチン化:ユビキチンと呼ばれる低分子量のタンパク質が標的タンパク質に結合し、標的タンパク質の目印付けが行われること。目印付けされたタンパク質は、タンパク質分解酵素で後に分解される。
Sci. Adv. 10.1126/sciadv.abb7426 (2020).

ナノ規模の強度を固定する (Locking in nanoscale strength)

ナノメートル大の結晶粒を持つ金属は非常に強度が高いが、通常、高温ではその構造を維持しない。この特性は、それらの高強度を台無しにし、応用用途での使用を困難にしている。Liたちは、10ナノメートル大の結晶粒を持つ銅における最小界面構造を発見した。これをナノ結晶粒の結晶学的な双晶網状組織と組み合わせると、融点直下の温度まで高い強度を維持する。この発見は、ナノ結晶粒からなる金属を安定化するための別の道を示唆している。(Sk,ok)

Science, this issue p. 831