Science August 9 2019, Vol.365

高高度アフリカにおける中石器時代の人類 (Middle Stone Age humans in high-altitude Africa)

近年の考古学的研究は、アンデスやチベット高原における高高度居住地の最初期人類の職業の証拠を提供している。Ossendorfたちは今回、アフリカにおける4000m以上の地域への人類の居留と適応に関する最古の証拠を示している(Aldenderferによる展望記事参照)。エチオピアのバレ山の岩窟住居における彼らの遺跡から、黒曜石の人工遺物と、多数の焼け焦げた、主にエチオピアオオタケネズミの骨を含む動物遺体が見出された。この発見から当時の環境が明らかとなり、そして後期更新世の人類がこのような氷河が発達した高地アフリカ地帯の過酷な環境にどのように適用したかを示している。(Uc,KU,nk,kh)

Science, this issue p. 583; see also p. 541

合成生物学のための重複遺伝子 (Overlapping genes for synthetic biology)

重複遺伝子は、同じヌクレオチド配列の別の読み取り枠で翻訳されると、複数の異なるタンパク質を生成する。Blazejewskiたちは、新規の配列もつれを予測するための計算アルゴリズムを開発し、機能的な合成重複遺伝子を実験的に作成した。生きている細菌内で、目的とする配列が必須遺伝子と重複遺伝子化されると、その進化的安定性が大幅に向上した。目的とする遺伝子が毒素遺伝子と合成的に重複すると、細菌間でのその遺伝子の水平伝播頻度が強く抑制された。重複遺伝子を設計、構築、および試験するためのこの一般化可能な戦略は、垂直方向の遺伝子進化を安定させ、水平方向の遺伝子の流れを制限するのに役立つ。(KU,kh)

【訳注】
  • 遺伝子の水平伝播(Horizontal gene transferまたはLateral gene transfer):母細胞から娘細胞への遺伝ではなく、個体間や他生物間においておこる遺伝子の取り込みのこと。生物の進化に影響を与えていると考えられる。
Science, this issue p. 595

もつれが大きくなる (Entanglement goes large)

量子計算の成功は、大規模な系をもつれさせる能力に依存している。さまざまな基盤技術が追求されつつあり、超伝導量子ビットおよびトラップされた原子に基づく構成が最も進歩しつつある。OmranたちとSongたちは、それぞれがリュードベリ原子の量子ビットおよび超伝導量子ビットを研究対象とし、最大20量子ビットまでもつれさせることにより、これらの基盤技術がどこまで到達したかを実証している。そのような量子系において実証されたもつれの制御可能な生成と検出は、大規模な量子演算装置の開発にとって有望である。(Sk,nk,kh)

【訳注】
  • リュードベリ原子:主量子数nの非常に大きい軌道 (リュードベリ軌道) に励起された電子をもつ励起原子。通常の原子にレーザー光を照射することによって、原子核のすぐ近くを回っている電子をリュードベリ軌道に移すことができる.
Science, this issue p. 570, p. 574

p53−こんなに経ってもまだ漠然? (p53?still hazy after all these years?)

腫瘍抑制タンパク質p53をコードする遺伝子は、ヒト・ガンにおいて最も高頻度に変異を起こす遺伝子である。しかし、この遺伝子の発見から何十年か経ても、p53におけるガン関連ミスセンス変異の生物学(諸々の課題)はいまだに議論が続いている。以前の研究は、ミスセンス変異がp53に腫瘍促進作用をもたらすことを示唆してきた。Boettcherたちは、ゲノム編集、p53の飽和変異生成選別、マウス・モデル、臨床データなどの方法論を利用し、ヒト白血病において、p53のミスセンス変異について詳細解析を行った(Laneによる展望記事参照)。彼らは、p53のミスセンス変異が発ガン性の機能獲得をもたらすという証拠を少しも見いださなかった。むしろこの変異は、野生型p53の腫瘍抑制活性を弱める優性阻害効果を発揮した。(MY,kj,kh)

【訳注】
  • ミスセンス変異:DNA中の1塩基が他の塩基変異し、正常でないタンパク質が生合成されること。
  • 飽和変異生成:核酸の単一あるいはコドンの組みをでたらめに置き換えて、その位置で可能な全てのアミノ酸を作らせる、変異生成の技術のこと。薬剤耐性の評価などに使用される。
  • 優性阻害効果:遺伝子の変異産物が正常産物より優位に働いて、正常産物の作用を阻害する作用のこと。
Science, this issue p. 599; see also p. 539

スモーキング作戦 (Up in smoke)

2017年の米国太平洋岸北西部での大規模で激烈な山火事は、成層圏に大量の煙を注入した。Yuたちは衛星観測とモデル化を活用して、その煙の変遷と化学的性質の特性を記述した。カーボン・ブラックの太陽光による加熱により、その煙は2か月以内に12~23キロメートルの高度まで上昇した。その後、その煙は成層圏に8か月以上留まった。光化学的作用で有機炭素が失われていくことにより、煙の寿命は予想よりも40%短くなった。(Wt)

【訳注】
  • スモーキング作戦:チーチ&チョンによる1978年製作のアメリカ映画。主人公のペドロとマンの二人が、ロックバンド結成の資金稼ぎにマリファナ探しの旅に出るロードムービー。
Science, this issue p. 587

単一の高速電波バーストの特定 (Pinpointing a single fast radio burst)

高速電波バースト(Fast radio bursts: FRB)は、遠方の天文学的な放射源からの電波の閃光である。2個のFRBは、繰り返し起きたことが知られているが、ほとんどのものは数ミリ秒しか持続せず、再び観測されることはない。単一発生のFRBに高感度なほとんどの望遠鏡は角度分解能が低いため、FRBを宿す銀河は不明のままである。Bannisterたちは、電波干渉計を FRB 探索専用の観測モードで使用して、非反復性の FRB 180924を検出し、その場所を狭い領域に制限し、次に光学望遠鏡による観測で追跡した (Petroffによる展望記事を参照のこと)。彼らは、FRBが宇宙論的な距離にある中型の銀河からやって来ていることを見出した。FRBを狭い場所に特定することは、それらの原因を特定し、宇宙論的なプローブとして利用可能とするのに役立つだろう。(Wt,kj,nk)

Science, this issue p. 565; see also p. 546

予測とロボット合成を組み合わせる (Pairing prediction and robotic synthesis)

有機化合物の自動化合成技術の進歩は、並行した進路に沿って進んでいる。一方の進路が目指す目標は、要望される化合物への実行可能な経路のアルゴリズムによる予測である。もう1つは、人間の介入を皆無かほとんど必要としない実験台上での既知の反応順序の実行である。Coleyたちは、これら2つの実施手順の予備的な統合を報告している。彼らは、逆合成予測アルゴリズムとロボット的に再構成可能な流体装置を組み合わせた。訓練のために利用可能なデータが蓄積するにつれて予測は改善されるはずであるが、人間の介入は、溶媒の選択や正確な化学量論などの実際的な考察を用いて予測因子を補うために依然として必要とされた。(KU,nk,kj,kh)

Science, this issue p. eaax1566

脳回路の視覚化と操作 (Brain circuit visualization and manipulation)

哺乳類の脳内で、外界の行動に関連した表現はどのようにして惹起され、 表現されるのだろうか? Marshelらは、チャンネルロドプシンと改良ホログラフィー刺激法を組み合わせて、マウスの深層を含む視覚皮質における活性を調べた。自然な視覚刺激により前もって活性化された神経細胞の光遺伝学的刺激は、本来の活性と行動を再現した。神経細胞集団の活性は、皮質層 2か3から層5への伝播が、その逆方向より一般的だった。より多くの細胞に対する刺激が層5よりも層 2か3で活性を開始するのに必要であった。これは、二つの層の間のアンサンブル・コーディングの違いを示している。(ST,KU,kj,kh)

Science, this issue p. eaaw5202

アルツハイマー病における活性化過剰を解剖する (Dissecting hyperactivation in AD)

脳内でのアミロイドβ(Aβ)の進行性蓄積は、アルツハイマー病(AD)を決定付ける特徴である。末期ADでは、Aβの病的蓄積が神経変性と細胞死をもたらす。しかし、一部の脳神経細胞における過剰な活性亢進からなる神経細胞の機能障害は、この病気の初期段階ですでに生じている。ZottたちはADのマウス・モデルで、この過剰活性化の細胞学的基盤を調べた(Selkoeによる展望記事参照)。Aβが仲介する過剰活性化は、もっぱら活性な神経細胞でのシナプス伝達の欠陥に関係していて、最も活性な神経細胞が過剰活性化の危険性が最も高かった。ヒトAD患者から得られたAβを含有する脳抽出物はこの悪循環を持続した。これはヒトにおいてこの病理学的機構が関係する可能性を強調するものである。(MY)

Science, this issue p. 559; see also p. 540

ペロブスカイト太陽電池のための直方晶相 (Orthorhombic phases for perovskite solar cells)

全無機ペロブスカイトの電力変換効率(PCE)は、有機カチオンを含有する材料のものより低い。これはある程度,これらの材料の禁制帯幅が大きいためである。直方結晶相のこれらの材料は安定性も乏しい。Wangたちは、HPbI3 とCsIから、直方晶β相のCsPbI3 を合成した。この材料はより高い安定性とより好ましい禁制帯幅を示し、その結果、15%のPCEを可能にした。ヨウ化コリンで表面捕獲状態を不動態化すると、PCEが18%に向上した。(MY,kj,kj,kh)

【訳注】
  • コリン:有機アンモニウム系化合物。
Science, this issue p. 591

超高エネルギー密度の誘電体薄膜 (Ultrahigh energy density dielectric film)

誘電体は、コンデンサとして電荷を保持するのに役立ち、基本的なエネルギー貯蔵の構成要素である。エネルギー密度や他の特性を改善することは、これらの材料に、エネルギー貯蔵用途としての電池に対するより大きな競合力を持たせるのに役立つかもしれない。Pan たちは、BiFeO3-BaTiO3-SrTiO3固溶体に特殊な形のナノドメイン構造を導入し、それはエネルギー密度を劇的に増加させた。このナノドメインは、分極を切り替える間のエネルギー損失を最小限に抑えるように構成された。この誘電特性の向上は、この方法が高性能誘電体の設計に役立つかもしれないことを示唆している。(Sk)

Science, this issue p. 578

ねじれた二重層のグラフェンが磁性体になる (Twisted bilayer graphene goes magnetic)

二重層になったグラフェンの2つの層が、互いにちょうど適切な「魔法の」角度だけねじれている場合、その系内の電子は強く相関するようになる。電子密度がゲート電極の制御によって調整されると、この系は超伝導を含むいくつかのエキゾティック相を経験する。今回、Sharpeたちは、特定の電子密度で、魔法角でねじれたグラフェンが磁性体になることを示している(PixleyとAndreiによる展望記事参照)。この発見は、巨大異常ホール効果の観察によって裏付けられている。(Sk,kj,kh)

【訳注】
  • 異常ホール効果:自発的に磁化を持つ強磁性体や仮想磁場を持つ特殊な反強磁性体において、ゼロ磁場においても生じるホール効果
Science, this issue p. 605; see also p. 543

セリアック病の症状の背後に潜む犯人 (The culprit behind celiac disease symptoms)

セリアック病は、一般的な自己免疫疾患であり、通常はグルテンを含まない食事の採用により治療される。しかし、この障害のある人は、いまだにグルテンへのごくわずかな暴露の数時間以内に胃腸症状を示すことがある。免疫系のどの枝がこの反応を駆動するかを理解するために、Goelたちは、セリアック病患者における系統的サイトカインの分析結果を解析した。グルテンに特異的なCD4+T細胞が、グルテン曝露後非常に短時間のうちに急速に活性化され、サイトカインを放出した。したがって、これらのT細胞は、セリアック病患者の胃腸症状の背後に潜む犯人である可能性が高い。(KU,kj,kh)

【訳注】
  • セリアック病:小麦・大麦・ライ麦などに含まれるタンパク質の一種であるグルテンに対する免疫反応が引き金になって起こる自己免疫疾患。
Sci. Adv. 10.1126/sciadv.aaw7756 (2019).

免疫療法が原因で改善された腫瘍血管系 (Improved tumor vasculature for immunotherapy)

腫瘍の機能不全血管系は、酸素供給と栄養分入手を減らし、免疫細胞の浸潤を妨げ、その結果として免疫療法を制限する可能性がある。 血管とリンパ管の細胞成分も、抗腫瘍免疫応答を直接的に調節できる。展望記事において、MunnとJainは、抗腫瘍免疫を改善する治療法の組み合わせにおける最近の進歩について考察する。彼らは、血管を正常化あるいは腫瘍血管収縮を緩和する薬剤と免疫療法を組み合わせて、抗腫瘍免疫応答の有効性を改善することの理論的根拠を考察している。(Sh,KU,nk,kh)

【訳注】
  • 浸潤:本来その組織固有のものでない細胞が組織に出現すること
Science, this issue p. 544