Science April 10 2020, Vol.368

太陽系外天体の大気の強風 (High winds in an extrasolar atmosphere)

褐色矮星は、その質量が大きな惑星と小さな恒星の中間に位置する天体であり、その大気は巨大ガス惑星と多くの共通の特徴を有している。太陽系の巨大ガス惑星の大気の風速は、赤外線(上層大気を 透写する)と磁気圏(天体内部と結びついている)からの電波で惑星の回転周期を比較することで導出できる。Allersたちは、近傍の褐色矮星である 2MASS J10475385+2124234を観測し、赤外線領域と電波領域の周期を決定した。彼らは、平均風速が毎秒650メートルの西から東の方向への風であることを導出した。この手法は、太陽系外惑星に対しても有効となるはずである。(Wt,nk,kh)

Science, this issue p. 169

正常な神経伝達物質を越える (More than a normal neurotransmitter)

薬物中毒の原因となる分子機構はほとんど分かっていない。Lepackたちは、コカインの暴露により、腹側被蓋野と呼ばれる脳領域の神経細胞で、ドパミンが細胞内に蓄積されることを見出した(Giraultによる展望記事参照)。ドパミンはクロマチンと会合して、ドパミン化(dopaminylation)と呼ばれるこれまで知られていない形の後生的調節を開始する。この修飾は腹側被蓋野の機能に影響を与え、その結果としてドパミン作動性活動電位に影響を及ぼす。その結果が、薬物を得ようとする間の腹側線条体内での異常なドパミン・シグナル伝達である。(MY,KU,ok)

【訳注】
  • ドパミン化(dopaminylation):ここではクロマチンを構成する4種のヒストン(H)のうちのH3が、そのN末端から5番目のグルタミンがドパミン化の修飾を受けることを言っている。
  • 腹側被蓋野:ドパミン作動神経細胞が多く存在する脳領域。
  • 腹側線条体:この脳領域に属する側坐核は、報酬、快感、嗜癖、恐怖などに重要な役割を果たすと考えられており、腹側被蓋野からのドパミン作動入力を受け、神経活動が調節される。
Science, this issue p. 197; see also p. 134

不純物に浸す (Immersing the impurities)

固体中では、移動電子は、その周囲をなすイオン結晶格子を分極することができ、ポーラロンとして知られている準粒子を作り出す。類似の現象は、不純物原子を、それとは異なる種の原子からなる遙かに濃密な気体中に置くことで、量子気体にて研究可能である。Yanたちは、ナトリウム23原子のボーズ気体中に浸されたカリウム40の不純物原子からなる準粒子であるボーズ・ポーラロンの挙動を研究した。量子臨界点の近傍で、このポーラロンの寿命はいわゆるプランク・スケールに従った。(MY,kh)

【訳注】
  • ボーズ粒子:1つのエネルギー固有状態を占める粒子の数が任意の非負整数値(つまり制限がない)をとることができる素粒子のこと。すべての素粒子は、同じ状態を2つ以上の粒子が占有することはない(つまりパウリの排他律に従う)フェルミ粒子か、ボーズ粒子に大別される。
  • プランク・スケール:3つの基本物理定数(光速度c、万有引力定数G、換算プランク定数?)を組み合わせて計算される、長さ、質量、時間の特徴的な量。これよりも小さい領域での現象は量子重力理論が必要であると考えられている。
Science, this issue p. 190

室温での電子のラチェット (Room-temperature electron ratchets)

従来のダイオードは、異種の導体間に接合を形成することによって電流を整流している。ショットキー障壁を形成する金属・半導体ダイオードが一例である。これらの素子では、静電容量が動作周波数を制限している。Custerたちは、室温において最大40ギガヘルツの電流を整流できる、全体がシリコンで作られたダイオードについて述べている。彼らは、ラチェットとして機能する円筒状鋸歯の輪郭を有するシリコン・ナノワイヤーを作製し、準弾道電子の鋸歯部分での鏡面反射によって電流を優先的に一方向に流し込んだ。(Sk)

【訳注】
  • ラチェット:鋸歯形状の歯をもつ歯車と逆転止めの爪を組み合わせて、歯車が一方向だけに回転するようにした機構
  • 準弾道電子:電子の平均自由行程と同程度のゲート長のナノスケール半導体において、一回も散乱を受けずに弾道輸送される電子と、散乱を受ける電子が混在した状態の電子
Science, this issue p. 177

胚を見る窓 (A window to the embryo)

哺乳類の胚発生は複雑なプロセスであり、時空間で絶えず変化している。Q. Huangたちは、胎生期9.5日から出生までの子宮内におけるマウス胚を画像化するために腹窓を考案した。この技術を使用して、彼らは、脳における神経伝達と細胞分裂、網膜における自己貪食、ウイルスによる遺伝子送達、および胎盤を介する薬剤移動を含む、胚器官形成中の動的活動を視覚化した。彼らはまた、種間キメラにおけるヒトとマウスの神経堤細胞の多岐にわたる運命を追跡した。(KU,kj)

Science, this issue p. 181

陰イオンでペロブスカイトを設計する (Engineering perovskites with anions)

多接合型シリコン太陽電池のペロブスカイト最上層のバンド・ギャップは、約1.7電子ボルトに調整する必要がある。通常、広いバンド・ギャップを持った臭素に富む陰イオン組成が構造的に不安定であるため、陽イオン組成が変化する。Kimたちは、ヨウ素およびチオシアン酸塩とともに、二次元添加剤としてフェネチルアンモニウムを用いることにより、臭素に富むペロブスカイト膜を安定化できることを示している。多接合型シリコン太陽電池は、26%を超える認定電力変換効率を実現し、ペロブスカイト素子は、照明下の1000時間後も20%以上というその初期電力変換効率の80%を維持した。(Sk,kh)

【訳注】
  • 多接合型太陽電池:利用波長の異なる太陽電池を複数積み重ねた太陽電池
Science, this issue p. 155

森林の動態と生物集団統計学 (Forest dynamics and demography)

熱帯森林は、樹木を早期、中期、そして晩期型の遷移種へと分類して、その生態遷移が観察されてきた。これは樹木の生活史戦略におけるファースト・スロー連続体に対応している。Rugerたちは今回、このファースト・スロー連続体が、多数の熱帯森林の重要な要素である長命の先駆種の集団統計戦略を含めていないことを示している(Bugmannによる展望記事参照)。彼らは熱帯森林の動態の客観的予測を可能とする森林モデルを開発し、独立したデータに対してそのモデルの予測を確証した。これらの知見は我々の熱帯森林の動態の理解を前進させ、持続的な熱帯森林管理を容易にするであろう。(Uc,KU,nk,kj,kh)

【訳注】
  • ファースト・スロー連続体:成熟が早い短命種と成熟が遅い長命種が連続的に混在する群集。
Science, this issue p. 165; see also p. 128

ガン進行中の代謝(Metabolism as cancer progresses)

ガンに特異的な多くの代謝変化が認められてきたが、いまだ効果的な抗ガン治療に至っていない。Faubertたちは概説記事で、ガンが小さな前ガン病変から侵襲性の原発腫瘍に進行し、その後転移するにつれて、代謝がどう変化するのか論じている。代謝脆弱性はガン進行とともに変わりがちで、ガン関連代謝の特徴を一律に識別することを困難にしている。彼らは、患者において識別された組織および脆弱性により的を絞りこんで取り組むことがより効果的であるかもしれないと論じている。(MY,KU,nk,kj,kh)

Science, this issue p. eaaw5473

自己免疫へ至る環境的な道筋? (An environmental path to autoimmunity?)

セリアック病 (小児脂肪便症) は、穀類グルテンへの曝露により生じる胃腸障害であり、自己免疫疾患である。展望記事で、IversenとSollidは、グルテン摂取から自己免疫へとつながる道筋について論じている。彼らは、またセリアック病におけるグルテンのように、環境物質が他の自己免疫疾患の発症に関与している可能性を示唆しており、これは将来の研究に対する興味深い方向である。このような因子に対する感受性が、何故ある人は自己免疫を発症する一方で、別の人は発症しないのかを決定しているのかもしれない。(ST,kj,kh)

Science, this issue p. 132

複製RNAの再検討 (Revisiting replicating RNAs)

DNA依存性RNAポリメラーゼは、鋳型DNAからRNAを生成する彼らの能力に関してよく知られている。彼らの非標準的な活動、即ち鋳型RNAからRNAの生成と複製については殆んど知られていない。この過程へのより深い洞察は、生命の起源、分子進化、およびδ肝炎ウイルスや植物ウイロイドなどの特定のRNA病原体の複製に関係する疑問を明らかにすることができるだろう。Jainたちは、バクテリオファージT7 RNAポリメラーゼがin vitroで多様なRNA配列をいかに生成して増殖するかをを詳細に探索している。配列決定法、マイクロフルイディクス、および生命情報科学を使用して、彼らは複製RNA形態の出現と進化を図示し、それらの選択と構造を説明する機構を特定している。(KU,kj)

【訳注】
  • ウイロイド(Viroid):塩基数が200から400程度と短い環状の一本鎖RNAのみで構成され、維管束植物に対して感染性を持つ.
  • 生命情報科学(バイオインフォマティクス):生命科学と情報科学を融合した分野
Science, this issue p. eaay0688

複雑な香りの知覚 (The perception of complex scents)

嗅覚受容体は、線形の加法的符号の形で情報を脳に忠実に報告すると一般に想定されている。しかしながら、現実的な条件下では、嗅覚システムははるかに複雑な入力、通常は匂いの混合物を処理している。Xuたちは、人が香りを嗅ぐとき、鼻の嗅覚神経細胞が以前に考えられていたよりももっと複雑な信号パターンを脳に伝えることを見い出した。末梢嗅覚上皮内の個々の神経細胞の応答は、他の匂いの存在によって増幅されるか、或いは減衰されるかのいずれかであることがわかった。これは混合物の或る一つの匂いが他の匂いに優るという一般的な知覚を説明するものかもしれない。この効果は、脳内ではなく、末梢感覚器官の受容体内で生じている。(KU.ok,kj,kh)

Science, this issue p. eaaz5390

反強磁性体におけるスピン・ポンピング (A spin-pumping antiferromagnet)

反強磁性体は、いわゆる交換バイアスの源として主にスピントロニクス分野で活用されている。しかしながら、反強磁性体は、その磁化力学が、原理的に強磁性体のそれよりもはるかに速くなる可能性があるので、もっと能動的な役割を果たすことが期待されている。この期待を実現するためには、反強磁性体は強磁性体に自然に生じている巧みな技を学ぶ必要がある。Vaidyaらはスピン・ポンピングと呼ばれるそのような現象を反強磁性体において観測した(Hoffmannによる展望記事参照)。筆者らは、反強磁性体 MnF2にサブテラヘルツ円偏光を照射し、この物質中のスピンに素早い動きをさせた。これらの挙動が次に、MnF2に隣接した白金層中にスピン流の注入をもたらした。(NK,KU,kj,kh)

【訳注】
  • スピン・ポンピング:磁化力学によってスピン流を生成する手法
  • 交換バイアス:反強磁性と強磁性複合体でH-Mヒステリシスカーブのゼロ磁場 Hがずれる現象
Science, this issue p. 160; see also p. 135

中間体の統計を探す(Looking for intermediate statistics)

3次元における素粒子は、スピンに依存して、ボソンまたはフェルミオンのいずれかである。2次元では、原理的にはそれらの中間状態に位置する粒子が存在する可能性があるが、これらのいわゆるエニオンの統計を直接検出するにはコツがいる。Bartolomeiたちは、GaAs/AlGaAsの2次元電子ガス中にエニオンの衝突型加速器を作成した (Feldmanによる展望記事参照)。エニオンの2つのビームがビーム・スプリッターで衝突し、その後2つの出力ポイントで実験装置から出ていった。彼らはその2つの出力ポイントのエニオン流の変動の相関関係を調べ、その結果はエニオン統計の特徴を明らかに見せた。(Wt,KU,nk,kj,kh)

Science, this issue p. 173; see also p. 131

南米の類人猿 (A South American anthropoid)

旧世界には多くの霊長類の系統が存在しているが、新世界には、始新世の間でこの地域に移住してきたと思われるただ1つの分類群である広鼻小目のサルしかいないと考えられている。Seiffertたちは、ペルーのアマゾンで発見された、化石臼歯に基づく新たな霊長類種について述べている。それらは、アフリカ北部で最もよく知られている類人猿霊長類の分類群である Parapithecidae に属していると思われる(Godinot による展望記事参照)。この化石は広く分化した系統のものと思われ、この種が南米でしばらくの間進化していたことを示唆している。この新種の祖先はおそらく、約3200万から3500万年前の始新世から漸新世への過渡期において海面が低下したときに、大西洋横断の漂流という出来事を経て到着したのであろう。(Sk,ok,kh)

【訳注】
  • 旧世界と新世界:ヨーロッパ・アジア・アフリカとその周辺島嶼部を旧世界、南北アメリカ・オーストラリアとその周辺島嶼部を新世界と呼ぶ
Science, this issue p. 194; see also p. 136

鉄に関する粘膜治癒の細部を解消する (Ironing out the details of mucosal healing)

貧血は、炎症性腸疾患などの病気のしばしば起きる合併症で、一部は腸内への出血増加の結果として生じる。Bessmanたちは、全身の鉄恒常性を調節するペプチド・ホルモンであるヘプシジンが、炎症性腸疾患マウス・モデルの腸管修復に必要であることを示している(Rescignoによる展望記事参照)。この腸管修復効果は、肝細胞が生成するヘプシジンと全身の鉄濃度とは無関係であった。そうではなく、コンベンショナル樹状細胞によるヘプシジンの産生が必要かつ十分な条件であり、局所的なマクロファージによる鉄放出を封鎖し、これが次に腸内微生物叢の構成を腸管修復により有益な種の分布に変えた。(Sh,KU,kj)

Science, this issue p. 186; see also p. 129

敗血症随伴効果に関するエキソソーム (Exosomes for sepsis-associated effects)

細胞外小胞としても知られているエキソソームは、生体分子を細胞に直接送達するための有望な媒体である。Choiたちは、以前に開発された、光遺伝学的に設計されたエキソソーム・システム(EXPLOR)を適用して、炎症応答阻害剤をエキソソーム中に投入した。敗血症のマウス・モデルにこのエキソソームの使用は、全身性炎症および敗血症誘発性死から守った。(KU,kh)

Sci. Adv. 10.1126/sciadv.aaz6980 (2020).