Science April 3 2020, Vol.368

どのようにしてマウスの顔色を読むか (How to read the face of a mouse)

情動の神経科学的調査は、モデル生物における情動状態の迅速かつ正確な読み取りの欠如によって妨げられている。Dolensekたちは、マウスの内的情動状態の生来的で敏感な反映としての顔の表情を識別した(GirardとBelloneによる展望記事参照)。多様な刺激によって誘発されるマウスの表情は、人間の基本的な情動と似た形で、 情動類似の枠組みへと分類できた。機械学習アルゴリズムは、マウスの表情をミリ秒の時間尺度で客観的かつ定量的に分類した。このように、主観的な情動状態の強度、感情価、および持続性が、個々の動物で解読できた。表情分析と2光子カルシウム画像法を組み合わせることにより、人間の場合には感情体験に関与する脳領域である島皮質において、その活動が特定の表情と密接に相関する単一神経細胞の識別が可能になった。(Sk,nk,kh)

【訳注】
  • 感情価:喚起される感情を評価するもので、一次元上に快と不快を両極に配する双極的な概念。
  • 2光子カルシウム画像法:細胞の活動に伴って蛍光が強くなる蛍光カルシウムセンサー・タンパク質を神経細胞に発現させ,2光子顕微鏡(フェムト秒パルスレーザーを集光し、その焦点のみで蛍光分子の2光子励起と呼ばれる状態を作り出す)で観察する方法"
Science, this issue p. 89; see also p. 33

ナノ粒子のわずかな違いを見る (Seeing subtle nanoparticle differences)

ナノ粒子の製造における課題は、均一な大きさの粒子においてさえ、粒子の一個一個に原子配列と表面保護するリガンドに違いが存在するということである。Kimらは液中セル透過型電子顕微法を用いて、1 回の処理で合成された個々のナノ結晶の構造をまだ溶液中に存在する間で推測した。複数の粒子の比較は、構造的不均一性と個々のナノ粒子の内殻と外殻の差異だけでなく、拡がった欠陥とそれに起因する内部ひずみの差異を含むナノ粒子を示し、その全ては個々の粒子の物理的かつ化学的特性に影響を与えることがある。(NK,KU,ok,nk,kj,kh)

Science, this issue p. 60

漂礫土上を滑る (Slipping on till)

氷河は、その下にある地面上をどのように流れるのであろうか? 氷河底における摩擦、氷の流速、水圧のすべてが重要であることはわかっているが、硬い氷河底(岩盤)と柔らかい氷河底(漂礫土と呼ばれる未固結の浸食生成物)の両者にわたるその過程をいかに表現するべきかはいまだ分かっていない。ZoetとIversonは、氷河の氷がどのように空隙が水で満たされた漂礫土上を移動するのかを説明する実験結果を提示している(MinchewとJoughinによる展望記事参照)。これらの観察は、硬い氷河底での滑動と氷河底の変形という過程を結び付ける、一般化された滑動法則を構築するという長年の問題の解決に役立つであろう。(Sk.kh)

Science, this issue p. 76; see also p. 29

小惑星リュウグウでクレーターを爆破で作る (Blowing a crater in asteroid Ryugu)

Hayabusa2 小惑星探査機は、近傍の小惑星(162173)であるリュウグウ(Ryugu)からの試料を採取し、実験室での分析のために地球に持ち返るように設計された。Arakawaたちは、どのように探査機の衝突装置 Small Carry-on Impactor から衝突弾が小惑星の表面に発射され、人工の衝突クレーターを作り出したかを説明している。遠隔カメラで記録された、発射によって得られた噴出物の土煙を分析して、破砕集積体の表面強度の上限値を決める。クレーターは半円形の形状をしており、これはおそらく衝突の位置の近くに埋まっている巨礫のためである。そのクレーターは、リュウグウ の地表面の下にある物質を露出させたが、それは宇宙風化を受けておらず、Hayabusa2 による採取に適したものである。(Wt,KU,n,kj,kh)

Science, this issue p. 67

ゲートの設計 (Designer gates)

細胞内のシグナル伝達は、タンパク質間相互作用を通して生じることがある。Chenたちは、タンパク質の会合を調節できる論理ゲートの設計について記述している。ゲートは、すべてが同じような構造を持つ小さな設計されたタンパク質から構築されたが、そこでは1つのモジュールが別のモジュールと特異的に相互作用するように設計される。単量体および共有結合的に結合する単量体を入力として使用し、設計された水素結合ネットワークを通して特異性をコード化することで、競合的結合に基づく2入力または3入力ゲートの構築が可能になった。モジュール式制御要素は、in vitroおよび酵母細胞において転写装置および分割酵素の素子の会合を調節するために使用された。(KU,kj,kh)

Science, this issue p. 78

細胞小器官の間のやりとり (Organelle cross-talk)

小胞体(ER)関連分解(ERAD)は、ER内での標的タンパク質分解を可能にする品質管理機構である。Zhouたちは、ERADにおける特定のタンパク質複合体であるSel1L-Hrd1が、別の細胞小器官であるミトコンドリアの動態を、ER-ミトコンドリアの接触を変えることにより調節することを見出した。低温暴露マウスから得られた褐色脂肪細胞に対する三次元高分解能撮像は、ERAD不良が、ERの管が貫き肥大した異常な形状のミトコンドリア形成をもたらすことを明らかにした。彼らは、ERAD不良がミトコンドリアの機能と熱産生に及ぼす結果をよく調べた。これは、ERADが仲介するERとミトコンドリアのやり取りへの洞察を提供し、生理機能に対して細胞小器官間接触が重要であることの理解を進展させる。(MY,kh)

【訳注】
  • 褐色脂肪細胞:脂肪を分解し熱を産生する細胞でミトコンドリアを多く含む。寒冷下での小型げっ歯類の体温維持(調節性熱産生)は、褐色脂肪細胞中のミトコンドリアでなされることが知られている。
Science, this issue p. 54

必要量による根の成長の調節 (Root growth regulation by requirement)

植物の生産性は、土壌から得られるから栄養元素である窒素とリンに依存する。OldroydとLeyserは、地上部分の植物の生理学的必要性に応じて根の成長様式がどのように調整されるかを概説している。小さなペプチドの信号を含む全身系の信号が、新芽での必要性と根からの供給の間の情報交換を仲介している。(Sk,nk)

Science, this issue p. eaba0196

DNAの死の結合 (DNA death grip)

ポリ(アデノシン二リン酸-リボース)ポリメラーゼ(PARP-1)はDNA切断に結合してDNA修復部品を動員する。ガンを死滅させるPARP-1阻害剤(PARPi)化合物はすべて、PARP-1と同一触媒部位を阻害するが、非常に異なる有効性を示す。Zandarashviliたちは、PARP-1に結合しているPARPiの分子的影響を調べた(SladeとEustermannによる展望記事参照)。色々なPARPi分子が、多様な様式でPARP-1のアロステリーを乱す。DNAからのPARP-1の離脱を助長するアロステリーを駆動する分子があり、またDNAへの保持を助長するアロステリーを駆動する分子もある。これらの見識は臨床における効き目の違いを説明することに役立ち、また、離脱しやすくガンを死滅させる効果のない化合物を、保持しやすくさらに効果の高いPARPiへと転換することを可能にする。(MY,ok,kj,kh)

【訳注】
  • PARP阻害剤:損傷した一本鎖切断DNAの修復機能を持つPARPを阻害する分子標的薬。卵巣ガン細胞などの二本鎖切断DNAの修復経路に異常がある細胞を、PARP阻害により一本鎖切断から二本鎖切断に至らしめ、細胞死を誘導する。
  • アロステリー:酵素の基質結合部位以外の場所に調節物質が結合することにより酵素の活性が変化すること。
Science, this issue p. eaax6367; see also p. 30

ドリモレンのヒト族の時代特定 (Dating the Drimolen hominins)

南アフリカのヒト族の化石には、初期のヒトの進化と移住についての過程を豊かに物語っている。Herriesたちは、南アフリカのドリモレンと呼ばれる遺跡において、ヒト族が住んでいたが今は塞がれた洞窟、即ち古洞窟のその地質学的状況と時代特定について説明している(Antonによる展望記事参照)。彼らは最近発見された広義のホモ・エレクトス化石とパラントロプス・ロブストス化石の時代と年代関係に焦点を当てており、それにより彼らは約204万年前~195万年前と時代を特定した。これはドリモレンを南アフリカでもっとも良く時代特定できた遺跡の一つにし、これらの化石をかつて発見されたそれぞれの種のなかで最も古い最も信頼のおける標本として確立している。得られた年代決定は、アウストラピテクス、パラントロプスそして初期ホモ属の種が約200万年前の南アフリカのカルスト(石灰岩の地域)において同時期に生きていたことの確証を与えている。(Uc,KU,ok,nk,kj,kh)

Science, this issue p. eaaw7293; see also p. 34

幹細胞独自性の維持 (Sustaining stem cell identity)

発生中の脳における幹細胞は、彼らの位置と、彼らが生成する神経細胞の型に従って独自性を獲得する。脳がより大きく、より複雑に成長するときに、この独自性は維持されなければいけない。Delgadoたちは、この位置的独自性が後成的記憶システムによって維持されていることを見出した。モルフォゲンは幹細胞の独自性を発生の初期に設定するが、その独自性は後成的遺伝学により認められている。(KU,ok,kj,kh)

【訳注】
  • モルフォゲン:細胞の分化を誘導する物質
Science, this issue p. 48

フェロトーシス細胞死とがん (Ferroptotic cell death and cancer)

細胞死はさまざまな機構で生じる可能性があり、そのいくつかはがん治療の潜在的な標的として調べられている。最近の関心を集めている細胞死の一つの形態はフェロトーシスで、これは細胞内での高い脂質活性酸素種濃度によって引き起こされる。膵臓がん細胞は高濃度の活性酸素種を有しているが、細胞外からシステインを取り込むことによってフェロトーシスを回避することができる。膵臓腫瘍を持つマウスを研究することで、Badgleyたちは、システインの取り込みを抑制する薬物投与が、腫瘍選択的フェロトーシスを誘発し腫瘍の増殖を抑制することを見出した。この治療戦略が、新しい治療法が緊急に必要とされている腫瘍型であるヒト膵臓がんに有効かどうかを判断するには、さらなる研究が必要とされるだろう。(Sh)

【訳注】
  • システイン:タンパク質の高次構造の形成に関わる、多くのタンパク質の構成成分であるアミノ酸。
Science, this issue p. 85

酸化物膜を引き伸ばす (Straining an oxide membrane)

La0.7Ca0.3MnO3などのペロブスカイト型マンガナイトは、多くの競合状態を持つ複雑な状態図を持っている。それらの特性を制御するために使用できる手掛かりには、磁場とひずみ付加がある。Hongたちは、柔軟なポリマー層の上にLa0.7Ca0.3MnO3の膜を形成した(Beekmanによる展望記事参照)。柔軟な層を伸ばすと、膜に最大8%の大きなひずみが生じた。ひずみの大きさと方向を変えることで、研究者たちはその系の相図を調べることができ、その磁気特性と輸送特性に影響を与えることができた。(KU,ok,kj)

Science, this issue p. 71; see also p. 32