Science August 16 2019, Vol.365

歪みで安定化させたペロブスカイト (Strain-stabilized perovskites)

太陽電池や発光ダイオードに使用されるペロブスカイト材料(黒色)は、一般に電子的に不活性な非ペロブスカイト相(黄色)よりも室温で不安定である。Steeleたちは、CsPbI3に対し、材料を330°Cに焼鈍した後に室温まで急速に冷却することで薄膜に誘起される歪みが、黒色相を動力学的に閉じ込めたことを示している。微小角入射広角X線散乱が、界面歪みによって引き起こされた結晶歪みと組織形成を明らかにした。(Sk,nk)

Science, this issue p. 679

銀河中心の重力赤方偏移 (Gravitational redshift in the Galactic Center)

一般相対性理論は、強い重力場中(たとえば、ブラックホールの近く)の天体から放出される光は、長波長側に偏移するだろうと予測している。この重力による赤方偏移は、重力に関するニュートンの理論には存在しない。Doたちは、恒星 S0-2 が天の川の中心にある超大質量ブラックホールである射手座 A*を通過する際に、その位置とスペクトルを観察した。彼らは、S0-2の16年周期の軌道のなかでブラックホールに最も接近した部分で、そのスペクトルの重力赤方偏移の効果を検出した。これらの結果はニュートンの重力理論よりも、5σレベルで一般相対性理論とより整合している。(Wt)

Science, this issue p. 664

量子ドット・レーザーを発光させる (Switching on quantum dot lasers)

量子ドットの光学特性は、その大きさと組成を変化させて調整することが可能である。低閾値レーザー光源として量子ドットを開発するには、電荷担体の再結合と安定性に関連する問題を克服する必要がある。Kozlovたちは、加工処理と合成後の充電の組み合わせがこれらの問題を克服できることを実証することにより、この方向での成功を報告している。組成の勾配を持たせたコア・シェル型量子ドットの合成に続く電荷担体充電手段が、安定した低閾値のレーザー発振をもたらす。(Sk,kh)

Science, this issue p. 672

マントル深部のダイアモンドの窓 (Diamond window into the deep mantle)

ヘリウム同位体は、地球の膨大なマントルの最も深く、最も古い部分を知るための窓を提供する。しかし、いくつかの過程が、地表に噴出した玄武岩質溶岩における貯留槽からのヘリウム同位体信号を曖昧にする傾向がある。Timmermanたちは、地球の深部で形成され、急速に噴出した結果地表近くの汚染を免れた, 一連のダイヤモンドを確認した。彼らは、深部の原始の岩石源、およびそれらが古い沈み込みプレート堆積物と混合した、証拠を見つけている。これらのダイヤモンドから抽出される信号は、地球の化学的および動的モデルを規定するものである。(Sk,kh,nk,kj)

【訳注】
  • 貯留槽:マントル中で、地球形成当初の痕跡を保持し続ける安定領域
Science, this issue p. 692

生体内での神経活動の可視化 (Visualizing neuronal activity in vivo)

電位感受性試薬の蛍光変化を画像化すると、生体内部での神経活動を追跡観測することが出来るようになるだろう。Abdelfattahたちは、微生物ロドプシン由来の電位センサー・ドメインと特別に明るく光に安定な蛍光色素分子を捕獲するドメインとを結び付けるタンパク質を設計することにより、そのような電位指示剤を作った。彼らは、このタンパク質をマウス、ハエあるいはゼブラフィッシュで発現させ、何十もの神経細胞中で何分もの間同時に、単一の活動電位を追跡観測することが出来た。(MY)

【訳注】
  • 微生物ロドプシン:細菌などの微生物中に存在する光感受性膜タンパク質。光を情報に変換するもののほか、光でイオンを輸送するものや光で酵素活性をもたらすものなど、さまざまな機能を持つものが知られている。
Science, this issue p. 699

健康状態を監視するために汗を解読する (Decoding sweat to monitor health)

私たちの汗は、電解質、代謝産物、ホルモンなどの生体分子を含んでおり、それらを使用して化学レベルで体の状態を調べることができる。Nyeinたちは汗を取り込む装着型微小流体パッチを開発し、運動中の全身の液体と電解質の損失を予測するために使用した。分泌率とナトリウム濃度は、体の部位全体および被験者間にわたって正の相関を示す。部位での液体損失と全身での水分損失との相関は、輸液状態を追跡するのに用いることが出来るかもしれない。(KU,kh,nk)

Sci. Adv. 10.1126/sciadv.aaw9906 (2019).

移動の代謝負担を低下 (Lowering locomotion's metabolic cost)

歩行と走行とは異なる運動型を必要とし、それぞれの動作は異なる筋肉と関節に大きな負荷をかける。Kimたちは、柔らかくて完全に持ち運び可能な軽量外骨格スーツを開発した。このスーツは、走行と歩行の双方に対し、股関節を伸展させてそれぞれの動作を補助することにより、代謝率の減少を可能とする(Ponsによる展望記事参照)。腰のベルトはその質量のほとんどを支え、したがってこのスーツを運ぶ負担を減少する。使用者の動作を追跡することによって、このスーツは自動的にこの二種の動作の間でモードを切り替えることができる。(Uc,KU,kh,nk,kj)

Science, this issue p. 668; see also p. 636

面積は小さくしてトウモロコシの収穫は増やす (Less space but greater maize yield)

食料需要の高まりに応えるため、近代農業は密植栽培を拡大することで対応している。Tianたちは、トウモロコシの野生原種であるブタモロコシ中のある遺伝子を特定し、それを用いて、横幅の狭い株形であるが、しかしその葉は太陽光を浴びられるようにトウモロコシを改変した(HakeとRichardsonによる展望記事参照)。このトウモロコシの収穫上の利点は、近代農業の特徴である高密度作付けにおいてやっと明らかになったのであり、おそらくそれが、トウモロコシが栽培化されてきたこれまでの数千年間、何故この遺伝子が栽培種に持ち込まれなかったのかを説明している。(MY,KU,kh,nk,kj)

Science, this issue p. 658; see also p. 640

発電所に価格付けする (Putting a price on the powerhouse)

ミトコンドリア(いわゆる細胞の発電所)は、細菌性内部共生体に起源を持つ。この歴史は、宿主細胞、とりわけヒトなどの後生動物の宿主細胞、の研究に対して利点と問題点を提供する。Youleは、宿主とミトコンドリアの生物学間の相互作用を概説し、ミトコンドリアの祖先がどのように宿主の自然免疫応答に影響を及ぼしてきたのかについて光を当てている。ミトコンドリアを健全にかつ制御下に保つことが、生命体の健康にとって極めて重要であり、それが乱された場合には、パーキンソン病および炎症を含む様々な症状につながる。(MY,kh.nk,kj)

Science, this issue p. eaaw9855

原始 HeH+ 存在量の増加 (Enhanced abundance of primordial HeH+)

水素化ヘリウムイオン(HeH+)は、宇宙でごく最近検出されたばかりだが、これまで初期宇宙で形成された最初の分子であると考えられている。Novotnyたちは、電子による HeH+ の解離反応の量子状態別の反応速度係数を報告している。これは、極低温イオンの蓄積リングに合流電子ビームを組み合わせて得られたものである (BovinoとGalliによる展望記事を参照のこと)。彼らは、反応速度がHeH+の回転状態にかなり依存し、その基底状態において反応速度が低下することを検出している。これらは、宇宙化学データベースに載っている値や、以前の初期宇宙モデルで適用された値をはるかに下回っている。これらの結果は、初代の星や銀河が形成された赤方偏移年代の頃に、この重要な原始分子が豊富に存在していたことを示唆している。(Wt,kh,nk,kj)

Science, this issue p. 676; see also p. 639

異常な超伝導体 (An unusual superconductor)

従来型の超伝導体及び多くの特異な超伝導体において、クーパー対を形成する電子は、逆向きのスピンを持つ。外部磁場は、両方のスピンを同じ方向に揃えることでクーパー対を容易に崩壊させ、超電導状態を破壊することができる。一方、スピン三重項超伝導体は外部磁場に対して遥かに大きな弾力性を有している。しかしながら、そのような素材はごくわずかの種類しか見つかっていないのが現状である。Ranらは、テルル化ウラン(UTe2)材料において、非常に強くて異方性の上方臨界磁場を持つスピン三重項超伝導性の特徴を観測することで、この限定グループに新メンバーを一つ加わえた。スピン三重項超伝導体は通常、トポロジカル超伝導を示す為、この材料は量子コンピューターにおいても興味をもたれるかもしれない。(NK,KU,kh,nk,kj)

Science, this issue p. 684

強固なペロブスカイト界面 (Strong perovskite interfaces)

太陽電池で使用される混成型ペロブスカイトの結晶格子中の弱い結合は、表面分解を促進し、電荷担体層との安定したヘテロ構造の形成を妨げる。Y.Wangたちは、鉛に富む表面と塩素化グラフェン酸化物層を有する薄膜において、鉛と、塩素原子および酸素原子の両者との間に、強い結合が形成されることを示している。この界面を一般的な正孔輸送材料とともに用いて、60℃で1000時間動作させた後も、21%という初期効率の90%を維持する太陽電池を製造した。(Sk)

Science, this issue p. 687

疼痛知覚に対して新たに発見された細胞型 (A newly discovered cell type for pain perception)

疼痛は、皮膚における末端器官のない自由神経終末の活性化によって開始されると考えられてきた。これまで受け入れられてきたこの考えに反して、Abdoたちは、危険な環境刺激を感知する皮膚にわたる以前には未知の網目状器官を発見した(DoanとMonkの展望記事参照)。この器官は、表皮と真皮の境界に位置する特殊なグリア細胞から構築されており、機械的疼痛伝達の開始に十分かつ必要とされる。(KU,kh,nk)

【訳注】
  • 自由神経終末:刺激を受容するための特別な構造を持たない、神経線維の末端
Science, this issue p. 695; see also p. 641

能動的移動が腸上皮を更新する (Active migration renews gut epithelia)

上皮組織は成人期を通じて継続的に更新され、腸上皮は哺乳類で最速の自己再生組織である。3日以上かけて、上皮細胞は、彼らが生まれる陰窩から、彼らが死ぬ絨毛の先端へと移動する。移動は、陰窩における有糸分裂圧によって駆動される、厳密に受動的であると一般に信じられている。つまり、細胞が分裂する際に、細胞はその隣接細胞を上方に押し上げる。Krndijaたちはこの概念に挑戦し、移動方向に向けたアクチンに富む基底突起を使用して、細胞が能動的に移動することを示している(Jansenによる展望記事参照)。(KU,kj)

Science, this issue p. 705; see also p. 642

ウイルスDNAの核センサー? (A nuclear sensor of viral DNA?)

cGAS-STINGとして知られる真核生物のシグナル伝達経路は、細胞質ゾルDNAの存在を認識してウイルス感染または細胞損傷を免疫系に警告する。しかし、大部分のDNAウイルスは彼らのゲノムDNAを核に向けており、核特異的な感知も必要であることを示唆している。L. Wangたちは、単純ヘルペスウイルス-1感染中に、異種核リボ核タンパク質 A2B1がウイルスDNAと複合体を形成し、ホモ二量体化し、脱メチル化されることことを見出している。 これらの事象は、複合体の細胞質ゾルへの転位置とI型インターフェロン・シグナル伝達による免疫系の活性化をもたらす。更に、この複合体は、DNAウイルス感染後にN6-メチルアデノシン修飾とcGAS-STING関連mRNAの転位置を促進し、免疫応答をさらに増幅する。(KU,kh,nk)

Science, this issue p. eaav0758

河川の栄養不均衡に注目する (Watch out for river nutrient imbalances)

窒素やリンなどの過剰栄養物の水域への流入は、藻類の過剰増殖を引き起こす。この富栄養化は、人間活動の結果として世界中の淡水で生じてきた。栄養物の流入を減らす努力は効果を示してきたが、IbanezとPenuelasは展望記事で、窒素よりリンが多く減ることが栄養不均衡をもたらしつつあり、それは生態学的に負の影響をも及ぼし得ることを説明している。ほとんどの研究は、湖や小さな川に集中していたが、最近の研究は、河川におけるこの変化の重大な影響を探索しはじめつつある。(MY,kh)

Science, this issue p. 637

海馬における「鋭波に伴うリップル波」 (Sharp-wave ripples in the hippocampus)

エピソード記憶想起の原因である脳の機構は何か? Normanたちは、海馬とさまざまな皮質領域に電極を埋め込んだてんかん患者を研究した。 視覚学習法を使用して、彼らは海馬の「鋭波に伴うリップル波」の発生と記憶再生間の時間的関係を調べた。 視覚情報の効果的な符号化は、高いリップル波発生率と関連していた。記憶再生が成功する場合はその前にリップル波の発生確率が増加し、これはより高次の視覚野での活性化パターンの一一時的な再出現をも伴っていた。 このように海馬のリップル波は、エピソード記憶想起中に回想を強化する可能性がある。(Sh,kj)

【訳注】
  • 鋭波:脳波のうち、ノンレム睡眠時や静止覚醒時に海馬でみられ、尖鋭な波形で70~200ms持続する突発波。約200Hzのリップル波が重なって観察される。
Science, this issue p. eaax1030